第14話 『○○→秘境!』
ここは、『砂漠の水亭』である、そこで1人の獣人の少女が手に何かを持って踊るように喜んでいた。
「うわーっ! 可愛いよっうんっ! ありがとーっ!! ……見て見てっ、お母さん! カトが贈り物だってっ!!」
「あらまぁ、良かったねぇラル……。それと、ちゃんとお礼は言ったのかい? ……そうかい、うんうん。…………それにしてもカトーの坊や、いいのかい?」
先ほど、領主の屋敷で受けたダメージを急速に回復させる魔法の笑顔を眺めている加藤に女将はラルの返事を聞いた後、声を潜めて聞いてくる。
「んー? あぁ、良いも悪いも無いさ。ラルって前々から同じような服ばっかだろ? これくらいはね」
ラルから目を離す事なく、楽しそうに答える加藤。
しかし女将はなおも尋ねるのだ、本当に良いのかと。
「でもねぇ、服飾を店でなんて……結構な値段だろう? 無理して買ったんじゃないのかい?」
そう、服飾は娯楽である。
モノがモノであれば加藤の防具など比べ物にならないくらいに高価なのだ。
そして、ラルに贈った服もまた、それなり以上に高い代物であった。
「いいんだって、高いっても金貨2枚程度……。それなりに貯金はしてるし、そういう管理はルクーツァに任せてるから無駄遣いもないしね。こういった事で使うのは無駄遣いじゃないと、俺は思うけど?」
女将の言葉の意味は若干違ったようだ。 しかし加藤の言葉を受けた彼女は、やはり苦笑いを浮かべながらも、仕方ないという感じで首を軽く振った後、感謝を述べた。
「まったく、カトーの坊やはこれだからねぇ。ラルを可愛がってくれるのはあたしとしても嬉しいけどね? あんまり甘やかす事はよしておくれよ?」
「……なるほど。 ルクーツァの言っていた事はこういう事か! 分かってるよ、女将さん! ちゃんと節度は弁えるさっ」
そう笑い合う女将と加藤に声を掛けるのはルクーツァだ。
後ろにはデイリーもいる、なんとも言えない表情である。
「カトー、少々良いか? あぁ、女将さん夕飯は今日は良い、食べてこようと思うのでな」
「あれー、デイリー様もいる。てかカト行っちゃうの? じゃあ明日、街にお出掛けしようよっ! あたしが服着たとこ見せたげる!」
ラルはデイリーがいる事に驚きと喜びを見せる、が加藤が居なくなる事は嬉しくないのか、どちらとも取れる表情である。
そして、加藤へと明日の約束を取り付けようとしたいのだろう、彼女なりのお願いをしている。
「ん、どうしたんだ? まぁいいけどさ。……おぅ、明日はどっか連れていってやるからな! うんうん、楽しみにしてるよ、きっと似合うと思うぞ?」
そう、ラルと一頻りじゃれた加藤は、ルクーツァ達と共だって『砂漠の水亭』を出ていき、1つの小さな店へと入っていった。
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「へぇ、なんだ此処? ヒトも居ないし、なんの店なんだ?」
加藤がそう言うのは入った店、というか家だ。
中は若干薄暗く、ヒトの姿は見えない場所である。
そこへ無遠慮に足を踏み入れて、奥にある大きな机に備えられている椅子に座り込むとルクーツァは手を振って招く。
「こっちだ、こっちに来てまずは座れ」
「ほっほ、此処はワシの家じゃよ。まぁ、もうほとんど使ってはおらぬがのぅ、手入れだけはしておるから気にせず入れ」
どうやら、デイリーの家だったようだ。
薄暗いのは陽の光を遮る布が窓に掛けられているため、カーテンのようなもののためだ。
あまり家に居られないという事で、陽の光で劣化するものがあるのか、常にそうなのだろう。
言われた加藤は、ゆっくりと椅子へと座る。
「デイリーの家ねぇ……。てかカーテン? 開かないのか、そろそろ暗くなるけども、まだ明るいだろ?」
「いいんじゃよ、これくらいが丁度良い。酒を飲むには、のぅ?」
加藤の問いに、軽く歯を見せるような笑みを作ってデイリーは答える。
そして、酒が入っているだろう瓶と、グラスを用意し始める。
「なに、オレ達としてもお前には少々辛い思いをさせたと思っていてな? まぁ、飲もうじゃないか」
「あー、あれな? 確かに危うかった、けどまぁ……初恋は叶わないっていうしさ?」
「小僧の場合は特殊過ぎじゃがのぉ……。まぁ、良い機会じゃしワシらと酒を飲もうでは無いか」
そう言いつつ、グラスへと琥珀色の液体を注いでいくデイリー。
それを見つつ、加藤は軽く言う。
「心配してくれてるってのは分かったけど。ぶっちゃけあんたらが酒飲みたいだけじゃねーのか?」
「ほっほ、別にふざけておる訳ではないぞ? ラル嬢は実に可愛い娘よの、見ているだけで己の小さな悩みなど吹き飛ばされるような笑顔じゃったのぅ? そう思わぬか、小僧?」
その時の様子を思い出したのか、嬉しそうな表情に変わった。
そして楽しげに加藤は語る。
「あー、確かにラルを見てたら、まぁいっかって思ったのは事実だな。無かったらまだ地味に辛かったかもしれない」
「まぁ、ニーナ嬢の時と同じく言うに言えない面もあったんだ。オレは言いたくて仕方が無かったがな……」
ルクーツァが一番堪えている顔だ、そしてデイリーはそれを無視するように、真剣な声で加藤へと言葉を掛ける。
「これから、小僧……お主らは一蓮托生、皆で事に挑まねばならぬ。あのような事で亀裂が入るようでは困るのよ。……あぁ、小僧は気にしておらぬ。今回は特殊じゃったが、そうで無ければ女が実は男であろうと、お主は刹那悩もうとも、最後には変わらず接するとワシは信じられる。が、エイラ嬢とニーナ嬢よ、まぁレイラお嬢様達も一応という感じじゃの」
話の流れを感じたのか、ルクーツァも顔を上げて話を繋げる。
「まぁ、今回の事はお遊びと言ったが、全てが、そうではないそうだ。若いヒト、そして優秀なヒトという条件。そして街を造るという大仕事、これらは彼女達に託されていると言っても過言ではない」
「もうその話は何度も聞いてるよ。んで俺もそれに参加してくれってロレンさんから頼まれてるしな? そこは良い、ってかさ、俺の失恋……かは微妙だけど、ソレを慰めるって事だったんじゃねーの? なんか話変わってないか、てかこの酒旨いな?」
「ほっほっほ、最初はそうじゃったよ。じゃが、お主は平気、というよりもワシらがソレをする前に無意識とは言えラル嬢に癒されておったからの? ……うむ、そうじゃろう? この酒は実に……」
最初の目論見から外れて、真剣な話を、それからも外れて、徐々に下らない話へと変わっていく。
酒の力もあってか、年齢を、師と弟子の上下を、親と子の関係を消し去ったかのように、遠慮無く、どうでも良い事を、なんの意味も無いような事をつらつらと話合う。
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「てかさ、ルクーツァに金貨10枚返した時に、俺なんて言われたと思うよ? こいつ、利子分が足りないとか言いやがったんだぞっ!!」
「なにを言う、当然だろう? カトーが自分で返すと言ってきたんだ、ならばだなっ」
「ルクーツァよ、お主はなんとも……。いや、……小僧。 盾の代金を受け取っておらなんだな? あれはそうじゃの。うむ、金貨10枚で良いじゃろうて、本当であれば50枚は下らぬのじゃぞ?」
「あんたもかっ!? てか、くれるって言ってたじゃねーか、断固として断る!」
しかし、その話は実に下らないもの。
だが、顔には笑顔が張られている、ただただ思った事を口に出せる事のなんと心地よい事か。
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「いやね、俺もさー……アージェには悪いけど、なんで女じゃねーんだよってさぁ? 思っちゃったりしたわけよー、そこでさぁ……」
「ほっほぉ、そいつは危ない所じゃったの! いやはや、まさかそこまでだったとは、実に恐ろしきは女顔かっ」
「あぁ……声も女性のソレに聞こえるものだしな……。カトー、お前は強いな? オレがその立場だったら勝てたかどうか分からんぞっ!?」
「やめてくれよぉ……照れるじゃねーかぁ。勝てたのはルクーツァ達に鍛えられたからってもんよー……」
ほんの少し前の事を、まるで随分昔の事のように。
笑い話として、この場でなら話せている。どんな事であろうと受け入れてくれる存在の事を世の中ではなんと言うのであろうか。親というのか、親友というのか、とにかくその存在とは斯くも身近にあるものなのだ。
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「小僧はのぅ……基礎が出来始めてはおるのじゃぞぉ? しかしの、小僧の動きは直線的すぎるのじゃ……以前見せたあの動きは悪くないがのぅ……。こらっ! 聞いておるのかっ!」
「聞いてるってのー……。そんなん言ってもさぁ、速く動こうとしたらなっかなかさぁ」
「その動きはそれでいいんだ……。他のモノも今のうちから取り入れる事が大事なんだと、さっきから……言っているだろうっ!!」
「…っー! いきなり大声だすなよ……。あー、響く……他の動き、ねぇ? 例えばどんなのよー、ほら、言ってみー」
戦いの術とは、完璧なものなど唯の1つもありはしない。
どのように素晴らしくとも欠点はある、どのように情けなくとも光るモノがあったりするものなのだ。
小さな、大きな事をただただぶつけ合う、こうした下らない言い合いから新たな術というものは出来ていく事もある。
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それなりに時間が経った、外は既に陽が落ちて、優しい星の光が眠りを守る時間帯となっている。
加藤は、かなり酔ってきていたが、ルクーツァとの鍛錬のおかげか。未だ夢の世界には旅立っておらず、彼らとの話を楽しんでいた。
そこへ、1人の乱入者が飛び入った、この中に入れるヒトである。それは領主である、ロレン・サックルであった。
「なんという事だっ! デイリーから話を聞いていたのに、こんなに時間が掛かってしまうとはっ!? くぅ、仕事めぇ……厄介な敵だよ、まったく!」
入って来るなり、酒を飲んでいないはずなのに酔っているように大声でそう言う。
そして加藤はそれに対して、遠慮も何もなく、ただ文句を言った。
「うるせーぞ! ロレンっ! 少しは考えて話せよっ! ったく、あー……また響いてきた」
罵声を、しかも呼び捨てだと言うのにロレンは気にした風を見せずに嬉しそうに謝る。
そして手に持っていた袋から、年代モノに見える瓶をいくつか取り出して机へと置いた。
「おぉ……いい具合になっているようだね? いや、済まなかった……しかし私だけ素面というのは頂けないな。ほら、新しい酒だっ! 飲むぞ、私は飲むっ……待っていろ、カトー君。私もすぐにそこへ行くっ!」
そう言うと、高価そうな瓶をあっさりと開けて、遠慮なく、味わう事なく一気に喉へと流す。
身体を心配してしまう飲み方だが、この世界のヒトは酒に強いようだ。
ルクーツァやデイリーもまた、同じように新たな酒を楽しんでいる。
「だから、もうちょっとだな……。あーいいや、うん……待ってるから頑張ってなぁ」
その新たな酒を一口味わい、その事で気を良くしたのか。
それ以上は言わずに、ゆっくりとそれを楽しむ加藤。
「ほっほっほぉ、ロレンも来たか……。いつかはアージェも混ぜてやりたいものじゃの、そうは思わぬか? 小僧」
酒を飲みつつ、そう問いかけるデイリー。
加藤は別段、考える事もせずにそれを肯定する。
「んー、あぁ……だなぁ。まぁ、いつかってか今度は呼ぼう、きっと楽しい……人数多い方が盛り上がるだろぉ」
「それはそうと、カトー……話の途中だぞ? あの中で、アージェを抜いた中で、だ。 誰が好みなんだ、ほら言ってみろ!」
ルクーツァは、少々勢いづけてそう話す。
その話題には加藤は怒ったように反応した、がすぐに考え込み、女性の名を挙げて言った。
「うっせ! 今はそういうの無いんだよっ! あーでも、エリアスールさんの笑顔は良いかも? なんだかんだで付き合いも長いし……。それとエイラと遣り合うのも結構楽しいかな、意外と胸あるし……」
「なんとっ! 我が娘のレイラが入っていないじゃないかっ! 舐めてるのか!? どうして入っていない、美しいだろう? 可愛いだろう?」
「酔うのはえーな、おい。ってか酔ってなくてもいつもそうだったっけか?」
ロレンの言葉に反応を返した加藤へと、デイリーは言葉を放つ。
少々考え込んでから、とっておきを披露するかのように、楽しげに放つ。
「ほほ、それに胸の大きさに目を付けるとは……。うむ、じゃが良い事を教えよう! エリアスールも……なかなかにでかいはずじゃぞ?」
「なん……だって!? スラっとしているかと思ってたら、でかい、だって? なんてこった、これは順位が変動する……って待てや! なんでデイリーがそんな事知ってるんだよ、こらっおいっ!!」
その発言で何かを想像したのか、一瞬酔って火照っている頬を更に赤くした加藤。
だが、何かに気が付いたのだろう、一転して鋭く問う。
「デイリーが知っているのは当然だろう? それはそうとしてだ、聞きたまえ。 本当は教えたく無いが、私の妻もでかいぞ!」
胸の話題となっては黙っていられなかったのか、ロレンは己の愛する女性の事を自慢気に語りだした。
「……なんでお前の奥さんの事聞かされないといけないんだよっ! なんだ、羨ましいとでも言って欲しいのか? 言ってやるよ! ……羨ましいぞこのやろう!」
「違うっ! つまり娘もきっとでかくなるっ! 今が買い時だとだねっ! あ……だがやらんぞっ! 娘はやらんっ!」
いつものような、しかしだからこそ有り難味が強い話を夜が明けるまで、彼らは楽しんだ。
しかし、その代償は飲めば飲むほどに大きくなる。
彼らは知っていたのか、忘れていたのかは分からないが、更に酒を飲むのだった。
そして、その代償で自身が、ではなく他の者までも困った事になる事を、加藤は未だ知らない。