第19話 『○○→背中!』
「ふぅ、やっぱりきついな? でも、討伐系を請けたおかげかな……もう油断はしない」
汗を拭いながら、加藤はそう呟く。
「まぁな? 初めて討伐系を請けた時にゃビビったぜ……、あんなにすげぇ動きをしてたってのに、ビクビクして動きはしねぇんだからよ?」
同じく呼吸を整えながらも、ギョッセは応えた。
彼らの足元には、既に息絶えた小型モンスターが3頭、カルガンの死骸が横たわっている。大きさは1mほどのものが、石畳の街道の上に転がっている。しかし死因はほぼ同じだろう、鋭い何かで斬り付けられたためのようだ。
一頭は細かく、浅い傷が体中にある、もう一頭は数が少ないものの、大きく抉られるように潰されるような切り傷が、そして加藤達に最も近い場所の一頭。それは無残な姿だ、胴体と脚部は別れている、そして頭部は何かに押し潰されたような形であった。
「へへっ、しかし盾でトドメたぁ、面白いじゃねぇの。てっきり剣でだと思ったんだがね?」
この討伐系の前に、彼らは幾度も討伐系を請けていた。
その最初、一番最初の時に、小型と向き合った時、加藤は何も出来なかったのだ。本当の加藤は、何1つとして出来なかった、偽りの自分を形作っただけだった。
ただ、ギョッセとデイリー、エイラに守られていただけ。しかし、それを経験した加藤はほんの少しだけ格好悪くなれたのだ、怖いと感じられた、恐ろしいと感じられた。
そして、それを当たり前だと、恥じる事ではないと思えたのだ。
「あ、まぁっ、デイリーに言われていたからな! 盾は防具じゃなくて武器なんだってさ。こんなに上手くいくとは思ってなかったけども」
そんな事があったからか、彼は元よりあった堅実さを更に強めていた。若干、慎重になりすぎる点はあるものの、これで良いのだ、加藤の武器は本当の武器となったのだから。
しかし、冷静に勤めようとしている所で褒められた事に、若干声を上ずらせて加藤は照れを隠すように慌てて言う。汚れた盾を、布で拭いながらも、言葉を交わしながらも油断はしないように。
「だろうさ、おれっちも驚ぇたくらいだしよ。しかし、今回の討伐系はひでぇもんだな……」
討伐の仕事、これは本来であれば1組4人が普通であるところ、今回は加藤とギョッセの2人しか居なかった。
最初の討伐系、あれ以降も何度か討伐系は請けて来ていた。それはルクーツァかデイリーの内1人、そしてもう1人にはレイラ達の誰か1人が加わっていたのだ。
今回、彼らは街を離れられない。しかし例え討伐系を請けられる、街を離れられたとしても、1組2人には変わりがないのだが。
「でも、この時期はいつも忙しいんだろ? こんなんじゃないのか?」
そう、時期である。
今は本格的に寒くなる季節、冬を目前に控えた肌寒い秋の中旬。この時期になり始めると、小型は蓄えるべく食糧が豊富にある場所へと行動範囲を移しやすい。豊富な場所とは水場が多い場所にも繋がりやすく、長じて人里の近辺とも言えるのだ。
ゆえにこの時期には小型討伐系の仕事が多発し、冒険者にとっては稼げる時期であり、命を失いやすい危うい時とも言えるのだ。
「まぁなぁ、でも今回ほどじゃーねぇのよ。2人でってのは今までもあった、けどよ? それでもすぐに駆けつけられる距離感を保ってのものだぜ?」
今回は、以前の森は当然として、街道にまで出没しているのだ。非常に広範囲に、しかし群れとまでいかない少数で現れているのが今回の難しいところである。別に小型モンスターなのだから、ある程度であれば放置したとしても問題は無い。
この時期でなければ、の話である。
「でも、小型がばらばらに出ているって話だし……、仕方ないんじゃないのか?」
「まぁな? その上でこの広さ、そうなんだろうけどよぉ」
この時期、大型はその限りではないが、中型も同じく食料を蓄えようとするのだ。しかし最初から人里の近くというわけではない、エサとするのは小型モンスターである。大抵の場合は、人里に来る前にある程度確保するために、ヒトの目に触れるのは極々少数。通常通り、4人で一組だとしても、十分に対応が可能なのだ。
しかし今回は、そのエサとなる小型モンスターの多くが逃げ遂せたのか、まばらに、人里近くに現れている。つまり多くの中型が、それを辿って来る可能性が高いのだ。
「ルクータもデイリーも、万が一のために街で待機だもんなぁ。レイラ達もロレンの手伝いがどうとか言ってたし……」
そのために、街では大型兵器をいつでも使用するための準備を急いでおり、武人の中でも達人と呼ばれる者達は、最優先で守るべきもの、つまりは街に留まっていた。中型を誘引しかねない小型を街から離れた場所で討伐する役目は、少人数であろうともこなせるだろう、中堅以上の実力を持った冒険者に任されている。
加藤は未だ冒険者としては新人に毛が生えた程度のものだが、鍛えられた身体能力、武などで言えばそれに達しているため、今回のようなものとなっていた。未熟な加藤を危険な区域で使わざるを得ないほどに、人材が足りない状況とも言えるだろう。
「それは措いて置こうぜ。ほら、さっさと埋めちまうぞ? 中型が臭いを辿って来たりしたら笑えねぇからよっ!」
そう言うと、ギョッセは街道の脇に穴を掘り始める。スコップのような金属の道具を取り出すと、勢い良く地面に突き刺して。
それを見た加藤は、ギョッセの程近くで警戒態勢を強める、いつ他の小型が来ても良いように。
「あっ、ずりぃ! 俺もそっちが良いのにっ!! 次があったら俺が穴掘りな? これ凄い疲れるんだからさぁ」
「へっへっへ、これぞ経験の差ってぇもんよ! 覚えとけよ、冒険者で知らねぇ奴らと組んだ時、体力を温存できるのはそうだが、それ以上に精神を休める事を重視するんだぜ?」
そう笑いつつも、穴掘りをしつつもギョッセも気を配り続けているようだ。これでは休まりはしないだろうが、これでいいのだろう。
「それって要は自分だけは死なないようにって事か? それはなぁ、んー……」
「甘ったれた事言ってんじゃねぇぞ? 冒険者ってぇのはそういうもんだ。死なないように努力する、まぁこういうのをやり過ぎるのはいけねぇがよ」
早いもので、ギョッセは2つ目の穴を掘り始めている。
「笛の音がする場合はその限りじゃねぇし、よっぽど強い敵でもそうだな? 連携しなくちゃ全員お陀仏ってなりゃ、そうせざるを得ないとも言えるしなっ」
「んー……、そういうものなのか。 まぁ確かに、俺も知らない冒険者と、ギョッセだったら、ギョッセを助けに行くし……」
そう零した加藤に、ギョッセは大声を上げて笑った。
「へっへっへ、おめぇは気持ちわりぃ例えを出すんじゃねーよ! ったく、せめて可愛い可愛い女の子にしときな。背筋が凍るかと思ったぜ! だがまぁ、おれっちも同じよ、そういうこった。どうせ使うなら、大事な奴に使いてぇわな、命ってぇもんはよぉ」
言い終わると、ギョッセは加藤に近寄っていく。穴を掘り終えたようだった、今度は加藤がカルガンの死骸を引き摺らずに両手で持ち上げて穴へと運ぶ。
これが実に精神を消耗する作業なのだ。小型モンスターはヒトの敵だ、倒さねばならない存在と言えるだろう。
しかしこうして持つと、ヒトとして、特に加藤の場合は地球人として、罪悪感をどうしても禁じ得ないのだ。これを飲み込めるようにならねば、いざと言う時に剣が鈍り、その役目を己で全うする事となるだろう。
しかし、彼らと違いモンスター達はヒトを殺す事に、一片の罪悪感も覚えない。
「うっ、はぁ……。終わったぞ、これで大丈夫か?」
ギョッセが掘った穴に死骸を入れ、その上に掘り返した土を戻すように被せて終わりだ。それを確認したギョッセは、その盛り上がっている場所の上を幾度が踏みつけるように固めてから、頷いた。
「おぅ、こんなもんでいいだろうぜ。本当なら色々とやりてぇとこだが、ここは街からも離れているし、そう量もねぇからな。……さてっと、そろそろ移動するか」
色々とやる、とは死骸は埋めているが、戦いの痕は残っているのだ。そうでなくとも、穴から死臭が洩れる事もあるだろう、それらを消すための作業である。
匂いの強い木々の木っ端と共に埋めたり、街道の場合は大量の砂を覆い被せるなど、簡単なものでも様々だ。或いは、食料とする事も可能だろう、モンスターは種類によって異なるが平均して食べられるためである。
しかし、それをする余裕もなければ、材料もないために、簡易なものとなっていた。
「ん? あぁ、そうだなぁ、もう昼過ぎだ……。街の近くに戻った方が良さ気だね」
加藤達は街から多少離れた街道に立っていた。馬は無い、徒歩でここまで来ているために、帰るだけでも数時間を要すだろう。暗くなっては小型と言えども危険が増す、この時間帯で切り上げるのが正解と言える。
「まぁ、今の3頭に……、昨日一昨日とで11頭だろ? かなりの数狩ったもんだよなぁ」
加藤は歩きながら、指折り数えて、そう語る。
「んぐ、ふぅ……。まぁなっ、こんだけ狩った奴らは他にいねぇんじゃねーの? おめぇも、うん段々良くなってきてるしよ? ほら、ちゃんと水飲めっ」
水分を補給しながら、ギョッセも同意を返す。水筒を受け取った加藤が、水を軽く口に含み、ゆっくりと飲んでいく。
「ふぅー、やっぱ旨いなっ! 小まめにしか飲めないのが苦痛だけどもさ」
「へっへ、そうガブ飲みできる程持ってきちゃいねぇし、それは無駄になるだけだぜ? 考えて飲まねぇとな」
会話を交えて街道を進む彼ら、茂みの近くであった先ほどと違い、ここではそこまで気を張ることは無い。
森などとは違い、見通しが利くためもあるが、加藤とギョッセの2人だからこそとも言える。両者ともに、脚力、体力共に並ではなく、いざとなれば小型相手だろうとも逃げ切れるという情けなくも強い切り札があるためとも言える。
「さってと、水も飲んだ事だし……、いっちょ軽く行くか? 体も冷えてきちまったしな、温まるとしようぜっ!」
そう言葉を残して、ギョッセは加藤の隣から消える。ただ走っているだけ、しかし速いのだ。
加藤は慌てて水筒を仕舞いこみ、それを追っていく。
「っ、おいギョッセ! いきなりはやめろっての、見失ったらどうするんだよ……。けど、まぁ確かにこのくらいが俺らには丁度いいかもなぁ」
「簡単に追いついて良く言うぜ……。まぁ、そうだろ? それに確か街道側にはおれっち達以外にも後4つグループがあったはずだ」
瞬時に追いついてきた加藤に苦笑いを浮かべながらも、ギョッセは少しばかり真剣味を帯びた声を出す。
「俺らより奥だと野宿が必要だから、確か熟練の冒険者の人達が10人規模で行ってるんだっけか?」
「あぁ、そっちは心配いらねぇだろうよ。心配なのは街に程近い場所で行動してる3つの組の奴らさ。こう言っちゃなんだがよ、ヒロと同じく新人の中でもやる奴が使われている区域なんだよ」
それは慣習のようなものである。この時期は街の近くでありながらも、街道に小型が現れる事がある。当然いつであろうともそうなのだが、何時にも増して、そう言える時期なのだ。
そのために新人から成長しようとしている者達のための修練の場所という暗黙の地なのだ。しかし、それはいつもの場合であり、今回のような場合では本来そうしない。
命を無為に失わせてしまいかねないからだ、だが同様に今回のような場合だからこそ、加藤と同様に使わざるを得ないと言えた。
「それが心配って事か? んー、今日まで3日、街からここまで往復してるけど近くでは見当たらなかったけどなぁ」
「いいや、そうじゃねぇ……。気が付いてねぇか? 段々と接敵する地点が街に近づいていってることによ?」
「……そう言えば、そうかもしれないな? それに昨日は奥で2頭、帰りの道で5頭がいた……一昨日も?」
それを思い出していく内に、加藤とギョッセの顔色は深刻味を増して行く。走っていた速度が、歩みだったと思えるほどの疾さへと変わっていく。
「嫌な予感がしやがるっ! 急ぐぞ、ヒロ!」
暫く走ると、街道が先ほどよりも整備された感へと変わっていく。街に近づいてきている証拠だ、今までのところ、モンスターの痕跡は見当たらない、交戦の痕も見て取れなかった。
「ここまでは、大丈夫か。とっくに新人どもの区域なんだが、考えすぎだったか?」
「それは、街にまで着いてから考えようよ。ひとまず急ごう、嫌な予感ってのがしたんだろ?」
加藤はギョッセの話を聞き、その表情を見たからこそ感じたのだ。
ギョッセは今までの経験を元に想像した、してしまったのだろう、そして経験というものは決して軽く見ていいものではなかった。
「っ、こりゃぁ……」
ギョッセは急に足を止める、いや加藤も止めていた。
「…………」
街道の先ばかり気をしていた彼らだが、不意に気になるものが見えたのだ。それは石畳に点々と置いていた赤い点。それが段々と増えていく、そして足を止めた場所の横に逸れた場所に、何かがあった。
それは這ってでも時間を稼ごうとしたのだろうか、致命傷を受けて尚、守ろうと足掻いたのだろうか、頭部は無残にも潰れている。
「お、おい……ギョッセ? まさかとは思うけど、いや、そのっ」
「……悪いな、足を止めちまって。 急ごう、今はそれどころじゃねぇかもしれないんだからよ」
そう言うと先ほど見た、いや自らが行ったものと同じ非道を受けていたなにかを残してギョッセは走っていく。2つのなにか、それは手を伸ばしていた、その方向にはモンスターのモノらしき足跡が見える。
加藤は少しの間、なにかを見続けた後、歯軋りしつつ、それを追う。
「荷物を捨てろっ! 必要最低限、思いっきり飛ばすぞっ!!」
そう言うとギョッセは大剣以外、万が一のために首から掛けている笛以外の物を投げ捨てる。
加藤もそれに倣い、全てを捨てた。重りは消えた、重量だけでなく、重心を崩していたソレを捨てた彼らは更に速度を上げる。
なにかを置き去りにしてから、ほんの少し突き進んだ頃、絶望を報せるためか、希望を託すためかは知らないが甲高い音が途切れて聞こえてきた。
「笛だっ、生きている! まだ間に合うっ! ヒロっ! 行けっ、行けっ行けっ!!」
そう叫ばれた加藤は、一段階速度を上げた。
ギョッセに合わせていたそれは、加藤にとってはまだまだ風と言えるものではない。姿勢は低くなる、少しでも抵抗を減らすために、ともすれば地に倒れてしまうのではないかと思えるほど。既に剣は抜いている、冷たい鉄は、意志が通った事で力の象徴へと生まれ変わる。
盾を強く握り締める、己の信念で相手の殺意を殺すために。
それは以前に小型へと向けたまがい物ではない、加藤のソレだった。
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「なんでっ、こんなはずじゃあ! あのヒト達が時間を稼いでくれたのにっ!」
「うぅ、怖いっ! もう、もうっ!」
しかし、いくら風となろうとも、かなり遠い、笛の音の元まではまだ少し掛かってしまう。
そこにいたのは、以前の加藤。剣を握る事で強くなったと感じ、鍛えた事で過信を生んでしまっていた加藤だった。恐怖というものを、未だ知らず、それに直面した時になってようやく気付いた加藤の姿だ。
「はぁはぁ、なんでっ! 小型ならもう大丈夫なはずなのにっ! 前に着いて行った討伐なら倒せたのにっ!」
新人だろう冒険者は4名、道中で息絶えていた2名は彼らのために立ち向かったのだろう、例えまがい物の覚悟だとしても、それで守れるものが有ると信じて。
そして、それは決して無駄にはならなかった。それがまがい物だと決めるのは己では無いのだ、それを決めるのは。
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「ぅぅぅぉおおおおおおっ!」
まだ遠い、しかし尋常では無い速度で近づいてくる誰かが声を上げる。
それに下を向いていたヒト達は顔を上げる、小型モンスター、カルガン達10匹程度もまたそちらを向いた。
たった一瞬、しかし今まさに死を与えられそうだった新人の冒険者は命の時間を延ばす。
たった一瞬、しかし今まさにトドメを刺そうとしていたカルガン達の豪腕は止まる。
それで十分、風とはその一瞬で運ばれるものなのだから。
その誰かは腕を振るった、風から何かが放たれたのだ。
「へ。 うわぁ!?」
「コゥァアアオ!?」
それは新人冒険者とカルガン達の丁度中間に突き刺さる、それは剣だった。
その投擲で、また一瞬、命の時間が延びる、これで十全。
「コゥァアアオゥ!」
強敵が近づいてきていると思ったのだろう、せめて1つでもエサとなる者の命を絶とうとカルガンの一匹が豪腕を振り上げた。しかし、声がした、先ほどよりも近くから、そして。
「っぇぃいぁ!」
風の勢いそのままに、盾で殺意どころかその主を吹き飛ばす。脚を突き刺すように、大地を踏みしめると、それを軸にして身体を急速に勢いを殺しつつ、半回転した。その途中で突き刺さっていた己の剣を握りしめ、回転が終わると手には剣と盾、加藤の力の象徴が燐と輝いていた。
「間に合った……。大丈夫ですか? いや、それは……」
加藤が現れた事に、4人は何も言わない、言えない。
ちらりと後ろに視線を飛ばす、新人との事だが、やけに幼く見える。ラルよりも少しばかり上という程度だった。
「ふぅ……いくぞ。 っぇあっ!」
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辺りは陽の明かりが薄くなってきていた。
そろそろ暗闇が支配する時間帯となるだろう、それを意識して急ぎつつも、明るい声が聞こえて来る。
「いやー、無事でなによりってやつだぜっ! ヒロも、良くやったなっ!」
ギョッセは地に伏していたカルガン達を引き摺りながら言う。同じく引き摺り、掘られた穴へと入れて戻ってきた加藤がため息交じりに言った。
「いやぁ……危なかったけどね。 ギョッセが来てくれなかったら守りきれなかったしさぁ」
あの後、加藤は12匹のカルガンと交戦した。
しかし加藤の最大の武器が使えなかったのだ、なぜなら背には守るべきヒトがいたから。その場を離れるわけにはいかなかった。ギョッセが来るのがもう少し遅ければ、加藤も無傷では済まなかっただろう。
「へっへっへ、良く言うぜ! おれっちが来るまでに4匹もやっちまいやがってよ? いやいや、これはあの時の経験が役に立ったな!」
「ははっ、そうかもなぁ。 前までの俺だったら走っていけても、守りは出来ないし、それどころか普通に俺が死んでたかも」
笑いを交えながら、加藤達は処理を行う。助かった新人冒険者達は、街道の端で纏まって震えていた。
「ふぅ、終わりっと。 おいおいガキども、なーにやってんだ? ほら、街に帰るぜ? おらっ、立て立てっ!」
「あっ、ご、ごめんなさっ! その、あり、ありがと、うござ!」
生き残ったヒトらの代表格らしき女の子、ますますラルと同じような感じの冒険者は嗚咽を混ぜながらも感謝の言葉を述べる。しかしギョッセは頭を乱暴に撫でてから、一言だけ言った。
「別に大したこっちゃねぇ。おれっち達はおめぇらを守ろうとした奴に頼まれただけよ」
一瞬だけ顔を下に向けて悔しそうな、悲しそうな目をしたギョッセ。
しかし顔を上げた時には笑みを浮かべて更に言うのだ。
「ほらっ、さっさと街に戻んぞ! おめぇらも疲れただろーしな! へへっ、頑張ったご褒美だっ、こいつが斡旋所でうめぇ飯を奢ってくれるそうだぜっ!」
「……へ? あ、お、俺? あぁいや、うん。美味しい夕飯を一緒に食べような! あそこのおっちゃんは中々腕が良いんだぞ?」
意味はないだろう、この程度では少年と、少女と言える新人達のソレは治まらない、加藤の時とは違うのだ。
加藤は既に力があった、それに対抗はできたのだ。彼らはその力すらなかった、そして更に恐怖である、もう何もないと思えた事だろう。
しかし、そんな加藤とギョッセの背中を見た彼らは、少しだけ暖まるのだ。加藤が以前、どこかで感じたものを胸に宿すように。
「はいっ! あの、わたしの名前はっ」
代表格の少女が、一度大きく頷いた後に、大きな声で何かを言おうとした時だった。
空気が大きく震えた。
大地が大きく揺れた。
薄暗くなっていたために、遠方まで視野が届かなかったためだろうか。
とにかく、加藤は、ギョッセであってもその存在に今の今まで気が付かなかった。
「グゥロゥウウァアアアオオオゥッ!」
街から然程離れては居ない場所。
そこに強大すぎる脅威が姿を現したのだ、今の加藤ですら到底敵わないであろう、大敵が。