第13話 『○○→変化!』
「へぇ、最前線の街とはいえ、……いや、だからこその充実なのかな?」
「そ、そうなのか? てかアレだな、付き合って貰って助かったよ。……あー、うん。 昨日は悪かった」
そう言葉を交わしているのは1組の男と女。
場所は最前線の街、サックルにある服飾店であり、どちらかと言えば子供向けの見本が飾られている区画だった。
「ん?……あぁ、アレかい? 鍛錬の最中での事だよ、それに良い機会だったと思うしね」
そう、気にした様子を見せずに、いや寧ろ嬉しそうに言う女はアーダ・バッビ、竜人であり、短く揃えられた銀髪が美しいヒトだ。
その言葉を受けて、若干焦った様子を見せた男は、なんの取り得も無かった、しかしヒトとして確かに成長しつつある加藤である。
その加藤は若干クセのある黒髪を乱雑に掻く事でその感情を紛らわせつつ、一言言う。
「……良い機会、ねぇ。あぁ、ラルは可愛いのが良いって言ってたんだよね。お……これなんか、どうかな?」
そう言って目に着けた見本は、実に簡素なものである、白い無地のワンピースタイプだった。
それを見たアーダは顎に手を当てて考え込む。
「うーん、今の季節それだと少々肌寒い気がするね。それに合わせて、これを羽織らせると……あぁ、うん良い、色合いも悪くないね」
そう言って、可憐な服に重ねるように持ってきたもう一つの見本は厳ついものだ。
何故か隣の大人用、それもどちらかと言えば男性風の革製の上着、ルクーツァの愛用しているものに似ているジャケットのようなものだった。
「……いや、そりゃ白と黒だから、色合いは悪くないとも思うよ? うん、……シンプルだしな。 でもさぁ……」
「ん、これはダメだったかい? 私としては、この程度のだね……」
どちらも微妙にセンスが無かったようで、買い物は難航の一途を辿る。
結局、長い間悩みぬいた末に店員に聞くという結論に至り、その店員の選択は両者ともに納得できるものだった。
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「いやー、良い買い物した気がする! これならラルも喜んでくれるだろうなぁ……」
ルクーツァが言っていたように、加藤は既にラルを自分の妹同然に扱っていた。
最初の印象もあったのだろうが、最近の少女は可愛くて仕方が無いのだろう、実に浮かれていた。
仮にも好意を抱く女性と隣合わせに歩いているというのに、若干そこへ対する意識が足りない男である。
しかし、その隣の女性は気にした風も無く、それに同意を返す。
「あぁ、確かに実に可愛らしい服だったね。丁度良い大きさのものがあったのも運が良い。普通は予約を入れて1週間ほどは待たなくてはならないからね?」
この世界にも服や下着、その他雑貨などを多々を取り扱う店はある。
武具だけではなく、それらもあるのだ。
何故そのようなものがと言えば、これもまた英雄の遺したものが発端である。
曰く、英雄達は寒さを凌ぐだけではなく、それさえも娯楽としていた。
教えられた事では無い、見て感じた事である。
英雄は憧れであるからして、それを真似たいと昔から思われてきた事が、現状の結果であった。
とはいえ、やはり未だ量産とはいかない、今回の店のように見本を飾り、それを注文するという形だったのだ。
だが今回は見本が少々汚れてきたために、新しいものに変えようと新しく作られていたのだ。
それを売って貰えた、確かに加藤は実に運が良いと言えるだろう。
「だなぁ、まぁ良かった。まさかそんなに時間が掛かるなんて知らなかったしさ」
「……そうか。 まぁ、服飾を買うなどそうそう無いからね。まぁ、今度からは気を付けると良い、何があるかは分からないからね?」
そう語り合いながら、街を歩く。
その途中、加藤がある店を見つけた、ルクーツァと以前訪れた甘味処である。
「丁度小腹も空いてきたし、なんか食っていく? 付き合って貰ったんだし、俺が奢るぞっ!」
今回のラルへの贈り物である服は加藤が働いて得た賃金で払われていた。
今までのようにルクーツァからのお小遣いではないのだ、が。
その所持金は全てルクーツァから必要な分だけ受け取ったのような形だ、というのも全てルクーツァが管理しているためだった。
いまいち金銭感覚が未だ得られていないのが原因である。
まだまだ子供からは抜け出す日は遠い加藤だ。
「そうかい? それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
そうアーダは笑いつつ喜んで申し出を受けて、加藤と2人、店の中へと入っていった。
そして暫くして、加藤達は注文した甘味を味わっていた。
「おー、来た来た! やっぱこれは時々食べたくなるよなぁ、餡蜜な感じが良いんだよな」
「焼き菓子はあまり好きではないのかい? あれもなかなか味わい深いと思うんだけどね」
そう言いながらアーダはパンケーキに似たものを食べていた。
そこに色とりどりの果物が載せられており、見た目も華やかだ。
「あれも嫌いじゃないけど、やっぱりこういうのが好きかな? なんていうか、うん。 甘すぎないのが良いよ」
加藤は、言っている通りのもの、餡子に似た仄かな甘みがあるものと、コメからだからだろうか、何処かおはぎに似た食感の餅などに蜜がかけられているだけのシンプルなモノだ。
「ははっ、そうかい。それにしても昨日の鍛錬での、あの動き……。あれは凄かったね、次は大丈夫と思っていたのに、反応が遅れてしまった。あれに対応できたエリアスール殿は流石だね」
「エリアスールさんに殿? それって男のヒトに付けるもんじゃないの?」
アーダの話とはあまり関係の無い、素朴な疑問をぶつける。
あの動きに着いていけたエリアスールを尊敬した事の意味に気付いていない加藤に対して苦笑いを浮かべつつ、彼女は質問に答えを返し。
「いや、そうと言う訳ではないよ。勿論、そういった響きがあるのは否定しないけどね? 私の解釈では殿というのはだね……」
などと、下らない事を話のタネに会話を楽しんでいた。
そして会話と甘味を楽しんだ後、会計を済ませた彼らはまた街の道を歩きだした。
まだ明るいとは言え、日は徐々に傾きつつある、そんな時間だ。
「結構な時間、ここにいたみたいだね。いや、楽しかったので時間が経つのが早く感じるよ」
「そ、そうか? まぁ、でも時間はあるよな。あー、でも買い物終わったし、アーダは何かしたい事とかあるのか?」
「……そうだね、あぁ。もう我慢すべきでは無いのかもしれない……。いや、我慢と言うと少し語弊があるかな?」
そう、アーダには珍しく独り言を言い始める。
その様子に驚きながらも、加藤は声をもう一度、掛けた。
「えーっと、なんかあるのか? あっ、でも高い買い物とかは流石に簡便なっ! あんま持ってきて……」
やはり、少々情けない所がある男な加藤だが、アーダはその言葉を遮る形で言葉を発する。
中身に篭められた感情のためだろうか、静かな声なのに、どこか大きな声に聞こえる。
「いや、そういうものは必要ない。だけど、これは高い買い物だろうね、あぁ……今の私に取っては何よりも高い買い物と言えるだろう」
アーダはそう言いつつも、空を仰ぐ。
ちらりと見えた顔には、悩んでいるようにも、晴れ晴れとしているようにも見えた。
「……あー、そうなのか。まぁ、そういう事なら付き合うけどもさ、んで? その買い物ってのはなんなんだ? どこの店に売ってるんだ?」
そんな姿を見せたというのに、いつもと変わらない加藤を見たアーダは笑い声を上げた。
彼女らしくない、豪快とすら言えるものを、大きく、上げたのだ。
「あっはっは、いや。何処の店にも売っていないよ、それこそ国にだって売ってやしないものさっ」
「はぁ……? んじゃ、何処で買うんだよ。探すのは良いけど、どんなのか教えてくれないと探しようってのが……」
アーダの言葉の意味をそのまま受け取り、更に疑問を大きくする加藤。
そして、そんな彼へと、アーダは軽く、簡単に言う。
そんな風に言えた事に、一番驚いているのは、他ならぬアーダ自身だった。
「あぁ……違う、君に売って貰うんだよ。いや、ある意味では君に買って貰うというべきかな? ……うん、そうだね。 そういう感じだよ」
「それって……あ」
その意味を詳しく聞こうとした時だ。
加藤はここが、メインストリートの真ん中である事に今更ながら気付く。
そんな加藤の様子を見て、アーダも気が付いたようだ、少し照れたように提案をする。
「んっ、そうだな……。どうせだ……、屋敷へ戻ろうじゃないか?」
「屋敷? ってか俺の場合は戻るじゃなくて、行……っておい!」
アーダの提案に、いちいちと屁理屈を述べようとしている加藤の腕を彼女は引く。
一刻も早く、その買い物をしたいかのように。
その品物が楽しみで、楽しみで仕方のない子供のように屋敷へ急ぐ。
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そして、加藤とアーダは領主の屋敷へと辿り着き、アーダに与えられている部屋の中にいた。
(やべええええええっ、どうしよう!? え、いやいや、馬鹿か俺はっ! そうだ、慌てるな、これはだなっ)
「どうしたんだい? 赤くなったり青くなったり……。気分が悪いようなら、残念だが後日でも私は構わな……」
加藤は、アーダの部屋にある、椅子に腰掛けており、アーダは寝台の上だ。
そして声を掛けられた加藤は焦りながらも、意味ある言葉を紡いで否定した。
「あぁ、いや! うん、大丈夫だ。ちょっと急いで来たもんだから、それでだよ……うん、大丈夫だ」
「そうか……。それで、なんだが……、いや直前になると決意したとは言え難しいものだな」
アーダはベッドの上に座り込んだまま、なにやら思案顔だ。
そして加藤は逆に何も考えまいと必死になっていた。
しばらく、なにも無い時間が過ぎる、1時間か、1秒か加藤には分からないが、それが過ぎ去った時、アーダが口を開く。
「先日、あぁ鍛錬の時だよ。あの時、君がした事、見せた反応……あれで、私は決心したよ、せざるを得なかった。もっと言えば、君を見ていたある時から、常にそう思っていたんだが……」
「え、あ。 っと、何を、なんだ?」
アーダは思った事をそのまま口に出しているようだ、加藤の言葉を無視するわけでは無いのだろうが、そのまま言葉を続けた。
「何を、か。 君もあの時分かっていたんだろう? 私の口から言わなくとも……いいようなものだと思うのだけどね」
(あの時? アーダとはそれなりに過ごしてきてるけど……。どの時だ、やっべマジで分からねぇ、いやでも、俺から言うって事はだっ!)
「そ、そうか……。分かったよ、それじゃあ……」
加藤は、アーダの言葉の意味を自分なりに理解した。
そして大きく、息を吸い込み、溜める。 自分の中にある色々なものを篭めるかのように。
だが、その篭めた、溜めたものは無為に加藤の中から流れる事になる。
それを口に、言葉に乗せる事なく、ただの吐息となったため、アーダが言ってしまったためだ。
「だが、私から言うべきなのだろう。 これはそういうものだ。あぁ、そうだよ……、私は……男、さ」
「っはぁ、言うぞ……って、へ?」
アーダの告白を、確かに加藤は受け取った。
しかし、思い描いていた告白と、アーダの告白は若干意味が違った。
「どうしたんだい? あの時、胸部を触れた時に気付いていたんだろう? 女性のソレでは無い事に、ね。
あっはっはっは、いや……楽になったよ……」
アーダは、実に楽しそうに、喜ばしく声を上げる。
加藤は、実にたのしそうに、うれしそうな色を作る。
「あ、あー……ん、おぉよ! なんか違うなーって思ってたんだよな! けど、まさか聞くわけにもいかなくてさ、いや! なんかスっとしたよ!」
加藤は声ではアーダ、いやアージェに合わせて楽しげだ。
しかしアージェが目を瞑って、上を仰ぐように語るのをいい事に実に死んだ魚のような目と、顔つきだ。
しかし、真実を知っている者であれば、誰も咎める事は出来ないだろう。
(女の子の胸なんて触った事ねぇよ! 分からねぇっての! ってか男!? 俺の初恋ってこれで終わったのか? ってか本当に何かスっとしちゃったよ、主に俺の大事な何かが終わった事にっ!)
「私はね、本当はここに来る者では無かったんだよ。本当の私の名前はアージェ、そしてアーダは私の姉の名だ……。分かったかと思うけど、本当は姉が来る予定だったのさ」
アージェは、告白を終えたからだろうか。
性別を偽っていた理由を順序だてて、話始めた。
そして、その説明にある1つの単語で、加藤という魚は息を吹き返す。
今、まさに水の中へと踊りながら入ろうとしていた。
(待てっ! 姉、だと!? アーダ、いやアージェと同じような感じで、本当の女性!? こ、これは新たな恋の予感がっ……そう、これは本当の恋のための試練っ!)
「だが、姉は妊娠していたんだよ、その事で問題になってしまってね。勘当処分になった、まぁ現実としては姉を守るための苦肉の策なのだがね? あぁ、姉はその後は幸せに暮らしているよ、若干生活の質は落ちただろうが、姉は幸せだと言っていた、それでいいんだろう」
しかし、水へ飛び込んだはずが、地面へと叩きつけられる。
今度こそ致命傷だろう、そして徐々に先ほどのようになっていく、その最中では様々な変化が訪れようとしていた。
(終わった!? 俺の本当の恋の予定が一瞬で終わった!?)
「が、その時は既にこの話は姉が行くという事で話は終わっていたんだ。そう簡単に伝えられる事ではない、ましてこちらの一方的な問題のためならば余計にね。だけど、運よく、と言うべきか悪くと言うべきか……。その姉とデイリー殿が会っていたらしくてね、少なくともサックル側、一番この話で力在る勢力は了承してくれたんだよ。他の所へも話は送る、そこは心配いらないとね? まぁ当の本人達には通達されていなかったようだけど。……ただ、そのための条件がそれなり以上、姉と同程度の知識のある者、それも女性を、とね?」
(おいいい!? デイリー知ってたのかよ!? くっそ、言えよ! てか俺言ったよな? 恋したって、その時に言えよ……マジで)
「が、それは居なかった。いや、いるんだが、国を離れらない地位のヒトばかり。そして私に目が向いたって所さ、昔から姉に似ていると言われていてね? ちょっと女性の格好をすれば、遠目には分からないほど、そして前にも言ったと思うけど、武はあまり得意ではないが、智には自信があったんだよ。そして、こう、その……女性のフリをして来たわけなんだ」
(……なるほど、デイリーはアージェが男ってのは知らなかったのか。というか……あー、やっぱ似てるんだ……。もうアージェでも良い気が、って俺の馬鹿っ! 正気になれ、いいか、俺はそっちじゃねぇ……絶対にだ! 女の子! 俺は女が良い! そうだろ俺!? ……っく、世の中のソッチ系に逝ってしまった奴らは、俺と同じ境遇だったのか!?)
「……? どうかしたのかい、さっきから頭を振ったりしているが……」
加藤の様子が今まで目を瞑りながら話していたアージェは、目を見開いた今。
初めて目にしたのだ、流石に驚いている。
その心配そうに掛けられた声に、少しばかり遅れて加藤は返事をする。
「え? あぁ、いやなんでもない、ちょっとした敵が来てな? いや、衰弱していた今の俺には強敵だったがなんとか勝てたよ……ふぅ、これも日々の弛まぬ鍛錬のおかげ、か。自分の弱さを知れば、どんな敵にも負けない……あぁ、俺はまた1つ強くなったんだな」
唐突に語りだした加藤に、アージェは困惑気味だ。
しかし、話の続きだったため、気を逸らす意味でも続ける事を選んだようだ。
「えっ、っと……、どんな敵なのかは分からないけど、話を続けるよ。最初はね、こんなに他の女性達と仲良くなるとは思っていなかった……。多少の不安はあったけれど、私に取ってはバレる事の恐怖が勝っていたからね? だが、レイラ様やエイラ様……それにニーナ様の不安そうな顔を見ていると、何も出来ない自分がなんだか情けなく思えてきてね。だけど、言う訳にもいかない、声を掛けられなかった。
そこに君だ、いや……本当に助かったよ。そして、思ってしまった……もしも偽りでなければ、君と同じく、私も本来の性、男性として振舞えていたら、とね」
その話は、加藤としても無視できない要素があった。
そのおかげか、どうやら常の彼に戻りつつあるようだ、加藤は言葉を話す。
「あー、そうか? まぁ、俺は別に何もしていないと思うけどな。まぁ……アーダが、アージェが男ってのは分かった……あぁ、大丈夫だ。でも、俺にそれを教えて良かったのか? いや、俺としては後一歩遅かったら敵に負けていたかもしれない悪寒がするから、いいんだけどさ」
「敵に……負けそうだったのかい? いや、まぁそれはいいとしよう、そして答えだが。
あぁ、問題ないよ……というのもデイリー様やルクーツァ様は確実では無いだろうけど、薄々と勘付いていたようだからね。最初に会った時から、どこかそういう感じだったから……」
(くっそ! やっぱ知ってたんじゃねぇかっ!! ……はぁ、もういい、これはもういいんだ、それがいいんだ)
「って事は、そうだってデイリー達は分かってるのに放置って事か。なるほどなぁ、だからバラしてもバラさなくてもアージェの自由って捉えたわけか」
「あぁ、まぁそういう感じだね。正直に言えば、そろそろ限界を感じていたんだよ」
それが切欠を与えたとアージェは言う。
そして更に加えた言葉に、ふざけた風に、しかし根底には真剣な響きを持たせて加藤が尋ねる。
「……女装してるって事にか?」
「いいや、あぁ……それもあるにはあるが。それ以上に、他の女性達が、特にレイラ様がね……。
水浴びなり、風呂なり、一緒に寝ようなり誘ってきてね? いつまでも、断り続けるのは難しくなってきたんだよ」
その答えを聞いた加藤は、これまでの感情を胡散させるかのように叫ぶ。
「てめぇ! 皆の裸を見れるかもしれない提案だって!? 羨ましいっ! ……あ、レイラとニーナはいいや、どうでもいいや。どんなに頑張ってもラルと同じく妹にしか見えないからな」
が、すぐに収まった。 顔に相手の顔色を伺う色が見える、冗談のつもりだったようだ。
言ってから恥ずかしくなったのか付け足しをするが、そのせいで冗談には聞こえなくなっているのが残念だ。
普段、男にしか、ルクーツァやデイリーなどにしか見せない所を見せたためだろう。
特にほんの少し前までは、少々特別な感情を抱いていたアージェがいつもいた女性達の前ではそこが鳴りを潜めていたため、余計にアージェは驚きをしめす。
「……君は、そんなヒトだったのかい? どうも彼女達と触れ合っていても反応が薄かったもので、そこまで興味があるとは思って居なかったけど。だが、うん……男たるものそういうものであるべきか」
だが、偽っていた自分では無くなった為か、冗談と受け取ったかは定かでは無いが、その冗談はすぐに受け入れられた。
「まぁ、俺にバラしたのは良い……。そうなったら俺がカバー出来るから、まぁソレもなんとかなるかもしれない。だけどさ? 皆にも、アージェの、お前の口から言った方が良いと思う」
完全に、常の加藤へと戻ったのだろう。
やけに真剣にそう語りかけた、その変化に気付いたのかアージェは軽く目を見開いて頷いた。
「……まぁ、そうだな。ふぅ、姉の真似をずっとしていたからかな……どうも口調が堅くなりやすい。
そうだよね、私も……いや僕もそう思う。口調が安定しないな……。あぁ……ただ、やはり同姓にバラすのとは勝手が違って、その……どうだろうか? 一緒に行ってくれないかい? 今ならば皆屋敷にいるだろうから……」
(あぁ、なんだアージェはこんな奴だったのか。なんての? ヘタレ? いや、それは俺か……、姉は剛毅だけど、こいつは臆病って感じなのかな。まっ、女だろうが男だろうが、アーダだろうが、アージェだろうが俺の友達に変わりは無いよな……)
しばしの沈黙の後、加藤は軽い、気軽な声で了承を返す。
当然の事だと言うかのように、確かに色々な面で彼は強くなったのかもしれない。
「ふぅ……なんだ、アーダの時は凛々しい感じだったのに、アージェになった途端にそれか? しゃーないなぁ、俺がバシっと言って、ってそれじゃダメか。まぁ、一緒に行く程度言われなくてもやるさ」
「そ、そうかい? いや、ありがとう! それと、竜人は基本的に女性の方が強いんだよ……別に僕だけがこうなわけじゃないんだよ? 父上は武術の腕はかなりの物だ、母上にも勝てる、けど勝てないって感じだからね?」
アージェは何故か、今それを言う。しかし結局は弱い面がある事を肯定している言葉だという事に彼は気付かない。
そして加藤はあっさりとそれを否定し、アージェの肩は下がる。
「いや、夫婦ってそういうもんじゃないか? 俺は人間だけど、父さんもそんな感じだったしな」
「……え、そうなのかい? 父上はそう言っていたんだが……。あっ、それは今は措いて置こう、それじゃあ……行こう」
そして、扉の方へと歩いていく、加藤もそれに倣う。
「屋敷にいるっても、何処にいるかね?」
「……うん、それじゃあまずは広間にでも行ってみようか」
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そんな事を言いながら、広間へと足を運ぶ。
運が良いのか悪いのか、広間には女性達が全員揃っていた。
そしてデイリー、ルクーツァに何故か領主であるロレンまでと勢揃いだ。
「ほっほっほ、どうしたんじゃ? そのような思いつめた顔をして、のぅルクーツァ?」
「…………あぁ、どうしたんだ?」
広間へとやって来たアージェ、いやこの場では未だアーダと言うべきか。
彼女と加藤が入ってきた事にいち早く反応を寄越すのは案の定デイリーとルクーツァだ。
「ん? ほんとだ、どうしたのアーダさん。あっ、分かった! お腹空いたのかな? お菓子あるよー」
「うんうん、やっぱりお菓子は良いよねぇ……。でもボク、お菓子でお腹がいっぱいになってきたかも……」
そう、的外れな事を白々しく言うのはこの場で言えば少女達、レイラとニーナだ。
そして、チェスに似た、遊戯を楽しんでいたエリアスールとエイラも盤から目を上げて、アーダの方を見て、問う。
「あら? アーダさんに……カトウ? アーダさんは良いとしても、何故カトウが? というかカトウ、昨日の今日で良くもまぁ、アーダさんを誘えましたわね?」
「まぁ、あれは鍛錬中の事ですし……。しかしアーダさん、すいません、私が行ければ良かったのですが、朝は少々用事がありまして……」
「まだ言うかっ! ってかエリアスールさんは俺を擁護してるつもりなの? なんか地味に怒ってない? なんか言葉の節々にそんなのを……」
「いいえ? 怒ってなどいませんよ。ただ、あの時は、あまり良い感情を抱けなかったのは事実ですが、ね」
女性達はそう言う。 アーダについてよりも加藤に対して反応しているようだ。
特にエイラはやはり加藤に食って掛かっていた。
「いや、今日は皆さんに聞いて欲しい事があってね……。………………、聞いてくれるかい?」
女性達の反応を見てから、アーダは、アージェとして言葉を発するために頼み込む。
そして、デイリーとルクーツァ、最後にロレンに目線を送る。
彼らはゆっくりと頷いた、ルクーツァだけは少々鈍いものだったが。
「ん、どうしたの? そんな改まったりしてー。あっ、ボク達になんかプレゼントだったり? 買い物に行ってたらしいし」
「あはは、いや残念ながら違うよ。まぁ、今度買って来ないといけないかな、お詫びも兼ねて。それで聞いて欲しい事なんだけど、あー……」
しかし、いつまで経ってもアーダはその後を言わない、言えない。
見かねた加藤が口を開いて、先を促す。
「……ほら、言うんだろう? 皆もちゃんと聞けよ? それとエイラ、お前は今から暫く口を閉じとけ、な」
「なっ!? なんでわたくしにだけっ……っ、いいでしょう。カトウであればそうはしませんが、言うのはアーダさんですしね」
エイラはそう言い、更に続けようとしたが、何かに気付いたかのように口を閉ざす事を了承する。
その様子を見たアーダは、ようやくという感じで伝えた。
「いや、すまないね。んっ、その……驚かないで、ってのは無理かな。うん、そのだね、私は、いや僕はその……アーダじゃないんだ!」
「ちげーよっ! そうだけどそうじゃねーよ! なんでここに来てそうなるっ! ちゃんと言え、こらっ!」
拳をこれでもかと強く握るほど緊張して出した言葉。
だが微妙に本来のものとは異なっていた、加藤は我慢できずにアーダに突っ込みを入れる。
「うわっ、そ、そんなに頭を押さえないでくれよっ!? いててっ、君の腕力は馬鹿にできないんだよ? そこの所を考えてだね? ……あっ。 いや、その……」
その事に抵抗しようとしたアーダ。
だが、頭を上げるとデイリーと目が合ってしまった。 一気に緊張を走らせる。
「ほれ、さっさと言わんか」
デイリーはあっさりと一言放つ。
そして、アーダは流れのままに、あっさりと、しかし重く口を開いた。
「あ、はい。その、僕はアーダじゃない、本当はアージェって言うんだ。それで名前で気付いたかもしれないけど、女性じゃない、本当は男なんだ…。今まで黙っていて済まなかった!」
そう、溜めに溜めて、アーダはアージェになる。
だが、驚いた事に女性の反応は薄かった、本当に薄い。
「ほっほっほ、そうかそうか。よーやっと言えたか、うむうむ」
「ふぇー、本当に男のヒトだったんだー。女のヒトにしか見えなかったけど、うん。そう言われると男のヒトに見えるねぇ」
「ボクとしてはまだ信じられないけどねぇ……」
「ふふっ、そうですね」
「と、いうよりもアーダさん? いえ、アージェさん。その、胸の詰め物は取った方がよろしいのではなくて?」
デイリーが頷いたのを皮切りに、女性達が口々に反応を示した。
しかし、加藤達が予想していた反応とは大きく異なっていた、不思議に思った加藤はルクーツァとロレンへと目を向けた。
「いやね、私達はなんとなく察せていたんだよ。そこで、カトー君と2人で出掛け、そして話し込んでいただろう? そろそろかな、と思ってね? 先に皆に教えたのさ。今、大事なのはレイラ達が知る事ではなく、それをアージェ君が自分から言う事だと思ったからね?」
そう苦笑いしつつ、ロレンは言う。
「……まぁ、そういう訳だ。オレ達は、そうだろうとは思っていた。 が、確証が無かったんでな。言うに言えなかったが、一応な」
ルクーツァは加藤へと憐憫の眼差しを向けて、そう小さく言った。
そんな様子の面々に、アージェは膝を付きそうなほど脱力して弱弱しく言う。
「あ、ははっ、は……。領主様方だけでなく、皆さんも知っていたんですか、こんなに緊張した僕って……」
そのアージェに、エリアスールが訂正するように言葉を掛けた。
「いえ、知ったと言っても本当につい先程ですよ? その時は私含め、皆かなり驚きました……、本当に男性だったんですね」
「まったく、一応わたくしもそれなりにこういった事について理解はありますが……。これがカトウであったら打ち首モノですわよ? 以後気を付けて欲しいですわね」
「なんで比較が俺なんだよ、そして打ち首ってこえーよ。あと、一応言うけど、俺に女装趣味はねぇ、ないからな?」
エイラは、仮にも上流階級の者だ。
流石に分からなかったようだが、ある程度の理解はあるようで、彼女には珍しく責めるような事は言わない。
が、加藤に対して、一言余計に付け加える。
「えぇ、意外と似合うかもよ? アーダさん、じゃなかったアージェさんの借りてみたら? 美人さんになっちゃうかも!」
「あははっ、いいねいいね! ボクも見てみたいかもっ、ヒロの女装!」
レイラとニーナは面白そうにそう笑い、加藤は声を上げて言う。
「誰がやるかっ! そんな事を言うお前らには罰を下すっ! ほら、その菓子を寄越せっ!」
一番驚かれるだろうと、或いは非難すら覚悟していた相手である女性達は、アージェの事を忘れたかのように、加藤を中心にして騒ぎ出した。
置いていかれた形のアージェに、デイリー達が言葉を掛けた。
「ほっほっほ、まぁそんなものじゃよ。ニーナ嬢は驚いておったようだが、他の者はすぐに落ち着いた。もしかすると、女性だから気付く些細な違いがあったのかもしれんのぅ」
「まぁ、本来ならば咎めるべきなんだろうがね? 私は知っての通り、こんな領主なのでね、その程度では顔を顰めたりはしないんだ。まぁ、隠し続けているようであれば、話は変わったかもしれないがね?」
「オレとしては、なんとも言えないのだがな? せめてあいつが……いや、これで良かったのかもしれんな」
大人は口々にそう言う。
共通しているのは、隠していた事を強く咎める色が無いという事だろう。
若干、それとは違う色をルクーツァは持っていたが。
「ですが、その……。姉の事でご迷惑を掛けた上に、このような事までしてしまって……。本当になんと言っていいのか……」
「ほっほっほっほ。確かにのぅ、じゃが例えお主以外に適役がおったとしても、お主も着ていたのじゃぞ? そう、お主の父上に頼まれておったからのぅ」
そう、デイリーは笑いつつも、1つの真実を教える。
「え、そうなんですか? そんな事、父上にも母上にも聞かされていなかったのですが……」
「聡い君であるならば、既に気が付いているだろう? 君達が任された、新たなる街についての意見を私達へと届け、そして君らの国の意見を通させる……というのは偽りの事である、とね?」
大人達は、問う形を取っているが、確認の面が強いように感じる。
「えぇ……気が付いたのは面会させて頂いた時です。いくら緊張した、僕らのような者であろうと、普通はすぐに下げたりはしません。そうだとしても、あれから会話はあっても、それはありませんでしたので」
「ははっ、まぁ私も少し威張りすぎていたからね。怯えた君らは見たくなかった、しかし……今ならば心配あるまい。今度、君の意見も聞いてみたいね」
ロレンの言葉に、アージェは嬉しそうに、ここへ来て初めての彼自身の笑みを以って応えたのだ。
「ついでに言えば、今回のお主らを送ってきたのは全て訳ありよ……。まぁ、お主だけは少々、段取りと異なってはおったがのぅ?」
そして、デイリーは更に言葉を重ねた。アージェは反応を寄越す。
そして、いくつか思いつく事があるのだろう、それを返した。
「僕達が、あぁニーナさんは確かにそうですね。ですが……、エイラさんも? 何かあるのでしょうか?」
「いや、もう無いよ? 彼女の問題はもう既に解決しているからね? ほら、見てみなよ……、実に楽しそうな笑みじゃないか、そうは思わないかい?」
ロレンは、簡素に答えを言う。 しかし足りなかったようだ、アージェはその疑問を解決するために重ねて問う。
「えぇ……そうですね。 ですが、それが?」
「エイラ嬢だけは、本当にちょっとした事よ。気にする事ではない、ただ少々、天狗になっていただけというか……。それで色々と心配した親が、という訳じゃな」
「天狗? ですが、彼女はそういう……」
「優れた者、それも地位の高い親を持つエイラ嬢が、少しでもそういった類の事を言えば……。まぁ、エイラ嬢も頑固な所があるからな、そして事実として優れた娘だ。親がこの機会を知れば送りたくもなる、そんな程度の事だ」
ルクーツァは、少々硬い口調でアージェにそう教えた。
同じく優れた若者であるアージェにも少しばかり心当たりがあったのだろう、言葉ではなく、表情が理解した事を語っていた。
「ははっ、まぁ……言い方は悪いかもしれないが。君の悩みもまた、その程度の事さ……。少なくとも私達にとってはね? だから気にする必要などない。むしろ、良く、言えたね? 頑張ったよ、アージェ君」
「はい、やっと……僕も皆の中に入れると思うと嬉しいです!」
年上の、姉を真似ていた雰囲気は完全に消えた。
そこには、加藤より少しばかり歳が上の、普通の、しかし強い青年がいたのだ。
「ほっほっほ、うむうむ。これでようやっと、色々と進められるのぅ?」
「まぁ、な。しかし、いや……うむ……後で酒でも飲み交わすとするか」
「ほっほ、うむ……。その時はワシも同席させて貰うとしようかの」
偽りの姿が消えて、真実の姿になれたヒトは、ようやく心の底から笑うことが出来た。
そして、驚いたものの、一時過去を思い出し羞恥を感じたものの、この事があっても尚、友情を感じられた女性達も、ようやく心の底から友人だと言えるようになった事を喜ぶようにはしゃぎ回る。
ただ1人、立ち直ったとは言え、時折複雑な顔をしている1人の男を除いては、子供とも大人とも言いにくい皆は、幸せそうに声を上げるのだった。
アーダ、アージェの登場させる事を決めた最初から決めていた事なのですが、やはりあまり好まれた展開では無かったかもしれません。
気分を害した方がいたとしたら、申し訳ありませんでした。
※一応言っておきますと、現在の、そしてこれから出てくるかもしれない他の女性登場人物は本当に女性です。