第12話 『○○→兆候!』
「お、来たか……。はっは、すまないな? さっきはあぁなってしまって」
「ん? あぁ、別にいいよ。あれはあれでさ、気にしてないし、それよか鍛錬しようよっ」
加藤は屋敷の庭へと来ていた。
そしてルクーツァ、デイリーがそこにはいる、それ以外にもレイラとアーダ以外の女性達も揃っていた。
「鍛錬、鍛錬ってヒロってば本当に鍛錬好きなんだねぇ……。というかボクが付き合う理由ってあるのかな?」
「今となっては、貴女が一番か弱いんですのよ? 仮にも、ここからわたくし達と共に行くんですもの、最低限は出来なくては困りますわ」
「おいおい、エイラ。 そういう言い方はさ……」
ニーナがそう、軽口とはいえ言ってしまった事に若干の苛立ちを募らせながらエイラはそう叱るような口調で言う。
それを加藤は咎めようとした時、もう1人の女性が遮った。
「ふふっ、カトーさんもエイラ様の事は良くご存知でしょう? 困る事になってその時に悲しむのはエイラ様ではなく、ニーナ様になるから困ると言っているんですよ、ね?」
「……うっ。 そ、そうではありません! わたくしはですね、ってカトウ! 何を笑っているんですのっ!?」
エイラは言葉を途中で止めて加藤とじゃれつくように喧嘩を始める。
その様子を呆然とした表情で見つめていたニーナは、しかし悲しそうな顔をした。いや、正確には、嬉しすぎるがゆえに、泣きそうな顔というべきだろうか。彼女もまた、1つ大きくなるべき時が訪れているのかもしれない。
すぐさま、その顔を笑顔へと変えて、ニーナは叫ぶようにエイラへと自分の意思を伝える。
「あははっ! それじゃあアッという間にヒロを追い抜いちゃおうかなっ! 見ててよ、エイラ! ボクはやれば出来る子なんだよっ!」
「……あら? そ、そうですの? えぇ、えぇ! その意気ですわ、何よりカトウの偉そうな顔が気に食わなかったんですのよ! あの顔をボコボコに出来るようになりましょう!」
「うんうん、ボッコボコだよ!」
そう言うと、黄色い、甲高い声ではしゃぐ彼女達。その様子を見た加藤は苦笑いを浮かべ、エリアスールはその加藤を見て苦笑いを浮かべる。その全てを見渡して、苦笑いを浮かべるのは2人の大人。
そして大人が声を、ようやくになって掛けた、鍛錬の始まりだ。
「ほっほっほ、仲が良いのぅ? じゃが、そろそろ真面目に始めるとするかのぅ。軽いモノとは言え、ワシらがやるのじゃ、甘くはないからのぅ?」
デイリーの言葉に、はしゃいでいた彼女達は静かに、いや真剣になる。
加藤だけは未だに苦笑いだったが。
「さて、鍛錬の内容だが……。鬼ごっこ。というものだ、これはオレとデイリー殿が鬼役を勤める。
お前たちは鬼から逃げればいいだけだ。詳しいルールは……」
この鍛錬は、初めてデイリーに鍛えられた時のことを思い出した加藤が比喩として挙げたものを、彼らが聞き出した上で鍛錬としたものだ。
ルールは地球の古典的な遊びとほぼ変わらない、基本的な部分では鬼が変わらないという事くらいだろうか。
だが、武具を着けている上に疲労した状態でという仮定での上なため、重しを背負っての逃走なのだ。その重しを背負わされた彼女達は苦痛の表情であり、加藤はやはり苦笑いだ。加藤に合わせた重しの重量はそれなり以上のものだったのだ、彼女達には厳しい重さだ。
「ふむ、流石に女性にはこれは厳しかったか……力より技だからな。よし、カトー、お前だ……。余裕の表情のお前だよ、他の皆の重しもお前が背負え」
その突拍子も無い提案に、加藤は絶望の表情を。他の、いやエリアスール以外の、特にエイラは喜色を浮かべて賛成した。
「まぁっ、それは素晴らしいですわ! それでは、カトウ……はいっ……よろしくて?」
「……落ち着け、俺。 これも鍛錬さ、そう……弱さを知るんだ」
「何を小声でブツブツ言ってるの? はいっ、ボクのもよろしくねー」
「だ、いじょうぶだっ。 多少重いが走れないほどじゃない……」
「その、これも宜しくお願いします……すいません」
「俺は大人になる……そうっだっ、このっ程度ぉ」
流石に、何時もの4倍ともなれば加藤の表情にも苦がありありと浮かんでいる。
とてもではないが、ルクーツァ達の手を抜いているとはいえ追撃から時間一杯逃れられるとは思えない動きだ。
「さて、先程お前達は力よりも技だと言ったな。 少々ルールを変更しようと思う、良く聞けよ? お前達にはカトーを守ってもらう。 簡単に状況を言えば、カトーは中型を足止めしている……。だがその背後をオレ達、小型が襲いかかろうとしているわけだ」
「お主らは、ワシらを上手く捌かねばならぬ。小僧も、皆が守りやすいように多少は動け、今でも多少であれば走れるじゃろう? しかし、無理をすれば膝を付くじゃろうな……。その時を以ってお主は中型に敗北、死亡と見做しお主達、全員の死亡であり負けじゃの?」
「オレ達を捌く方法は、背中に触れる事だ。触れたなら、一瞬止まる、小型に痛打なり、致命傷を与えたとする。そしてその後、触れたものを暫く追う、そういう感じだな。……オレ達はそう素早くは動かないし、反応もしない。その程度は出来るだろう? 出来なくとも、協力すれば良い。オレ達は基本カトーを狙うが、それ以上に目の前に立ち塞がる者を狙うからな?」
説明を受けた加藤達は、驚いているもののすぐに理解し、小声で何事かを話し合っている。
加藤も話に加わっているものの、なんとも言えない顔を、やる気を失ってきていた、そこに声が飛ぶ。
「カトー! お前の目指すものは中型を足止めする程度のものかっ! オレ達が鍛える男だぞっ! 最低でもオレ達は越えて貰う! これは仮想だが、そうだと思って動けっ! お前が耐えなければ皆を、大事なモノを失うということだと思えっ!」
その叱咤を受けて、加藤はしゃんと立つ。
大事なモノ、いやヒトという単語は加藤には無碍に出来ないものなのだろう。重しを感じさせない、常の起ち方だ。 それからゆっくりと、腰を落としていく。
その変化を見て取って、デイリーが言った。
「ほっほっほ、それで良い。 そうじゃの、時間は1時間……。いやはや、耐えられるかのぅ、それでは……開始っ! …………ほれっ、逃げんか! ワシらもすぐに襲い掛かるぞ?」
そしてお遊びが、しかし耐え忍ぶ戦いが始まる。
ルクーツァ達は確かに手を抜いていた。しかし時間が経つにつれて徐々に動きが鈍る加藤達に対して、彼らは疲れない、止まらない。
「おい、エイラ……。まだ1時間は経たないのか? 結構辛いんだけど……」
加藤は、素早くとは言えないものの確かに走り続けた。
この遊びは加藤が膝を付けば強制的に終了だが、ルクーツァ達に確実に触れられた時点でも各自は死亡扱いなのだ。そうしなければ、彼女達が死んでしまうから、彼は重しを背負いながらも彼女達に劣らず走る。
「はぁはぁ、いえ……残り15分という所ですわねっ。ニーナさんっ! 後ろっ」
やはりニーナが一番辛いのだろう、膝に手を着き、荒い呼吸だ。そして視線を下に向けてしまったために、後ろから迫る小型に、デイリーに気付いていない。
そこに1つの影が、風が吹いたように現れる、エリアスールだ。
「触れましたっ! こちらですよっ!」
エリアスールは、常に足を動かす事はしていない。動くべき時に、全力で疾るのだ、これが大きな助けとなっていた。
「あっ、あ、ありがとう! はぁ、ふぅ……うん、まだ大丈夫だよっ」
そのカバーを受けて、体制を建て直し、エイラと共にルクーツァへと向う。
加藤はそれらを見渡しながら、自分の安全を、そして彼女達の動きやすい形になるべくまた走る。
――――そして、1時間が経った。
「はぁっはぁ、もぅダメ……ボクはもぅダメだよ……」
ニーナは周りの目を気にせずに庭に、大の字に寝転がっていた。
そこまでとはいかずとも、他の面々も似たようなものだ。
「ほっほ、良くぞ耐えた。どうじゃ、この遊びは? なかなか面白かろう?」
しかし老人と言える年齢なはずのデイリーの息に乱れはない。
「ニーナ嬢には厳しい言い方になるかもしれんが、荷物が増えながらも良く耐えたな、お前達。そしてニーナ嬢、良く忍んだ……。逃げずに立ち向かい続けたな?」
「これは遊びじゃ。しかし、鍛錬という真剣に望むべくものでもあった。そこであれじゃ、その時感じた羞恥は、屈辱は実際の時のと差程変わるまいよ」
「ははっ、そうだな……。それにルクーツァ達はあぁ言ってるけど、俺は助かりまくりだったよ。ほら、俺が最後辺りに膝付きそうになったろ? その時にニーナが支えてくれたからな、だから1時間耐えれたんだ」
加藤は一番疲労を強いられたものの、一番視野を広げる余裕を持てる位置に居たとも言える。
だからこそ、彼女達の頑張りを知っていた、ゆえに肯定の言葉を、感謝の言葉を紡ぐ。
「そうだったな? あれは見事としか言い様が無い行動力だった、オレ達どころかカトーも見ていた。そこは素晴らしかったぞ、ニーナ嬢」
「あははっ……ボクが疲れちゃって後ろに下がってたから出来ただけで……。気を配っている余裕は無かったんだけどね……」
そう言いつつも、褒められた事が嬉しいのだろう、苦しそうな顔に笑顔が混ざる。
そして加藤達の動きを褒めては叱り、下げては上げてと評価していた彼らに近づいてくる影があった。
「あれ? もう終わっちゃったの? もー、ルクにデイリー? わたしも混ざりたかったのに……」
そう不満げな顔と、それを示す言葉を言うのはレイラだ。
その後ろから現れるのは若干疲れ気味のアーダだった。
「いや、疲れたね……。まさか、レイラ様がここまで算術などが出来なかったとは……。これは私が来て正解でした、最低限は教え、後は私がするようにしたいと思います。よろしいですか、デイリー様?」
どうやら、色々と勉強をしていたようだった。
そして結果はアーダの顔が物語っている、頭は悪くないのだが、どうにもそういった事は苦手なレイラだった。
「ほっほ、もとよりその積もりよ。ただ、その事実を知らねばお主が疑問に思うかと思うてのぅ? どうじゃ、これはお主がやらねばと思えたじゃろうっ」
何故か自慢するかのように、声を張って言い張るデイリー。
しかしアーダはしきりに頷いて同意を示した。
「えぇ、その通りです。っと、それよりも……何をなさっていたんですか?」
アーダは地面に寝転がるニーナや未だ息を荒げているエイラ、汗を拭いているエリアスールを見て言う。
加藤は何故かルクーツァと腕相撲をしていた、そして既に勝敗は着きそうだった。
「ほっほ、なにちょっとしたお遊びじゃよ。うむ、……どうじゃやってみるかね?」
その言葉に反応したのはニーナとエイラだ。
疲れていたとは思えないほど俊敏に身体を起こして、声を荒げる。
「まっ待ってよ! ボクはもうちょっと遠慮したいんだけどっ!!」
「わたくしも、少しばかり休憩させて頂きたいですわっ!!」
「ほっほ、分かっておるわ。続行させるのは小僧とエリ嬢だけよ、お主らはレイラお嬢様方と交代じゃの」
その言葉に胸を撫で下ろす2人、そしてその様子を見て何を想像したのか顔を引き攣らせるアーダ。
「いや、また俺が皆の重しを持つのか? さすがにまた1時間ってのは厳しいと思うんだけどさ」
正確にはルクーツァが遊びを入れたために長引いただけなのだが、勝負が着きそうになった時に、デイリーの言葉を聞いた加藤は腕を引いた。
そして苦笑いを浮かべつつもルクーツァへと視線を投げる。
「まったく、遊ばなければ良かったか……。あぁ、いやそれだが、重しを背負うのはオレだ、カトー。そしてお前が小型になって、オレ達を攻める側に行って貰うぞ?」
加藤の言葉にルクーツァはそう言うと、置いてあった重しを身に着ける。
加藤の時よりも多い10個ほどを、身に着けられる上限一杯着けていたがそれでも達人の動きは変わらないように見えた。
「ルクが重し着けた所であんまり意味無いと思うんだけど、まぁ……いっか」
そこをレイラが冷たく言うが、気にせずに準備運動を始める。
アーダも、それに倣って同じく身体を温め始めた。
「なるほど、俺が今度はこっち側か……。デイリー、ガンガン行こうぜっ!」
「ほっほっほ。うむ、始めはお主の好きなように攻めてみせい」
そしてまた遊びのような、しかし過酷な鬼ごっこと言う名の鍛錬が始まる。
一番最初に動いたのは、やはり加藤だ。
速い、一気にルクーツァへと迫っていく、レイラやアーダはこうも早く展開するとは思わず動けずにいた。
「悪いが、さっきの勝負はドローだっ! そしてこの勝負は俺の勝ち、それも速攻っ!!」
そう言ってルクーツァの胸元を掴もうとした時、風が吹く。
「……残念ですが、少しばかりお休みですよ?」
そして柔らかく背中を押された、小型扱いの加藤はそれだけで致命傷扱いとなるのだ。
悔しそうにしながらも、足を止める加藤にデイリーが手を振って呼ぶ。
「……なんだよ、デイリー。もう少しだったんだけどなぁ……あれはいけたと思ったね、いやエリアスールさんめっ」
愚痴を言いながらデイリーの傍へと歩みよる加藤。
そこに小声でデイリーは教えを与える、何故今回はこちらへと回ったのかという事を知らせたのだ。
「ほっほっほ、小僧。 先の鬼ごっこで重しを背負わせたのは何故か覚えておるか? ……疲労困憊、そうでなくとも全力を出し切れぬ状況を想定して、という事じゃったろう?」
デイリーは、最初から丁寧に教える。
加藤も何も言わずにただただ聞いている、こういった教えを受ける時は加藤は実に大人しいのだ。
「うん……んで、今回は逆って事だろう?」
「そうではない……。 違うのじゃ、全く同じじゃよ。今回もそれと同じよ、お主に取ってルクーツァに触れる事とは小型の群れを倒す事に値する。そしてそこに至るまでに先のように防がれ、触れられればお主は死ぬという事じゃの?まぁ、エリ嬢は熟練の猛者、未だ厳しい相手じゃし、レイラお嬢様らは体力が十全じゃ。今回のようにある程度は仕方あるまいが、それでも食らって良いものではない、分かるな?」
「つまり、食らわないようにしつつ、ルクーツァをって感じか?」
言葉では、いまいち分かったように感じられないが、その顔にはどうすべきか理解した色が浮かんでいる。
それを見たデイリーは、更に一言付け加えた。
「うむうむ、あぁそうじゃ……。他の嬢達を倒しても構わんぞ? ただし、最初に……なんじゃったかの?
ほれ、額を突くやつ、あれをした後でのみ許そう」
「デコピンな? それをしてからじゃないと、触れちゃ、倒しちゃダメって事か。良し、分かった! まずは……レイラだな」
そう言うと、加藤はゆっくりとルクーツァ達の元へと進む。
だが、視線はレイラを捕らえて離さない、見られている事に気がついたのだろう。
レイラもまた腰を低くして、いつでも動ける体制を整えている。
「おっ、来るのかな? さっきは驚いちゃったけど、もう無いよっ!」
「いや、本当に速かったね? 君が強くなっているのは分かっていたが、対峙してみると良く分かる。驚いたよ、だがレイラ様が言っている通り、次は油断しないからね?」
そう口々に加藤へと告げる彼女達を無視するかのように、ゆっくりと歩を進める。
そして動く、静かな歩みから無なる風へと。
「っ!?」
「くっ!」
加藤は言っていた通り、レイラに迫った。
仮にも達人に叩かれ、熱せられ、鍛えられた加藤なのだ、その速度は元々の素質と相まって瞬間的なものであればエリアスールに迫るものがある。
だが、その行く手を遮る形で更に疾い風が現れる、エリアスールだ。
「させませんよっ」
加藤はエリアスールの直前まで最高速度を維持しながら、突如として足を地面に突き刺す。止まった訳ではない、軸として、そのまま姿勢を低くしつつ踊るように回って回避したのだ。
普通であれば何処か痛めてしまいかねない行動、しかし日々の仕事という鍛錬は達人が傍にいて行われてきたものだ、様々なヒトに教えられたモノを積み上げてきたモノなのだ。そして加藤は自分の長所を、これだけは誰にも負けないと言える、言いたいと願えるモノがあるのだ、それを信頼し、そしてそれは応えた。
エリアスールの認識では鍛錬と言えども遊びの面が強いものだった、故に油断していた、あっさりと抜かれてしまう。いや、油断していなくとも、初見では結果は変わらなかっただろう、それほどの速度ある体技だ。
「しまっ……」
エリアスールに言えたのは、その言葉だけ、そして加藤はレイラを捉える。
レイラは後ろへと下がって、しまっていた。その事に加藤は笑みを浮かべる、だが狩人は彼女達だけでは無いのだ。
アーダの鋭い突きが、加藤の目の前を突き抜けたのはその時だ。
――――しかし加藤は更に笑みを深めたのだ。
「アーダさんが教えてくれたんだぞ? 周りを良く見て、そしてイメージしろってな……」
加藤はアーダが更に遮ってくる事を予知していたように、その腕を掴む。
そして指に力を溜めた時、軽い音が鳴った。
「……は?」
アーダはそうされた意味が分からないのだろう。
その場で立ち止まってしまう、そしてそれは致命的だった。
加藤はいとも容易く懐に入り込み、止めの一撃となる身体に手を触れるという攻撃を行おうとしたその時、身体に衝撃が走る。
「……っぇ!?」
レイラだ、彼女は慌ててしまったのか、かなりの力を篭めて攻撃してしまっていた、そして加藤は狙っていた肩ではない、そうでは無い場所に触れた。
「……あ」
「…………あれ?」
その瞬間、レイラとエリアスールは頬を引き攣らせる。
当の本人達は、呆然としながら、目を合わせていた、言葉は無い。
「カ、カトーさん! いくら鍛錬と言えどもそれはいけませんよっ!!」
その言葉で再び鼓動が始まったかのように、加藤は動きアーダから離れた。面白い事に、先ほどよりも速い、もしかするとエリアスール以上の風となっていたかもしれない。
「……いやっ、あれはレイラがだなっ!?」
「それでも、なんですぐに離れないのっ! ヒロのエッチ!」
「ちっ違!? その、なんかアレなんだよ! そのなんていうかさっ!」
好意を持つ女性に触れた事が、そして少々拙い事をしてしまったからだろうか。
加藤の言葉は意味を紡げないでいた。その様子を見た大人達は、ため息をつきつつ、遊びを入れた鍛錬の終了を報せた。
――――
――――
――――
「ったく、散々な目に会ったよ……」
あの後、ニーナとエイラが休んでいた場へと戻った時、エイラが怒気をこれでもかと言う程に滾らせながら甲高い声で叱ってきたのだ。
それを合図にひとまず落ち着いていたレイラとエリアスールも参戦する。ニーナは相槌を打ちながらも、時折鋭い指摘で加藤を痛めつけるのを楽しんでいたのだ。
そして、その言葉による戦争は加藤の圧倒的大敗を以って幕を閉じた。悲しい事に鍛錬としてやっていた鬼ごっこよりも長い時間拘束されたのである。
「はっはっは、そう言うな。それにそういう事をしたという事だろうよ」
そう言いながらルクーツァは慰めとは言えない言葉を掛ける。
そんな事を言いながら歩くのは、彼らは屋敷から我が家、『砂漠の水亭』へと帰宅している道中だ。
「ったくさー、いや、でも……うん」
「カトー、オレはどんな事があろうともお前の味方だとは言えるが、犯罪をするなら手は貸さんぞ?」
ルクーツァは、何故か頬を染め始めた加藤を見てそう断言する。
「なんでだよっ! ったく、そういうんじゃないっての」
「ふっ、お前は良くオレの顔をそのように言うではないか。そういう顔をお前もしていた、それだけのことさ」
「あーはいはい、もういいよ、この話題はさっ。……それより、風呂屋いかね? 久しぶりに入りたいわ、俺」
あの事を振り払うかのように、手を大げさに振りつつも加藤は話を変えた。
ルクーツァはそれに頷きを以って答える。
「ふむ、確かに少々肌寒さも感じるからな……。良し、そうするとするか」
「帰りにラルになんか土産でも買っていくかね? あー、そういえば服が欲しいとか言ってたなぁ、どうしよ何が良いのかな? ってか、これは帰りには厳しいか」
ラルという獣人の少女は、加藤が領主の仕事で街を留守にして、戻ってきてからと言うもの、何かと加藤の傍に居ようとするようになっていたのだ。
「はっはっは、お前も随分、兄となっているじゃないか。いや、良い事だとは思うがな? 経験則から言えば、ある程度で自制することだ……、特に相手はラル嬢だしな」
ルクーツァは、少しばかり前の事を思い出しているのか。
目を瞑りながら、ゆっくりと、かみ締めるように頷きを繰り返している。
「何を真剣な面して言ってるんだ? あー、どうしよ、レイラ達に頼みたいけど、さっきのがなぁ」
そう、男2人は語らいながら、日が落ち始めた事で、灯り始めた優しさによって姿を現した包み込むような暖色の絨毯を歩いていくのだった。