第18話 『○○→撥条!』
「よーし、初めての討伐系だっ!!」
声を上げて加藤は喜ぶように言い放つ。
「へっへ、おうともよ! 今回もカルガンだな。 ってもこの辺りじゃカルガンが殆どなんだけどよ?」
その声に笑って頷くのはギョッセ、加藤の相棒となる年上の冒険者である。
「まったく……はしゃぎすぎですわ。というか何故わたくしがカトウなどと一緒に……」
その声を煩そうに耳を塞ぎながら零すのはエイラ、有翼人の女性である。
「ほっほっほ、そう言うでない。これは後のお嬢のためになる事でもあるのじゃぞ? 気張っていかんか」
3人を笑って見守るのはデイリー、武人の中でも達人と謂われる強者である。
彼らは討伐系を請けて街道へときていた。
カルガンがサックルへ向けて来ていた商隊を襲ったとの報があったためだ。
幸い、共に移動していた雇われている冒険者が追い払ったものの、優先順位として街へ行くことを重視したため討伐には至っていなかった。
そのために、彼らが赴く事になったのだ。
「でもさ、10頭くらいいたんだろ? 俺らだけで大丈夫なのか?」
先ほどの明るい声から、少しばかり不安を滲ませて加藤が問う。
その言葉に全員が笑って首を振った。
「情けない事っ、屋敷では偉そうにしていたというのに、これは笑えますわっ! ふふっ、まぁ安心なさいな。 わたくしがいますし……」
「おれっちに加えて、爺様もいるんだぜ? まぁ、そろそろ例の頃合ってのもあるがよ? 大丈夫ってもんよ、安心しなっ」
「いや、そうだけどさぁ。あぁ、もういいよ……」
そう言うと、辺りを見渡す加藤。
痕跡はあるものの、姿が見当たらない。
「ほっほっほ、それを大事にする事じゃ。なぁに、すぐにそれ以上に恐ろしくなろうて!」
「ビビらすなっての! あぁ、ここに居るのがルクーツァなら……、余計に悪くなりそうだ……」
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加藤達は会話を交えながら、小型を探す。
そして時間が流れていく、陽が真上から少しずつ傾き始めていた頃。
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「静かに……、いましたわ。情報通りの10数体ですわね? カトウ、準備はよろしくって?」
声を潜ませてエイラがそう呟く。
言われた加藤は少々声を荒げながら、しかし小さく返した。
「剣も持ってるし、盾もばっちりだっての! 準備なんてとっくさ」
その返答にエイラは呆れた顔を晒したが、すぐに前に視線を戻した。
「まぁ、そういうものですわよね。わたくしも最初はそうでしたし、いえ……、そもそも4人などではこのような場へ来る事も出来ませんでしたから、マシかしら」
「へっへ、そうだよな? おれっちでも、いや恥ずかしいんだがよぉ? 初めて交戦した時に……」
「馬鹿ども、それくらいにしておけぃ。ほれ、そろそろ奴らも気が付くぞ? 良いか、ワシはここで見ておる。3人でまずはやってみせい!」
デイリーの掛け声で、まずはギョッセが茂みから飛び出して小型モンスター、カルガンへと突き進む。
「っ、ぅおおお!」
そして、飛び出す時の音に気が付いたカルガン達がギョッセへと視線を向けた時。
一番近くにいた一匹が絶命する、ギョッセの大剣の一太刀はそれほどに重い。
そこに続くように飛び出したのはエイラ。
エイラは両手に棒のような、剣のようなモノを携えてソレを振るう。
「ふっ! ……ふぅ、わたくしも実戦は久しくありますが……うん、いけますわね?」
女性らしい動きと言うのは間違いかもしれない。
だが、柔らかい、決して速いとは言えないが正確に急所を攻撃して、遂にはカルガンを地に伏させた。
「はー……すっげぇ。ギョッセはそうだろうとは思ってたけど、エイラもすげぇなぁ」
未だ茂みから飛び出していない加藤は、感嘆の吐息を漏らして、そう零した。
しかし、すぐに頭に軽い衝撃を受けて驚く加藤、デイリーが、軽く叩いたのだ。
「小僧、お主もはやく行け……、なにが凄いじゃ。ほれ、さっさと行かんかっ!」
「うわっ、とっとと……。うっ、そうは言っても……あぁもう!」
デイリーに押し出されるように、茂みから戦場へと出てきた加藤。
彼は暫く目を辺りに泳がせた後、諦めたように前へ進んだ、いや飛んだ。
「ちょっ、ヒロっ! おめぇ、ばかっ!」
一瞬にして風となり、群れから離れていた2匹を倒していたギョッセ達を通り過ぎる。
そして、残り10匹程度の塊へと、突っ込んでいったのだ。
「こうすりゃいいんだろうがっ! のやろうがっ!!」
当然のように、集中的に反撃を受けるが、盾で巧みに流して致命的な負傷は受けていない。
逆に、己を殺そうとしてきたカルガン、だからこそ生まれる致命的な隙へと剣を振るい、瞬時に2匹を倒してしまう。
「……あれ? やれんじゃね、俺?」
その最初の攻防が終わり、警戒したカルガン達が加藤から距離を取った時。
加藤の顔色が変わる、しかしそれは良くない兆候といえる色。
以前から見え隠れしていたものが遂に前面へと躍り出てきたのだ。
「この、あいつはっ、おいっ! ……って」
顔色を上気させて、カルガンを見据えている加藤に声を掛けようとしたギョッセ。
しかし肩を強く掴まれてその言葉は途中で終わる。
「いや、良い。これで良いのじゃ、これで……、今の小僧に必要なものは力ではなく強さよ」
デイリーは、これを待っていたと言わんばかりの、加藤のそれとは色が異なるが、何かを堪えられないというもの。
しかし少々力の無い声とは違い、目だけは真剣であり、鋭いものだった。
「ははっはっはは! やっぱり強くなってる、そうだよな……。あれだけ鍛えたんだ、あれだけ耐えたんだっ! カルガン程度っ、怖くもなんともねぇ!」
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先ほどまで感じていた不安、恐怖を拭い去るように大きく叫ぶ。
確かに加藤は強かった、カルガンであれば、苦もなく切り伏せられる剣も、カルガンであれば、容易く殺す盾もある。
その上で元々の長所である、脚力、体力がそれを大いに強化し、そして最大の武器を生み出しているのだから。
最初から全力、全速、加藤はそう時間が経たぬ間に更に5匹のカルガンを討伐してしまう。
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「ははっ、なんだ、こんなもんかよっ! たく、ルクーツァが野犬が可愛いって言ってた意味が分かるってもんだ。こんな奴らから俺は逃げ惑ったのか? ったくあの時の俺は情けねぇなっ」
尚も叫び続ける加藤。
しかし言葉遣いが、声の色はいつものソレではない。
むしろ震えている、必死に正気を保とうとしている音色。
「すげぇ……、おれっちと同じくらいだから出来るたぁ思うが、こうまでとはな」
ギョッセは、容易く小型を討伐せしめた加藤の技量に驚嘆する。
「……そうかしら。わたくしには惨め過ぎて見ていられませんわ。まだ屋敷で見せるルクーツァ様やデイリー様にコテンパンに伸されているカトウの方が魅力がありましてよ」
エイラは、容易く小型を切り伏せていく加藤の様子に嘆息した。
「己を驕らねば、保てぬものもあるのじゃよ……。それだけでここまでやる小僧は大したものじゃ、同じく、やれてしまう小僧は……、分かってはおったが見ておられぬなぁ」
デイリーは、見守り続ける、その時が来るまで、何かを抑えるようにその場に留まり続ける。
「弱いっ!弱い!! 俺は強くなってるんだぞ!? お前らみたいなのに負けるわけがないだろうがっ!?」
そう叫び、更に一匹のカルガンを切り裂く加藤。
言葉の節々にカルガンを、いやモンスターを見下す色が見える。
動きは少し余裕を与えるかの如く、そして楽しむように徐々に傷を与えてく剣。
油断しているわけではなく、自分は強い、それを証明するために、過信を現実のものとするためにそうしていく。
「はぁっ、はぁっ、ははっ! どうしたよ!? 掛かって来いよ! いつまで経っても来ないなら、こっちからっ!?」
残りの6匹もすぐに倒そうと、脚に力を篭めようとした時だった。
今までの力強さが嘘のように膝が折れる。
偽りの強さは、あっさりと霧散してしまった。
「え……? なんでだ、まだまだ余裕はあるのにっ、どうして動かないんだ!?」
確かに体力が、脚力が最大の長所である加藤。
疲労によって動かないわけではないだろう、正確には震えて動かないのだ。
今の今までなんとか保っていたものが、恐怖に負けたのだ。
いや、最初から負けていたのだろう、しかしソレを鍛えられた体は騙し続けていた。
「コッコゥァアアアアア!」
成すがままにされていたカルガン達、敵である加藤の動きが止まった事に気が付いたようだ。
一斉に襲い掛かる、今までは強靭な脚力が生み出した速度ある動きによって掠りもしない殴打が、一発、確かに加藤へと届いた。
「っが!? ……ぅぁ、……しまっ、くぅ……!?」
脚が動かない事に動揺していた加藤は、それに気が付かなかった。
一撃を食らって、少しばかり吹き飛んだ時にようやく知る。
そして続いて跳びかかろうとしていたカルガン達を視界一杯に認めた時、加藤は腕を十字に交差させて、身を縮まらせる事しか出来なかった。
「うむ……。先程の一打はそう酷くはないの、暫く痛む程度じゃろうて」
しかし次の痛みは襲ってこない。
目を開けるとそこにはギョッセ達が、残りを殲滅しているものが見えていた。
デイリーはしゃがみこみ、加藤の傷を診てから、安心するようにそう、零した。
加藤は、戦闘に思考を奪われており、ここに他の面々がいる事をすっかり頭から忘れていたのかもしれない。
なんとも間抜けな表情を浮かべた後、顔を歪ませていく。
「デイリー様が嫌いになりそうでしたわ、今の今まで出るなと言うのですから! それにしても、カトウ? まったく情けないですわね!」
最後の一匹を殴るように斬ったエイラは、汗も拭わずに言い放つ。
そして、慈しむような眼差しを向けながらも、反面、彼女は罵声を浴びせた。
「いやぁ、おれっちとしては十分褒めていいと思うんだがよ?」
その後ろから、ギョッセは申し訳なさ気に小さく、しかし強く言う。
だがエイラはその言葉で余計に声を荒げてしまう、何度も何度も首を横に振りながら、必死に言う。
「いいえっ! 仮にもわたくし達の守人となるのですから、この程度では困りますわ! 本当に、情けない! それでも貴方はカトウですかっ!? この場にいない他の方々もそう思いますわよっ!」
「はぁっはぁ、はぁー……。いや、うん。怖かったぁ……、恐ろしかったよ……。だから、倒せばいいって、そうしたら怖くなくなるって思って」
何かを耐えるように歪ませていた顔を、ゆっくりと苦い、苦い笑みへと変えて小さく零す。
その言葉を聞いたデイリーは本当に申し訳なさそうに、泣きそうな顔で言った。
「すまんのぉ……本来であれば、ゆっくり、ゆっくり覚えていくものじゃろう。じゃが、小僧はちぃと変わっていてのぅ。すまんのぉ、怖かったじゃろう。すまんのぅ……」
「いや……、いいんだよ。そもそも俺が突っ走らなきゃ良かった。モンスターを前にしても大丈夫なんだって、勝てるってのを知れば大丈夫って思ったけど」
(ふぅ……、ルクータから教えて貰ったもの。すっかり忘れてた、そうだよな。強くなったから出来るもんじゃないんだよなぁ)
「……覚悟ってのは、敵を倒すとか、そんなもんじゃーないよなぁ。あっさり俺は怖くないなんて、恐ろしくなんかないって。思っちゃったんだなぁ……」
怖いものは怖い、恐ろしいものは恐ろしい、これは普通であり、当然なのだ。
加藤が異なっているところ、それは順序が逆なのである。
何よりも怖いと、恐ろしいと恐怖したからこそ、ヒトは強くなろうと決意をし、武器を作り上げ、武を磨いたのだ。
しかし加藤は、それらを知ったからこそ強かった、大きな背中を持った者らに憧れ、目標としたからこそ強くなろうと決意し、剣を握り、それを磨いた。
心の芯から感じる恐怖というものが欠如していたのだ。
野犬の時にそれに近いものを感じた事はあっただろう、しかし目の前にはその恐怖を一身に受けて加藤を守る小さき英雄がいた。
一番大事な物が無かったのだ、なにから守るのかと、本当に戦うべき相手とはなんなのかという土台が。
「これで大丈夫とは言えぬかもしれん。しかし、お主であればきっと見つけたじゃろう。ワシは信じられる、だからこそ」
加藤は恐怖を得たのだ。
怖い、恐ろしい、逃げたい――――死にたくない。
それを心の芯で、まさに後少しでそうなっていたかもしれないという経験を。
実に荒治療、横暴、女将が知ったのであればデイリーに手痛い言葉を投げつける事だろう。
しかし、それでも同時に彼女は加藤へと言うのだろう。
まだまだだと、心配でならぬと、優しく暖かい笑みとともに、抱きしめながら言うのだろう。
恐怖を恥じるように、そこから逃げるように力を振るうことではいけない。
武とは恐怖が下に、足元に、道としてあるからこそ振るえるものなのだから。
力とは恐怖と対峙できるからこそ、震えを奮えへと変えるものなのだから。
ようやく、加藤は恐怖を知った、感じた、覚えた、味わったのだ。
今も消えはしない手の震え、脚の震え、言葉の震え。
それを決して忘れないように、決して恥じぬように、決して、決して愛する者へと味あわせないために。
今は消えている己が慢心、喉の痛み、なによりも。
ようやく、加藤は恐怖を知った、感じた、覚えた、味わったのだ。
題名はバネと読みます。