第9話 『○○→面会!』
「美味しかったね! やっぱりお菓子とお茶が最高だよっ」
「確かに美味しかったですけど、これから領主様と会うんですのよ? もう少し落ち着いてはいかがですの?」
お茶会を終えた彼女達は、先ほどの緊張を消して、明るい笑顔を見せつつ歩く。
そう、ようやく領主との面会へと向っていた。そんな様子の彼女達を見つつ、加藤はデイリーへと小声で尋ねた。
「なぁ、実際のとこ俺も会うの初めてだけどさ? こんなんでいいのかね、さっきのエイラじゃないけどさ」
「ほっほ、無駄に緊張させて建前だけを話し合うより、こうした状態での会話をする方が余程実りがあるとは思わんか?」
「今はそうかもしれないけど、会えばどうせ緊張すると思うけどね? なにせ俺はそうなると自信を持って言えるからな」
「お前はどうせ緊張などしないくせに良く言う。それにな……良いんだ、これでな? 実際の所は彼女達が持ってきている話など確認の意味が強い。本当の目的は、次代を担うだろうヒト達、彼女達の友好が目的だろうからな。……なぁ、デイリー殿?」
「ほっほっほ、……うむ。その通りよ、以前言っておらなんだか? ワシは火の国から来るという事を言ったな? それはワシが直接行って聞いて来た事よ。その時にある程度、話は纏められておるのじゃよ」
「なら、そう言えばいいじゃねーか。無駄に重たい責任負わせたようなもんだろ、なんだかね?」
今回、彼女達は街を造るための話し合いをするために訪れている、という立場なのだ。
しかし既に終わっているという、これは何のためなのかと彼は問う。
「その重責は、そう時が経たない間に彼女達が背負わずにはいられないモノだ。どんな形であれ、それを責任を負わなくても良い今、少しでも背負わせてやる。これもまた、親の愛というものだ。カトー、お前が常日頃言っている目標……、そういう事を言っているお前なら分かるんじゃないのか?」
実際、彼女達が何か失言しようとも領主は何も問うまい。逆に良い発言をしたのであれば、大いに褒めて採用する可能性もあるだろう。
規模が大きすぎる、おつかいというのが今回の実情だったようだ。
「親の愛、ねぇ? そこまでは今の俺には分からないけど、うん。まぁ、親にはそういった強さもあるって事で今は納得しておくよ」
「親の強さ、か。 そうとも言えるのかもしれんな? そして、その強さはこうした事の積み重ねで子へと受け継がれていくものだ。彼女達はすぐにでも気が付くだろう、その時にどうするか、そこが分かれ目だな」
「ほっほっほ、レイラお嬢様を始めとした彼女達は特殊だからのぉ。ちと普通とは異なるが、これもまた1つの愛には違いないの」
大人はそう言う。
しかし加藤は青年だった、更に言葉を重ねる。
「いや、そうだとしても、だ。今回のって新しい街を造るためってのなんだろ? デイリーだって最初はあんなに慎重になってたじゃないか。それをこんなので済ましていいのかって聞いてるんだけど」
「ほっほっほ、お主はワシの言葉を聞いておらなんだか。既に事は終わっておると言ったであろう? そしてその事を進める、若い力の象徴が彼女達というわけなんじゃよ。どう運ぶのかは既に決まった、ならば後は進める彼女達のために全てを注ぐ。どうじゃ、なにかおかしな点があるかの?」
加藤の言葉はその通り、正論だった。
だが、デイリーの返したものにも一理があるように聞こえてくるから不思議だ。
「いや、だからソコだよ。なんで新しい街を造るなんて大きな事を、言い方は悪いけどレイラ達みたいなのに任せるんだ? 領主様とかは無理でも、もっといるだろうよ、そういうのに適した人ってのがさ」
その言葉こそが、加藤の言いたい事だったのだろう。どことなしに、言いたい事を言えた満足感のようなものを顔に浮かべていた。
しかし、デイリーはそれにも迷わず返す。
「ふむ……、ここなら良いじゃろう。それはこことお主のところでの違い、かもしれんの? ここでは子を独り立ち、一人前とする、そう称するためには大きな事を成さねばならぬのよ」
「あぁ、勘違いするなよ。レイラ嬢達のようなヒトの場合は、だからな?」
デイリーは、レイラ達を含めた女性達、そして屋敷の者が周りに居なく、気配も無い事を確認してから、匂わせる形で世界間の違いを言った。
そしてルクーツァはそれに蛇足を加える。
「いやさ、別に違いってほどじゃないけど。それにしたって、なぁ?」
「ふっ、今はその疑問をじっくりと考える事だな。だが、今、早い内にそうしなければならない理由を、お前は既に知っているはずだぞ?」
そう言うとルクーツァは、既に通路の角を曲がったのか、姿が見えない彼女達を追って歩いていく。
デイリーはそのままその場にいて、加藤に軽く肩を叩くというものをする。
「ほっほ、いやはや……。お主は本当に中途半端じゃのぅ? 頭が良いかと思えば子供じゃし、子供かと思えばふとした点を鋭く問う。ほほ、これは武だけではなく、色々と育てるのが楽しみになるの? ほっほっほ……ほれ、何をしておる、ワシらも行くぞ?」
「なんだかなぁ……、はぁ。はいはい、置いて行かないで下さいよー?」
彼らも領主が待つ、屋敷の広間へと向かい、足を進めた。
そしてその広間の扉の前まで行くと、先に進んでいた女性達が待っていた。
「もぅ、遅いよデイリー? 一応デイリーが居ないと話が進まないんだからね?」
レイラは少々緊張しているようだった。
他の女性達も若干顔をこわばらせている、加藤が言っていた事は当たったようだ。
しかし、加藤は緊張していなかった、ルクーツァの言もまた然りのようだ。
「ほっほ、そうじゃったの。これはすまんことをした、それでは……入るとしようかの?」
デイリーは周りを、いや女性達を見渡した後、ゆっくりと扉を開いていった。
「いや、何か言わないのかよ。普通、入ります! とか言うもんじゃないのか?」
「お前というやつは、本当にカトーだな?」
そんな事を言いつつ、メインである女性達を置いて加藤達がデイリーに続いて扉をくぐる。
「あっ、待ってよ!」
「なんとも言えないな、色々と想定していたが、無駄になったのか?」
「カトウは、本当に全てダメですわね。これは後でしっかりと叱らないといけませんわ」
「どっちもどっちだと思うのはボクだけかな? いや、いいんだけどね」
「ふふっ、ですから構えずともいいと言っていたでしょう? 今の皆さんが一番ですよ」
それに慌ててレイラを先頭に彼女達も扉をくぐっていく。
従者達は最後に、エリアスールと共に入っていった。
「うん、これで全員かな? デイリーご苦労だったね」
全員が領主のいる広間へと入った時、若々しい、しかし何処か重たい響きを持った声がする。
広間の奥に座っていた人物、この街一帯の領主であるロレン・サックルの声だった。
「ほほ、なに大した事ではなかったですわ。のぅ、ルクーツァよ?」
「ほぅ、貴方がルクーツァ・シィ殿か……。デイリーを始め、娘達からも話は伺っていたよ、今回は助かった。仕事を頼んだ領主としても、娘を託させてもらった親としても礼を言わせてもらいたい。今回は、ありがとう」
デイリーがまずはルクーツァに話を振る。
それに領主が反応した、やはり親なのだろう。 道中が気がかりだったようで、彼の助けが受けられるというのは嬉しい事だったようだ。
感謝の言葉には感情が篭りに篭っている。
「はっ、デイリー殿の言う通り、大した事ではありますまい。ですが、その言葉はありがたく頂戴させて頂きます」
ルクーツァは慣れないのか、少々ぎこちなさを感じさせる、しかし堂々とした言葉を返した。
「うむ、……それでデイリー? こっちの男が、例の者か? というかそうなのだろう?」
領主、ロレンは加藤を見て、しきりにそう言う。
「ほっほ、えぇその通り。この小僧がヒロ・カトーじゃの」
「やはり……ヒロ・カトーと言ったな? 君は、レイラやエリアスールと仲が良いようだな、そこの所を後で詳しく聞かせて貰う、否とは言わせん。…………いいな?」
ルクーツァの時とは違った感情を篭めに篭めた言葉が加藤へと送られた。
加藤はその事に驚きながらも、やはりあっさりと、緊張を感じさせない声で返事をした。
「え? あ、はい。 わかりました」
その態度の意味をどう捉えたのか、領主は若干悔しさを滲ませながら言う。
「…………いい返事だ。 楽しみでならないよ、まったくね」
「ほっほっほ……、その小僧は置いておくとしましょうぞ?」
「おっと、済まないね。 肝心の挨拶をしていなかった……いやいや私とした事が。さて、私が此処、サックルが領主であるロレン・サックルだ。今回は、長旅で疲れただろう? ゆっくりとしていって欲しい」
「お父様、それじゃ話が終わっちゃうよ? もうちょっと言い方ってのがあると思うんだけど……」
レイラは最初の男達に対する父親の態度を見て、緊張を保てなくなったのだろう。
いつものレイラがそこにいた。
「はっはっは、言うようになったじゃないか、レイラ……。父は嬉しいやら悲しいやら、いやだが、その通りだったな。そちらの美しいお嬢さん方の紹介をしてくれないか、娘よ」
その言葉を受けたレイラは嬉しそうに、彼女達の緊張を無視して、場を無視して友人を紹介するかの如く、楽しく言葉を放つ。
「えっと、このヒトは竜の国から来たアーダ・バッビさん!」
「お初にお目に掛かります。 ご紹介に預かりましたアーダにござ……」
「あぁ、そんなものは必要ない。もっと楽にしたまえ、これは命令でもなんでもなく、お願いだよ」
それでも緊張した面持ちで語ったアーダにロレンはそう言った。
その言葉に誰よりも早く反応したのはアーダではなく、加藤だった。
「いや、領主がそう言うって事はアーダさんからしたら命令と同じじゃね? 気楽にしてくれとか偉いヒトに言われると余計に緊張するってもんだろ?」
加藤としては隣に立つルクーツァに小声で言ったつもりだったのだろう。
だが、この広間は静かだった、その小さなはずの音は間違いなく全ての者の耳に届いた。
「…………」
領主は、ルクーツァが何処かでした事があるような顔をしていた。
しかし、気にせずに言葉を続ける。
「んん、まぁともかく気楽に言ってくれたまえ。ここは領主の屋敷ではあるが、レイラの……君の友人の家でもあるのだからね」
「初めて来た友達の家で、家族と会えばさ……」
「もういい、お前は黙っていろ」
やはり加藤は、その言葉に反応を返す。
今回は最後まで言わせないとばかりに、ルクーツァが止めた。
しかし遅かったようだ、領主は肩を落としていたからだ。
「もう、いい。私も無理に領主ぶろうとしたのがいけなかったのかもしれんな。そう思わないか、デイリー」
「ほっほっほ、ワシにはなんとも言えないのぅ。しかし、小僧は本当に色々と駄目にするの、今は良いが以後気を付けた方が良いじゃろうて」
「……あれ? 聞こえてたのか? やっべ、失礼な事とかだったりしたかな、どう思うルクーツァ」
「お前は、そういう事がこの場では褒められる事では無いと分かっていながらどうして……。まぁ、今回は上手い事いっているようだしな、責は問われまい」
そう、いつのまにか加藤と領主が会話を行っているに等しい状況になっていた。
領主の心遣いを加藤が無用の長物だと言い放ち、ならばと変えてみてもやはり却下された。
その会話のようなモノは、領主がエリアスールが言う通りの寛容な領主であり、心優しいレイラの父親という事を彼女達が知るには格好のものだったのだ。
その答えとして、扉をくぐってから再度浮き上がっていた緊張の表情は、やはりというか、消えていた。
「それでは、遅れましたが、自己紹介を……。私はアーダ・バッビです、よろしくお願いします」
言われた通り、簡素に、しかし礼節を失わない程度に挨拶を行うアーダ。
「あっ、えっと次はね。エイラ・ファルゲートさん、見たら分かると思うけど有翼人だよ!」
「よろしくお願いしますわ、領主様。エイラ・ファルゲートと申します、これから此処で暫くお世話になります」
同じく、丁寧な言葉だが簡単に済ませるエイラ。
「それで最後はニーナちゃん!」
「ちょっと! ボクだけ短いよっ!? あ……、ニーナ・エメットって言います、獣人族です、えっと、あの。あ、父は……」
いつもの陽気さが滅入っているのはニーナだ。
そしてその原因となっているものを領主が言った、そして自分に対してはするなと言ったものをしつつ言葉を紡ぐ。
「えぇ、分かっております。姫様、此度のご来訪、私としても大変嬉しく思って……」
「止めてくださいよっ! ボクは庶子ですからね? そういった扱いは必要ありません! 本当にいらないんですっ」
その話し方をニーナは嫌がる。
態度だけではない、言葉にも感情が篭められていた。
「…………姫様? なんだなんだ? お姫様なの、ニーナが? ははっ、笑える冗談だなっ! ニーナはニーナだろ? 生意気なラルにそっくりな、な。……そう思わないか、ルクーツァ?」
その様子を見た加藤は、今度は聞こえる声量で笑い出した。
どこと無く、わざとらしさを感じる色のあるものだった。
「……ふっ。まったくお前というヤツは、だからカトーだというんだ」
「笑ってくれた方が嬉しいけど、ヒロに言われると無性に腹が立つね。まぁ、さっきも言ったけど、庶子だからさ、気にしないでよ」
その笑い声、嘲笑とも取れるソレをニーナはしかし喜んだ。
加藤の笑いの意味を受け取ったのだろう、領主もまたそれに倣う。
「…………そうですね。いや、そうだな。済まないね、私とした事がいやはや……ともかくニーナ、ちゃん。ようこそサックルへ、皆も楽しんで、良い日々を過ごしてくれたまえ」
「……ほっほ、まぁ面通しはこの辺りでよかろうよ。さて、女性方には部屋に案内せんとな、長旅で疲れも溜まっておろう。これ、ご案内してさしあげんかっ」
そうデイリーは早口に屋敷の者達に言う。
それに従い、彼女達は従者を連れて、領主へと頭を下げつつ、広間を出て行く。
残るのはレイラ、エリアスールと加藤達、そして領主のみになる。
「ニーナ様は王族に連なるお方でしたか……家名が違ったので分かりませんでした」
エリアスールが最初に口を開き、驚きを語る。
「ほっほっほ、なに、彼女が言うように庶子、直接の王位継続権は有しておらんよ。今の彼女は母親が再婚した男と営んでいる、小さな宿屋の娘に過ぎぬ」
「だけど、王族に連なってるから今回ここに来たって事でしょ?」
「その通りだ。 ブリアロンで次代を担える者は少ない。各分野で、この件で送れるものが居なかったんだ、故に彼女が注目された」
レイラの問いに領主、ロレンが理由も混ぜながら簡潔に答える。
そして今まで感じていた疑問が解決したのを喜ぶかのように、若干の喜色を滲ませてルクーツァは頷いた。
「ほぅ、体の良い人材と言う事だったか。なるほど、確かに獣人らしくそれなりに鍛えていたようだったが、それだけ。正直に言えば、そこらに居る少女となんら変わらんとは感じていたが、なるほどな」
「ほっほ、うむ。獣人族は一夫多妻を許される国じゃからの、こういった事もあるのじゃが。王族に限ってはソレが許されておらなんだ。 まったく……今代の王には困ったものじゃの」
この場にいるヒトらが、ニーナの事を語っている。
しかし1人だけ、王族などという普通な特別よりも、本当の特別と言える存在が。
だが、本当は決して特別ではない人が怒気を潜ませた声を静かに張り上げる。
「まぁ、そんな昔話はどうでもいいさ。ニーナが嫌だって言うんだ、それでいいじゃないか。あぁ、そうそう、領主様……俺は異世界の人間、分かりにくいかもしれないけど、この世界の人間じゃーない。まさに昔話に出てくるヒトと同じ感じだな?」
そして、勢いまかせに、最大級の秘密をあっさりと、簡単に晒してしまったのだ。
加藤の言葉にロレンは驚愕する、俄かには信じられる事では無いからだ。
その事を信頼する爺に聞こうとしたとき、目の前で金属が煌いた。
「……なに? デイリー、それは一体どういっ!?」
「……収めんかっ、まったく行き成りにも程があるぞ?」
ルクーツァの剣を、デイリーも腰に挿していた剣で遮っている。
「別に落とすつもりは無かったさ、信じられないでは話が進まない。カトーが久々に頑張っているんだ、これくらいの手伝いはな?」
そうは言うものの、あの剣は本物だった。真剣だの、切れ味が良いだのではない。
デイリーが間に入らなければ、間違いなく領主は死んでいた、そう思える剣だったのだ。
「なるほど、どうやら本当のようだね。しかし、どうして私にそれを教えた? 正直言って、なかなかに難しいんだがね?」
そして領主はルクーツァの言葉の意味を知った。
そして、そういうヒトとして、加藤を見直し、言葉を掛ける。
「別に、自分にとってはどうでも良い事を、大層に扱われるってのは良いもんじゃないって事だよ。この前、デイリー達に教えた時は色々とシリアスになってね、いや大変だったよ。あーいうのは止めにしたい、気分が悪くなるんでね」
加藤との対話、対等な話が始まった事を見たルクーツァは剣を引く。
デイリーも困った顔をしつつ鞘へと収める。
加藤の言葉に領主は、領主ではなく、親の顔で答えだす。
「特別と言えるモノを持つものだからこそ、かね? はっはっは、安心したまえ……君には劣るものの私とて領主だ。その気持ちは少なからず分かっているよ」
「あっそ、だったら何でさっきはあんな言い方したんだ……ですか。ニーナが嫌がるって事は分かっていたんですよね?」
徐々にだが、頭に上っていた血が下がったのだろう。
言葉遣いに気が付き、直すが今更なのかもしれない。
「ほっほ、随分熱くなっていたようじゃのぅ。じゃがソレが難しいところよ……、ニーナの従者がいたから、そうせざるを得なかった、そういう事じゃ」
そして、そうした理由を、領主ではなくデイリーが答える。
その答えにはルクーツァが反応を示した。
「なるほどな、確かにそうだ。ニーナ嬢は建前上、正式な王族として送られてきたわけか。それは確かに従者がいる手前だ。 無礼な態度は取れんな、本人の許しが無い限り、だが」
「どういう事だよ? デイリー、今回の事は遊びみたいなものだって言ってただろう。その従者にどうして注意しなくちゃいけない?」
「他の国のものはどうかは知らん。 が、土は別よ。迎えに行く途中に言ったであろう、色々とある……とな? 一番の対象があの従者、その後ろに居る者じゃよ」
「だが、今回の事でそれは消える事になるだろう。彼女自らソレを勢いでとは言え、私の前はおろか、他の女性達の前で拒否したのだからな。……いやはや、嬉しい誤算という奴だね」
「なるほど、土の王が弱ってきたというのは事実だったか。それで、彼女を推して来た人物とは、やはり…………」
ルクーツァは何事かを悟ったようだった。
そして言葉を続けようとしたところ、デイリーが遮る形でそれを継いだ。
「うむ、じゃがソレはもう良いのじゃ。今回の事はお遊びと言うたの? ニーナに関する事もまた、お遊びに過ぎぬという事じゃ」
「良く分からないんだけども……」
「お前が気にする事では無いという事。まぁ、種族間での戦争というモノは無い、無いが同族での小さな争い程度はあるという事だ」
ルクーツァはそう言う。しかし説明としては足りないものだ。
加藤は釈然としないながらも、これ以上は話してくれない事を、そして話してくれたとしても理解が追いつかない事を感じ取り、結論を聞く。
「余計に分からなくなるんだけど……。まぁ、とにかくニーナはニーナって扱いでいいんだろ?」
「あぁ、その通りだよ、カトー君。娘達から、ふとした時に驚かされるような……と聞いていたが、本当だったね」
「ほっほっほ、いやはや全くもって。ルクーツァも、あぁいったやり方は今後は控えてもらいたいものじゃの。肝が冷えたぞ?」
「良く言う。 完璧に間に合っていたではないか。それに、言ったが首を落とすつもりなど毛頭無かったさ、精々耳が片方消える程度、可愛いものだろう?」
先ほどの剣劇の事を、笑い事として話す2人の達人。
そこに原因を作った本人が割り込む。
「ルクーツァ、それ怖いって。いやまぁ、前にあぁなったのに簡単に言った俺も俺だけどさ? ……でも、せめて領主には、レイラの父親、デイリーの仕えてるヒト程度には言っておかないと、皆がつらいだろ?」
「どうせ今気付いた事じゃろう? あの時の小僧がそこまで考えていたとは思えないのぅ?」
加藤の理由付けを、デイリーは見抜く。
図星を突かれた加藤は、勢いでそれを凌ごうとしているようだ。
「……いいじゃん。結果的にはそんな感じになったんだし! 結果が全てだっ! 過程も大事だけど、やっぱり結果!」
「ははっ、いやはや……ん? レイラにエリ、何をボーっとしているんだい?」
彼らの話が一段落した頃、この場にいるというのに、先ほどから何も声を発していない、まさしく壁の花となっている2人にロレンは声を掛けた。
「ふぇ、あっ、いや何か色々と、うん」
「……すいません、話に入れなかったものですから」
その声に、彼女達は驚いたように、時が動き出すように反応を返した。
「確かにのぅ、いきなりじゃったから、それも仕方なしよ。これもそれも全て、小僧の責じゃからの、そうなった原因は奴じゃぞ?」
「待てや、王族がどうのなんてのを今の今にバラしたデイリーが悪いんじゃねーの? もっと早めに言っておけば、こうはならな……」
「ほっほ、分かったかの? それが出来るのは先程、あの場しか無かったという事がの?」
デイリーは再度、その事を教える。
そして違った観点から、更にルクーツァが補足した。
「だが、カトーの働きが無ければそうは為らなかった。お前が居た事で、ニーナ嬢はオレ達を信頼するための術を見つけた。そしてそれがあったからこそ、あの場であぁいった発言が出来たのだからな?」
しかし、また壁の花となりつつあった女性を片目に見つつ、領主ロレンは口を挟む。
そして本題を、最も言いたかった事を加藤へと問うのだ。
「その通りだが、もうこの話題は仕舞いとしようでは無いか。それよりも私としては、カトー君……君に娘達の事で聞きたい事が山程ある、分かるだろう?」
そして、その問いに加藤は言葉遣いはある程度丁寧さを感じさせるものだが、その実、中身はまったく逆のものだった。
「いや、何言いだすのかと思えば、ただの親馬鹿ですか? なんだかなぁ、口の聞き方がなっていないとは自覚してましたけど、なんだか結果的には、この話し方で間違いじゃないヒトばっかりな気がするんですけど」
そして、その篭められた意味を理解しつつも気にする素振りを見せずに、更に言葉を追加するロレン。
「君は実にこどもだな? いいか、親、それも父親というものは娘がどれだけ可愛いものか……。君もいつか分かる日が来るさ……はっ!? だが、レイラは渡さないぞっ!」
「誰がレイラを嫁にくれって言ったよ。なんで会うヒトはこういったのばっかりなんだ?」
加藤の言葉に、ほんの僅かだがレイラが反応していた。
その様子を見たエリアスールもまた肩を静かに揺らす。
「しらばっくれても私には分かっている。あぁ、分かっているとも、レイラは魅力的すぎる女性だろう? そうだろう、何せ私と妻の愛娘、君が惚れてしまうのも無理ない事。いや、実に難しい事だよ、この問題に比べれば、君の秘密な塵に等しい問題と言えるほどのなっ」
「何このヒト……。もしかしてさっきまでの俺ってこういう風に見えてたのか?」
「聞いているかね? あぁ、君はレイラ達が話題として私に語った憎き同世代の男の第一号だからな。存分に語り合いたいんだ、そうとも、この話に終わりはない。私か君、どちらかが死に絶えるまでっ!!」
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こうして、サックルが領主の屋敷での一日は終わった。
アーダ達はあの会談と言えぬ会話の後は、与えられた自室内で過ごしていた。
レイラとエリアスールも似たようなものだったのだろう、寧ろ父親から逃れるために急いで自室に篭った感があった。
そのためだろうか、加藤はその後も長々と、娘自慢へと話を変更したロレンに付き合わされたようで、疲れ果てていた。
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「いやはや、何事も終わり良ければなんとやらとは、カトーも良い事を教えてくれたものじゃ」
「まったくだな……。 それと、あの娘達の件については大丈夫なんだな?」
大人2人は、静かにグラスを傾けながら、星を眺めて語る。
「大丈夫じゃよ、通路で言ったであろう? この件は全て、最初から決まっておった、とな?」
「はっは、なるほどな……従者の後ろにいる者。それはロレン殿を始めとした……」
デイリーの言葉で全てを悟ったのだろう。 ルクールァの声は明るい。
「ほっほっほ、さて、どうじゃろうかの」
「意地の悪い事だな、だが土の王が弱っているとの事はどうなんだ? まさかソレも今回のための?」
その事を話だすと、止まらなくなったのだろう。
疑問を次々と問いただす、だがその声は答えはもう分かっているような色がある。
「いいや、ソレは事実よ。そして、それ故に今回の茶番が出来たとも言える……。自ら犯した過ち、そしてそのせいで涙してしまった、愛を与えられなんだ我が娘。死期が近づいたからこそ、せめてという事じゃろうて」
「それを嫌がっているようだったがな?」
求めていた答えだったのか、軽い笑みを浮かべつつ相槌を打ちながら先を促す。
「ほっほ、そうじゃ、そこじゃよ。あの娘は、土の国におる限りはその扱いのまま……国を出ようにも、どうしてもその肩書きは消えぬ。故に、今回の事で、国を抜け出させ、今回の件で実績を与えて、王族云々ではなく、ニーナ嬢として立たせてやる……。これもまた、どんな形であれども親の愛……少々遅すぎたかもしれぬが、やらぬよりはマシというものじゃ」
「ふっ、どんな形で、あれか。確かに、終わり良ければ……うむ、カトーに聞いたものだが、良い言葉だな。カトーの世界には良い事が溢れていたようだな、デイリー殿」
その話題は仕舞いという事だろう。
ゆっくりと、目を上に、夜空へと戻してそう呟く。
「そうじゃの……。小僧のような者でも、己は何者でもなく、己だという事を分かっておった。そして、その為に必要な事を模索しようと出来る、確かな勇気。その在り方もまた、きっと代々、親が、大人がその背で語ってきた世界、か。……まこと、素晴らしき世界だったのだろうよ」
その返事を、言葉を言った時。
「はっはっは、なればこそ……。オレ達もまた、それに恥じないように一層の努力をせねばなるまいよ」
笑い声を、笑みを浮かべて彼らは今を楽しむ。
「ほっほっほ、まったく! まったくもってその通り! そのためにも、今宵は飲もうぞ、こう旨い酒はそう味わえるものではない」
「あぁ、そうだな……」
大人達は、静かに、美味を味わって語り合う。
そうして、ゆっくりと、しかしあっさりと夜は明けるものなのだ。
これから、いつもと同じように、しかし何処か違う毎日が送られるのだろう。
そしてやはり、加藤は疲れ果てる、そんな毎日のために夜が明ける。