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異なる世界で見つけた○○!  作者: 珈琲に砂糖は二杯
第三章《ワカシとセイゴとメジマグロ》
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第16話 『○○→握手!』


「おはようっ、女将さん!」


 そう大きな、勢いのある挨拶を女将へ向けて行うのは加藤である。それに対して、いつもの彼女であれば同じように返すのだが、今日の彼女は少々違った。心なしか悲しそうな、いや絶望の表情を浮かべている。


「……ん? どうかしたのか、女将さん」


「え、あぁいや。あっはっは、なんでもないさ。おはよう、カトーの坊や」


「朝飯ってまだ出来てないかな? 早くラル迎えにいかないといけないしさ」


 加藤は急くように早口で言い立てる。

 女将は先までの顔の色を驚きへと変える、朝から忙しいことだ。


「迎えって、もうかい? まだ陽が出たばかりだよ、あの娘だってまだ寝てるさ。もう少し、そうさね……、昼前に行きな?」


 女将はゆっくりと、聞き分けの無い子供に言い聞かせるように、一語一語をはっきりと話す。加藤は若干不服そうではあったが、それに従う事にしたようだ。ゆっくりと椅子に座る。


「あー……、そうだよなぁ。せっかく早起きなんてしたのに、昼前かぁ……」


「本当だよ、いつもはもう少しゆっくりだってのに……」


 そう言葉を返す女将の表情は最初の色へと戻りかけている。

 非常に残念そうで、無念が漂ってくるのだ、加藤はそれに気がついたように申し訳なさ気に声を掛けた。


「あ……悪い。そうだよな、こんなに早く起きてきても飯の準備とか色々あるもんな。飯はいつでもいいから、気にしないでくれよ」


 そう言われた女将の顔はやはり変わる。その持ち主と同様で実に働き者だ。


「カトーの坊やは、いやまぁ……あたしゃ、うん。それでいいさ、だけど他の子だったら……あぁ、何時か苦労するだろうねぇ……。あたしゃそれが心配だよ」


「え? 心配って、なにがだよ。……あぁ、鍛錬か? そうだな、昼まで時間もあるし、軽く街を走ってくるかなぁ。今なら人もいないから迷惑にもならないだろうし」


 通行の邪魔になりはしないだろう、しかし時間が時間。それゆえの問題もあるという事に加藤は気がついていない、そして当然のように女将が一言放つ。


「まったく、そうじゃないよ。……それと、鍛えて強くなろうってのはあたしも嬉しいがね? 今はお止し、坊やの走りはとっても速いだろう? そんなのを石畳のこの街でこの時間にやってみな? 煩くて溜まったものじゃないだろうさ」


 事実、加藤が全力で街を、石畳の上を走った場合。馬が駆け抜けたのと同じような騒音が響き渡るだろう、実に迷惑である。

 しかし、そう女将に言われた加藤は、釈然としない感情を抱いたのだろう。それと同じような声を出した。


「煩いって……、そんなにか? ちょっと、軽く走るだけなんだけどなぁ……、やっぱりダメ?」


「ダメさ。 ほらっ、あたしは朝飯の用意しておくから、勉強でもしてなっ」


 女将の言う勉強とは、加藤が昔も言われていたソレと形は違うものだ。しかし、本質は何1つとして変わらない、今後の為になる事なのだから。


「……まじでかよ、俺は鍛錬だけで良いと思うんだけど。ルクータもデイリーもソレが第一って言ってたのに、くそっ! ロレンの奴めぇ……」


 その勉強とは、この街の領主であるロレンに与えられたものである。彼に気に入ったと言われて以来、時々ソレが与えられるのだ。まず本という、貴重な代物を貸し与えられ、それを読み、どう感じたのかをロレンへと伝える。

 本の感想を言うという、加藤の世界では過去の産物、夏休みの宿題と言ったものだった。そして加藤はその宿題、いや勉強が嫌いだった。


「別に本を読むのはいいんだよっ。字の勉強にもなるしさっ、おかげで字も基本的な事以外も書けるようになったさっ! だけど毎回なんなんだよ、内容がっ内容が可笑しいっ!!」


 女将は大声を出す加藤に驚いた様子を見せなかった。幾度か勉強を与えられた加藤がこうなる所を見たのだろう、気にせず朝食の準備を続けている。


「なんなんだ、この『我が娘の素晴らしき歴史・第3巻』ってのは! くっそ、貴重な本だって言われて読んでみれば、ただの日記じゃねぇかっ!」


 紙というモノ自体は安価なものだ。しかし印刷技術というものが無いために、本というモノは貴重なモノであった。

 その事で喜んでいた加藤は、ソレを開いた時に絶望したのだろう。本ではなく、ただただロレンが無駄に難しい表現を用いて愛娘レイラを愛でる内容が何度も、それも幼少期ならば同じ事で表現を変えて書かれていたのだから。


「この前の1巻は産まれた、笑ったってのだけでどんだけ書いてるんだっての! そして2巻、こいつぁ酷いもんだった。パパって呼ばれた! それだけで1巻の2倍の厚さのソレにびっしり書いてやがったっ」


 面白い事に、その同じ事象、レイラがロレンの事を初めて呼んだ時の事を。

 ロレンは物語にしていた、これが悔しい事に存外面白かったのだから、加藤は余計に苛立ちを募らせる。


「そして、こいつだ……、第3巻。 チラっと見ただけでもう無理だ、なにせ立ったって事だけだからな……」


 独り言を呟き続ける加藤を見た女将は苦笑いを浮かべつつ、言葉を掛けた。


「親ってのはそういうものさ、あたしがラルと会った時。あの娘はもう5歳くらいだったけど、それはもぅ……、可愛くってねぇ。だけど、赤ん坊も見てみたいねぇ……ねぇ坊や?」


 女将は意地の悪い、いたずらを思い付いた子供のような笑みを浮かべて加藤に問いかけた。加藤は先ほどまでの感情を失ったかのように、冷静な、冷たい声を以って返事をする。


「……なにが言いたいんだ?」


「なに、あたしは何時でもお婆ちゃんになっていいからね? それだけだよ、あっはっは」


 その様子の加藤を見た女将は若干硬い笑い声を上げながら言う。


「非常に残念なんだが、それは有ったとしてもかなり後だろうな……。……あぁっ、本当に残念で、無念だよ」


 加藤はため息を吐きながら大げさに悲しむ素振りをする。机に肘を置き、額に手を当てて首を振るという芝居がかった動きである。


「まったく、ルクーツァさんが失恋しただの、恋に絶望しただの言ってたけど。どうやらもう立ち直ったみたいだねぇ、ふざけた真似なんかしてっ。心配してたんだけど、これなら孫の顔を見る日はそう遠くないねぇ」


 女将はそう言って、先ほどの笑い声よりも正しく笑いと言える声を上げて言った。


「だから、遠いって言ってるだろうがっ!」


 そして加藤は芝居を止めて、加藤の言葉でそれを否定したのだった。

 その後、朝食の用意が出来たので、彼ら2人でそれを摂り、昼まで大した事では無い、しかし親子のソレと言える雑談を楽しんでいた。


 ――――

 ――――

 ――――


「それじゃ、女将さん、行って来るわ。あー、帰りになんか買って来ようか? ほら、色々大変だろ?」


 加藤がそう感じるほど、女将は買出しに出掛けると多くのものを買ってくる。それを運ぶのは大変だろうと感じたのだろう。しかし女将は笑って首を振ることでそれを断る。


「あっはっは、生意気だねぇ。あたしはまだまだあの程度なら余裕さっ、これでも昔は……」


「分かった! んじゃ行ってくるわっ!」


 女将が何事かを語ろうとした瞬間、加藤はそう言って急ぎ足で扉を抜けた。

 女将はその様子を見つつ、軽く息を吐いて、すぐに自分の仕事をするために奥の部屋へと歩いていった。


 ――――

 ――――


「ふぅ、危ないところだった……。まぁ、買出しに行くって時に一緒に行けばいいか」


 そう言うと、加藤はサックルの中心にある広場へと向って歩き出す。

 この時間になると、街はかなり賑わいを見せ始めていた。


『砂漠の水亭』がある場所は西通りで門よりの所にある。しかし門とは言え南門以外は交通の面で多用されているわけではないのだ。

 どちらかと言えば名も無き街の壁と同様に避難経路としての面が強く、東門ほど脅威が現れにくい4つある門の中では安全な門と言えるだろう。それゆえに、静かな住宅街、宿屋などが多く集まっている区と言える。

 だからだろうか、賑わいを見せている店などは長くこの街に滞在、住み着いているヒト向けの日用雑貨や、食材が主な売り物であり、冒険者向けのモノは少ない。それらは東通りか中央、他の街々からでは南通りという具合だろう。

 西通りを歩く加藤はそれらを見る事を楽しみながら、ゆっくりと中心広場へと、領主の屋敷へと向っていく。


 ――――

 ――――

 ――――


「ふぅ、着いた着いたっと。えーっと、誰か知ってるヒトいるかな、居ない場合はどうしよう?」


 中央広場、西通りよりも多くのヒトが集まる場所を少し過ぎた辺り。この辺りになるとヒトの姿はなくなっている、領主の屋敷の目の前だからだろうか。

 加藤はその屋敷の門の前で、右往左往していた。


「やっべぇな、いつもここに来る時はレイラとかデイリーが居たからなぁ。そうじゃなくても、招待されてってのだったし……」


 この世界にはインターホンというモノは当然ながら存在しない。来訪を告げるモノも見当たらない。

 普通の家屋にはあるのだが、この屋敷は広すぎるためだろうか。そういった道具、ベルなども無かった。その代わりに本来は番人なりがいるのだろうが、何故かソレも見当たらない。


「んー、大声で呼んでみるか? いやいや、女将さんが煩いのはダメだって言ってたし。でもあれは朝だからだよな? 昼前の今なら別に……うん、広場も煩かったしな?」


 門の、それも領主の屋敷の目の前で独り、小声で何事かを呟き続ける加藤。

 非常に悪印象を与える姿であるが、幸か不幸か、門番含め辺りにはそれを目視出来るヒトの姿が無かった。


「でもなぁ、早めに迎えに行かないと……。やっぱり最終手段の大声でっ……って、ん?」


 門の目の前に立ち、いよいよと腹部に力を篭めて、何者にも遮る事の叶わない、音を用いた必殺の一撃を、騒音という名の暴力を振るおうとした時だ。今の今まで、門番などが居ない事で気にしていなかった。

 門そのもの、その上の方から、何かがあった。

 どうやら、木の板に紙を貼り付けているもの、その上両端に穴を開けている。その穴に通っている紐を門の頂点にある、小さな突起に掛けていることでそうなっているようだ。


「なんだ? えーと……、おい、いいのか領主。そんなんでいいのかね? ったく戸締りはちゃんとしないと……あぁ、いいや」


 その吊るされていた板、いや紙には門は開いていると書いてあったのだ。もしかしたら、加藤が来ないかもしれないのに。来たとしても遅くかもしれないのに、門番すら居ない。

 実に無用心としか言い様が無い、が、デイリーは当然として、今はルクーツァまでいるとなればなんとも言えなくなる加藤だった。


「まぁ、いいや……ってかもっと早く気付けよ俺。はーい、お邪魔しますよーっと」


 加藤が門を潜った時だった、両脇から。門の端と端から何かが飛び出してきたのだ、それは槍、いや木の棒だった。


「うぉっ! ……っぶないなぁ、侵入者用の罠か? にしてはお粗末だなぁ、本当に大丈夫かね? これでも領主の屋敷だろうに」


 加藤はあっさりと避ける。少し屈んで前に進むという実に簡素で、動きの少ない回避だった。しかしそう呟きつつも腰は落としたままで、いつでも彼の自慢の力は発揮できる状態だった。


「……前に来た時は無かったと思うんだけども。いやまぁ、門番さんいたし……、居ない時用って奴か?」


 ほんの少し、足を動かしながらそう言う加藤。足というよりは、足の裏で何かを探っているかのようだ、そして眼は周りも見渡している。


「ったく、そんなわけないか。そうだとしたら、こんなチャチなものじゃないだろうし……。ルクータかデイリーの意地悪ってとこかね、ほんと困るわ」


 そう言うと、再び身体の緊張を解いて歩き出す。しかし、眼だけは時折辺りを鋭く見渡していた、訓練の時の、ソレに似ている。

 だが、以前の討伐の時に見せた眼よりも遥かに鋭いものだ。


「ふぅ、ここまで来れば……。流石にロレンっても仮にも領主様だし、屋敷内には無いだろ」


 ようやく、屋敷へと辿り着き、門には見当たらなかったベルを鳴らす。

 そして、屋敷の玄関と言うべき扉がゆっくりと開いていった。


「……ほんと、あーいうのは出来るだけっ!?」


 加藤は、気を抜いていたとは言え既にかなりの力量を持っている冒険者だ。足りないのは実経験のみであり、基礎は既に同年代は愚か、中堅のソレに勝るとも劣らない。なのに、いとも容易く懐に衝撃を受けた、それに加藤は目を見開いて驚きを表す。


「……とっと、ん?」


 しかし、それは重くない。いや、寧ろ軽いと言えるものだった。

 加藤がその衝撃の正体を見ようと視線を下に向けると、忙しなく動く、何かの耳が見えた。


「……あーー、ここは楽しかったか? それと、昨日は悪かったな……ラル」


 それは飛び込んできた獣人の少女、加藤の大事な家族であり、妹のラルだった。

 彼女の行動には当然だが殺意どころか、悪意の欠片も無かった。

 それゆえに避けられなかったのだろう、下手に鍛えた副作用というもので避ける事が叶わなかったのだ。

 が、今回に限って言えば、避けずに正解であったと言えよう。


「遅いよっ! アタシ待ってたんだよ? あっ、そだ! 見て見て! アイラ様から貰ったのっ! 可愛いでしょー」


 そう言いつつ、加藤から離れて嬉しそうに踊るように回って見せるのは、綺麗な服である。

 玄関ホールとでも言うのだろうか。

 かなり広い場所であり、奥には扉がいくつか見え、広間の両端からは上階へいく為の階段が見える。

 左右対称であり、その中心に美しい衣装を纏った少女が踊るようにしているのだ。

 一見して絵画のように錯覚してしまう。


「え……それって、え? ちょ、服って俺があげた奴はどうしたんだ?」


 しかし、加藤はそこを見ない、いや見れなかった。

 なぜなら、一目見ただけで加藤の贈ったソレよりもコレは高価なものに見えるからだ。

 生地がそもそも違うのだろう、実に柔らかい印象を受ける揺らめき方だ。

 なにより悲しいのは加藤の選んだワンピースタイプと同じ、シンプルなものなのだ。

 色も同じ白だが、同じ白とはとても思えない。

 そして、気のせいではなく、贈った時の喜びよりも、大きく喜んでいるように見えるのだ、兄となったばかりの加藤にこの攻撃は致命傷であった。


「んー? あるよっ! でもね、これ着てみなさいってアイラ様がねっ! なんかエリお姉ちゃんは、アイラ様に何か言ってたけど、でも見てよっ! 可愛いでしょ? ねーねー」


「……あぁ、可愛いと、思うよ。うん、いいんじゃないかな…………はぁ」


 加藤は贈り物の価値だけで少女がこうも喜んでいると、自分のものよりも喜んでいると感じてしまい、遂には肩を落とした。

 しかし、このような少女でも女性は女性なのだ。そこに恋は無くとも、愛は確かにあった。

 それゆえの差である事に、贈り物ではなく、お洒落をしたらどうしたいのか、という少女の心に、彼は気付けない。


「……ん? アイラ? レイラじゃなく?」


 加藤が大事な何かに気付かずに、他の何かに気付いた時、レイラの声色に似た、しかしそれよりも透き通った優しい音色が彼の耳に届く。


「まぁまぁ、ラルちゃんも可愛いけれど、貴方も可愛いわねぇ。 ……あっ! ごめんなさいね? 顔立ちじゃなくて、反応がよ?」


「え? ……っと、あれ?」


「あー、アイラ様だっ! 見てくださいっ、カトがアタシの見て固まっちゃった! きっと驚いてるんですよー」


 加藤はその女性が誰だか分からず、ラルは嬉しげにその傍へと駆け寄っていく。その女性はレイラに良く似ていた。いや、レイラがこの女性に似ているのか。レイラと同じ茶色の髪を腰まで伸ばしている、ゆるいウェーブが掛かっており性格の柔らかさを一層引き立てているように見えた。

 しかし加藤が見ている場所は違った、彼も男の子なのだ。


「カトー君、君の気持ちは痛い程分かるさ。なにせ、私も初めて出会った時はそうだったからね? だが、ほどほどにしてくれたまえ? 君でなければそういった輩は真っ二つにすると決めているものでね」


 そのある一点を凝視してしまっていた加藤に、知った声が掛けられた。この屋敷の主であるロレン・サックル、つまり領主である。

 女性は何処から現れたのか分からなかったが、どうやら奥の扉ではなく、左の通路から歩いてきたようだ。


「……っ! いやー、あっはっは、はは。まぁ、うん……、今のロレンの言葉でなんとなく分かったよ。しかし、ロレン……、羨ましいぞこのやろう」


 それによって、固まっていた加藤は再び動き出す。そして最後にロレンにのみ聞こえる声量で静かに言うのだった。


「ははっ! そうだろう、そうだろう? 紹介しようか、妻のアイラ・サックルだ。……アイラ、もうラルお嬢ちゃんから聞いているかもしれないが、彼がヒロ・カトー君だよ」


 ロレンに言われるまで、腰口を掴んで、喜びを伝えるのに必死な様子のラルと笑顔で話していた女性。彼女はその言葉で、ラルに何事かを言った後、綺麗に立って言った。


「えぇ、お話はこの子から聞いていますよ? ……ごめんなさいね、自己紹介もなしに、驚いてしまったかしら? わたしはアイラ、このヒトの奥さんで……レイラちゃんのお母さんね。よろしくお願いしますね、ヒロ・カトーさん」


「あ、はい。 ヒロ・カトーです。えーっと、アイラ様とお呼びしていいんでしょうか? ……いいよな、ロレン?」


 加藤は領主の奥方という事で丁寧な言葉遣いである。しかし当の領主に雑な言葉を投げ掛けている時点で全てが無に帰している事に気付かない。


「悪くないね、だが、そこまで気を使わなくていいよ。場を弁えてくれさえすればね、……アイラもいいだろう?」


「あらあら、ロレンったら仲が良いのね? えぇ、そんなに畏まらなくていいんですよ。レイラちゃんとも仲良くして下さっているようですし、ラルちゃんに聞く限り、そして……。うふふっ、これは別にいいわね」


 そう言いつつ、寄り添いながら言い合う男と女はまさに夫婦だった。そして、それに見惚れつつも、加藤は了承を返した。


「……あ、それじゃあ、アイラさんで。ってかラル、いつまでひっついてるんだよ。こっち来い、さすがにうらやま、もとい失礼だぞ?」


 加藤に手振りを交えて呼ばれたラルは、顔を上げて一層嬉しそうに加藤の元へと駆け寄ってきた。

 しかし、口に出す言葉はそれと反対のもの。


「むー、カトはアタシよりアイラ様のがいいの? こんなにお洒落してるのにっ!」


「なんでそうなる、ったくラルは可愛いですよーっと。……そうだ、ロレン? ルクータ達を知らないか? ちょっと言いたい事があるんだけどさ」


 投げやりに言われたラルは一瞬不満そうな顔をした、が頭を撫でられた事で許したようだ。その様子を見つつも、加藤の言葉にロレンは答える。


「あぁ、広間で皆と一緒にいるはずだよ。私もアイラも先程までそこにいたからね? うん……自己紹介も済んだ事だし、行こうか」


 そう言うと、ロレンは妻のアイラと連れ立って左側の通路を歩き出す。加藤とラルも一緒になってそれに続く。

 しばらく歩いていくと、以前に来た広い部屋へと続く扉の前に来た。


「カトー君が来たよ、なにやら君達に言いたい事があるそうだがね? んん? 何をしているんだい、おぉっ、これはまた……」


 そう言いながら扉をロレンは通って広間へと進んでいった。笑みを浮かべながら、アイラもそれに続く。


「ったく、ルクータ!デイリー! 門でのあれは一体っ!?」


 加藤が扉を抜けようとした時、ニーナとアージェが軽くも鋭い突きを繰り出してきた。

 しかし加藤は先ほどとは違い回避しない。なぜならば、加藤の傍近くにはラルがいたためだ。


「ぐっ!?」


 そう言う言葉を吐いたのは、攻撃を仕掛けた側の2人。ニーナの突きは容易く掴まれ、アージェに至っては軽く蹴り飛ばされていた。


「ったく……あんまりふざけすぎるなよ? ルクータ、ラルに怪我でもあったらどうするつもりだよ……」


「あのー、ボクとしてはそろそろ手を離して貰えたら嬉しかったり?」


 加藤が掴んだまま歩き出したために、引き摺られる形になっているニーナはそう言う。


「僕としては、げほっ……一言なにか貰いたいね」


 仮にも竜人という事だろうか、加藤の蹴りを容易に防いだようだ、が。

 彼の脚力は並では無かった、いくら軽くとは言え蹴りは蹴り、少々苦しそうにアージェは言う。


「ふむ、30点といったところだろうか。どう思う、デイリー殿?」


「ほっほ、そんなところじゃのぅ……。しかしニーナ嬢には打をいれなんだ、35点じゃな」


 加藤の正面、奥にある椅子に腰掛けながら、ルクーツァとデイリーは暢気にそう語る。

 それらを全て聞いた上で、加藤はため息を吐きながら、肩を落とした。


「わぁ、カトっカトっ! すごいすごいっ! なにそれ、ぶーんって! もっかいやって!」


 しかし、そう笑いながら言う少女の声によって復活を果たす。

 実に容易い男だ、しかしこれが加藤であった。


「だろー? 結構やるようになったんじゃね? ……ってか、その30点だのはなんなんだ?」


「ほっほっほ、なにちょっとしたお遊びじゃよ。門からの動きをここから、見させて貰ったんじゃが、まぁその点数じゃな?」


 ラルに嬉しそうに言いながらも、軽く問うて来た加藤に、デイリーも背にある窓を指差しながらも軽く返す。


「最初は無機物、次は……まぁオレ達も予想していなかったがラル嬢だな。最後がその2人だ。最初、そして最後ともに良く避けている。それはいいんだがな?」


 難しい話を始めようとしたルクーツァを邪魔するように、他の声が間に入ってきた。

 レイラとエリアスール、そしてエイラである。


「ルクー、今はそんなのどうでも良くない?」


 レイラがルクーツァの長話を中断させようと言葉を掛けようとすると。


「……何を言っている、これはだな?」


「しかし、カトーさん。 やはり随分動けるようになりましたね。最初に会った時とは比べ物になりませんよ?」


 エリアスールは全てを無視して、レイラとルクーツァが話している最中であっても、加藤へと賞賛の声を掛ける。

 見守ってきた者の成長を喜ぶ音色で。


「おい、オレはだな。 カトーのためを思って……」


「まぁ、ようやく新兵と言った所でしょうか。

 ですが、まだまだですわね? それにしてもアージェさんも情けないですわ」


 認めたくはないのだろうが、事実として強くなっている。それでも彼女は彼女だった、加藤が上に行ったのではなく、アージェの鍛錬不足としたのだ。


「避けるのはいいがな、そもそも事前にだ……」


「いや、一応普通に受け止められたんだ。だけど、いやー、あははっ驚いちゃったね、まさか足が地面から離れるとは」


 アージェは否定とも、肯定とも取れる言葉を返す。

 そして、智はあると言う自負の元、薀蓄を語りだす、それに対してエリアスールとエイラは同意を返したり、反論したりと話が逸れだしていた。


「諦めろ、まぁ鍛錬の時にでも言ってやればいいじゃろう?」


「……だがなぁ、むぅ」


 その様子を見ていたデイリーは、軽くルクーツァの肩を叩きながら言う。ルクーツァは不満が消えないのか、なんとも言えない顔だが一応黙ったようだ。

 そして、他の面々の声も落ち着いた頃、1人が声を上げている。


「いや、色々一斉に言われても分からないから。もうちょい、考えて話してくれよ、まじで」


 それに他の面々がもう一度、一斉に、何を言っているのか分からないほどの言葉の奔流を加藤へとぶつける事になるのだ。そんな事を繰り返しながらも、時間は流れる。


 加藤はここへ来るまでに、色々とあったために、一番伝えたい事を言えずにいた。

 しかし、そういうものは言わずとも伝わる事があるものなのだ。事実、獣人の少女は嬉しげに兄の手を握り締めていた。


 兄は妹の手を硬く、強く握り返す、しかし少女の表情に痛みは生まれない。同時にとても柔らかく、優しく包み込んでいるのだ。

 その繋がりを示すかのように、大事で、大切で、重く、しかし苦には感じぬ軽いもの。家族とは言葉を介する事でなるものではなく、そういった何かを介して出来るものでもあるのだろう。

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