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異なる世界で見つけた○○!  作者: 珈琲に砂糖は二杯
第三章《ワカシとセイゴとメジマグロ》
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第17話 『○○→段階!』

 

「あの後は大変だった、まったくラルがあそこなんかに行くから……」


 そう、ため息交じりに椅子へと腰掛けながら言うのは加藤である。


「そうかいそうかい……、それで? 何が大変だったんだい、大変って言われても分からないよ」


 それに笑みを浮かべて聞いているのは女将だ。加藤とラル、そしてルクーツァの3人は、あれから暫しの雑談を楽しんだ後、『砂漠の水亭』へと戻ってきていた。


「なんか、カトが色々動いて、それで色々言われてたよ? 良く分からなかったけど、うん。 まぁカトだし良いんじゃない?」


 今はもう普段の服へと着替えたラルが、加藤から、そしてアイラから貰った服を嬉しそうに眺めながら言った。それに頷きながら、ルクーツァが少しばかり説明した。


「なに、少々鍛錬を交えていて。それの批評ついでに、軽く揉んでやったに過ぎない」


「あれは鍛錬ってよりか、ただの憂さ晴らしじゃねーか……。その後はその後で、あいつらに絡まれるし、散々だったっての」


 その様子を夕食の準備をしながら、女将は楽しそうに聞いていた。そして、一通り終わったのだろう、振り向いて問うてくる。


「あっはっは、そうかい。結局レイラちゃん達にいじめられたかい、そりゃ結構な事さね。それと、ルクーツァさんよ。 この子はどうなんだい?」


「ん、そうだな。まぁ……ようやく、一番低い段階をクリアと言ったところか」


 ルクーツァは一瞬悩んだ、しかし明瞭に成長している事を告げる。その事に女将は顔を綻ばさせる。そして言葉を紡ごうとした時、それを遮る形で歓声が上がる。


「おぉっ! マジでかよ!? やっべ、嬉しすぎるな……、ようやくかぁ」


「カト、一番低いって言ってるのに嬉しいの? なんか変なの、馬鹿なの?」


「……ラルがまだ分からないなら、お前にはまだ早いって事だろうさ。 なに、いつか分かるさ……。最低ラインと言えども越えるのは楽なもんじゃないんだぞ?」


「偉そうに言って……、だってカトだもん。駄目なのはそのままだよ、アタシには分かるもんね」


 そうは言うが、その言葉に棘は無い。その理由はたった1つ、それは言葉にせずとも伝わるものを。


「お前は、兄ちゃんの事をいじめて楽しいのか? ……ったく、将来が心配だよ、俺はさぁ」


 帰り道に、恥ずかしげに、照れながらも、遠まわしに、ぼかしながらも。


「はいはい、カトは、お兄ちゃんなんだったらさ。……もうちょっと頑張って貰わないとねぇ、ね! お母さんっ」


 獣人の少女は、確かにソレを口にしていた。心なしか頬が紅潮しているように見える、実に健康的な色合いだ。

 それを見て、同意を求められた女将は、笑みを苦笑いに、しかし決して苦くはないソレを浮かべた。


「そうさねぇ……少しは安心出来るようになったらしいけども。うん、まだまだ頼りないからねぇ? ……ルクーツァさんも、しっかり鍛えておくれよ?」


 女将はそう言いつつも、自分達の様子を恐らくは、己と同じ表情で眺めている男性へと言葉を掛ける。


「はっは、オレに回すか……。いや、ありがたく受け取らせてもらうよ。……そうだな、任せてもらおうか」


 そう言うと、女将と目を合わせて、2人揃ってにこやかに喜びを浮かべた。

 それをどう取ったのか、加藤は慌てる。


「うわぁ……あの感じはやばい、本気だよ。明日はきっついかもしれないなぁ、先輩……どうするかね?」


「……キュー」


 小動物せんぱいは、床に寝そべっている。

 一見して、毛皮が落ちているようにすら見えるほどだ。


「……思うんだけど、最近さ? 先輩、太ってないか? 運動不足ってか、食いすぎなんだよっ! もしかしてルクータの真似してんのか? よせよ? まじで死ぬぞ?」


 確かに、小動物せんぱいは出会った頃と比べると格段に肉が付いていた。

 ほぼ室内での行動なためもあるだろうが、森とは比較にならない程、栄養価の高いものを食しているせいでもあるのだろう。


「えぇ、このくらいぷよぷよしてた方が可愛いよ!」


 そう言うと、ラルは小動物せんぱいの前足の脇を抱えて持ち上げて軽く揺らす。

 少々余分な肉がゆらりと同時に揺れている、ヒトであれば肥満の一歩手前と言えるだろう。


「なんてこった! あの先輩がこんなになっちまうなんて!? くぅ……俺が不甲斐ないばかりに、こんな事になって……。よし、先輩! 明日から俺とジョギングだっ!」


 加藤がそう言うと、小動物せんぱいよりも先に獣人の少女が声を上げた。


「あっ、アタシも一緒に行きたい! ね、ね、いいでしょー?」


 少女が感情を表すように、小動物せんぱいを激しく揺らす。流石にきついのか、抗議するかのように、しかし無駄を悟っているかのように、動物は、か細く鳴いた。


「……キュク」


「ラルもか? まぁ、先輩も別に良いって言ってるし。でも、ある程度は走るから、きついかもしれないぞ?」


「ほら、アタシも女の子だし、太っちゃ駄目だと思うんだ。なんて言ったっけ? ダ、タ?……タイアップしないとねっ!」


「そんな言葉、教えた覚えはないんだが……。けどまぁ、間違いではない、のか? 詳しくは俺も分からないけども。うん、ラルと一緒だと先輩もやる気出すだろうしなぁ、なにせ先輩だし? よし、いいぞ。 一緒に協力して先輩を先輩にしようじゃないかっ!」


 少女はソレを気にする程では決してない、むしろ逆。もう少し肉を付けるべきとさえ言える体格と言えるだろう。そして、兄はそれは察している、だが同時に彼もまた、同じ思いを抱いているのだ。

 その笑い合う子供達の姿を、少しだけ武や智ではない、ヒトとして大きくなりつつある弟子の、息子の姿を大人は眺めて口元に喜びを描く。


 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――

 ――――――――――――――――――


 なにもない、しかしだからこそ大切な時間は、あっさりと、淡々と流れていく。そして1週間という時が流れ過ぎた。

 そんな日の昼過ぎに、時は進む。加藤は、街の外で汗を流していた、近くにはルクーツァとギョッセ。


「ふぅ、どうよ……。ギョッセさん、俺も結構やるもんだろ?」


 加藤は防壁の外側だと言うのに、いつものように工事のための材木を運んではいなかった。

 手に持つのは常の鉄の塊ではなく、意思が通い始めた己の力の化身。


「結構って……、おれっち、なんか自信なくしちまいそう」


 そう声を落として返すのは竜人であるギョッセ。

 以前から、時折相手を務めてくれている加藤の兄貴分の冒険者である。


「はっはっは、どうだ。加藤と遣り合うのは久々だろう? なにか思うところはあるか、お前の意見を聞きたい……。言ってみてくれないか」


 そう言うのは、加藤の師であるルクーツァ。

 その問いかけに、ギョッセはしばし考えを纏めるように目を瞑る。

 それをゆっくりと開いたと同時に、ふざけた色の無い、冒険者としての声で言う。


「そうだなぁ……、おれっちが感じるのは何より軽さだな。動きも軽い、というか一直線すぎる」


 防壁の外での鍛錬、領主の屋敷で行うものとは色が異なるのだ。防壁の修復は大人数で行うため、小型が襲い掛かる事は余程の事が無ければ、群れからはぐれ、混乱したようでもなければ、そうはない。

 しかし、ルクーツァが万一の時のためにいるが、剣を帯びてはいなかった。加藤達を助けるためではなく、加藤達が万が一にも地に伏した場合はその遺された武器を彼が手に握り、街を守るという意味での保険だと彼は加藤達に言っていた。


 そう、これは緊張状態での鍛錬、いや修行。この状態で剣を握るという、簡易ながらの経験を積んでいるのだ。

 そのために冒険者としては、かなりの実力を備えているギョッセに頼み込んだのだ、ルクーツァとデイリーが頭を下げてまで。


「軽い? あぁ、でも一直線ってのは前にも言われた気がするなぁ」


 しかし加藤達は、そんな場所だと言うのに暢気に見えるほど落ち着いていた。

 別に慣れたわけでも、油断しているわけでもないだろう。

 何故なら目だけは真剣そのものだから、力の化身にだけは意思が宿り続けているからだ。


「そうなのかよ、爺様あたりにでも言われたのかね? まぁ、おめぇの場合は特殊だからなぁ、なんだよソノ軽さはよ」


 ギョッセは、先ほどと同じ言葉を用いて言う。

 しかし、内包された意味は大きく違う、それは加藤の長所ゆえの言葉。


「確かに軽いが、おめぇは軽すぎる。普通の見え見えの動きで考えられるものより少し、ほんの少しだけ上を行く。そして体力が無駄にあっから、それを持続してやり続けていく内に段々とそれが大きく、重くなってきやがる。いや、怖いねぇ」


 そう言いつつもギョッセは加藤に比べれば汗の量も、肩の揺れも少ない。体力は同程度かそれ以下、剣も我流であり無駄の多いもので力任せと言って過言ではなかった。普通の者がソレと同じものをこなせば、見た限りの印象では、の話ではあるが。


「つまり、おれっちが言いたいのはそのままでも悪くない。だけどもう少し普通のやり方ってぇのを覚えた方が良い。兄貴や爺様あたりはおめぇを……、あぁいいや」


 最後の言葉は音にならずに消えた。

 それを消すギョッセの顔は羨ましそうにも、嬉しそうにも見えた。


「ふっ、そうだな。今度から、討伐をギョッセと請けさせるのもありやもしれん。どうだ、こいつと組んでみるか?」


 ギョッセの様子を注意深く見ていたルクーツァは、何が面白いのか笑みを絶やさずに、試すようにそう告げた。


「え!? 討伐系を請けていいのかよっ、まじで!?」


 その言葉にまず驚いてみせたのは加藤であった。今の今まで、鍛錬に鍛錬、仕事と言っても防壁修復のみであり、これもまた鍛錬であったのだから。

 そして、ギョッセは先に何事か言われていたのだろう、それ自体には反応を示さない、が。しかし笑みの意味は分からない、悟ろうと目を細めていたが分からないようで、両手を軽く挙げてルクーツァに何かを求めた。


「ギョッセ、お前はカトーをどう思う? 強いか、弱いか、でだ。そしてカトー、お前もギョッセをどう思う、何を感じた」


 ルクーツァが、両者にそう問いかけた。

 それに2人は刹那の間、考えた後に口を各々開いていった。


「ん? そうだな、動きが遅いけど、速いって感じかな? んで攻撃の数は少ないけど、重たそうだった。食らったらヤバイって思えたな」


「なるほどねぇ……。おれっちから見たこいつは、動きが速いが、時折止まって動かなくなる。普通なら的なんだが、まぁ言ったよな。剣についてだけどよ、軽いが数が多い。ある意味で典型的な剣だが、だからこその強さがあると思うぜ?」


 その意見を聞き終えたルクーツァは何度か頷いた後、静かに言い放つ。


「そうだ、お前達はよく似ている。方法は違うが、どちらも差が激しい……。カトーは速いが軽く、ギョッセは遅いが重い。お前達2人とも、どちらも出来るだけの下地があるというのに、だ」


 その下地というのは、時折こういった場を設けている時。

 ギョッセも加藤と共に体を温めるために手合わせの前には鍛錬をしているからだ。ギョッセは加藤ほどではないが脚力もあり、長年の冒険者生活で体力も充実している。冒険者としてそれなりにやっているのだから当然と言えば当然だが、決して加藤に劣るものではないのだ。むしろ、追いつくどころか抜かしている加藤に驚きである。

 つまり、やろうと思えば加藤とともに風になる事もできるのだ。


 同様に、加藤もまた非力なわけではなかった。

 最大の長所である脚力というものは長じて腕力にも繋がるのは自然の理。

 なにより、加藤には異常とも言える吸収力があった。

 努力した分だけ、それら全てを時を賭けずに己のモノとする誰にでもある、しかしだからこそ稀少な才能が。

 やろうと思えば、たとえ短剣であろうとも敵を叩き潰すかの如く、重い斬撃も繰り出せるようになるはずなのだ。


「だが、お前達はそれでいい。今はまだ、まだそれが良い。だがな? それは捨てるには惜しい、惜し過ぎる。なにより、何時でも何処でも、ソレを頼ってしまいがち、現に先程のでソレが見えた」


 加藤はルクーツァ、デイリーに剣と盾を与えられていた。

 しかし、それを十分には扱えていない、それを己の武器で補っているのは良い。

 だが、未熟ながら手に握るソレで出来る場面であっても、脚に頼る場面が多かったのだ。


 ギョッセはどんな場面であろうとも、たとえ一撃を受けようとも己の最大の一撃で潰すという動きであった。

 そして慣れないながら、可能とする脚を持ちながら、常に信頼する剣に頼りがちであった。


「つまり、なんだ。おれっち達はお互いに学び合えって事かい?」


 ギョッセは先の発言でも分かる通り、薄々気付いていたのだろう。

 己の欠点を、それを信頼できない弱さを。


「そうだ、そのためにカトーの基礎を鍛えに鍛えたと言ってもいい。ただの一点でも、お前と同じ場所に立たせてやろうとな? お前を知った時、オレはそう感じたんだ。こいつと共に歩めばカトーは更に大きくなれるとな」


 ルクーツァとデイリーは以前、未熟だからこそ、心の芯で感じるからこそ身につくものが、先に進める道があると説いた。

 それは、信念だけではなく、当然ながら武にも通じるものなのだ。


「へっへ、いや! 何が一点だってんだよ、もう同じ……いやっ、おれっちの上って言ってもやってもいいね? しかしこいつぁ嬉しいぜっ! おれっちとしても大歓迎さっ、おうっヒロ、一緒に頑張っていこうぜ!」


 ギョッセは大いに加藤を持ち上げて言う。

 彼よりも全体的に見れば大きく劣る加藤の強さを認められる強さを、彼は有していた。


「へ? お、おぅ! なんか良く分からないけども、ギョッセさんなら、うん。俺としても文句なんかねぇよ!」


 実力的に言えば、遠いが近い、そして兄貴分とは言え他人であるギョッセ。

 その彼にも認められるような言葉を受けた加藤は、照れながらも大きな声で宣言する。


「馬鹿やろう! なにが、さん……だっ! ギョッセでいい! これからお互い命を預ける仲なんだぜ?」


 そう言いあうと、加藤とギョッセは身振り手振りで感情を表現しながら、笑って話し込む。


 ギョッセは既にかなりの力量を持つ冒険者である。自分とは異なる、しかし未完成ながらも己には無い、信頼された強さを持つ加藤と背を合わせれば直ぐに自分の強さに加えられるだろう。


 加藤は未熟で、経験というものがほぼ皆無である。

 しかしだからこそ、ギョッセという遠い、しかし近い存在と共に剣を振るう事で彼の道はより大きく、広がる事は間違いなかった。


「ふっ、これでいい……。ギョッセの強さはカトーの糧になる。カトーの強さはギョッセの武器に変わる。ようやくだ、ようやく始まりだ。あの話までそう時間はない、だが焦るなよ……。ここからが大事なのだから」


 加藤はこれまでもギョッセ以外の武を持つヒトらと。

 それも彼以上の実力者と手合わせを行ってきた事はある、しかしソレらはほぼ全て、近い力量の者は女性であったのだ。

 だからだろうか、それを学ぶ事は出来ても、それを知る事は出来ても、心の芯で感じ取るには至らないのだ、ぶつかれないのである。


 しかしギョッセは違う、己の上を行く実力を持ちながらもルクーツァ達ほど桁違いではない身近な強者、そして同じ男性。

 さらに幸運なのは、加藤よりも僅かに歳上という事だろう。

 これが大いに加藤の心をも助けており、ギョッセもそういった事に頓着しない気の良い青年だった。


「そうだな、おれっちにゃ妹はいねぇけど、昔は色々あってよ? あぁ分かるともさ、ラルちゃんが可愛くて仕方ねぇんだろう? うん、おれっちにもよぉく分かる」


「だろー? いやさ、なんか最近まで一緒に朝は走りこみだ! とか言ってたんだけど、走りこみというより散歩でさぁ。あれだよ、ずっと手を握ってるの! ……握ってないと、すんげー睨むんだよ。それが……。あぁ、先輩はそこそこ痩せたからいいんだけども……」


 他愛ない会話を楽しんでいる彼ら。その無邪気な笑顔には不釣合いな無骨な鉄の塊。

 しかし子供のそれではなく、かといって大人という程でもない。一番崩れやすく、一番大きくなれる時、そんな時だからこそ得られるもの、失いかねないものがある。

 それは大人が指摘しても、中々に難しい問題で。だからこそ、共に歩める友はなによりも心強い、なによりも心落ち着く。


 これを機に彼らは、いや加藤は遂に剣を握って駆けることになる。

 今までの集積されたものを試される時が訪れようとしていた。


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