第8話 『○○→帰郷!』
「ふぅ、やっと着いたなっ! 懐かしの我が街にっ!!」
先ほどまで寝こけていた加藤が、何故か仰々しくそう言った。
だが、その言葉通り、加藤の目の前にはサックルの街の防壁が、名も無き街よりも高く、頑丈そうな壁が立ち塞がっている。不思議とヒトに対しては威圧感を与えない、安心感を与えるものだ。
「さて、手続きはデイリー殿が良いだろう、頼めるか?」
「ほっほ、そうじゃの。……おぉ、お前、ワシじゃワシ、ワシじゃよ!」
そして当然のように加藤の言葉は無視される。
ここ最近の流れだった、そしてその流れを変える事なく加藤は愛馬に愚痴を零し、愛馬はつまらなさそうに嘶く。
「さすがデイリー様、この街の功労者なだけありますわね。まさかあんな言葉で、門を開けてしまうだなんて……」
「……いえ、そのお恥ずかしい限りです。レイラもっ、何楽しそうに笑っているんですかっ!」
デイリーの言葉だけで門を開けたわけでは無いだろう。
しかし、普段のそれよりも迅速に事が運ばれたことは事実だった。
門が開いたので、彼らは馬に跨ったまま、街に入っていく。
「よし、ここらで降りるぞ。どぅどぅ、…………あぁ、良い子だ」
門を越えて少し行った所で、ルクーツァを始めにして、皆それぞれ馬から降りる。
馬に持って貰っていた、載せていた荷物を加藤達は自分で持ち、アーダ達は従者が持つ。
そして、馬を厩舎へと預けたところで、デイリーが全員の目が届く位置で声を挙げる。
「ほっほ、なにはともあれ無事に着きましたの。……ようこそいらっしゃったっ! 無法の街……我らがサックルへっ! 領主ロレン様に代わり、このワシ……デイリーが責任をもって歓迎しましょうぞ!」
「ありがとうございます、わたくしとしても、この街を訪れられた事は……」
デイリーの歓迎の言葉にエイラが始めに、その後にと女性達が答えていっている。
その様子を見つつ、加藤はルクーツァに小声で話し掛けた。
「なぁ、こういうのってさ? せめて屋敷とかでやるもんじゃねーのか? なんでこんなとこで」
「ふっ、お前のせいであり、おかげとだけ言っておこうか」
そう問いかけられたルクーツァは、軽く笑って言う。
その言葉に加藤は疑問を抱いたようで、顔を顰めながら再度問う。
「いや、なんで俺のせいなんだよ? てか俺なんかヤバイ事やっちゃってたりするのか?」
「あぁ……、場所が場所ならそれなりの罰が下っていたかもしれんぞ? 良かったなカトー、お前は運が良いぞ」
「罰って……まじかよ。え、どうしよ、やべぇって、教えてくれよ。 謝らないといけないんじゃね?」
「もー、ルク? あんまりイジメちゃだめだよ! ヒロも、そんな事ないから無駄に悩まなくていいんだってばっ!」
真剣に悩み始めた加藤を見かねて、レイラが口を挟んできた。
その言葉を聞いた加藤は、安堵の表情を浮かべ、すぐにルクーツァに怒りの表情を向けた。
「はっはっは、いやなに、すまんな。だがカトー、今言った事は、そう間違いと言うわけではない。彼女達はそういったヒトなんだ、ここでこそ許される振る舞いだと言う事は覚えておけよ?」
その表情を向けられたルクーツァはおどけたように謝罪をした。
しかし一転して真剣な表情で、再度それを告げる。
「んー、うん。そうだな、なんていうか浮かれすぎてたかもしれない。剣とか教えて貰えて、その……いやまぁ、あのヒト達とも会えたし?」
何かを言おうとして、すぐに止めた。
そんな様子の加藤に反応したのはエリアスールとレイラだ。
「そうですか、私達との出会いでは浮かれる事はなかったと」
「悲しいなぁ、わたしって結構美人だと思ってたんだけど……」
「自分で言うなよな、それとお前は美人ではない。そこだけは言わせて貰うぞ?」
「なんで!? わたしは美人だってお父様も言ってるんだよ! ………あっ、今の言葉はサックルでの罪だよっ! 罪っ! 今決めた!」
「はっ、そういう反応の時点で既に答えは出ているんだよっ! お父様だぁ? 馬鹿めっ! 父親ってのは娘にゃそういうもんなんだよっ!」
何処であろうとも、彼らは彼らのようだ。
そう、一通り騒いだところで、丁度デイリー達の話が終わったようで彼らは纏まってこちらへ移動してきた。
「ほっほっほ、小僧? あまりレイラお嬢様に失礼な事を言うと、罪を問う事になるかもしれんの?」
「やめろよ、爺さんが言うと本当っぽくて怖いんだっての! ってか、聞こえてたのかよ……」
「うんうん、聞こえてたよ? 最初の方は何言ってるんだろーって感じだったけど、レイラと言い合いしてる辺りからは全部ばっちりきっちり聞こえてたよー」
デイリーは本当にやろうと思えば出来ると言わんばかりに、そう言う。
それに急に疲れた顔を向けて言う、その途中で聞こえていたという事に気付いたのだろう、それを尋ねる。
そして、いつの間にそこまで移動していたのかは分からないが、加藤の後ろから首を伸ばす形でニーナが問いに答えた。
「カトウ、女性に対する言葉がなっていないのではなくて? そんなことですから……」
「エイラ、また長くなるのであれば今は止めてくれないか? デイリー様の話を聞いていただろう、これから屋敷に行くんだからね」
エイラは、なにかと加藤に突っ掛かっている。彼のおかげで、同じ立場の女性と会話の機会を得られた。だが、そのせいで押さえていた不安は蓋から溢れてしまった。
安堵してしまったのだ――それは不安が消える事とは異なるのだ。
「そうでしたわね……。カトウ? 何を笑っているんですの、言ってごらんなさい、何が面白いのかを!」
そして、彼女達と接してしまった事が災いする。
彼女は一応とは言え武官として此処にいるのだ、しかしデイリーが、ルクーツァがいる。アーダは頭が良いらしい、ニーナは特に無いが一番友好を育んでいる、エイラだけが浮いている。そう彼女は思ってしまっていた、差を付けられている、と。
新たな不安が生まれてしまっていた。そして、それを押さえられる筈の蓋はもう無い。
「いや、別にそんな顔してないだろ。ったく、なんだかなぁ。……てか屋敷に行くのか、俺らも行くのかね?」
だからだろうか、彼女は新たに加わった女性陣の中で誰よりも加藤に固執している。ある意味で加藤と一番仲良くなっているとも言えるかもしれない。
「当たり前でしょう? カトウ、貴方はわたくし達の護衛なんですわよ? 忘れてはいないかしら」
「……あぁ、そうだった。ダメだな、どうしてもすぐ忘れちゃうわ。でもさ、もう街入ってるんだし、いらなくないか?」
「分からないのかしら、護衛というのは危ない場だからするのではないんですわよ? どんな時でもそのヒトを守るのが護衛です、今ならば……」
そう言うと、エイラは自分やアーダといった女性達の荷物に視線を送った。
察したのだろう、加藤は頬を引きつらせる。
「いや、それって護衛の仕事じゃないだろ。俺でもそれくらいは分かるぞ? ってか従者いただろがっ! そもそも荷物なんて持ったら護衛できなくなるじゃないかっ」
「あらあら、本当の護衛はデイリー様とルクーツァ様がいましてよ? そもそも、カトウ? 貴方はわたくし達の誰よりも未だ弱いんですのよ、お分かり?」
「はっはっは、お前の負けだなカトー。どうせだ、この程度持ってやればいいじゃないか。鍛錬と思ってやっておけ」
話が過熱し始めてきた時に、笑い声をあげながらルクーツァが間に入る。そして加藤の肩に手を置いて、そう言った。
「はぁ……なんだかね。まぁ、いいけどさー、なんだかなー……」
「ん? おぉ、小僧良い心掛けじゃの? そうじゃ、先に屋敷へ行っておいてくれんか? 屋敷の者とは既に顔見知りであろう? 茶でも入れておくように伝えとくれ」
「……はぁ。はいはいっと、んじゃまぁ先行くわ」
そう言いながら、加藤は軽々と彼女達の荷物を持っていく。傍目に見ると、それなりの量なのだが鍛えたからだろう、表情に苦は見えなかった。
そして、加藤の背が徐々に遠ざかり、かなり遠くまで行ったあたりで、エイラに声を掛けた女性がいた。
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「エイラ様、いくらなんでも言いすぎではないでしょうか? カトーさんは貴方の世話係りではないんですよ、その点は分かっていますよね」
「まーまー、落ち着きなよー。この場合は、ボク達がどうのこうの言うのは筋違いだよ? ヒロもヒロだ、ちゃんとガッツリ言い返せばいいのに……ねぇ、エイラ?」
少々、怒気を孕んだ声色のエリアスールを宥めていたニーナはそう言う。
その言葉にエイラは一歩、後退してしまった。
「ほぅ、エイラ……。可愛い所もあるのではないか? カトー殿が好みだったのか?」
「いやアーダさん、違うと思うよ? というかなんですぐにそっちにいっちゃうの? アーダさんって乙女?」
何故かアーダはその様子で、エイラが加藤に好意を持っていると解釈したようだった。それにレイラは冷めた声で間違いを指摘する。
「さすがに好きとかじゃないでしょー。というか、それだったら面倒な女って奴じゃない? あれ、エイラってそういうタイプだったり?」
最初の話の流れとは打って変り、何故か女性同士で下らない会話になっていた。
しかし、会話のネタが加藤に関わるという点だけは不動だった。
「皆さん揃って言いたい放題言ってくれますわね……。わたくしがカトウに好意? そんなものはっ」
その事に気付いているのか、いないのかは分からない。
が、この話は否定しなければ気が済まないとばかりに常よりも大きな声を持って否定しようとした時。
「私はあるぞ?」
「ボクもあるね」
「私は当然ですが、あります」
「わたしもかーなーり、あるよ?」
アーダを皮切りに、全ての女性がそれを肯定したのだ。
エイラは目を点にして、困惑気味に、少々照れながら、自分の答えの続きを話す。
「…………え? そ、そうなんですの? じゃ、じゃあ正直に言いますと、今までに無い感じの男性ですし、それなりに憎からず想ってはおりますが、そこまででは……」
「え、好きって愛してるって方の意味で言ってたの? あははー、ボクはそういう意味で言ったんじゃないのになー。さっすがエイラ、大人だねっ!」
「なんと、エイラ……そこまで」
「きゃー、うっそ、ヒロにも春が来たのかな!?」
「複雑な思いです……今では家族のように感じているのですから……。しかし、エイラさんも既に友人……これは」
先ほどから、若干一名だけ毛色が異なっているが、共通しているのは驚きだった。とは言え、やはり一名以外は笑みを顔に貼り付けている。
いたずらが成功した時の子供のような種類のソレが、綺麗に描かれているのだ。
「あ、あなた達っ! 言っておきますが、別段、だからといって、つまりそうという訳ではありませんのよ? ……逆に聞きますが、あなた達はどうなんですの?」
いたずらに嵌められたと悟ったエイラは、顔を赤くしながら反論した。そして、恐らくは勢いからの一言、彼女は特に意識して放った言葉では無いそれが、他の女性陣には痛撃だったようだ。
全員が先ほどとは違う、本当に驚いた顔をし、そして悩んだ。
「そうくるの? そうだなぁ、んー……わたしは今の所無いねっ、だってヒロだもん」
「な、無いな……。あぁ、私にそういうの感情は無い」
しかし刹那の間悩み、すぐに答えた女性がいた。レイラとアーダの2人だ。そしてアーダの言葉を聞いてしまった近くで色々と準備をしていた2人の大人は、なんとも言えない顔をしていた。
「うーん。ボクはどうだろう、これからかなー?」
「私はどうでしょう? 好意はありますが、それがそうとは言えない気がしますね」
その後に答えた2人は、曖昧な、しかし現状としては否定と取れる言葉を返した。そして、全ての答えを聞いた大人は、先ほどの顔とは少々違い、肩を落としていた。
「そ、そうでしょう? わたくしも、ニーナさんやエリさんと似た感じですのよ?」
若干、元気が無くなった2人とは対照的に、その答えを聞いたエイラは安心した顔で言う。
「まぁ、そこまで必死になることでもないと思うけど。それよりも、ボクは早く屋敷に行った方がいいと思うなー」
その言葉に、全員が、大人も含めたヒトらは顔を上げて思い出したように声を上げた。
「そ、そうだったな。私とした事が、忘れてしまっていた……」
「別に急がなくてもいいと思うけど、ヒロもまだ着いてるか分からないしさ」
ニーナの言葉に、反応をいち早く返すのはやはりこの2人。しかし返事の色は大きく異なっていた。
だが、大人が片方を肯定するものを発した事で、彼女達の行動は決定した。
「いや、そろそろ行こうか。デイリー殿、オレは後ろに着く、貴方は前を。そうだな、案内を兼ねながら進むのはどうだろう?」
「ほっほっほ、そうじゃの。このままでは小僧が勘違いしそうじゃしのぅ……」
ルクーツァは肯定の意を大きな声で、後半を小さな声で話す。そしてデイリーも同じだった。
そう、彼女達は今回、色恋のような話をした、が。話のネタが無いからだ。
加藤の弱さという点はエリアスールが不機嫌になってしまったという事で、暫くは使えなくなってしまった、なんでも良かったのだ、話題ならば。
そのため大人達は、レイラとエリアスールがこの街についての話題を提供しやすい状況を作ろうとしての事だろう。
「ほっほ、それじゃ皆様、よろしいかの? 屋敷へと向うが、簡単ながら案内を、説明をして行くとしましょう」
デイリー達の小声での会議は終わったのだろう、大きな声を出し、それからゆっくりと歩き出す。
女性達は、案内、説明という単語に反応して、嬉しそうな顔を見せた。
「へぇ、いや今のいままで気が付かなかったけど……。この街って綺麗なんだね?」
「ふふっ、そう思いますか?」
ニーナは、初めて加藤に関連していない事を話題にして言葉を紡ぐ。
反応したのはエリアスールだ、いつもは反応が早いレイラ。彼女は言い出そうとして一瞬躊躇してしまったのだ、迷ったのだろう。
「あぁ、なんでなんだい? ここまで道が綺麗なのには理由があるのだろうか?」
「うん! あるんだよ、それはね……。あー、なんだっけ、エリ?」
レイラが迷いを吹っ切ったように、それに答えようとした。
が、言葉が続かない、別に教えたくないわけではない、ただ忘れてしまっているだけだろう。
「まったく、貴女は……。この街は最前線、国から最も遠い街なんです。当然ですが、この街だけで自立して生活を営める力は有しています。……が、それでもヒトは色々と欲しいものというのが出てきてしまうんですよ」
そう、ここでは日常生活を送れるだけのものは作れているのだ。
だが足りないものが、それを作る、栽培という事は出来ない類のものも当然ながらあるのだ。
「そうですわね、わたくしの観点で言えば、モンスター……。大抵は小型相手ですので、ある程度の武器さえあれば十分、ですがより良い武器を欲してしまうのは当然」
「エイラは分かりやすいような、にくいような例えをするねぇ。ボクだったら、ご飯もいいけど、お菓子も食べたいって言うよ」
「あー、わたしもソレすっごい分かる!」
エリアスールの言葉に、彼女達は反応を返す。
気のせいか、加藤を話題としていた時とは声の色が違う。
「んっ、それで? その事が街が綺麗な事と関係が?」
「えぇ、足りないものは危険を冒して商人が届けてくれるものなのです。疲れ果て、このサックルに来たという時に汚かったら? 安堵できないかもしれない、来て良かったなどと思えない、商売をしようとなど思ってくれなくなるかもしれない。ですので、このサックルでは街の清掃を冒険者の仕事として、防壁修復と同じく重要な事柄の1つに割り振っているんです」
そう、以前に加藤が街をそれなりに知っている、しかし知らないと言った。
そして知っているはずの街の観光を喜び、楽しめた理由はそこにある。
清掃をするためだけに加藤とルクーツァも街を練り歩いたのだ。
「へー、確かに綺麗だと良いよねー。 少なくとも、悪い事とは思えないよ」
「そうですわね、あっ。あれはなんですの? 見たことがあまり無いように思えますが」
そんな、他愛も無い会話を楽しみながら、彼女達は屋敷へと向った。
しかしデイリーは自分の仕事が無くなってしまった事に若干肩を落としていた。デイリーの案内など、彼女達は聞いていなかったのだ。
「あー、んん! 皆様、そろそろ中央に着きますぞ? ここから屋敷まではすぐじゃ、この街に滞在している間何かあればまずはこの広場を目指すのがよろしかろう。……うむ、それでは行くかの」
デイリーは、それだけは伝えたかったのだろう。
会話を楽しんでいた彼女達の気を引くために大きな声を出した。
そして伝えた事が確かに伝わった事を見て取って歩き出し、しばらくして屋敷へ入っていく。
「わー、本当に真ん中にあるんだね。ボクは道に迷いやすい性質だから、うん。 これは分かりやすいや」
ニーナはデイリーの案内を無視しているような現状に気が付いたのだろう。
若干わざとらしささえ感じさせる声で明瞭に了解の返事を返しながら、デイリーの後を追って屋敷の敷地へ入る。
「ほぅ、これが領主様の館か……。街の真中にあるとはね、面白い……国の場合は一番奥地、安全な場所だが」
「ここは山壁とかないしねー、ある意味ここが一番安全なんじゃない? そもそも、この前の街みたいに逃げたらスグに他の街があるわけじゃないしねー」
「確かに、気のせいか冒険者の方々もすれ違った方を見かけただけでも手だれだと思える人ばかりですし」
「そうですね、ここサックルへ滞在している冒険者の方々はかなりの腕を持つ方ばかりですよ。さすがにルクーツァ様やデイリー様ほどはそういませんが……」
それ以外の女性達もそう呟きながら屋敷の敷地へと歩いていく。
そして、屋敷へと辿りつく寸前、先ほど近くから消えていた1つの声が届いてきた。
「ん? 遅かったじゃないか。デイリーも、なんで疲れた顔してんだ? 分かるか? ルクーツァ?」
そう、加藤が屋敷の従者達と共に、屋敷の庭、敷地の中で屋敷のほど近くにテーブルやイスなどを用意、お茶会と言えるだけのモノを準備していた。
「ほっほ、なに大した事ではない。むしろ、喜ばしい事と言えるじゃろうて、ほっほっほ」
「はっは、そうだな。……おぉ、軽いものだけかと思えば、パン包み焼きがあるじゃないか」
「わー、ボクも小腹が空いてきてたんだよねっ! 何を食べようかなー」
「まったく、ニーナさんはだらしないですわね。まずは領主様にご挨拶をするのが筋でしょう?」
「そうだな、それが当然だろう。ニーナ、貴女も少しは自覚した方がいいんじゃないかい?」
ニーナはお茶会のお菓子や料理に目が輝かんばかりに喜んでいた。が、それ以外の2人に窘められて、少々落ち込んでいる。
「まぁーお父様は、あんまりそういうの気にしないとは思うけどねー」
「レイラ、貴女は……まったくもう。ですが、そう構えなくとも大丈夫ですよ、領主様は度を過ぎなければ寛容なお方ですから」
レイラとエリアスールは、ニーナを慰める意味でも、緊張をまた強めだした彼女達のためにも、そう語った。
それに語気を強めていた女性達の顔から緊張が薄れていく、その言葉を信用できる程度には彼女達は仲を深めていたという事だろう。
「ほっほ、まぁとにかく。ここで暫く過ごす事になるんじゃ、よろしくの?」
デイリーは、彼女達が落ち着いたのを見て取ってそう言った。どうやら、まずはお茶会を楽しませる事にしたようだ。
領主が迎えた客人という形だと言うのに、会う前にこういった事は、本来間違いなのかもしれない。だが、彼女達は、レイラと共に進むだろう若者なのだ、父親としても領主としても、そのくらいは許せるという事だろう。
そしてデイリーはそれを言われずとも分かる程度には通じていた。
とにかくこうして、新たな仲間を得て、この街での生活がまた始まる。加藤が青年という枠を抜け出さざるを得ない時期が、徐々に迫ってきていた。
だが、それもまだ先の事、今はただ新たな友との時間を楽しく過ごす事を喜んでいた。