第11話 『○○→壮大!』
月日は流れる、暑い夏から涼しさを楽しめる秋へと移り変わっていく。
加藤はこれまで以上に強くなる事を、自分の弱さを知る事に貪欲になっていた。鍛錬を積みに積む、普段の仕事ですら、意識的に身体を動かすようにするという徹底ぶりからも加藤の本気が伺えた事だろう。
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「そうじゃ、その動きを忘れるでない。どうしようも無いと感じたのであれば、後ろに引くのは愚策よ。前に行け、足を一歩で良い、進めるのじゃ」
いつものようにデイリーから優しい響きを持った声で諭される事も。
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「いいか、そうじゃない。前にも言っただろう、剣に振るわれるようではダメだと。しかし振るうだけでは同じくダメだ、軍曹の時に言っていたな? 信頼している、と。 それだ、剣も同じく信頼し信頼されなければ話にならんぞ!」
ルクーツァに鍛えられる時には厳しく、叱咤される事もあった。
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「いやはや、私としては武術にあまり自信が無いんだけどね……。いやしかし、基礎程度であれば喜んで教えようじゃないか。まずは足腰を鍛えるのが普通だが、君には必要ないだろう。いいかい、重要なのは周囲を見る、そしてそれを想像する力に加えて、足の裏に神経を……」
若干照れながらも、アーダから無手の動きを学び、自分の強さである身体の動きを見つめなおす事も。
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「まず、中型や大型が相手の場合はデイリー様などの達人でない限り撤退を選びますわ。理由は言わずともお分かりでしょう、無理だからです。しかし撤退と一言に申しましても……」
頼んでもいないのに、団体、纏まりをもった多の動きをエイラに教授された事もあった。
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「さて、今回はモンスターの生態を話しましょう。いいですか、カトーさん。 小型の場合は群れますが、群れの長というのが存在するのです。小型の場合、それをどれだけ早く発見し、痛打を与える事こそ……」
鍛錬に疲れた時、休憩の場を作ってくれたエリアスールが、なぜが講義を始める事など日常茶飯事。
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「ねぇねぇ、ヒロ。ボクはね、ずっと疑問だったんだ……。このお菓子ってのは、なんでこんなに美味しいんだろうね?」
「そうだよねー。 お菓子は不思議だよ……。わたしも食べちゃダメって思ってもついつい……」
無駄話をする事もあった。
しかし、加藤が楽しめたかどうかはまた別の話だ。
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そして、色移りがあった、暦としての秋へと代わっていった日の翌日。
加藤は領主の屋敷で以前の広間とは違う、あれよりも狭い部屋にいる。
その部屋の中央に置いてある机に両腕を組むように乗せている、ロレンの前にルクーツァと共に並んで立っていた。
「なんですか? 今日は仕事ないからルクーツァ達と鍛錬しに行こうって話なんですけども……」
「いや、済まないね。うん、頑張っているようだね? 娘達やデイリーから聞いているよ。中々の腕前になったそうじゃないか、この前は小型を討伐したとか?」
若干、気乗りのしない声の加藤に対し、ロレンは苦笑いを浮かべつつも、会話を続けて本題へと繋げようとする。
「あー、あれは防壁の工事中に、カルガンの群れから逸れたのが一体迷いこんじゃったみたいで。討伐というか、追い払っただけですよ」
「ほっほ、謙遜するでないわ。お主、その時には得物は持っておらなんだと聞いておるぞ? ……なにやら小さな木の棒で対峙したとか」
加藤がそう応える、それに対してロレンの後ろに控えていたデイリーは反応をよこす。
そして、加藤の胸元を見つつ、そう言った。
「はっはっは、そうだったな。オレが行こうとしたんだが、こいつが駆けてしまってな? 様子を見ていたんだが、いやはや驚いたよ」
加藤の横に立っていたルクーツァは驚きを言いたいのか、楽しさを伝えたいのか分からない言葉をつなげた。
「まぁ、お守りとして持っていたからね。っても倒すってのはやっぱ無理だわ、これじゃなぁ」
その時の事を思い出したのか、存外素早い動きでお守り《ぶき》を取り出した。
短い棒のようにしか見えないが、これを用いて小型と対峙したのだ。
「はははっ、倒すのは無理か。追い払えるだけで十二分というものさ、武器を持たない冒険者は為す術なく倒されるのが悲しい事に多いからね? この街は少々特殊だが、防壁工事をメインとしている冒険者はやはりその域を出ない」
「まぁ、鍛えられてるし……。ってか、一応コレも武器なんですけどね?」
そう、ロレンが褒めていると言える事を言い放ち、加藤がそれに言葉を返した時。
刹那かもしれないが、時が止まったかのように音が消えた。
そして、時が動きだしたのは、加藤が居心地悪そうに短い棒を胸元に仕舞う時の微かな音だった。
「うん……デイリー、私としては十分だと思う。以前にも言ったが、第一として必要なものを有しているのは彼以外には居ないと思うからね」
時が動き出したので、ロレンはゆっくりと、新たに動き出した世界を壊さないように、慎重に言葉を選んで喋る。
「そうじゃのぅ……ワシとしては最初のであれば問題は無いと思うがの。どうじゃ、ルクーツァ」
「あぁ、まぁ最初のであれば問題あるまいよ。その程度はこなせるようにしている、そうだろう? デイリー殿」
ルクーツァとデイリーは、互いに頷き合う。
そして、加藤へと、ロレンも含めてこの場全ての大人が視線を送った。
「ヒロ・カトウ、君に領主として命令しよう。君に新たなる街建造の件についての参加を求める、いいかい。拒否はゆる……す」
「……おい! そこは許さないって言えよ! そんなジョークは時と場合を考えて言ってくれっ! 頼むからっ!」
珍しく、彼らだけの場では領主らしからぬ姿だったロレンが見せた真面目な声。
しかし、やはり最後は締らない、彼はそんな領主だった。
「はっはっは、いやね……。街の造り方とかでも、君に意見を求めたかったのさ。が、色々と問題がある。 具体的に言えば君の秘密というね」
「だが、この程度であれば問題あるまい。そういう結論を下した、お前の事だが、お前はその重要性を認識しづらいだろうからな、オレ達で話し合ったんだ」
問題、それは加藤が異世界から訪れた者であり、昔の英雄と同じ存在という事だ。
普段であればいいだろう、しかし街造りとはヒトら全てに影響を与えるものなのだ、悩むというのも不思議ではないのだろう。
「だからさ、俺の知識っていうのは教えただろう? ナノマシンが無けりゃ大した事できないし、武器だってレーザー銃なんてどう作られてるかなんてサッパリなんだよ。コンピューターも無いし、情報だって自分で覚えるっていうか見るものだったしさぁ」
以前に、それを聞いた時に加藤は英雄と同じような事をしたいという欲求に勝てず、色々と余計な事を話してしまっていた。
だが、その何れもこの世界では想像も出来ないものばかりだった。
「あぁ、聞いた……。そしてソレは今のオレ達の世界では全て不可能だと言う事も分かっている。だが、空を飛ぶ箱などの構想、たった一回の攻撃で世界を壊しかねない兵器、そうでなくとも目に見えない生き物を兵器とするなどの恐ろしいまでの技術。……そして、宗教というモノもだ。確かにこの世界にもソレに似たものは在る、在るがお前の言っているソレとはやはり別物。どれもこれもやはり別格なのだよ」
その不可思議なモノの中でも、少なくとも思い浮かべられたものがあったのだ。
そしてソレの可能性を示す事は世界の在り方を変えてしまう可能性を秘めていた。
「それらはお主には当然の事で、価値は無いものじゃろう。しかし、この世界に措いて、それらは無二の存在、この世界でそうなるとしても何百、何千年という先の事柄ばかりのな」
「更に言えば、それを出来るだけ……。いや、もう二度と口に出さないで貰いたい、一生だ」
その事を、ロレンは重く言う。
だが加藤の考えは違ったようだ、正反対のものを言う。
「はぁ、なんでだ? そんなに大事な事だって言うなら言った方が良くないか? その方がきっとこの世界のためになると思うんだけど」
「そうだな、その通り。だが、この世界はお前のいた世界ではない。この世界の進みを歪みかねない毒でもあるのさ、お前という存在はな」
だがルクーツァはそれを認めつつも、反論を言う。
その言葉には常の力強さは見えない、しかし別の何かが強く宿る。
「お主のようなヒトがいたと言うたろう? その者達に共通していたのは大人という点じゃ、そして皆が同じく事を言ったと伝えられておる」
「有名な言葉はこうだね? 『我はこれ以上を教えぬ、主らがこれから先、どのような道を辿るかが楽しみでならぬ』これ以外ではこうも言っている。『未知のヒト達よ、自らで切り開いて欲しい、それを伝える事こそ、私がここに来た理由であると信じています』ってね?」
先人の教えを彼らは語る。
自らで道を創るこそが、重要であると、そう言っているのだ。
「色々と教えたんだろ? そいつらはさ、だったら俺もそういうもんじゃねーの?」
「色々と教えたのは英雄が、だな。 そして異世界の英雄は1人ではない。モンスターどころか野犬に怯えていた人間には火という守護を与えた英雄がいる。だが、それ以外は与えなかった、同じ生活を過ごした。英雄からすれば、とても生活と呼べるものでは無かっただろうものをな」
ルクーツァは、火の灯っていないランプを見て言う。
「雨風に打たれ、翼が翼足りえなくなった事を悲しむ有翼人に屋根という優しさを与えた英雄もいた。彼もまた、それ以外は与えずに共に苦労したと言うよ?」
ロレンは机に置いていた腕を解き、屋敷の上、天井を指差してそう教えた。
「己が力に溺れ、種族同士で殺し合い、涙する竜人には、互いに殺し合うのではなく、競い合い高め合う手段として武を与えた英雄がおった。そしてまたそれ以外は、とそういう感じじゃ」
「必要なものだけって事か? それにしたってさ」
デイリーの言葉を最後に、加藤はここまで聞かされた事を纏めたのだろう。
それでも言いたい事があるようで、また問う。
「いや、そうじゃない……。本当はもっと教えたかったはずだ、救いたかったはずだ。だが、その英雄の世界には問題もあったんだろう、それがこの世界にも訪れるかもしれない、それを恐れたと言う事だろうな」
英雄の世界、それはつまり加藤の元いた世界と程度は違えど同じようなものなのだろう。
あの世界では科学が発展しすぎた、そして地球は壊れた。
便利なものを、快適なものを求めすぎた結果、本来無視してはならぬものを軽視してしまった結果だ。
「問題か……、そうだな。確かに俺達の世界にもソレはあった……確かに今すぐそうは絶対にならない、けど。……あぁ、確かにソレは駄目だ。 そうはなっちゃいけない」
その問題のせいで、加藤はここへ来てしまったのだ。
結果としては幸運なのかもしれない、だがそもそもの問題が無ければ、あの時の恐怖は無かったと言えるだろう。
「まぁ、この世界に無いような、逸脱した技術を披露するのは避けてくれというだけさ。別に、思った事を言うのを止めろという事ではない、その世界で育ったお前の考えはお前だけのものだからな」
「逸脱、ねぇ? 例えばだけどさ、飛行機……あぁ空を飛ぶ箱ね? そこまで行かなくても、そう! 先輩みたいな感じで空を飛ぶ方法ってのもあったらしいんだよ! 高い所から降りるわけで、飛ぶってのは語弊があるかもしれないけど、滑空する道具……。そういうのはどうなんだ? 逸脱してるか?」
「ほぅ、滑空か。 つまり鳥や有翼人が上空から滑るように飛ぶ事だろう? それをオレ達でも出来る、そういう事か?」
「そう、まぁ……強度とかが問題だろうし、効率とかも分からないけど。そういう事は? その程度なら良いのか? 俺の世界では既に過去のモノだったしさ」
それを楽しみたい、そう思う人間は多かったかもしれない。
だが、それを許す環境は既に世界に無かった、ゆえに過去のモノなのだ。
「うーむ、その程度であれば……良いのかのぅ?」
「まぁ、さっきはあぁ強く言ったけどね。別になにが何でも言うなって訳じゃないよ、ただそういう心構えだけは持っていて欲しい。頭の隅にでも置いておいてくれたまえ、って事さ」
要は、過去の英雄達のように世界に生きる人々のためにそれを広める事はしないで貰いたいと言いたかったのだろう。
そしてそれは加藤へと通じたようだ、なんとも言えない顔をしていた。
「なんだよ、なんか制限されるのかと思ったよ……。最悪、なんか不味い事言ったら殺される事さえ考えてたんだからなっ!」
「はっはっは! それは無いさっ。万が一そんな事を言う輩が居たとすれば、すぐにオレやデイリー殿が斬ってやるからな? それは有り得んよ、お前が自分から広めたりしない限りは、な?」
「おいおい、それってつまり俺が広めようとしたら斬られてたって事か? まじかよ、こえーじゃねぇか」
「あぁ、違う違う……。ルクーツァ殿が言いたいのはそうじゃない。君が自分から広めた場合、過去の英雄の教えのために君を殺さないといけないと考える輩が出てきてしまうかもしれない。そうなってはどうしようもない。だけど、そうじゃない場合にそう言うヒトが出た場合は、私達がそいつを殺すから問題は無いんだって事だね?」
にこやかに、あっさりと、自然な口調で物騒な事を言って見せたロレン。
やはり彼もまた領主足り得る人物なのだろう。
「領主も怖いことさらっと言うなよな、……ったくさ。……それにしても過去の英雄の教えのため、ねぇ? 俺も一応、そういう感じなのに殺そうって思うわけ?同じ英雄かもしれないのに?」
今までの英雄という単語に自らを重ね合わせるような固執した感ではなく、単に疑問として加藤は尋ねた。
それを笑いつつ、しかし真剣な色を滲ませてルクーツァは応える。
「はっは、言っただろう。御伽噺、昔話の存在だとな? 謂わば空想の、伝説上の人物であり、お前の言う所の神様ってやつさ。どうだ、お前の世界でもそういったのがあったんだろう? 仮にだ、仮にその神と同じ存在が現れたとして、お前はそれが神だと信じるか? 信じられるか? 難しいだろう、むしろ冒涜していると憤慨するんじゃないか?」
「あー、うん。まぁ無宗教だったもんで、憤慨するかは分からないけども。確かに、信じはしないだろうなぁ……」
「まぁ、そういう事じゃよ。幸い、お主の見た目は人間そのもの、言葉も話せる、ある程度以上の実力も今では備えておる。そのような加護は、称号は最早、不要であろう? お主自身が以前言うておったようにの」
そう、異世界へと送った神がいたとしたならば、加藤への慈悲として与えてくれた、異世界人という名の特別な存在という加護。
その加護のおかげか、加藤の努力のおかげかは分からない。
しかしそのおかげで小動物と出会え、ルクーツァに救われたのであれば。確かに、最早その助けはいらないのかもしれない、そして肯定するかのように加藤も笑みを浮かべて言った。
「ははっ、確かになっ! 悪いな、またやっちゃったよ。まったく、俺は駄目だなぁ……。 そうなのに、なんか固執しちまった。……ってか、あれ? そもそも、その流れにしたのはルクーツァ達じゃ……」
しかし、この流れを作ったのは、そう感じさせたのは、言わせたのは加藤ではなく、彼ら大人だと言う事に気付いたのだろう。
何故、このように自分が謝る形になっているのかが不思議なのかもしれない、そんな顔を大人へ向けた時。
大人はそそくさと行動を開始した。
「さて、そろそろレイラ達と会ったらどうだい? 最近はデイリーやルクーツァ殿達とばかり鍛錬していたそうじゃないか。偶には顔を見せてあげて欲しいね」
話題を愛する娘に変えて、そう言う。言いたい事はつまり、話は終わったのだから、早く出て行けという事なのだろう。
「ほっほ、いや確かに。なれば今日は皆も巻き込んで軽いものをするとしようかのぅ」
鍛錬の話を始めるのはデイリーだ、既にその足は扉へと向いていた。
「あぁ、それは良い。基礎はそれなりに出来てきたが、それだけに変に凝り固まり始めてきた時期とも言える。ここらで、色々と取り入れさせるためにも、それは悪くないな」
加藤の眼差しを無視するように、ルクーツァはデイリーの提案を奨励する。そして、共に部屋をあっさりと出て行った。
部屋に残されたのは何かを言いたい顔をした加藤と、机の上にある書類と睨み合う、加藤には目もくれない領主のみだった。
「…………」
「…………」
「……まぁ、俺のためって事で、うん」
そう言葉を残して加藤もルクーツァ達の後を追うように、この話は終わりという事を示すように部屋を出て、扉を閉めた。
「いやはや、ついつい、許してくれたまえ?しかし、英雄はこうも言っているんだよ……。『私のような者が、いつか現れるかもしれない。その時はどうか、お願いです。その者を英雄と言わないであげて欲しい。どうか、どうか親愛なる友と言ってあげて欲しい、望まぬ孤独を与えないで下さい。それが私の最後の願いです、我が友よ』とも、ね。今は昔とは違う、英雄達が私達のために苦を選ばざるを得ない時代じゃない、それは……英雄達のおかげでなれたのだから。だからこそ、今度は迷ってきた英雄のために我々が守る番なんだろう?」
そう、姿が見えないヒトに言う領主だった。
そして、すぐさま仕事へと向き合う、加藤がこれからどうなるのかを想像しつつも、手に握るペンは止まらない。色々と仕事は多いのだ、領主というものには。
過去の英雄達が、何を思って過ごしていたかは今となっては知る術はない。
しかし、不安はあったはずだ、泣きたいと思ったはずだ。だが、そこで見たのはそれ以上に嘆き悲しむ弱いヒトだった、彼らは選んだのだろう、己の道を。
そして、その道は多くの英雄のものと交わり太くなり、弱きヒトを強くした、その偉大なヒトのもの交わり、新たなる英雄を守れるほどの大きなものになっている。
加藤は英雄では無い道を選んだ、だがその道は英雄の道といつか交わる事だろう、そしてまた大きくなるのだ。
ヒトが生きるとは、そういう事なのかもしれない。