第1話 『○○→快癒!』
外へと出れば寒いと感じるが室内で暖房を焚けば暑いと感じる、そんな季節。
ヒトもモンスターも関係なく寒さに凍える冬は過ぎ去ろうとしており、春の日差しとの再会を喜ぶ頃となっていた。
肌寒さを感じるが、それが心地よい室内に勢いよく何かを叩く音が響いた。
「ってぇ……、もうちょい優しくして欲しいんだけども」
完全に塞がった傷跡をさすりながら小言を漏らしたのは加藤である。そう言いつつも彼は立ち上がり何かを楽しむように身体を揺らしていた。
「あっはっは! なぁに、これくらいなんでもないだろうさっ。うん……とっくに治療は終わっていたけど、ようやく完治したね」
優しい眼差しの中に真剣な色を宿しつつも見つめていた女性、女将は笑いつつもそう言った。
女将はあの夜には酷く狼狽していたものだ、それが今では常の女将に戻っている。
そんな笑顔の女将の言葉は、加藤が待ちに待った言葉でもあったのだ。
「ははっ、よし! それならようやく鍛錬とか諸々やっても良いってことかっ!」
今すぐにも『砂漠の水亭』を飛び出して行きそうだった彼に、制止の声を掛ける者がいた。その声の主は笑いを浮かべつつ、加藤に軽い口調で言うのだ。
「待て待て、直ったと言ってもいきなり鍛錬は出来んぞ? まずは軽く走り込み、そして工事系、その後に鍛錬を行う。なに、今のお前ならばすぐに取り戻せるさ、焦ることはない」
声を掛けた男、ルクーツァはそう言う。加藤は不満気ながらも、しぶしぶとその言に従ってベッドに腰掛けた。
「そうかねぇ……いやまぁ、うん。それはいいけどさ、もう出歩いてもいいんだろ? それならギョッセのとこに行こうかなぁって思ってるんだけども」
ギョッセは加藤よりも深い傷を負っていた。そのために斡旋所に隣接している病院と呼べる施設に入院しているのだ。幸いにして命に別状は無いものの、一時は意識を失い体温が下がるなど、危険な状態にまで陥った事もあった。
加藤の怪我と言えるものは脚のみで、しかもそう深くはなかったために、全治1週間、完治で1ヶ月ほどと、中型との戦いでの傷にしては軽すぎるものであった。
「なんだ、ギョッセの様子であればこの前にもオレが、それに……なんと言ったか……」
加藤の問いに、ルクーツァが答えるが途中でそれが止まる。しかしその後を女将が継いで口にする。
「まったく、ちゃんと覚えなさいな。マナちゃんだよっ! カトーの坊やの見舞いにも来てくれたじゃないかい」
そう、加藤とギョッセが助けた新人達の纏め役であり、彼らを救うために駆けた少女である。他の新人達は一度来て以来仕事が忙しいのか来ていないが、マナはあの夜から毎日のように加藤とギョッセの下へと感謝を述べに来ていたのだ。
「ん、そうだったか……いや、すまん。まぁ、その娘から聞いていないのか?」
加藤の怪我がそう酷くなく、その上に女将が付きっ切りで看病している事を知った少女は、ギョッセの方へと集中して赴くようになっていた。
「いや? なんか最近は全然来ないんだよな。だからギョッセの事はこの前にルクータに聞いたのが最後なんだけども……。俺なんかしたっけなぁ」
それでも時折、この宿を訪れてはギョッセの様子を教えに来てくれていたのだ。
しかし、少女は加藤と会話をして以来、まるで避けるかのように訪れる事が無くなったのだ。
「あっはっは、なぁに。大した事じゃーないさっ! なんなら今からでもギョッセ君の所にいっといで? この時間帯ならあの娘もいるだろうしね」
女将は悩み始めた加藤を見ると笑い声を上げて、彼の背中をまた勢い良く叩くと扉を指してそう言った。
「えぇ……、今にして思うとアレ、完璧に避けられてなかったか? なんだか行きづらいなぁ」
「小さい事でうじうじと……、どちらにせよギョッセは気になっているんだろう? ほら、オレも一緒について行ってやるから行くぞ」
ルクータは小声で何事かを言い出した加藤を引き摺るように宿を去って行く、病院へ向うのだろう。その様子を苦笑いを浮かべながら、首を軽く振って見送った女将は部屋の後片付けを開始した。
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「へぇ、斡旋所の隣の建物ってあんまり意識してなかったけど……。これが病院なのかぁ」
加藤の目の前には斡旋所が見えており、その建物よりも小さいが清潔感が漂っている建物がある。小さな建物だと言うのに入り口が斡旋所のソレよりも大きいのが特徴的だ。
中に入ると、驚いた事に床が木の板ではなく、石であった。
「うぉ、これって大理石!? ……じゃないか。 でも綺麗だなぁ、つるつるしてるや」
「木製の床では血液などが染み付いてしまうからな、こういった治療を行う場は大抵の街であればこんなものだ」
「へぇ……女将さんの宿もこんな風にしたら民宿って感じからホテルって感じになりそうだなぁ。今度言ってみようかなっ」
石材を敷いている床は、この世界の木製の床に比べれば格段に彼のいた世界に存在しているものと近いと言えた。それを身近で感じたいと思ったためか、そう零す。
しかしルクーツァが苦い笑みを浮かべて首を振った。
「それは無理だな……、この床などに使われているモノは高額過ぎる。一枚で結構な値段……、床一面ともなれば恐ろしい額になるんだぞ?」
この床に使われている石は街道に使われているものとは違い、丁寧に磨きを掛けられているものだ。研磨技術自体はあるものの、全てが手作業なために恐ろしく高価な代物であった。
「はぁ? この石がそんなに高いのかよ……だったら服とか剣とかのが高い気がするんだけどなぁ」
「服飾はオレには良く分からんが、剣などの武具は必要としているヒトが大勢いるのさ。そうなると当然作り手も大勢いることになる、だから安くできるわけだな? だが、こういった石材は……」
ルクーツァが小難しい話を始めようとした所で、女性の声が届く。
「あのですねぇ、あまりここで長話は困るんですよ。 というか、新人さんっ! 久しぶりですね、中型とやり合ったと聞きましたよ? 凄いじゃないですかっ!」
そう言ったのは、有翼人の女性。加藤が冒険者として登録した時の受付であったヒトだった。
「え? あぁ、受付のお姉さんかっ、久しぶりです。まぁ、やり合ったというか、逃げ回ったというか……、あれ? なんで受付のお姉さんがここに?」
加藤は、褒める色合いが強くある言葉を受け、照れながらもそう言った。その質問を受けた女性は、あまり無い胸を張って自慢気に言う。
「斡旋所の職員はここの職員でもあるんですよっ! 最近なんて包帯を巻くのが上手になったと先輩に褒めて頂いて……って、それよりどうして新人君がここに?」
「いや、中型とやり合ったのを知ってるなら、俺が誰と一緒にやり合ったかってのも知ってるでしょ? そいつの見舞いですよ」
加藤が説明とは言えないものを教えると、しかし女性には伝わったようだった。
手で招く動作をしてから、加藤達の前を歩き始める。
「あぁ、そういうことでしたか。確か、ギョッセさんでしたよね? 案内させてもらいますよっ」
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受付の、今は病院の職員らしいが医師には見えない女性が1つの扉の前で止まる。扉を軽く叩き、何事かを扉越しに伝えるとゆっくりと扉を開いた。
「……ん? なんだ、ヒロと兄貴じゃねぇの。来客とか言うから焦ったぜ」
身体中に包帯のようなものを巻き付けている、一見して誰かは分からないほどに痛々しいというよりも笑いを誘う格好の男がそう言った。
しかし声からすぐにそれが誰かは分かったのだろう、加藤は笑いつつも部屋へと入って行く。
「ははっ、ギョッセ。もう大丈夫だとは聞いていたけど、酷い格好だな?」
そう言われたギョッセは、頭を掻きながら訳を話す。
本来はこんなものは必要ではない事を、親身に看護している少女の手によるものという事を。それをギョッセが言い終わると、ギョッセの後ろから顔を赤くした少女が声を荒げて姿を見せる。
「ちっ、違います! ギョッセさんが歩けるかどうか確かめたいとか言うからっ! だから動けないようにってっ!!」
どうやら、加藤達の反対側にある椅子に座っていたために、見えにくかったようだ。勢い良く立ったために、その椅子が音を立てて倒れた。
そして彼女は動けないようにとそうしたと言うが、どう見てもギョッセは動けるだろう。
「ちょっとした冗談だってのによ? おれっちも伊達に冒険者やってないんだ、こういう時は医者に言われた通りにするのが利口ってもんだからよぉ」
そう言うと頬を膨らませている少女、マナへと色々と小言を言っていく。しかしその言葉には責める色は無く、少女も辛さではなく、拗ねたような顔で短く淡々と返事を返していた。
「あー、まぁ元気そうで良かったよ。……な? ルクータ」
しばらくの間、ギョッセとマナのやり取りを黙って見ていた加藤。居心地の悪さを感じたためか、扉のすぐ近くの壁に寄りかかっていたルクーツァへと言葉を投げつけた。
「そうだな、隠れて身体を鍛えていたお前とは違い、静かに療養しているようだしな? とは言え……、まだまだ復帰までは掛かりそうだな?」
その問いには、未だ扉の前にいた受付の女性が答えた。
そして何やら小難しい単語を交えた会話をし始めたので、斡旋所でという流れになり、ルクータと女性は加藤達を残して部屋を出て行ってしまう。
「…………えーっと?」
「へっへ、まぁおれっちが仕事を請けれるようになるまで結構掛かるんだよ。そうだな、大体退院まで夏の色移り、普通に動けるようになるのにまたちょいと、そっから体を鍛えなおしてってとこだからよ?」
恐らく、加藤と同様に軽いものを行っても良いのか否かを聞きにいったのだろうとギョッセは続けて言う。
「あぁ、そうなのか。ギョッセが元気ってのを見れたし、一個だけ聞きたいのがあるんだけども、いいかな?」
その問いは、ギョッセを見てのものではなくマナを見てのもの。今までの会話には混ざる事が出来ずに、倒した椅子を戻して静かに座っていた少女は驚いたように顔を上げる。
「えっ!? わ、わたしですか? な、なんですか!?」
少女、マナは酷く慌てた様子で、早口でまくし立てる。
「へぇ、マナに何かあるのか? へっへへ、こいつぁ面白い! 遂にお前に春がやって来っ!?」
それらを見てどういう訳か、ギョッセは面白い事にそのように解釈したようだった。しかし話の途中で少女に足を叩かれたために、少しばかり痛みを感じてそれを止められた。
「あー、いやそうじゃなくてな? それとマナちゃんもギョッセは重症なんだから、そういうのは控えめにな?」
苦く笑いつつも加藤は感じていた事を言っていく。それを受けた少女は驚いたように、次いで恥ずかしそうに俯いて、小さく零した。
「だって……ずるいです」
その小さな声は、狭く静かな部屋だったために加藤達の耳へと届く。
その意味を理解できずに加藤は首を傾げ、しかし口を開いた彼女を見たギョッセは更に笑みを深めた。
「カトウさん、わたしと話してた時に言いましたよね? まだ冒険者を始めて1年も経ってないってっ!!」
そう声を張り上げると、言葉の奔流を加藤へとぶつけた。
曰く、師匠という貴重すぎる存在がずるい、1年も経たずに中型を相手に出来るなんてずるい、小動物に懐かれていてずるい。などと徐々に支離滅裂な内容へと変わっていく。
「えーっと? 俺がずるいから嫌いって事なの?」
嫌い、その言葉を聞いたマナは慌てた素振りで否定の言葉を投げつける。
そして先ほどとは異なり小さく、零すのだ。
「そうじゃないんです、羨ましいなって。だけどわたしよりも冒険者暦が浅いのを聞いた時、師匠さんがいるってのを聞いた時に。悔しいって、卑怯だって……。それで、顔を合わせるのが、その」
徐々に少女は顔を歪めていく、それを見た加藤は慌てて何かを言おうとする。
しかしそれを腕を伸ばして遮って、反対の手で少女の頭を撫でる男がいた。
「へっへっへ。なぁに、そいつが普通って言ったろ? いや、面と向かって言えただけおめぇは偉いぜ? ……ちょっとした嫉妬ってぇ奴だよ、おれっち達が助けたもんだから変に美化してたみたいでよ? きっと歴戦のだとか……へっへ、おれっちはともかくヒロもとはっ、笑えるぜ!」
ギョッセは優しくマナへと語りかける、そして少女は泣きそうな顔から、恥ずかしがっているような、照れたものへと変わっていった。
それを見たギョッセは、今度は加藤へと言葉を紡いだ。
加藤はまだまだ弱い、それは加藤自身は当然としてルクーツァ、デイリー、女将なども口を揃えて弱いと言う。
しかしそれは加藤の目標を考えれば、である。普通の冒険者としては既にギョッセと同様、中堅以上の実力を有している強者であると言える。マナは新人では期待されている人材だった、だからこそ危険な時期にあの区域を任されていたのだから。
しかし、今まで傍にいた熟練の冒険者が傍に居ないというだけで、小型相手に苦戦を強いられ、そして数が増えたために何も出来なくなってしまった。
そこへ現れた加藤達、どれだけ眩しく見えた事だろう、どれだけ憧れた事だろう。
そして事実を知った時、どれだけ愕然とした事だろう、どれだけ己との差を嘆いた事だろう。
(ギョッセの言葉には言いたい事があるにはあるけども……。そっか、確かに俺は恵まれてる、恵まれすぎてるよな)
「えっと、そのごめんなさい。それで会いにくくなっちゃって。ギョッセさんの所にずっと、それで、あの」
頭を撫でられながらも、マナはゆっくりと語る。その姿はどこかで見た、いや感じた事のあるものだ。
加藤の目標としている者達との差はあまりにも遠すぎたために、嫉妬を感じる事は無かったが、それに近いものは感じていたのだから。そうなりたいと、そうありたいと、もしもその者達が加藤と同年代で、それを目指していたのが己よりも遅いというのに、己を追い越していたら、だとしたら。
「そっか、うん。……俺は色々とずるいかもしれないけど、かなり努力してるからな? ははっ、そりゃマナちゃんよりも、強くなるのは当然だな」
乱暴な、残酷な、軽薄な、侮辱とも言えることを、加藤はしかし真剣な眼差しで語る。続けて更に言葉を重ねるのだ、マナは弱いと、未熟だと、努力が足りないと。彼女の事など然して知らないというのに、しかし現実として冒険者としては悲しいほどに無力なのだからと。
だからこそ、今だけは慢心してでも、今だけは己に驕ってでもと淡々と告げていく。
「…………まぁ、そういう感じだね。 だから、そのさ」
言い終わると恐る恐る、彼女を見る、しかし想像とは異なり彼女は拗ねた顔を見せていた。
それを不思議に思い、尋ねてみるが彼女ではなく、ギョッセが笑いながら答えたのだ。
「へっへっへ! おれっちと同じ事言われて悔しいんだろうさっ! 実はよ、おれっちも言われたのよ、ヒロは卑怯だ!ってなぁ」
その時、命を預け合える、ようやく見つけた最高の相棒を侮辱されたと感じてしまったギョッセは、恐ろしい形相で今の加藤と似た事を言ったそうだ。
お前が言うなと、何も出来ないと感じたのはあの時が最初ではないはずだと、どうして更に努力をしなかったのだと。まだまだ小さな女の子であるマナに、しかし同時に冒険者である彼女だからこそ、ギョッセは年齢を無視して厳しくそれを何度も、何度も言い続けたのだ。
流石にその時ばかりは大声を上げて、泣きに泣いたそうだ。しかし不思議なもので、それ以来というもの少女はギョッセを慕いに慕っている。
「えっと? こう、負けるもんかっ!的になればなぁと思ったんだけど? 変に気遣われるのは余計にムカつく。……というか辛いだろうなぁってさ?」
加藤は意を決して言ったのだろう、だというのにこの状況。彼は非常に気まずそうに、居た堪れない面持ちで語る。それを見たギョッセとマナは顔を見合わせて、笑い声を上げた。
「へへっ、気にしてませんよ? 言わないといけない事だって、言われないといけない事だって言われてましたから。 ね、師匠!」
「へっへへ、生意気言うなっての! それに、師匠なんてやらねぇって言ったろうがっ!」
呆然としている加藤を残して、2人は笑い合う。
ギョッセに激怒された時、マナは落ち着いたギョッセに言われたのだ。
それは自分も感じた事だと、だからこそ負けないためにも、背中を合わせ続けるためにも努力に努力を重ねているのだと。そして、それは確かに果たせたと感じれたのだと、冒険者として立つのであれば、他のヒトとの差を嘆くだけではいけないのだと。
それからと言うもの、加藤に伝えたいと思いつつも行けない日々を過ごしていた少女。ようやく言えたのだ、そしてようやく進める、他のヒトの差を嘆いていた自分から一歩進めるのだ。
それを2人は大いに喜ぶ、よく言えたと、ようやく言えたと、笑いに笑うのだ。
「なんだかなぁ、俺だけが損した気分だよ。今思い出すだけでもダセェしさぁ、あっ! ギョッセ、他の奴らには絶対に言うなよ? 俺が偉そうに……」
「偉そうに、なんですの? ほら、言ってごらんなさい。わたくし達はちゃんと聞いてあげましてよ?」
加藤は思い出したように、慌ててギョッセへと何かを言おうとした時、後ろから聞き慣れた女性の声が響く。ゆっくりと、恐れるように、祈るように後ろを振り向く。
しかし加藤の表情は絶望に染まり、それを見た女性は歓喜に染まるのだ。
「ふふふっ、当然だ!ですって? いいものを見れましたわ、ねぇ?」
喜びを顔、いや身体全体で表している女性、エイラは後ろを振り向いてそう言う。問われた女性は困りながらも首を縦に、振ってしまった。
「えっ!? え、えぇ。こういったカトーさんを見るのは久しぶりでしたから、新鮮では、その、ありましたね?」
「まじか……エリアスールさんまで。ってか、なんでこんなとこにいるんだよっ!」
こんな場所という言葉に、なにやら感じるものがあったのか。ギョッセがそれに対して何やら言おうとするが、傍にいた少女に再度脚を叩かれて沈黙する。それを見つつも、エイラはエリアスールへと目を配り、それを受けたエリアスールが口を開いた。
「えぇ……。女将さんに聞いたところ、こちらに来ているという事でしたので。それにギョッセさんのお見舞いもと思って足を運びました。それでなんですが、夕食のお誘いに来ました、ラルちゃんも待っていますよ?」
獣人の少女であり、加藤の妹同然のラル。彼女はレイラやニーナと特に仲が良く、時折泊まりに行くようになっていた。
そして加藤を呼ぶ時とはラルがそろそろ帰りたくなってきたための、迎えとしてである。それを察した加藤は、ため息を吐きながらも了承の返事を返した。
「あー、そろそろか。ったくラルの奴もタイミングが悪い奴だ。あっ、まぁ……そのなんだ? うん、ちょっとアレな言い方だったけど」
エイラ達に連れられて扉へと向かっていた加藤が、振り向いてそう言う。
しかし最後までは言えなかった、それを向けた相手が遮ったためだ。
「いいえ! わたしが弱いのは事実です。ちょっと褒められて良い気になってたんですよ、だから嫉妬しちゃいました。でもっ! でも、カトウさんも、当然ギョッセさんも、私の憧れには変わりありません!だからっ」
少女は語る、己の夢を、己の憧れに向けて。
いつか憧れの存在である彼らと共に歩めるようになってみせると。いつか、いつか、きっと、そんな曖昧な言葉だけなのに、その瞳が真実味を持たせる、実に美しい言葉だった。
ギョッセが微笑みを浮かべつつ、乱暴に頭を撫でるという方法でまだまだ続きそうだった彼女の告白を途中で止める。少女は不満そうだったが、しかし笑みを浮かべる。
「あらあら、これは困ったものですわね。カトウなどがこんな可愛い女性の憧れだなんて、ねぇ? これからは大変ですわね?」
それを聞いて、言われて。笑みを返せる程度には、加藤は自身の憧れの存在に近づいているのかもしれない。
その笑みは今までの笑みと同じようで、ほんの少しだけ違う。良く知る者でなければ分からない、些細な変化。成長というものは、自分で実感する事で理解するのではなく、他のヒトが見た時に感じるものなのだ。
そして、それは女性達の、そして少女、なによりも相棒が返す同じ笑みによって認められていた。




