第6話 『○○→初恋!』
「へぇ、この街の壁はそんなに高くないんだな? ってか、なんて名前の街なんだ?」
そう言うのは、街に入るためにデイリーが門の番人に手続きをしている時だった。そう、目指していた街は加藤の目の前にあるのだ。
「ふふっ、この街に名はありません。そしてこの街のすぐ後ろにも街があるんです。そのため、ここは農業を営む人が大勢いて、それ以外には常備軍の方達が駐留しているだけなんです」
「農業? だったら尚更守りを堅くするべきだと思うんだけどなぁ」
エリアスールの簡易の説明を受け、加藤はそこに疑問を感じたようだった。
「いや、農作物はモンスター達も食う。あいつらの多くは雑食だからな、わざわざ命のやり取りが必要なヒトを食うよりもそちらを選ぶんだ。そのためヒトの被害は少なくなる」
「だから、分厚い壁にしなくてもいいのか?」
「そういう分けじゃないよ? 重視しているのは人が出入り出来る門の方だね? 簡単に言えば、いつでもこの後ろにある街に逃げられるようにしてるんだよ。壁もそんなに高くないから、いざとなれば壁からも逃げられるって事だね!」
加藤の疑問にルクーツァが、そしてレイラが答える。
その言葉の証拠として、壁はわざと凹凸を作っているように見える。
簡易な階段、はしごという事だろうか。
「でもなぁ……それなら、うーん」
「はっは、お前の言いたい事は分かる。だが、そう全ての街に労力を割けないと言う事だ。農業都市としてなら、ここは優秀すぎるくらいだぞ?」
そんな話をしている彼らの元にデイリーがゆっくりと戻ってきた。
どうやら手続きは終わったようだ。
「ほっほ、何を騒いでおる。ほれ、入るぞ」
その言葉に従って、全員で街に入っていく。
農業のためというのは嘘偽り無かったようで、畑に草花が広がっており、一見して外と何も変わらないと錯覚してしまいそうだった。
防壁は、やはりサックルに比べ低く、薄い。そして形状は正方形のようだった。
「へぇ、確かに変わってるなー。室内キャンプ場みたいだよ、そういえばこっちでは普通にしてるな。勿体無い、もっと楽しめばよかった! あ、いや帰りもあるんだったか、よしっ」
加藤達が来た門の方向には、門番が泊まるであろう小さな小屋があるのみだ。
遠く、反対の門の方にヒトらの家々が並んでいた、レイラの言うように、近い街の方へ寄っているようだ。
「残念じゃが、帰りは暫くお行儀良くせぃよ、小僧? 忘れておるかもしれんが、他に同行者がおるんじゃからな」
「それに、どちらにせよお前は鍛錬だ。お偉いさんだろうが、関係ない。 変わらず鍛錬で訓練で特訓だ。キャンプとやらを楽しむ余裕は、このオレが与えない、それにアレはアレで楽しい……オレがな」
加藤の意気込みを大人達は常識を以って諭し、彼のためという免罪符の元の娯楽のために封じ込めた。
「…………軍曹、俺」
大人にそう言われ、話の矛先を女性達に変えようとした加藤。
だが、彼女達は2人で楽しそうに笑って話し込んでいた。
そのために、小動物に語りかけるのと同じように、愛馬に愚痴を垂れていた。
愛馬は、面倒臭そうに、鼻を鳴らして返事をした。
「ほれ、何をしておる。このまま待ち合わせ場所である宿まで行くぞ?」
そう落ち込んでいる加藤を急かすのはデイリーだ。
気が付けば周りにいるのはデイリーのみ、他の面々は既にヒトの営みを感じる場へと馬を進めている。
「……軍曹、俺色々とくじけそう」
やはり愛馬は鼻を鳴らす。
しかし、今回は同情を感じられる柔らかい響きの嘶きだった。
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「遅いぞ、何をしていた。……デイリー殿、この宿で間違いないのかな?」
加藤達が来るのを馬を宿の厩舎へと預けて、待っていたようだ。
馬を下りた加藤も、デイリーの馬と一緒に愛馬を係りのヒトへ預けた。
「ほっほ、この宿というか、この街に宿屋はここにしかないんじゃよ」
「それは知っているさ。 ただ来た理由がアレなのでな?」
「ここかぁ、俺さ……黙ってたけど腹減ってるんだよね。ってことで早く入って飯食おうぜっ!」
ルクーツァ達が真剣な話題を持とうとしていた所に、邪魔者が乱入する。
しかし、それを嫌がるわけではなく、自分達の腹部に視線をやって、納得するように頷いた。
「確かに、まずは腹ごしらえをするべきかもしれん。さて、農業都市の飯とやらは如何ほどかな……」
「そうじゃの、まぁ慎重に……とは言ってるものの、そう心配する事でもないしの。ワシは魚を食いたいのぅ」
「デイリー様、ここは農業都市ですよ? 近くに川もありませんし、魚料理はあまり期待しない方がいいと思います」
「わたしは、そうだなぁ。久しぶりにおコメ料理を食べたいかなぁ……」
そう、口々に食べたいモノを思い浮かべ、口に出しながら宿へと入っていく。
加藤を置いて。
「なんだこれ、しかも軍曹もいねーし。なに、今日の俺の立ち位置はこういう感じなのか?」
愚痴を言いつつも加藤も宿へと入る。
加藤が宿へと消えた時、愛馬の嘶きが微かに響いていた。
「お、カトー! こっちだこっち!」
宿へ入ると、そこは斡旋所の造りに似ていた。
一階部分は料理処となっているようだった、この街では個別の料理屋などは無いのだろう。
多くは自分の家で過ごしているのだから、ここを使うのはサックルへと向う者、逆にサックルから国の方向へと向う者が大半だ。
ルクーツァの呼び声に従い、加藤は奥にある席へと向う。
「ったく、置いていくなっての」
「置いていくもなにも、カトーが1人で考え事をしていたせいだろう?」
席に座るなり、加藤が愚痴を言い、即座に諭された。
いつも通りというか、料理の注文は済んでいたようだった、聞き終えた宿のヒトが加藤と入れ違いに席を離れていく。
「……まぁ、いいけどさ。それで、待ち合わせのヒトってのは? どこにいるんだ?」
「先程の方に聞きました。 どうやら上の部屋にいるようで、暫くしたら降りてくるそうですよ」
そう、ここで待ち合わせをしているのだ。
しかし肝心のヒトらが未だ居なかった、それを疑問に思った加藤はそれを聞く。
「なに、そう構える事ではない。先程までのワシが言えた義理ではないがのぉ……ほっほっほ」
その疑問にはエリアスールが丁寧に、デイリーは些細な事などは、どうでも良い事と雑に答えた。
「あのなぁ、一応大切な事だったんだろ? それを俺らに隠してたくらいなんだからさぁ、それが……いやまぁいいけど」
「はっはっは、正確に言えば少々毛色が違う。ここにいるのがオレ達以外であれば、それはもう憤慨していただろうさ。例え形だけであろうとな、だがこの程度は気にしない、共に理解し合える間柄。そう、デイリー殿がお前を認めてくれたという事だよ」
(いやぁ……、ぶっちゃけさっきのって、仲良くなれたの爺さんとルクーツァだけじゃね? まぁ、俺はルクータのコバンザメ的だし? ルクーツァが信頼できる、つまり俺もってなったのかもしれんが、むぅ)
「そうだよそうだよっ! 言い方は悪いかもしれないけど、お互いに大事な事を教えあった仲だしねー」
「はぁ……、レイラ? ようやくいつも通りな貴女になったのは良い事ですが、何でもかんでも言うものではありませんっ」
(まったくだっ! って、なにがだ?)
エリアスールの言葉に感じたものが顔に出ていたのだろう、ルクーツァも苦笑い気味だ。
それを口に出そうとして、それを止めた。何故なら……。
「すまない、少々待ち合わせより早かったようで……。遅れてしまったようだね」
そう言うのは見事な銀髪を柔らかく結ったものを上げた、セミアップが色気を醸し出している妙齢の女性だった。
エリアスールのソレと似通っているが、加藤は彼女を目にした途端、固まってしまっている。
その後ろには御付と思われる女性が、ゆっくりと付いてきていた。
「……ほぅ。 デイリー殿、こちらは?」
「ふむ……、アーダ・バッビ様で宜しいかな?」
アーダと呼ばれた女性は、軽く微笑む事で答えを返した。
その事にルクーツァらも納得したようだった、そして加藤は微笑みを見た時には頬を赤くし始めていた。
「そうです、このお方は竜人の国がライアズール、水の恩恵を受けた者。そこの財政を司る父、コンラード・バッビが娘である、アーダ様に御座います……」
言葉を持って返答したのは、後ろの御付の者だった。
そこに別の声が入り込む。
「あらあら、これはこれは……、貴女がいらっしゃっていたんですの?」
そう高飛車に語りかけてくるのは背中に美しい白い翼を、そして同じく白く輝くウェーブがかった長髪を持つヒト、有翼人だった。
こちらも同じく、後ろに従者を従えている。
「ほぅ……、エイラ・ファルゲート、風の国が軍事大将の一人娘か。これはまた大物だな?」
その女性に気が付いたルクーツァは、彼女を知っていたようだった。
そしてその事にエイラという女性は気を良くした。
「あら? 良くご存知ですね、その通りですわ。今回の任を一任されたのはわたくしですの、そこの貴方も、エイラと呼ぶ事を許しますわ」
「あぁ……よろしく」
エイラに名を許された加藤は、気の入らない返事を返す。
目はアーダから離れない、今ではついに口も半開きという体たらくを晒していた。
「なんですの? わたくしが話し掛けたというのに、その返事……貴方っ」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。 ボクとしては皆仲良くするべきだと思うよ? そこで変な顔をしてる君も、もう少ししゃんとした方がいいと思うけど?」
エイラの言葉を遮って話に混ざってきたのは、レイラと同じくらいの、他の女性に比べると小柄な獣人の少女だ。
ラルが大きくなれば、このように美しくなっていくのかもしれない。
若干クセのある茶髪をミディアムスタイルで纏めている、綺麗といよりも可愛さが際立つ女性だった。
「ほっほ、これで全員が揃ったと……言っても良いのかの?」
「あぁっ、待ってくださいよ! ボクがまだ自己紹介していませんよ! えっと、ボクはニーナ・エメットって言います、よろしくね?」
「ほほっ、これは失礼を……。ともかくこれで全員のようじゃの、それでは軽い料理もそろそろ来る頃合、食べながらになるが、構わないじゃろう。ほれ、皆座って、語ろうではないか、まずは……」
「おい、カトー、おいっ! 何を固まっている? これから話しをするんだ、お前もちゃんと聞いておけっ」
加藤の左隣には、アーダが座っていた。
右隣に座っていたルクーツァが固まっていた加藤へと小声で話しかける。
「あっ、あぁ、うん。 わりぃ……」
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この後、来た料理を食べながら、胸に何を抱えているのかは分からねど、それぞれに楽しんだ様子で初の顔合わせは終了した。加藤は、ずっとあの調子でいただけで、大して会話に入ることは出来なかったようだ。
そして、馬を休ませるために3日ほど滞在する事になった。そういう事情で宿に泊まる事となった夜、同室のデイリーとルクーツァへと、加藤は言葉を紡いだ。
「あー、さっきはボーっとしちゃって悪かったよ」
「ほっほ、なに気にするでない。1人くらいお主のようなのがおった事で、他の面々の緊張が和らいだとも言えよう。うむ、故意か偶然かは別として、悪くない働きであったぞ?」
「いやさ……あの、竜人のヒト? すっごく綺麗でさ……、うん。 その、あれなんだ……」
「あー……、そういう事だったか。だが、お前分かっているのか、相手はだな……」
加藤の言葉を大人として常識を以って諭そうとするルクーツァ。
しかしソレを遮ったのは同じく見守る大人の1人、デイリーだった。
「良い良い、これもまた経験じゃろうて……。さすがのワシもこういったものは無かったが、小僧がそう言うのじゃ。思う通りにやらせてやるのも、また1つじゃよ」
「だがなぁ、恋というのはいいかもしれん。だが、この場合はもしかすると……」
「こっ、恋……そっか、これが恋なのかっ!? やっべぇ、この年になるまで、可愛いなぁとか思う事はあっても、こんな感情になった事ねぇよ。やべぇ、どうしよ……俺、明日、顔合わせられるかな?」
色々と違いすぎる相手に恋をしてしまった、1人の青年。
それとは別に、大きな物事を運ぶために3日後、彼らは新たな同行者を加えて来た道を戻る事となる。
新たな問題の火種となるか、今ある問題を解決するための力の1つとなるのかは、青年の恋の行方と同様に分からないものだった。