第5話 『○○→秘密!』
「そろそろ街に着くのか? たしか1週間くらいで着くっていってたよな?」
「ほっほ、その通り。今日の夕刻あたりには街が見えてくるじゃろうて」
加藤達が『サックル』を出てから丁度1週間が経過しようとしていた。
毎日のように夜には鍛錬をし、昼には騒ぎながら、終始笑顔を絶やさずに歩んできたのだ。
勿論、何も考えずにいたわけではない、この世界にはモンスターという脅威が存在するのだから。
……だが加藤はそれを加えても楽しんでいたと言えるだろう。
「どんな街なんだろうなぁ……。あ、そういえばさ、迎えに行くお偉いさん? ……の娘さんか。まぁ、その人に会う時って俺らも居ていいの?」
「ほっほ、当然じゃろう。お主らは現状ワシら……つまり領主であるロレン様が雇っている信頼のおける冒険者という立ち位置なんじゃ。隠すのではなく、寧ろ見せ付けるべきじゃの? …………小僧は別じゃが」
デイリーは会う事を認める、どころか奨励した。最後の小声を除いて。
「ぐっ、聞こえてるぞ! ……まぁ、確かにそうだよな。冷静に考えれば、これはある意味国賓みたいなもんだし……。確かに俺は場違いだな、ルクーツァは強いし……うん、この世界でなら間違いじゃないよな」
「ほっほっほ、その通りじゃよ。その点を考えられるあたり、お主も合格と言えようの」
加藤の段々と独り言になっていく言葉を、デイリーとルクーツァの2人だけが聞き取った。
デイリーはそれに笑いながら返事を返しつつも、視線はルクーツァを捉えて放さない。
「カトーはそういった事は本当に理解が早いな。前に言ったかどうかは忘れたが、力とは何も剣だけではない。同じく戦いもな? 今回、レイラ嬢も来ている……、理由は相手方に娘がいるからとの事だった。 だが、街に近づくにつれお嬢さん方の表情は硬くなっているな?」
ルクーツァは視線を向けてきたデイリーに何かを返すように、疑問を投げかける。
それに反応したのはデイリーではなく、レイラだった。
「えっ……、そ、そうかな? あれかも、他の街だと色々嫌な事があるかもしれないしっ! だってこの街は獣人のだからさっ、それでね……」
「レイラ、落ち着きなさい。デイリー様も、先程言った言葉の通りにすべきでしょう。信頼のおける冒険者、いえヒトです……、これから長く頼る、いえ頼らせて貰う。それは私以上にデイリー様がお分かりでしょう?」
エリアスールがレイラの馬、ローズへと自分の馬を寄せて優しく語りかえる。
と同時にデイリーへと少々棘を含んだ言葉を投げかけた。
「……ふむ。そうじゃの、あの一戦で冒険者としてなら合格以外の何者でも無いと分かってはいた。お主も……、小僧もな。そして、今のお主を見て、ヒトとしても認められたわ。隠していたワシが言うのもアレじゃが、叶うなら、ワシらもそれを共有させてもらいたいもんじゃの?」
「ふっ、なんのことかな? と言いたいところだが、カトー……どうする? どうやら、デイリー殿にはバレてしまったようだぞ?」
そんなやり取りを大人2人で進めている、女性達はこの流れで何故加藤へ話を振ったのかを理解できないのだろう、疑問を浮かべている。
そして受け取った加藤は、一瞬考えた、そして顔を上げて笑って言う。
「いいんじゃね? あっちの事は大切、うん。 大事な俺の、俺だけの……思い出だ。レイラ達は友達だ、それなら思い出のひとつも教えるのはありじゃないか?」
「はっはっは、そうだな。確かに、あの話はオレだけが独占するのも勿体無い……。レイラ嬢達ならば、デイリー殿相手ならば問題はないだろう……」
「だって事で、爺さんは何となく分かってるというか疑問あるっぽいし。レイラ達は分からないけど、ちょっとした話をしようかと……」
加藤が、己の秘密と言えるものを語ろうとした。
それに他の3人が注目した時だった、体の何処から出しているのか分からないが、低い、暗い、重い音が響いてきたのだ。
「……ただし、貴様ら……不用意に言い触らしてみろ、殺すぞ」
「……おいおい、ルクーツァ。なーに怖い顔して怖い事言ってるんだよ……。確かに言い触らされるのはあんまりいい気分じゃないけど、そういった冗談は嫌いだぞ?」
デイリーは動じなかった、しかし女性2人は動きが凍り、馬を止めてしまった。
いや、馬も止まったのだ。ただ、ローズだけは鼻息を荒くしている、主人を守ろうという気概が見て取れた。
「いや、冗談でこのような事を言うほど狂っては居ないさ。オレは本気でそう、言っているんだ。カトー、お前は分からないだろうが、お前の言う思い出話というのは宝の山だと言う事を知れ」
「え、え、え? なんで、こんな事になってるの? ね、ねぇデイリー?」
「レイラ、落ち着いて……。大丈夫、ルクーツァ様はあぁ言っていますが、そうではないはずです」
今まで固まっていたレイラが、デイリーに何かを求める。
エリアスールはそう言いつつも、ゆっくりと馬をレイラの前に動かし、背の槍に視線を送った。
「ほっほっほ、なるほどの。やはりあの御伽噺は真の史実じゃったか……。お主の思い、確かに受け取った……万が一そのような事が起きた場合には漏らした者は。……例えお嬢様であろうと、領主ロレン様であろうとワシが斬る事を誓おう。それと、エリ嬢? やめておけ、嬢では一刀の元に終わるだけじゃし、余計な事になりかねんからな」
「その言葉が聞きたかった。確かにその誓い、ルクーツァ・シィ……聞いたぞ?」
「なんだなんだ、いきなりシリアス風味はやめろっていつも言ってるだろ? ほら、レイラなんて顔を青くしちゃってるし、エリアスールさんなんて警戒しちゃってるぞ?」
そんな空気、急展開の中でも加藤は加藤のままだった。
鈍感なのか、大物なのか、恐らくそのどちらでもなく、ただ馬鹿なのだろう。
善い意味なのか、悪い意味なのかは措いて置くとして。
そのせいか、おかげか女性2人の目に常の色が戻っていく、その様子を大人2人は口元ではなく、目でもなく、気配で笑みを浮かべた。
緊張した空気が薄れていったのだ。
「ほっほ、すまんの、お嬢様方? ちょっと以前から思っていた事がありましての、先程それを確信に近づける事がありましてな。それで、という事じゃよ」
「すまんな。本来であれば街に着いた時にするべきだったんだが、事が事。それに加えて街に入ればヒトが多く、まして国の重鎮に繋がるヒトがいるとなれば、今しか無いと思ったのだ」
先ほどの空気を微塵も感じさせない、いつものものに近い空気だ。
しかし女性達の顔には、恐怖は無くなっているものの、色濃い疑問が残っている。
「まず、こちらからじゃの? 此度の迎えというのは、火の国からとだけ言っておったの? だが実際は水、風、土の3カ国からじゃ、火の国からはレイラ様じゃの」
「あれ? サックルって何処にも所属してないんじゃなかったのか? 無法のなんたら~ってさ」
「そうとも言える、と言っただろう? 人間が治めている時点で、どうしようも無く、火という立ち位置に立たされるものなんだ」
「言い方がちとややこしくなるがの、要は人間、竜人、獣人、有翼人の4つの種族でそれなりの地位のある者達なんじゃよ。今、小僧はそこだけ分かっておれば良い」
加藤の疑問に大人2人が答えた、その言葉を受け取っても加藤はいまいちな表情だったが、大人は構わず話を続けた。
「4つの種族、なるほどな。つまり、……前へ進むんだな? そしてレイラ嬢を筆頭とする、そのためのオレとデイリー殿という訳か」
「いや、別段筆頭を望むわけではないがの。ただ、これから会う者達は別としてもその後ろが問題なのじゃよ。最低限、こちらの力を見せておくべきじゃろう、事が事じゃし、慎重すぎて困る事はない……。今回のような事があったから、そうとも言えんかもしれんがの?」
「まったくだな、しかしそれはこちらも同じ事。詳しい事はカトーから聞けばいいだろう、だが結論を言えばカトーはこの世界の人間、ヒトではない。思い出話には想像も出来ない世界があった……、理想がそこにあった。それゆえに、オレは気がかりなのさ、その宝の重さ、危険性をな」
「異なる世界、やはりあの話かの。4つヒトに古くからある昔話にも、時折そういったヒトらが現れた。人間には武器などの技術という力を、獣人には食や日常という文化を、竜人には武術という技を、有翼人には安心の場という建築を……その他にも様々」
「恐らくはそうなのかもしれんな。だが、それは措いておけ、今はカトーがそういった価値を持つ思い出を持っているという事だ」
こちらの世界で生きてきたレイラに取っては、その昔話のヒトというものは憧れの象徴だったのかもしれない。
今まで以上に、元気に、大きすぎるほどの声で加藤へと言葉を投げ掛ける。
「へぇ、すっごい! ヒロってばそんな凄いヒトだったの!? すごいすごいっ! ねぇねぇ、わたしも聞き……」
「レイラっ! 貴女は少し黙りなさい、子供のように振舞うのも、もう必要ありません。それは貴女も分かっているでしょう? だから、落ち着きなさい」
しかし、その声は常の少女のものではなかった。どこか無理をしているような、喉を痛めながらも言わなければ自分を保てないといったものだ。
その事を従者ではなく、姉としてエリアスールは厳しく、しかし優しく包む。
「……ごめん、ちょっとね。街に近づいてきて、あの話を思い出して、緊張してきた所だったものだから、つい……うん」
女性達はどうやら、未だ小声で話し合っているが、ずいぶんと落ち着けたようだった。
そして、以前少しの間とは言え見せていた、レイラの冷静な部分が露わになっていた。
恐らくはこれが、いや、こちらも彼女の地なのだろう。
「へぇ、俺みたいなのが昔もいたのか……。まぁあのおっさんが言ってた通りだとしたら、有り得なくはないよな。そういう物質が地球に多かった時代ってのもあったかもしれない、あそこまで行かなくても起こり得たわけか」
加藤は、レイラの反応に一時驚いていたが、落ち着いた様子を見て同じくそれを消した。
そして、少女の言葉からこの世界にもそういったヒトがいた事を知る。
子供達がそれぞれに落ち着きを得たのを見届けた大人は、先ほどのソレを完璧に消すべく、にこやかに、明るい話題を以って常の空気を作ろうとしていた。
「まぁ、お互いに秘密を打ち明けたわけだ。これからは本当の意味で背中を預けられるな、デイリー殿?」
「そのようじゃの、こちらが聊か情けない秘密だったのかもしれんが……。まぁ、それはこれから小僧を見守る事で許して貰いたいの?」
デイリーがそう言い、ルクーツァはその言葉を喜んで受け取っていた。
話の焦点である1人、加藤はその話に上手く着いていけないながらも、己の疑問を打ち明ける。
「秘密って、俺のはそうかもしれないけどさ? レイラ達のは前もそう聞いてただろ、人間じゃなかったってのはそうだろうけども」
「あぁ、そうだったな。違う、そうではない……、以前から噂にはなっていた事があるのさ。曰く、新しい街を造るという、な?」
「街? っていうと、サックルより前に、危ない場所に?」
「その通りじゃ、そしてその代表としてサックルが領主ロレン様がおるのじゃよ。ただ、新しい街の代表はロレン様がするわけにはいかん、サックルは現状最前線、重要すぎる街じゃからの。つまり、ロレン様に一番近しい存在であり、地位も実力もそれなりに有る者……、そうなると領主候補筆頭はレイラ様というわけじゃの? 他の面々は新しき街を造るためには人間だけでは無理、そのための助力というわけじゃ」
「はぁ……街造り、ねぇ? なんで街造らないといけないんだ? それにわざわざ危ないとこ行かなくてもさ? 安全な、サックルの近くにでも作ればいいじゃないか」
加藤は更に言葉を重ねて、質問をする。
また、それには大人が答える、淡々と、あっさりと。
「そうできるのであれば、そうしているさ。だが、年月が経つ毎に人口は増加の一途を辿っている。新しい土地は必要不可欠、維持するためにも、より大きく広がらなければならないんだ」
「住むだけなら近くでいいけど、食べるためにはって事か? なるほどねぇ、けど、あぁいいや」
「ほっほっほ、まぁ追々の? ほれ、お嬢様にエリ嬢よ、何を2人でこそこそしとる。あまり遅いと置いていってしまうぞ、ほれ急がんかっ」
先ほどの感じが収まった代わりに、女性2人は2人の話に夢中になっていたようだ。
気を逸らすためか、それともただ単に、そうなってしまっただけなのか。
とにもかくにも、一時のぎくしゃくとした空気はずいぶん薄くなり、いつもの彼らに戻りつつあった。
「ふぅ、うん。 行くよっ! ほら、エリも行こ、置いていかれちゃうよ」
「えぇ、そうですね。この前のカトーさんのようにはなりたくありませんし」
そう笑いながら来るのだ、いつの世も女性とは分からないものだ。
先ほどまで少女は血が通っていないと思えるほど蒼白だったというのに、今の笑顔はまるで太陽に向って花開く、大きな花の如く明るい、温かいものなのだから。
「あれは本調子じゃなかったんだよ、わかる? そこ大事だからな、すごく……ぶっちゃけ俺の秘密とか比較にならないくらい俺としては大事な事だから、なぁ、俺の話ちゃんと聞いてる?」
加藤からすればひょんな事から、緊張した空気が出来てしまった今回。
だが、こういった衝突を繰り返す事で他人から友人へ、信用から信頼へと変わっていくものなのかもしれない。
「えぇー、あれはそんな大した事じゃないよ。だってただヘバってただけじゃない、ねぇエリ?」
「ふふっ、そうですね。声が聞こえなくなったと思ったら、道に寝転がっていましたから。胆力があると言うべきか、考えナシというべきか、出来ないと思ったならスグに言えばいいものなのに」
「あのね、そう簡単にごめんなさいとか、許してなんて男は言わないものなの。分からないかねぇ、な! ルクータ、そうだよなっ!」
加藤にとっては意味の薄くなった異世界から来たという事実が、この世界に何をもたらすのかは、今はまだ分からない。
しかし、その知識が何かをもたらす事がなくとも、この異なる世界を変える事は無いとしても、この仲間と出会った彼はその世界は確かに変えていくだろう。
「はっはっは、時には素直に謝る……これも1つの男の有様だ。覚えておけよ、いつかきっと役に立つからな?」
「ほっほ、その通り! どんな戦いにおいても、勝てない時は多々あるものよ。素直に負けを認めるのは男の、いや戦士の勇気の1つじゃの!」
「なんか、なんとなく話の内容が情けなく感じるのは、俺がガキだからか?」
そんな事をしていると、前方に大きな影が見えてきた。
「そうかもしれんな? だが、それよりも前を見てみろ……」
「お? おぉ! もしかして街か? やっべ、すげーや……ちゃんとあそこ以外にも街があるっ!」
何に感動しているのかは分からないが、青年は喜色の声を上げる。
それに釣られるように、女性達も同じく喜びを表す口元だった。
「うむ、ようやくといった所か、もうと言うべきか。とにかく着いたの、じゃが街が見えてきた辺りが一番危険でもある。小僧、浮かれるのは良いが、あまり気を抜きすぎるでないぞ?」
そう言うデイリーも、先ほどのアレによって関係が崩れていない事に安堵するように浮かれた調子で注意する。
「まったくだな、小型程度なら出ても可笑しくはないんだぞ? お前のするべき事はなんだか覚えているか?」
ルクーツァは先ほどの重さは既に胡散して、いつもの親馬鹿加減を徐々に出し始めていた。
「決まってるさ、俺に出来る事をするだけっ、つまり皆の邪魔にならないようにするっ!」
そう自信満々に情けない事を言い放つ。
だが、そんな事をしながらも加藤の大きな世界はこうして広がっていく、そしてヒトとヒトの繋がりという小さな世界もまた、広がっていくのかもしれない。
ともかく、次なる街はスグそこにあったのだった。