第3話 『○○→台頭!』
「まぁ、この面子で話っていうからさ。だろうとは思ってたけど……」
加藤は今、薄暗い明かりが灯った一室にいる。
そして慣れた様子で1つの大きな机へと向かい、座り心地の良い椅子へと腰掛けるのだ。他の面々も同じように腰掛けていく。
「んで? ロレンもいるって事はそれなりに大事な事なんだろ? あぁ、違うか。アージェがいるからって言った方がいいな」
わざとらしく訂正を加えて加藤がそう言う。それに何か言いたい様子のロレン、いよいよと口を開こうとした時、まだまだ夜は冷えるこの時期、暖房を焚いていた室内へと冷えた空気が一陣舞い込んだ。
「ふぅ、いやすまんな。遅れたようだ……、あぁ、カトー。女将には伝えてあるから心配無用だぞ?」
それはルクーツァであった、どうやら扉を開けた時に冷えた空気も一緒に流れて来たのだろう。手にはこの家屋、デイリーの家へと集まる時のお決まりである酒などが入っている大きな袋を下げていた。それを乱暴に机上へと置きながら、ルクーツァもまた椅子へと座り一息を吐く。
「あぁ、そっか。女将さんにちゃんと言わないと帰った時に怒られるからなぁ、いや。ありがとう、ルクータ」
加藤の礼を受け取りつつも、ルクーツァはロレン、デイリーへと視線を向ける。その視線を受けた2人は頷いて口を開いた。それは普段この家で行うものとは少しばかり違う声色のものであり、自然と加藤も真剣に耳を傾ける。
「小僧も回復し、そろそろ復帰の目処も立った。ギョッセの奴はまだまだじゃが、あ奴が必要になる時までには十分回復するという事じゃし、問題あるまいよ」
デイリーは机に向う面々を見渡しながら、ゆっくりとそう言った。
ロレンは頷きつつ、なにやら大きな用紙を取り出した。その他にも普通の大きさと言える用紙、いや冊子をいくつか取り出す。それを見たアージェも一瞬慌てたように、同じようないくつかの用紙、そしてペンを取り出していた。
その大きな用紙、それには簡易ながら地図と呼べる図解が描かれているのがこの薄暗い部屋でも分かった。
「うん、そろそろ動かないといけないからねぇ。あぁ、これは新たな街を造る予定の場所周辺の地図だよ? と言っても以前……、ほんの少し前まではその辺りにも街はあったんだけどもね?」
先ほど、領主の屋敷での食事の時に語られた事だ。20年数年前に大型が現れて、多くのヒトを、街を傷つけた。その時に完全に壊され、姿を消した街がその位置にあり、そしてその名残を加藤は知っていた。
「どれどれ……、へぇ湖なのか? なるほど、水源が井戸じゃなくてこれになるわけかぁ。冬でも凍らないだろうし……楽になるから悪くないなぁ」
「ふっ、加藤。お前はこの場を知っていると思うんだがな? なにせオレと……、いや」
ルクーツァは加藤の様子を見て笑いながら何かを言おうとするが、途中で止めてしまう。
だが、アージェはそれを気にした風も無く、いや気にしすぎて緊張しているために何の変化も無いと言うべきだろうか。逆にデイリーはそのアージェの様子を見て笑って言うのだ。
「ほっほ、ルクーツァよ。安心するが良い……こやつは頭が良いなどと自分で言うだけはあるようでの? 先日直接聞いて来たのよ、小僧はもしや、とな?」
笑うデイリーとは対照的に、それを告げられたアージェの顔色はもはや死人のそれに近い。
一瞬、眉間にしわを寄せたルクーツァだったが、デイリーがしつこいくらいに笑みを浮かべ、加藤も大して気にしていない。
そして最後の決まり手はロレン、彼がゆっくりと頷くのだ。その意味を正しく汲み取ったルクーツァは小さく息を吐き、苦く笑った。
「そうか、つまり知ったんだな? ひとつ聞いておこう。誰かに言ったか? それはお前以外も感じている事か?」
「……いえ、僕がそれを疑う、というか気にするようになったのは2人で出掛けた時です。そして今日もそうでしたけど、未だ高度と言える算術を僕以上に理解しているのに、服飾であったり、甘味であったりと身近なものだというのに知識が無かったんですよ。
それで不思議に思っていたんです。どうも僕は疑問に思うと解答を得ないと落ち着かない性質でして、それでデイリー様ならばと……」
加藤が2人きりで出掛けた事がある人物はルクーツァ以外では意外な事にアージェと、仕事中であればギョッセのみである。
いつもはその他にも大勢のヒトと共に歩いている、会話しているのだ。そのためボロが出にくい、出たとしてもカバーできるヒトが傍にいたためにそれが何かに繋がる事は無かった。
ギョッセの場合、討伐系が主であり武についてであれば、加藤の知識は既にこの世界のものを会得しているため、それが出る事はない。その上で仮に露見したとしてもギョッセとは既に命を預け合う仲であり、事実として命を懸けて守られ、守ったという事実がある。
ルクーツァを始めとした大人達も、ギョッセであれば加藤のためにならない事を言い触らす事が無いと信じられるのだ、感情云々ではなく実績を以って。それどころか一緒になって、そうした人物の首を冷酷に切り落とすだろうとまで。
そして、アージェを始めとしたエイラ、ニーナも信用には値するヒトだとは言える。しかし立場が立場なのだ、彼の意思を無視する形が無いとは言えない。
だがロレンが頷くのであれば、それも問題ないという事であろう、どのような方法を用いたのかは定かではないが。
「なるほどな、ならば解答はお前の考えている通りと言っておこう。だが、分かっているな?」
「当然です、ヒロ君は僕の大事な友人です。僕には立場がありますが、例えソレがあったとしても、ソレを無視してでも守るべきものがあると父から教わって来ました。そして、今の仲間がソレに勝るものであると確信しています」
それがアージェに取っては『アーダ』だったのだろう。父より与えられた立場の象徴であり、当時の彼に取っての守るべきもの。
しかし、それでは出来ないものがあった、それではいけないと痛感したのだ。些細な事だ、周りの友を励ませないというだけ、立場を考えればどうという事はない。
だが、アージェに取ってはソレこそが大事、ソレこそが彼の本当に求めるものだと気が付いた、付けたのだ。目に見える範囲で良い、何かをしたい、どうにかしたい、そしてソレを当然のように、考えるまでも無く行ったヒトが目の前にいた。そのヒトは誇れる立場など持ってなどいなかった、力など見せていない、知恵など見せていない、むしろ逆だろう。
ただ、その場にいただけだ、そのヒトとして、飾らずにただただ、そのヒトとして。誰にでも出来る、普通すぎるソレ。しかしアージェには眩しかった、羨ましかった、そして自分がそうなりたいと願い、そのヒトのおかげで勇気を抱けた。
そして今、彼は『アージェ』としてこの場にいられるのだ。
「僕は絶対に、何があろうともヒロ君を害する事はしないと言えます。いえ……、ルクーツァ様。貴方が万が一にも彼を害しようとする事があれば、僕の持てる全てを用いて排除する事も厭いませんっ」
暴力とも言える武では到底敵わないルクーツァを目の前に、大きくそう言い切る。
その言葉は、ルクーツァに取って実に心地よいものだ。それでこそ、見守り続けている、そしていつかは共に並び立つだろう彼の、真の友人に相応しいと感じられる。
ギョッセと共に、加藤と共に支えあいながら歩いていってくれると信じられるのだ。
「そうか、ならば良いんだ。すまんな、緊張させてしまったようだ。それと、それを知った所で実際の所は意味は無いぞ? こいつはこいつだ、何ら不可思議な力など一片も持ってはいないからなっ」
異世界のヒト、つまりは英雄。
それらは既に御伽噺の存在であり、この世界での神と言える存在。良く調べてみれば、与えたとされるものは今の世では当然の代物ばかり、なんら特別なものではない。
勿論、英雄と呼ばれるに足るだけの人物であったことは間違い無いだろう、だが話が違うのだ。
多くのヒトは、それらを与えた英雄を神聖視し、行った過程もまるで魔法のように、何でも行えると信じている。
ある英雄は、ただただ火を与えただけだ。しかし、英雄譚の1つでは当時では確認されていないはずの大型を一瞬で燃やしつくし、ヒトらを守った等という逸話も信じられているくらいなのだから。
事実よりも、多くのヒトが認識しているものこそが常識であり、現実。
そしてこの場にいるヒトらはそれらを良く知っている、だからこそ厳しく言うのだ。
「ははっ、そうですね。でもソレを共有できる事には優越感を禁じえないですね。だからこそ、何があっても漏らしたりはしませんよ、彼のためでもあり、何よりも僕のためにね?」
少しばかり笑いを混ぜながらそう言うアージェ。
しかし、自身の優越感のため。これは冗談であろうが、それだからこそ信じられるともいえるものだ。
その冗談も加えて、自身もこの場にいる者らと何ら変らない意思があると示した事でこの話は終わりなのだろう。
笑いながら眺めていたロレンが、話を元に戻すように口を開く。
「さて、新たにこの場で酒を飲み交わす友人を得た事だし、話を進めようか。新たな街造りについてだね? 先にも言ったがこの周辺には以前街があった。なので、その時の事をまずは……」
ロレンが言うのは加藤、アージェに取っては正に金銀財宝に勝る知識であっただろう。どのようにして街が壊されたのか、どのようにして大型を討伐したのか、どのようにしてここまで立て直したのか。それを最前線で戦い、守り抜こうとした猛者達が実体験として語ってくれているのだから。
「まぁ、流石に大型に対抗する術は未だ無いんだけどね? いくつかの街で相手の体力を削り、時間を稼いで。そして国の軍を中核とした『連合軍』でトドメを刺す……犠牲を前提にした戦い方なんだ」
「そうじゃのぅ、じゃがそれでは当然ながら犠牲が多いのも事実。冒険者の、ではないぞ? 普通のヒトの犠牲が多すぎるのじゃよ」
加藤はアージェも秘密を共有したという事で、遠慮なく知らない事を聞き始める。『軍』とは何なのか、どうして普通のヒトの犠牲が多いのかといったものだ。
「エイラ嬢が言っていなかったか? 軍というのは基本的に国専属の冒険者達の事で、質よりも量、技より火力という形だな」
ルクーツァがまず『軍』について説明をしていく。
小型や中型に相対する能力は持っていない、冒険者、武人というよりは技術者の面が強いと言えるだろう。最新の対大型兵器を行使するための人員群、それが軍である。
その軍を中核に、街専属の冒険者達であるデイリーなどの達人を始めとしたモンスター相手に立ち回れる者達が前衛を務める。
盾が冒険者であり、矛が軍が持つ大型兵器という事であるということ。
「へぇ、その対大型兵器ってあれか? ネミラズッタの時に使った奴?」
「いいや、あれは今の対大型兵器ではない。かなり昔の兵器だ、とは言えあれで昔は大型に対抗していたのは事実だがな?」
「今はアレではなく、どちらかと言えば巨大な弓という感じかのぅ? 大きな大きな矢を撃つのじゃよ」
(バリスタだっけ? あんな感じなのか?)
加藤とギョッセの窮地を救った兵器。
それは街にとっては大型兵器と呼べるものではあるが、対大型兵器では無い。構造としては投石器のソレに近いものだ。
弾は何重かの特殊な薄い金属で作られた球状の物中に特殊な酒を入れて、熱しに熱したものだ。
それは命中するしないに関わらず発射後に衝撃を受けると砕ける、その時に重なっている金属がぶつかり合って火花を発生させて気化している酒に引火するという仕組みだ。
その兵器、威力は申し分ないのだが、装填に時間が掛かる点、命中精度に難があり、熟練者しか使えないという欠点がある他に、重要な弾の量産が困難であるというものがある兵器であった。
軍について、対大型兵器について荒くではあるが説明し終えると、次はアージェが口を開く。
「何故一般のヒトへの被害が多いのか、それは僕が言うよ。これは別に実体験しなくとも知識があれば分かるものだからね。大型が出現した場合、それ以外のモンスターも人里へと押し寄せるためだよ、特に小型がね?」
加藤がいた世界にはハイエナという動物がいる。別にそればかりという訳ではないが、一般的な認識として『死肉』を漁るという動物なのだ。
そして、大型が現れ、それが去った場所、そして行く場所にはソレらが多くある、出来るのだ。
小型は安全に得られる食料、『死肉』を求めて大型が現れた場所、或いはその近辺に出没しやすくなる。そして中型はその小型を求めてやはり人里の近くに現れる事となる。
悲しい事に、大型に対抗するために散った冒険者の数よりも、逃げる途中で小型、中型に襲われて命を失うヒトの数の方が多い場合も過去ではあったのだ。
「大型はどうしようも無い存在、時には傷つけあう事もある全てのヒト族が団結しないといけないほどにね? つまり、大勢の一般のヒトを守るために大型に立ち向かうというのに、それを行うために守るべき冒険者がその周りに居られなくなるんだよ……」
アージェはそう言って言葉を止める。
冒険者ではなく、どちらかと言えば学者気質、冒険者としても軍の方面なアージェ。それが現状取りえる最善だというのは理解しており、それは仕方の無い事だという事も分かっている。
しかし彼は若かった、だからこそ足掻きたいのだ、どうにかしたいのだ。
それこそが、ヒトがヒト足り得る理由であり、ヒトの魅力だ。その証拠に、穏やかな気質のアージェらしからぬ、頭が乱暴に掻き毟るという行為を無意識でしていた。
「……そのために、新たな街を造るのさ。そう、万が一大型が現れたとしても時間を稼ぎに稼げる街をね」
ロレンはアージェの様子を見て、何かを思い出すように喉を鳴らして笑いながら言葉を紡いだ。その言葉は同じく、笑みを浮かべたデイリーが続けた。
「そういう訳じゃの? そして、その街を造るに当たり重要となるのがお主ら2人。造ったならば……、その頃には回復しておるだろうギョッセも加えての3人じゃ。お主らが街を守れるようにならねばならぬ」
「俺もなの? いや、正直俺なんかが! とか言うつもりは無いよ? それなりに強くなっているって、慢心とかじゃなく思えてきてはいるしさ。だけど、正直そこまで強くはなっていない、うん」
加藤は慌てて断りを入れる、しかしルクーツァが鼻で笑うように一蹴する。
今すぐにではなく、そうなれるように今まで通り努力するのだと言う。今は支えるために自分達がいるのだからと。
「だからお前はカトーだと言うんだ。誰が今すぐ守れなどと言った? だが安心しろ、お前に任されるのは基本的に戦いでも、考える事でもないからな。それは別の者がやる事になる」
武ではギョッセ、智ではアージェがその任を負う事となる。
そしてその両者に並び立てる者が必要となるのだ、武でも、智でも。
加藤は科学技術が発達した世界の出身である、別に意識して学ばずともある程度の事は頭に叩き込まれている。戦いに措いては、言うまでも無いだろう、既に中堅以上の力量。いや、中型と渡り合ったという実績を加味するのであれば、既にデイリー達の領域に足を踏み入れているのだから。
武でも智でも、加藤は優れた力を努力によって、必然によって得られていた。
「昔からの慣わしとして、領主とは別にそれに次ぐ権力を有するヒトが必要なのさ、形だけでもね。この街の場合は言うまでも無いかな? うん、デイリーがそれに当たるわけだ。そして、新しい街ではそれらを分担させる。武はギョッセ君、智ではアージェ君と言った感じで、これが昔ならではの立場をちょっと変えたもの。だけど、それらの上に新たに立っちゃうのが……、君という事さ!」
ロレンはなぜか溜めに溜めてから、最後に加藤を指差して声を上げた。
それに何度も頷きながらも、デイリーが加えて述べる。
「これこそ、新しい街で生まれる新しい役職……、お主が以前にいっておった『最強』のためへの一歩じゃ。その名を『灯楼』と言う……、どんな時であろうとも希望の明かりを与える、何よりも強く高い存在という意味じゃ」
加藤は以前の世界の話をデイリー、ルクーツァ、ロレンの三名には特に多くしていた。別に技術を求めるため、与えるためではない、なんてことは無い雑談であり談笑だ。
その中の一節で、何気なく口に出た1つの話があっただけ。
『何度倒れるような事があろうとも、決して意思を曲げず、決して諦めない、ただただ大切ななにかを守るためならば、何度でも起き上がることの出来る者』
昔から続く、決して廃れないものがあったという、ただそれだけの話。
子供向けの、チープな物語、しかしその中に篭められている物は何よりも大事な教え。
それを胸に宿し続けた大人がいたからこそ、彼の世界は一時とは言えども真なる平和を手に出来たのだから。
そして、加藤もまた、それに憧れていた頃が確かにあった青年で。以前の世界でも、この世界でも確かにソレが実在する事を知っている青年だ。
それら架空であるはずの存在に、心を、命を、全てを守って貰ったことのある人間なのだ。
「どうだい? 私達3人で考えに考えたんだっ! ははっ、いやぁ格好良いとは思わないかい?」
ロレンは自慢気に胸を張りながら笑って言う。ルクーツァも同じように微笑みながら、しかし真剣な眼差しで加藤へと、たった1つ問う。
「お前は昔のような英雄ではないだろう、だが覚えているか? お前がオレに言った言葉を。あの言葉、まさか嘘ではあるまい?」
加藤はその問いを受けて、ゆっくりと眼を閉じる。その閉じられた視界に移るのは、どの背中だろうか。
しかし共通しているのはとても優しく、とても大きく、とても強いものという事だろう。
「……あぁ、嘘じゃない。今でも、これからもずっと俺の目標さ。どんな時でも強く在れる存在、大人に俺はなりたいんだっ! いいじゃないかっ、俺がなってみせる! あぁ、なってやるともっ!」
加藤は目を開くと、力強く宣言する。
しかし、その宣言を聞いた直後こそ、嬉しいと、歓喜を顔に浮かべていた大人3人。だが、それを申し訳ないような、しかし楽しげな笑みへと変えて続けて加える。
「まぁ、大げさに言ってはみたものの名誉職な感じなんだけどね? カトー君やギョッセ君をこの計画に参画させるにはそれが必要なのさ。ギョッセ君は街が出来てからだからまだいいんだけど、君はそうじゃないからねぇ」
街を造るにあたっての責任ある立場、そのための箔をつける意味合いが強かったようだ。
「まぁ、まだそういった役職を作ると報告、申請した段階に過ぎぬからのぉ。ある程度の権限は得られるように求めてはおるが、はてさてどうなるかは分からぬ。一応、先に言ったような役割を果たして貰う予定ではあるんじゃがな?」
報告をしたというが、新たな地位というものは簡単では無いためだ。1つの街だけで認められる地位は認められていない、なので最前線の街でのみ、という限定ではあるが固定ではない地位として申請していた。
ようやく前に進み始める第一歩であるヒトらが求めており、そしてこれから段々と前に進む事を考えれば、その条件は国にとっても悪いものではない。
しかし問題はその地位に与えられる、有する権限であった。ロレンを始めとした新たな街造りの責任者達が求めたものは、慣わしである領主に次ぐ者の上に立つ者、というものだ。
しかしここで問題が起こる、領主に次ぐ者の上に立つという事は、すなわち領主と並び立つ権力を持つ事になる。
だが、それが必要だとロレンを始めとした最前線付近の領主たち、そしてソレらと懇意にしている国の重鎮は考えているのだ。
武も智も、モンスターに対抗するためには必須である。今までであれば、領主が武か智を担当し、次点の者がそれを補うというものだ。サックルの場合であればロレンは智、デイリーは武である。
新たな街、そこの領主は現状でいけばレイラになる事となるわけだが、それらどちらにも向いていない。どちらかと言えば武ではあるが、領主としての武には到達し得ないだろう。
彼女の長所は物怖じせずにモノを言える発言力であり協調性であるために、大人達は外交の面での活躍を期待している。
そのために武、智を次点の者を増やす形で一任するわけだが、これだけではいけない。本来は領主が決断を下すわけだが、レイラにはそれが出来ないのだから、出来る者がいなくてはならないからだ。
そのための『灯楼』、現状ではただの名誉職と言っているが恐らくそのために必要な最低限の権限を与えられるのだろう。
「まぁ、そういう訳でね? 今のところは何の権限も無い名誉職ってわけさ。だけど少しすればそれなりの権限、地位になるから安心してくれたまえ」
「さて、小僧に贈り物もした事じゃし。そろそろ本題に移るとしようかの?」
ロレンの言葉で一区切りがついたという事だろう。
デイリーは今まで空だったグラスへと酒を次々に注いでいく。
「本題、あぁ……、そういやそのためにここにいたんだっけか」
そう、ようやくこの場でするべき話が始められる事となるのだ。
それを待ちに待っていたのだろう、加藤以外の者達はようやく言いたい事を各々言い始めた。
「そのためって何を言っているんだい? この場での本題は決まっているじゃないか、私の自慢話さっ!」
まだ酒を口にしていないロレン、しかしいつもの如く飲んでいなくとも酔ったように甲高い声を出し始める。
「そうだ、まず加藤が回復した事だしな? やはりどのように鍛錬するかという事をだな……」
対して注がれるたその時に一気飲みをしたルクールァ。こうなると口から出るのは鍛錬の話がほぼ全てだろう。
「ワシとしてはアージェも加わった事だし、いつものように下らない話を肴に酒を楽しみたいんじゃがの?」
酒の摘みを手で遊びながら、舐めるように酒を飲みつつデイリーは笑う。
「僕は話を聞いた時から楽しみにしていたんですよっ! あ、でも領主様のレイラ様自慢は屋敷でも聞いていますから遠慮させて頂きます」
誰よりも興奮したように、語り合いを楽しみたいというアージェ。
彼らの言葉を受け取った加藤は呆れたように、やはりいつもの調子で話し出す。
「待てや、新しい街を造るための云々をするんじゃねーのかよ? 今までの流れは一体なんだったんだよ、おいって!」
そうしていつものように、夜は明けていく。
街を造る時だから真面目に、真剣になる事は大切だろう。だが、だからこそ日常を楽しまねばならない、日常を忘れてはならないのだ。その下らない中に時折思い出したように出される意見は実に良い意見ばかりなのだから。
この状態だからこそ、異世界の意見ではなく、加藤の意見が出せるのだから。
その加藤の意見こそが、世界に必要なものなのだと大人達は信じているのだ。