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異なる世界で見つけた○○!  作者: 珈琲に砂糖は二杯
第三章《ワカシとセイゴとメジマグロ》
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第20話 『○○→実名!』

 

 街までは近い、しかし目視できるほど近くはない遠い場所。

 この時間帯になり急激に暗くなり始め、恐怖を強める黒が辺りを埋め尽くし始める。それを喜ぶかのように、ただ1つの音が響き渡る。大地を揺らし、空気を震わせる大きな、巨大な音、ともすればその音から黒が生み出されているのではないかと疑ってしまうほどに。


「グゥウオオルウァオオゥ!」


 いや、他にも小さいが煩い音がそれぞれに聞こえていた。

 鼓動だ、その音を聞いてからというもの、加藤も、ギョッセも、当然ながら新人達も、その音が煩くて堪らない。その音がまだ聞こえる事に安堵を感じ、同時にそれを鎮めるように、首を振る加藤とギョッセ。


「ふぅ……幸い、まだ距離があるな。ゆっくりと、街道の脇にある茂みを進む。いいかガキども……、ゆっくりだ」


 ギョッセは本当に小さな声でそう述べる。

 それに声を漏らさないように口を押さえた4人の新人は涙を浮かべて頷く。それを確認したギョッセ、加藤へと目を向けて先に茂みへと入っていった。それに新人達はゆっくりと、震える足で音が生まれないように硬い足取りで着いて行った。


「…………いったか。まだ見つかってはいないな。よし、俺も」


 加藤は街道の中心に位置する場所から、ゆっくりと、背を向けて茂みへと向っていったギョッセ達が脅威に見つかってしまった時に、時間を稼ぐ囮となるためにその場に残っていた。どうやら上手く茂みに身を隠せたようだったので、加藤もそれに続いて茂みへと歩を進めた。


 ――――

 ――――

 ――――


「おぅ、助かったぞ。しかしこいつぁ、やべぇな。まさか中型が出てきやがるとは……」


 茂みに入ってきた加藤に、軽く手を上げて感謝を述べると、すぐに焦りを浮かべる。


「あぁ、驚いた……。こんなに近くに来られるまで気が付かないなんて、運が良い事にあいつも俺らに気が付いていないって事か? それよりギョッセ、あいつはロイオンじゃないよな? なんなんだ?」


 そう、あれは以前にルクーツァとデイリーが討伐し、街へと運ばれたロイオンの姿とは大きく異なるモンスターだった。共通しているのは大きさだろうか、すぐ近くで大地を揺らすソレはロイオンより少しばかり大きいだろう。高さは4mほどだが、体長は暗くても存在を主張する長い尻尾を含めると軽く10mを越えそうだった。


「あいつぁ、中型モンスター。呼称はネミラズッタ……本来は最弱と言える小型モンスターのネミラって奴さ。その群れの長が時たま、こうなる」


 そのモンスターの名前ならば加藤は聞いた事があったようで、顔を上げて頷きを返した。


「ネミラって……ロイオンが好んで食べるっていう小型モンスターじゃなかったか?」


「知ってたのかよ。いや、あぁ……、だがネミラズッタになると逆転するのさ。ネミラズッタはロイオンを狙って食べる、中型の中でも強い部類のモンスターだ」


 新人達は、茂みに隠れてからというもの、微かな震えが止まらなくなっていた。それを横目に見つつ、加藤は更に問う。


「今の俺とギョッセでどうにか出来る相手か? 正直に教えてくれ……」


 それを受けたギョッセは、目を伏せて、ただでさえ声を落としているというのに、それ以上に小さな声で途切れ途切れに答える。


「大丈夫って言いたいが、……無理だ。 出来ても精々のところ……、時間稼ぎが関の山。それも確実にお陀仏っていう嬉しくない特典付きってもんだ」


「このまま茂みを移動は……無理か」


 加藤は最後の言葉だけをギョッセにしか聞こえない声量で言う。

 新人達はとてもではないが、もう動けないだろう。加藤とギョッセだけであれば、ほんの少し、距離を稼げば後は自慢の脚力で気付かれる前にかなりの距離を稼げる、街に逃げ切れるだろう。

 だが、彼らを捨て置くわけにはいかなかったのだ、あの腕を伸ばしたヒトらに頼まれたようなものなのだから。


「いざとなりゃぁ……ヒロ。おめぇが街まで走って応援を呼びに行くんだ。それが万が一になった時、全員で、全員で生き残る最後の手段だ」


「いいや、確かに足は俺の方が速い。だけどギョッセ、お前じゃ相性が悪い。あいつ相手、しかもこう暗い中じゃ大剣は不利すぎる。……俺が残る」


 加藤達は緊張しているのだろう、緊迫した状況なのだから。しかしその最中でも、どちらが残るかで静かな戦いを繰り広げている彼らは大物と言えるだろう。それを続けていた時だ、その様子を見ていた新人達が呆然とした顔をしだす。静かな戦いは、ただの悪口の言い合いへと質が上がっていたためだ。


「お前じゃ無理ってのが分からねぇのかよ? この前までビビってたヒヨッコが。生意気抜かしてんじゃねーぞ」


 言葉だけならば、確かに緊張を解かせる意味もあるのだろう。しかし新人達に見えない目は鋭さを増し続ける。


「良く言うもんだな、聞いたぞ? ギョッセは初めて小型と対峙した時、漏らしたそうじゃねぇの。やばいな、大声で笑っちゃいそうだ……」


 その雰囲気だけならば余裕を持っているように感じられるだろう。しかし新人達には未だ感じられないものを醸し出し始める。

 2人は罵倒の最中で、お互いに今出来る事を確認しあっていたのだ、恐怖に耐えられるか、飲み込めるのかと。

 剣は、武は、動作は、経験は、その全てに措いてギョッセが勝っていたが、それでも足りないことを。

 最後の方で無言になり、お互いに頷き合う。

 中型モンスターは、先ほどまでの咆哮を上げはしないものの、徐々にこちらへと近づいてきている。新人達はまだしも、加藤とギョッセはカルガンの血で防具が汚れているのだ。


「いいかガキども……お前達に大事な役目を頼ませてもらう。こいつから聞いてくれや」


 ギョッセは静かに大剣を握りながら、ゆっくりと茂みから離れて行く。


「ははっ、俺がこれを言うってのも、なんだが恥ずかしいものがあるなぁ……。あぁお願いってのは、街に行って来て欲しい……。街の誰でも良いんだ、中型が現れた事を伝えてくれないか? あぁ、街の近くまで行ったら笛の音で報せた方が良いだろうね」


 加藤は笑いながらそう言う。以前に、目の前の新人達よりも遥かに弱かっただろう己が発言し、そして武人が笑みを感じさせる言葉で言ってくれたように。


「そ、そんなぁ……おれ達じゃぁ……と、とっても」


 新人達の中でも一番幼い男の子が嗚咽を交えてそう言おうとした途中。小さな、震えを隠せない、しかし確かに真っ直ぐと伸ばされた腕が遮った。


「わ、わかりま、ました。わたし達が街に行って、中型がで出たって言えばいいんですよね? あ、の……誰でもって、やっぱり斡旋所とか、そ、そいぅっ、いう?」


 嗚咽を必死に抑えたのだろう、しかし時々溢れてしまい途切れ途切れだ。


「そうだなぁ、やっぱり名前とか出された方がやりやすいよな。俺もそんな感じだったし。うん、デイリーってお爺さんは知ってるかな?……そうか、その人に伝えて欲しいって言ってみな?」


 既にギョッセは、街から離れた方へとかなり移動していた。

 大剣をいつでも振るえるような体勢のまま、中型から目を逸らしていない。それを横目で見つつ、目の前の己とは比較にならないほど強い少女を見つめる。


「わかりました……あ、あのっ。その、えっと、ご、ごぶうんを……」


 少女は恥ずかしそうに、照れながらもそう述べる。その言葉を、その意味を思い出した新人達は、顔を勢い良く上げて、涙を流す。それは今までのものと同じようで少し違う。

 同じように加藤に、離れた位置へと移動しているギョッセへと向けて小さく祈りを捧げると、ゆっくりと、震えながらも少女以外が移動をするために動き始める。


「いいかい、君達が全員立った時、ギョッセが……あっちにいる兄さんが声を上げて反対方向へと走って行く。中型がさっきみたいになるかもしれないけど我慢してくれ。そして、この場所の近くからある程度離れたら、走るんだ。……いいね?」


 少女は何度も頷き、目尻に溜まっていた涙が無くなると、顔を上げる。

 そして他の新人達の下へと、ゆっくりと移動を開始して、お互いに、全員で目を合わせた後、ゆっくりと立ち上がって行く。

 その瞬間、ギョッセが大きく動いた、どんどん街から反対方向へと離れて行く。

 そして。


「うわぁあああ、な、なんでこんなところにー。ちゅうがたがー、だれかーたすけてくれー。おれっちはどうしたらー」


 実に不愉快極まりない叫び声を上げた。それは確実に中型にも聞こえたのだろう、そして近辺から漂っていた獲物となるモノの匂いはそこからもするのだ。

 加藤達のすぐ傍まで迫ってきていたネミラズッタは首をゆっくりと、ギョッセの方向へと向ける。そして、咆哮を上げるのだ。

 先ほどよりも近距離なため、恐ろしいまでの恐怖が駆け抜ける。それは加藤でも足が竦んでしまうほど、咄嗟に少女達の方を向けば、小声で何事かを呟いていた。


「大丈夫、大丈夫。だって助けてくれたもの、あんなに強かったもの、大丈夫、大丈夫」


 それは恐怖を感じての言葉だろう、しかし加藤達の身を案ずる意味が強く感じられた。

 街までは近いといっても、それなりに距離がある。小型が出るかもしれない、最悪同じように中型に出くわすかもしれない。それなのに己ではなく、加藤達を心配する響き、これは実に加藤の力になっていく。

 そして、その姿は以前言われた言葉を加藤に再度思い出させる、中型だろうと、小型だろうと怖いものには変わりないと言う事を。


「よし、ギョッセに向って行ったな……。行けっ、走れ走れ走れ! 止まるなよ、何があっても止まらず走れ!」


 そう言うと加藤はその場から消えた。少女達、新人を助けた時のように、一瞬で離れて行く。

 その姿を頼もしく思い、同時に不甲斐なく感じながらも、少女達は駆ける。

 今の自分に出来る事を全うするために。


 ――――

 ――――


「下がれっギョッセ! っうぉ!?」


 ギョッセへと突進するように前足で暴風を巻き起こしながら殴りかかろうとしていたネミラズッタ。それに思わず声を上げて注意を促した加藤へと、中型はその長い尻尾で攻撃をしてきたのだ。


「へっへ、ばっかやろうが。おれっちの心配をする前にてめぇの心配をしとけってんだ」


 ギョッセと加藤は基本的に逃げ回っているだけだ。時折、大剣で、盾で防御をする事もあるが、ほぼ全て回避に力を注いでいた。


「うっせ! しっかしこのっ! ネズミ野郎のくせして生意気な……」


 そう、ネミラズッタは影だけ見れば特長的な長い尻尾も手伝って、ネズミそのものに見える、少々大きいが。

 だが明るければまた別の意見を加藤は出すことだろう。

 羽の無いコウモリのような姿をしているのだ、ロイオンのような鎧に見える鱗などは有していない。黒く短い体毛、細長い手足、肉付きが薄く、骨が浮かんでいるように見える。そして、長すぎる尻尾という容貌という貧弱なもの。

 それを確認せずとも、ロイオンを狩れる存在には思えなかった。しかし交戦状態に突入すれば、やはり中型という事を思い知る、圧倒的に速いのだ。


 加藤とギョッセは、冒険者の中でも上位と言える脚力を有した者だ。

 しかし、ネミラズッタは優々とそれに追いついてくる、そして何よりも尻尾。この一撃が恐ろしい、体には鎧を纏ってはいないが、尻尾はヤスリのようにざらついている。少し掠っただけで、傷を。否、そこに速度も加われば下手をすれば致命傷となる一撃と言えるだろう。

 死角が無いのだ、尻尾が長いために、背後は勿論、左右どちらにも対応しており、振り回す速度もあるために、どちらかをともいかない。


「……っ! あぁくそっ、これじゃ時間切れの方が早いかもなっ!? ってか無茶すんなっ! なに剣振ってるんだよっ!?」


 必死に距離を保ちながら、逃げる事しか出来ないでいる加藤。ギョッセも少しばかり大剣でカウンターの如く斬り付けるなどしているが、それは防御のついでであり、攻撃と呼べるものではなかった。


「へへっ、これも経験っつー奴よ! お前はぜってぇやるんじゃねぇぞ。どんな事があっても回避に集中し続けろっ!」


 ギョッセが軽いとはいえ、剣を向けている事には意味があり、それを加藤も察している。

 ネミラズッタにとって、鬱陶しい存在が加藤なのだろう。尻尾で執拗に加藤を追うように攻撃をしかけている、それを少しでも抑えようと、自分にも注意を向けさせようとギョッセは剣を振るっているのだ。

 とは言え、ギョッセには細長くも鋭い腕で、時には噛み砕こうとするように攻撃を受けている事には変わりない。

 その口元から垂れる涎は、出てきた月明かりを怪しく反射して光る。


「経験とかっ、言ってる場合じゃねーだろうがっ!? っぁ!」


 そして大声で返した加藤へと、大声に反応してか、今までよりも正確な致死の一撃が迫る。しかし、盾を構えて防いだのだろう、即死には至っていない。

 だが、その盾で防いでも軽く触れてしまっていたようで、脚からは血が流れていた。盾で防いだというのに、傷を受け、そして殺しきれない衝撃によって、地面を滑るように押された後、軽く尻を着いてしまう。


「……っ! せぃぁ! こっちだデカブツっ!」


 有効打を決めたと思ったのか、ネミラズッタが一瞬、ギョッセを無視したようにトドメを刺すべく、加藤を見ようとした時。

 ギョッセが一気に近づいて、渾身の一撃を前足へと叩き込む。流石に大型と言えども、ギョッセの一撃は効いたようで、苦しむように咆哮を上げた。


「グギィォァアオオゥァオッッ!!」


 しかし、その代償は大きすぎた。

 加藤が今の今まで避け続けた、加藤の脚力、反応速度を以ってしても寸前で避けられていた一撃がギョッセへと襲い掛かったのだ。

 今までであれば、回避は出来ずとも防御は出来ただろう。しかしギョッセは振り抜いていた、それも全力で、致命的な隙が生まれていた。なんとか大剣で防ごうと動かすが、それでは足らない、掠るように、抉るようにギョッセに直撃してしまう。

 面白いように、ヒトが吹き飛んで行く。それを加藤は起き上がりながら、見ている事しか出来なかったのだ。


「……っのやろぅ!? ギョッセ、俺が引き付けっ……」


 ようやく、立ち上がった加藤。

 時間にすれば本当に一瞬、しかし立ち上がるまでが異様に長く感じられた。その焦りに任せて、先ほどとは逆にギョッセの方を向こうとしていたネミラズッタへと加藤が脚の痛みを気にせずに飛びかかろうとした時、微かに、しかし強く声がした。


「……い、行けっ! もうガキどものための時間は十分だっ!」


 小さく、うつ伏せの状態から腕を突っ張って起き上がろうとしていたギョッセが零れるように言葉を紡ぐ。

 その言葉に突撃こそ止めたものの、その言葉の意味を知った加藤が必死に返す。

 ネミラズッタはゆっくりと、加藤を無視してギョッセの元へと歩み寄る、どのようにトドメを刺すか、楽しもうとしているのかのように。


「っ!? 馬鹿はお前だろうが、ギョッセ! お前だって言っただろ!? どうせ命を賭けるなら、大切な奴のために使うって! 今がっ!?」


 段々と近づく、それを止めるために動きたい。

 しかし一度止まってしまった足は動かない、ここに来て体力、気力ともに限界が近づいてきたのだろうか、それほど傷は深いのだろうか。いや、それ以上にこれまで中型と対峙できていた土台である加藤の内にある恐怖。

 これがギョッセの有様を見てしまった事で未だ不完全な覚悟という蓋から溢れてきたのか、或いはどちらともか。


「この状きょぅ……、へっへへ。経験を積むための討伐系だったか……」


 起き上がろうとしていたギョッセだが、再度地に倒れてしまう。

 せめてと仰向けになり、黒だけだった世界に生まれた小さな輝きを目に焼き付ける。


「経験、おれっちにゃ足りなかったのかねぇ……、焦らずにやりゃー良かった。危うくおれっちのせいで、てめぇまで殺しちまう所だったぜぇ」


 脚が動かない、急に震えだした足を、身体を、同じく震えた腕で叩きつける。

 何度も、何度も、痛みが増す、熱を持つ、思い出せ、自分の夢とは何かを。

 全身から鼓動を感じる、大きく、強く、自分はまだ生きている、動けるのだと。

 そう、語りかけるように、乾いた音が響く。


「馬鹿言うなっ、あれは俺がっ! それに経験だって!? それが無けりゃ、何も出来ないのかよっ!? 俺らはあの子達にっ!?」


(……あの子達は言ってくれたじゃないか。 俺とギョッセは強いって。 強い奴ってのは、大人ってのは、こういう時……覚悟だの経験が必要だなんて言うのか?)


「へっへ、そうだなぁ。 あのガキどもは助けられたかもなぁ……。へっへへ、おれっちもなかなかぁ」


 中型モンスター、ネミラズッタは遂にギョッセの程近くまで辿りつく。先ほどまで見えていた、小さな輝きは、横から差してきた大きな影で徐々に消えて行く。


(経験? 覚悟? それが無ければ動けないんなら、強者じゃないなら、俺はまた弱者に戻ってやる。あぁ……そうだ、そうなのか。俺の目標は……)


 これが学問であれば、正解というものが確固として存在するのかもしれない。しかし戦闘でなくとも、運動、競技であればどうであろうか。正解などありはしない、本来は正しい行動が間違い、致命的な失敗に繋がる事も少なくないだろう。どれが正しいのか、己の直感か、学んだ知識か、体に染み込んだ動きか。それはどれもが正しく、同時にどれもが間違いという矛盾。

 なぜ、経験というものが重要視されるのか、それは単純明快。選ぶためだ、そのありとあらゆる選択肢の中から、たった1つを。いや、もっと言えば覚悟を後押しするほんの少しだけ、しかし大きな手であるといえるだろう。



 ――――自分の決断に全てを託す勇気の種火、それが経験なのだ。



 だが、間違えてはならない。

 経験がなければ種火は生まれず、勇気という炎を抱くことが出来ない。このような事はあり得ないのだから、なぜならヒトは最初から経験を持ってなどいない。

 簡単だ、種火など必要ないほどに、強く在ればいいだけ。


 だが、間違えてはならない。

 強さとは、力とはそう簡単に言い表せは出来ぬものなのだから。力が無いのであれば意思を宿し、意思が消えそうであれば、虚勢を張れば良い。

 そう、単純なことである。



 ――――何があろうとも、決して諦めない。



 これこそが全てに繋がる源流であり、原始の炎なのだ。それは加藤にとっての英雄ヒーロー達が同じく背中で語り続けた言葉。


 ある時、無力に嘆こうとも足掻く事を止めはしないと言い切った者達がいた。

 ある時、どう見ても敵うはずのない大敵を目の前にして、小さな体に全てを宿して抗う者がいた。

 ある時、弱者だった己に強者という存在の道を示した者らがいた。

 ある時、自分は臆病者だと吐露しながらも、強く優しい眼差しを向けた者がいた。

 ある時、未熟な己を誰よりも信じてくれる者が出来た。

 そして、命を失いかねない現状でも、己に逃げろと笑えって言える者がそこにいる。



 ――――そう、以前思い知ったことだ、己は既に最強なのだと、なればこそ。



「はっはっは、悪いな、ギョッセ! 俺は勘違いしてたみたいだっ! だからっ」


 動く、脚には熱せられ、叩かれた事によって鍛えられた経験が舞い戻る。

 握る、腕では苦悩し、叫んだ事によって恐怖に沈みかけた覚悟を取り戻す。

 前を向く、そこには夢の、目標の姿は一切見えない。

 あるのは唯、己が守らねばならない大事な友の姿だけ、彼は今。


「今だけは、俺が……今だけはならないといけないっ!」


 遂に、ギョッセの傍まで辿りついたネミラズッタ。

 時間にすれば僅か数十秒、しかしその間に徐々に顔に諦めが浮かんでいるギョッセの変化を楽しんでいた。

 もう十分とトドメを刺そうとした時。


「っぁああぇええぇぃ!」


 風が吹く、しかしいつもの速いだけの疾風ではない、力ある暴風だ。

 盾を前面に構え、剣を中腰に構えたままの跳躍、そして中型の、ギョッセの命を奪おうとしていた細い腕へと激突した。

 それが加藤の精一杯、諦めないで行った一撃。


「……ぅあっ! っと……うぁっ、くそ」


 流石に無理があったのか、脚は動かない。腕には力が篭らない。

 全てを出し尽くしてしまったのだ。


「どうよ、俺にも出来たぞっ! ちゃんと進めたっ! はははっ! それに脚が痛くて堪らないんだ、どうせ逃げ切れはしなかったさ。だったらやりたい事をしても良いだろう?」


「っの馬鹿がっ! ったくよぉ……へっへへ!」


 ギョッセと同じく、仰向けに倒れて、笑い合う2人。

 そんな2人へと、激怒の咆哮を上げる存在、それは先ほどまでと姿が少し異なっていた。

 前足の片腕が無いのだ、ギョッセに斬りつけられた重い斬撃に、加藤の全てを賭けた暴風が襲ったのだ。

 いくら中型といえども、そうそう耐えられるものではない。

 どれほどの怒りなのかは分からない、ただの獲物に、弄ぶ相手にここまでされたのだ。

 最早遊びはせずに、すぐさま殺そうと動いた時だった。


「グッギャォオオオウンン!!?」


 先ほど、ネミラズッタが現れた時と同じ、いやそれ以上に大地を震わせる衝撃が空を切って現れ、中型へと当たると爆発を起こした。

 それから遅れて空気が震える音が聞こえてきた。


「はぁ? なんだぁ、今のぁよ」


 諦めではなく、全てをやり遂げた充足感にすら浸っていたギョッセは、痛む身体を気にせずゆっくりと、頭を上げた。


 そこに見えたのは巨大ななにかだ。中型なぞ比べ物にならぬ程の影の塊が押し寄せてきていた。その中からいくつかの影が突出してくる。


「……ぬぅうおおおおぅぁああ!」


 小柄な影は大きな、大きすぎるランスを一直線に構えて砲弾と化している。


「……っせえぁああぇええぃあ!」


 その隣に見える影は銀色の煌く剣を両手に握りしめて地面を滑る。


「……おぉおぉおおあああぁぁ!」


 その後ろからやや遅れて飛び出してきた影は立ち止まり大きな何かを構えた。


「グルァアオオオオゥァ!!……グギャァオ!?」


 そして最後に出てきた影から一矢が撃たれた、あっと言う間に先を走る影を追い抜かし、この暗い中で見事に中型の尻尾の付け根に命中する。

 それは致命傷足り得ない、しかし一時、恐ろしい凶器の動きは止まる、恐ろしい脅威は驚き騒ぐ。


「……この隙っ、もろうたわっ!!!」


 そして砲弾が胴体へと突き刺さる。恐ろしい痛みに、ネミラズッタは身体を逸らせるようにして悲鳴を上げる。


「……随分楽しんだなっ、十分だろう!!」


 そして銀色の煌きは赤いドレスを纏うために首筋へと踊るように交差した。

 痛みの声を上げるために上を向いていたために、無防備となっているそこへ、あっさりと、抵抗を感じさせない一閃が走った。


 先ほどまでの暴力を、殺意を振り撒いていた咆哮は、力なく小さくなっていく。そして、その巨体に似合わぬ軽い音を立てて、大地へと伏したのだ。


「…………なんだかなぁ」


「諦めろ、おれっちはもうとっくに思い知ってる」


 その様子を、頭を軽く上げながら見ていた2人はなんとも言えない、笑顔を浮かべていた。


「ふぅ……うむ、どうやら仕留めたようじゃのぅ」


 大きなランスを担いだ小柄な影、デイリーは近寄って確認を取ると、ようやく何時もの爺らしい声を出す。そして倒れている加藤達の元へと銀色を携えた影、ルクーツァと共に歩み寄ってくる。


「どうやら、間に合ったか……ふっ、お前達にしては上出来すぎる。よく、よくやったな」


 ルクーツァはより重症そうに見えるギョッセの下へ駆け寄り、抱きかかえながら、加藤へも聞こえる大きな声で言った。


「ほほっ、うむ……。あれを得てからまだそう経っておらぬというのに、よぉやったのぅ」


 デイリーが加藤の下へと近寄ると、そう零しながら、同じく抱きかかえる。


「へっへへ、いやぁ命拾いしたなぁ。 おぅ、相棒よぉ?」


「はははっ、そうだなぁ。こうなると怖くて堪らなくなってくるよ、誰かさんみたいに漏らしそうだ!」


 大人の背に抱え直された加藤達は、その安心できる場所で下らない、だからこそ愛おしい喧嘩を始める。


「はっはっは、ギョッセ……。お前の事だ、カトーのために少しばかり無理をしたんだろう。良くやったな?」


「へっへっへ、おれっちはこいつの兄貴分だぜ? 弟分のためになら、多少どころか無茶無謀、どんと来いってんだ」


「それは結構、だが良いか? そういう事を言うのであればだな……」


 ルクーツァはギョッセと加藤、2人揃おうとも今はまだ中型を倒せるとは思っていない。しかし、大怪我を、このような負傷を負うのは加藤なはずなのだ。

 だがそれはギョッセだった、それを感謝し、そこを大いに褒めると同時に、そこを指摘し始めていた。そんな様子の2人を前に見つつ、デイリーも口を開いた。


「……うむ。いやはや、あやつの足を落とすとはのぅ。小僧……、いや」


 ルクーツァに倣ったわけでは無いだろう、しかし言わずにはいれない。

 デイリーが何事かを言おうとしたが、それを止める。


「……ん。 なんだ、デイリー?」


「ほっほっほ! お主はまだまだじゃと言いたいだけじゃよっ! なんにせよ、良くやったの……。のぅ、ヒロよ」


「ん……うん。ははっ、デイリー……夜空も悪くないなぁ。今思うと、こうして眺めるのは初めてかも?」


 完全に黒が支配する時間帯。しかし、そこには数々の小さくとも強い光が点々と輝いているのだ。いつも変わらずそこにある小さな輝き。

 しかしどうして、こうも美しく見えるのだろうか。なんら変わっていないというのに、今夜の輝きはなによりも眩しく、頼もしい。

 少なくとも、加藤はこの輝きを一生忘れないのだろう。これからも、彼の胸の中でその光景は、その時感じたソレは、その輝きを失わず、いつかどこかでそれが必要とされる時が訪れるのかもしれない。


 ただ、今はただただ、夜空を眺めながら、ゆっくりと街へと帰るのだ。

 大切な家族に怒られるために、大事な友に叱られるために、なによりも。

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