第10話 『○○→道標!』
「はぁ……、なんでこうなる?」
「諦めろ、こうなったのはお前の責任だ、誰のせいでもない、な」
加藤は、デイリーからの、いや領主からの依頼であった、護衛を終えた。そして給金を貰い、これで終わりだと思っていたのだろう。
しかして、彼は今、領主であるロレンの目の前にいるのだ。
「ははっ、そう言わないでくれたまえ。君と私の仲ではないか、そうは思わないかい?」
「いやですよ、領主様。 ただ俺は貴方の長い、長い話を聞いたに過ぎません。そのような間柄では決してありません、恐れ多くて俺は身体が震えてしまいます」
加藤は芝居がかった口調でそれを否定する。
しかし、デイリーはあっさりと無駄だと告げる。
「ほっほ、小僧、諦めろ。……ワシに言えるのはそれだけじゃよ」
「……どうしてこうなった」
加藤がここにいるのは、呼ばれたのは単に領主の一言によるものだ。
曰く、気に入った、その一言が全てであろう。
「はっはっは、済まないね。だが、冗談抜きで信頼に値する若い……ヒトというのは貴重なんだよ。感情面だけでは駄目なんだ、万が一の時の保険もまた必須……。そう、睨まないで貰えるかな? 貴方とて分かっていて、あの時抜いたのだろう?」
領主ロレンが言う言葉に反応して、ルクーツァは少しばかり目に力が入る。
「保険ねぇ、それってどういう?」
加藤は、いつもの事と流すように、先を促す。
ルクーツァ、ロレンは苦笑いをしつつ、前者は目を閉じ、後者は口を開くという形でそれに応えた。
「……あぁ、語弊があったかもしれんな。そう、つまりは感情ではなく、理性、いや違うな。文章面でそれが書いてあるだけで、信頼が置ける要素とでも言うか……。こと、信頼というモノは一歩違えれば、暗い感情に結びつくものでもある、ということさ」
(あー、要は就職みたいなもんかね? 感じは良いし、誠実そうだけど、学歴が無いから雇えない的な? ……なんか違うか、いやそうかな? いいや、もう)
何事かを考え込んだ素振りの加藤を暫く待った後、ロレンは続きを語る。
「まぁ、君はその貴重な領主としても、父親としても……、私としても信頼が置けそうな若者という事さ。なに、大した事を頼むわけではない……ただ、娘達の、今回訪れた彼女達の傍に時々で良いんだ、訪れてやってはくれないかい?」
領主は真剣に、酷く重大な事を頼むような口振りでそう頭を下げる。
その行動に、デイリーは少しばかり目を見開く事で感情を表現する、対してルクーツァは何も動かない。
「ええっと……。 それだけ?」
しかし、加藤はなんとも間抜けな面を晒している。
領主直々に頼まれる、本来であれば自分などには来る筈の無い依頼なのだ。
しかして実情は、ただ屋敷へ遊びに来い。 というものだった。
「……それだけ、とはどういう意味かね? いいかい、これがどれだけ大きな役割を持っているかというとだね……」
「ほっほっほ、ロレン様……いやロレン。そこらで良かろうて、言ったじゃろう? そのような事を言わずとも問題は無いと」
伝えたい事が伝わっていないと感じたのか、若干焦りを感じさせる口調を早口で紡ごうとしていた領主、いや友人をデイリーは制止する。
「っていうか、俺これから防壁の仕事なんですよ……。そろそろ行かないと、受付のお姉さんにまた怒られる……、久々だってのに遅れたら……おぉ、怖ぇ」
まだ何か言いたそうな領主を見つつ、言いにくそうに加藤は言う。
ルクーツァは思い出したようにそれに対して相槌を打っていた。
「そういえばそうだった。いや、忘れていた……、そう言う事なので、オレ達はそろそろ行かせてもらうぞ?」
「むっ……、仕事とあれば致し方あるまい。まぁ、うん。 暇な時にでも顔を見せてくれたまえ、それだけだよ」
「ほっほっほ、ルクーツァ? お楽しみは独り占めするものではないぞ? その時はワシにも一報をよこす事じゃ」
「ふっ、デイリー殿ならばこちらとしても断る理由は無い。そうだな、今日の夜にでも……」
「待てや、久々の仕事つったろ! それにラルや女将さんがご馳走用意してくれるって言ってるんだぞっ! 今日ばかりは鍛錬を断る! 絶対になっ!」
そう、無事に戻ってきた事を、女将とラルは、そして小動物もとても喜び、笑みを浮かべてそう言ってくれていたのだ。
「なんとっ! それでは女将に挨拶を兼ねて伺わせてもらうとするかの」
「それが良い、カトーを共に鍛えるんだ。女将に一言、言っておくのが筋だろうな……。まぁ、それは後でな、仕事が終われば伝えよう、それではな?」
「いや、なんで女将さんに俺をボコる許し貰う感じなんだよ? ねぇ、聞いてるか、おいって……」
そう言いながら、加藤達は領主のいる部屋を出て行った。
「いやはや、実に元気だね? 私に息子がいれば、あぁいった感じになっていたのだろうか?」
「ほっほ、さて……どうじゃろうかの? じゃが、どのような所であれ親は親じゃろうて、そこは変わるまい?」
「会ってみたいものだな、彼のご両親に……」
そう呟きながら、領主達は、従来の仕事へと戻っていった。
そして日は暮れる、一日というものは早いものなのだ。
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「ほっほっほ、美味い! 女将は実に料理上手じゃのっ!」
「あっはっは、そうかいそうかい! デイリー様にそう言って貰えると嬉しいねっ! ほらっ、こっちのも食べてくださいな」
「本当にいるし……」
夕食時、加藤は言っていた通り、『砂漠の水亭』にてご馳走を振舞われていた。
だが、一番はしゃいでいるのは老人だ、加藤ではない。
「ふぇー、凄いねーカト。 本当にデイリー様と知り合いなんだね?」
「……キュ、キュ?」
「本当にってどういう意味だ? てか、先輩も相変わらず小さいのに良く食うな? どこに入ってるんだよ」
デイリーが訪れた事に驚き、一番喜んだのは獣人の少女、ラルだ。
ここを訪れるのはギョッセ、レイラやエリアスールであり、デイリーは初めての訪問であった。
「てか、レイラとかも来てただろ? ラルは知らなかったのか?」
「うん、領主様のとこのヒトだなんて、まさかお姫さまだったなんてねっ!」
レイラが令嬢という事をラルは知らなかったようだ。
デイリーが訪れた際に、加藤からそう聞かされた時のラルの表情は実に見ものだった。
「いやー、姫じゃねぇだろ?」
「はっはっは、いや……、領主の娘とは姫と言っても間違いはあるまいよ。少なくとも、我々に取ってはな?」
お姫さま、という単語に素早く否定を入れる加藤。
そこへ今まで料理を食べる事に夢中だったルクーツァが食べながらも、そう言う。
「ようやく話したな、ルクーツァ。食うのも良いけど、もう少しなんとかならねーのか?」
「んむ、そうは言うがな。久々の女将の料理なんだ、止められんな?」
相も変わらず食となると目の色を変えるルクーツァ。
加藤はそこを指摘するが、何処吹く風の体であっさりと流す。
「まったく、カトーの坊や。デイリー様にも鍛えて頂いているんだってね? いや、あたしは安心したよ。ルクーツァさん程のヒトでも不安だったけど、デイリー様もとなれば……。うん、これからも頑張るんだよ?」
「あー……、うん。せめて女将さんやラルは守れるくらいには強くなってみせないとな?」
「あらやだよっ!? この子ったら一丁前にっ! そんな事よりも、まずはあんたさ……、自分の事を守れるようになりなっ!」
「あははー、カト。 格好悪いねー」
「ほっほっほ、うむうむ。実に女将の言う通りよ、小僧に誰かを守るなど百年早いわっ。……が、強くなるためにはその意思は必要不可欠、決して失うでないぞ?」
「ひでぇ……俺の精一杯の強がりが木っ端微塵だよ……。先輩、俺……」
「……キュ!」
加藤の宣言を、女将を始めとして、全員に断られたのだ。
追い討ちを掛けるように、声を掛けられた小動物もまた、少々素っ気無い鳴き声を上げた。
「…………」
「ははっ、そう落ち込むな。今はまだ、さ。 いいんだ、それでいい……いや、それが良いんだ。守りたいもの、守れないもの、出来る事、出来ない事、それにぶつかる事は大切な、今のカトーだからこそ得られるもの。下手な武や智など路傍の石に見えてしまうほどの宝さ、今を大事にな?」
今でしか得られないものがある、そうルクーツァも教えてくる。
しかし、理解できても納得できないものがあるのだろう。この場に彼らと加藤だけならば納得できていたかもしれない、しかしここには見栄を張りたい対象がいたのだ。
「でもさー、やっぱり守りたいじゃないか? そういう、強いヒトってのに、どんな事からでも守れる最強ってのに憧れちゃいけないのか?」
「ほほ、そうじゃな。 言ったが、それに憧れる事、それは間違いではない。じゃが、最初から今ある脅威から全てを守れる力を有している存在がいたとしようかの。そして、新たな脅威が現れた時、その者はどうする?」
その言葉に、デイリーは笑って言う。
「そりゃ、その力で守ろうとするだろうさ」
「ほほ、そうできたら良いの? じゃが、その考えはお主が少なからず、何かに衝突したからこそ出てくる思考よ」
加藤の返事は容易に想像できていたのだろう、また軽くいなされる。
更に、付け加えるようにルクーツァも言う。
「強すぎる存在になればなるほど、ぶつかる障害というものも大きくなる。そして、その事に気付いた時、大きすぎるソレが齎すモノは取り返しが付かないものなのさ」
「えっと?」
話の流れが少しばかり変わった事で、理解が追いつかなくなったのだろう。
言葉ではなく、疑問を表す単語のみを口にする。
「お主の力が、それだと仮定しようかの? お主は街のごろつき程度、そして上手くすれば小型までなら捌ける力量がある。それがお主の言う、最強だとして……」
「中型が、大型が現れた時、お前はこれまでのように女将やラルを守ろうとする意思を持てるのか、という事が1つ。そしてそうしたとしても、失うものは守りたいもの……。女将とラルと言う事だ。どうだ? 大きすぎるだろう」
デイリー、そしてルクーツァは早口でどんどん言葉を重ねる。
それに対して加藤は徐々に顔に苦々しいものが浮かび上がる、が仮定の話で思う事があったのだろう、そこを嬉しそうに指摘する。
「うっ……って、それは普通に無理じゃねーかよ。中型はルクーツァ達くらいになればもしかしたら有るかもしれないけど、大型なんて普通に不可能なんだろ?」
「あぁ、オレ達はそういった事にぶつかったからこそ、不可能という事を知っている。だから、ただ剣を振るう事ではないものを探せる、違う方法を模索できる。それは身を以って実感したからだな? だが、最初から小型を、中型を倒せたら? それを知れるだろうか、実感できただろうか」
「言葉で言われる事と、自分の身を以って感じる事は似ているようで全く異なるという事よ。そして、それを心の芯で感じられるのは、今のお主にしか出来ぬ事。強くなるには、まずは弱さを知り、味わう事こそが肝要」
しかし、やはりあっさりといなされる。彼らの言っている事は言葉としては伝わりにくい事だろう。
しかし即ち、それもまた実感せねば理解できない、言葉では表す事が難しい事と言えるのかもしれない。
「えっとー……」
「ふっ、要は守るという事が、強くなればなるほど、その脅威を倒すという考えに固執してしまいかねないという事だ。守るという事が、どういうものなのか、決して忘れるな、そういう事さ」
ルクーツァは、今までの話を無にするかのように、適当に纏める。
「ほっほ、その点は心配ないがの。 小僧は勝てないものに対する術を既に持っておる。お主の逃げ足はワシをもってして、目を見張るものがあるからのぅ!」
デイリーも同じく、それを笑いの種として、大きな声を上げて笑う。
「あっはっは、そいつは喜ばしいねっ! デイリー様にもお墨付きを貰える逃げ足があるなら、あたしも安心さねっ!」
デイリーの言葉で安心できたのか、女将もまた笑う。
とても、とても喜びに溢れた笑いだ、実に大きな声だ。
「あははー、やっぱり格好悪いねー、カトっ!」
少女は分かってはいないのかもしれない、だが声に喜びがあるのは違いない。
「キュッキュッキュ~」
小動物の鳴き声は何を伝えたいのかは分からない。
しかし、その名前の如く、何かを教えようとしている感が響きにあった。
「もういいよ、これも鍛錬って事で耐えるんだ、俺。そうさ、これも弱さの1つ、今を味わうのが大事なんだろ、負けるなよ、俺」
それらの笑い声を嘲笑と取ったのか、喜びの唄と取ったのかは加藤にしか分からない。
だが、その言葉とは裏腹に、表情とは裏腹に、口元には弧が描かれている。
強くなる事を決意し、弱さを認めていた彼は、守りたいと願う者から守られている現実を知る。
その事で弱者は進むべき道を知っただけでなく、己が目で見るという方法で再確認する。
その上に共に進む友、導く師、支える家族までがいるのだ。
「ほんと、これから大変だよ……」
こんなにも恵まれている、この現状こそがまた1つの最強なのだと彼は心の芯から感じられた。
ゆえに彼はこれから強くなる事に、なんの不安も持てなかった。