第4話 『○○→野営!』
馬達は、街道の端に生えている草を食んでいる。そのほど近くには、枝を山状に立てて、煙を上手く上へ流す焚き火があった。
そして、薄暗くなったその場で、剣を振るう、風を斬る音が響く。
「そうだ、無駄に力を込めろ。全身にずっと、無駄に、意味無く、力を込め続けるんだ」
「ふつうっ、ぎゃくじゃっ、ないっ、のか!?」
「そうだな、そうかもしれない。だが、モンスターが現れた時、それを完璧に行える者は少ない。そんな時、普段は使わぬものに助けられるものなんだ。だから、無駄だが、決して無駄にはならない……自分の身体に教え込め。剣を振るう時、お前も使うんだと言う事をな」
「うっ、きっついっ、全身ギプスっ的、なアレみたいっ、やった事ないけどっ」
「なんか熱っ苦しい鍛錬だねぇ、もうちょっとやり方ってないの?」
その様子を座り込みながら見ていたレイラが、同じく座って、焚き火で簡易な料理をしているデイリーが、火加減を見ながら答えた。
「ほっほ、なに……いいんじゃよ。確かに、アレは普通はやらん鍛錬よ。だがいいのじゃ、生き残るために奴が見つけた奴だけの方法。その言葉通り、無駄だが、無駄にはならぬものなのじゃろうて」
「そーいうものなのかなぁ……。あっ、デイリー、焦げそう焦げそうっ!」
「おぉっ、いかんいかん! 裏返さねばなっ!」
そう騒いでいる2人を尻目に、加藤達は鍛錬を続けている。
ここには、時折聞こえる話し声以外では、焚き火で枝が弾ける音と、風を斬る音が響くだけ。
夏だと言うのに涼しく、静かな夜だ。
ゆっくりと目を閉じればさぞ気持ちよく眠れた事だろう。
だがその快適な夜に、汗を流し続ける者がまた、静かな夜に1つの音を生む。
「ぐぅ、ルクーツァっ……、いつまでっ…、続ければっ」
「いつまでも、だ。 終わりなどない」
(鍛錬してると、いっつもソレだっ! そういう事を聞いてるんじゃないのにっ、あーきついっ)
訓練なのか分からない、ものを行っていた加藤達の所へ馬達の世話をしていたエリアスールが歩いてきた。そしてデイリー達の方を見てから、彼らに笑みを浮かべて言う。
「ふふっ、頑張っていますね。ですが、そろそろ夕飯にしましょうか、ルクーツァ様もそれでよろしいですか?」
「ふむ、いいだろう。カトー、それは毎日続けることで身体が覚えていく。明日からは普通の剣を主軸に教えていくが、それは別として欠かす事なく続けるんだぞ」
「はぁ……疲れた。なんか全身ピクピクしてるわ……。筋肉痛になりそうだ、それも全身……いやだなぁ」
そんな事を言いながら、加藤達3人は焚き火が照らしている場、今夜の宿へと数十mの距離を歩いていった。
「デイリー、そろそろいいんじゃない? いい匂いしてきたよっ、もういいんじゃないかなっ!」
「そうじゃのぅ、うむ……。良い頃合じゃろう、あとは沸かしておいた水に。茶粉を混ぜれば……」
「おぉっ、美味そう! なにこれ、肉か?良くわからねーけど美味そうっ!」
簡易な料理が丁度出来上がり、食事の準備も整いそうになった時に加藤達がそこに来る。
加藤が言うように、肉のようだ。干し肉のようだが、少々違う。どちらかと言えば燻製と言ったところだろうか、それを火で炙った事で脂が染み出してきており、またそれが焦げた匂いが食欲を誘う。
「ふむ、悪くない。昨日の食事は干し肉をかじっただけだったからな、これは嬉しい」
「だよねっだよねっ! やっぱり温かい料理はいいよねぇ、お腹も空いてきたし早く食べたいなぁ」
「ほっほ、もう暫く待ちなされ……。うむ、焼き具合も悪くないの、あとは……」
デイリーは焼きあがった肉を小さな刃物、ナイフで小分けに切り分ける。形状としてはフランスパンに近い表面は硬く、中は柔らかいパン。それに切れ目を入れ、そこに何かのタレを付けた肉を挟みこんでいる。サンドウィッチに似ているようだ。
「うむ、これで良い……。茶も出来た事だし、食べるとするかのぅ。小僧! 茶を器に移しておけっ、ワシは切り分けたものを皆に配る」
「俺が? まぁいいけども。えっと、これか……。こぼさないように、こぼさないようにっと」
焚き火の周りに座っている他の面々にデイリーはサンドウィッチを配っていく。
配り終えて、加藤のいる場へ戻ってきた頃には、大きな器、鍋のようなものから小さな器、カップへと淹れ終えていた。
「うむ、後はそれを……。終えたようじゃの、それでは頂くとしよう」
デイリーのその言葉を受けて、皆がそれぞれに食に対する礼をした後。
大きく口を開けてかぶりつく者、小さく啄ばむように食べる者と別れているが、同時に夕食を楽しんだ。
「いや、これ美味いよっデイリー! このタレ? なんなのか分からないけど、うん!」
「ふむ、これは……胡椒が効いているな。そしてこの酸味、これはおそらく果物が……」
「酸味か、果物などいれておらなんだが……。少々悪くなっていたかの?」
「…………それは本当か?」
「だっせ! なんか薀蓄語りだしたと思ったら的外れ! ルクータ、あんまり言わない方がいいと思うぞ?」
「カトー……喜べ、明日は今まで以上に厳しく鍛えてやるからな。そうだな、まずは馬に乗らず、走って移動させるとしようか。己の長所を伸ばす事も大事なことだしな?」
「待てやっ! なんのために軍曹がいるんだよっ!」
「何を言う、お前のために荷物を持ってくれるではないか。オレもまだまだ甘いな、重荷は背負わせないなど……ふっ」
予想をしたルクーツァをからかった加藤、そしてそれに仕返しを返して騒ぎ合っている彼らを尻目にエリアスールがデイリーに小声で話しかける。
「えっと、これは本当に腐ってきているのですか? だとしたら食さない方が……」
「いんや、入っておるよ。安心せい、これは腐っておらぬからの。ただ果物の風味の油を使っておるに過ぎぬからの。ちょっとした意地悪と言う奴じゃの?」
「ふー。 食べた食べたっ! 美味しかったぁ、ねぇねぇデイリー。明日はどんな料理にするの?」
「お嬢様、もう少し食べ方を丁寧にした方がいいのではないかの? 口元に食べかすが、…………ここについておるぞ?」
「そう、そこですよレイラ。うん、取れましたね……。次からはもう少し食べ方に気を使った方がいいでしょう」
デイリーは、食べ終わった次の瞬間には明日の料理を期待する目を向けてきた少女に、そう言う。
言われたレイラは口元を触って確かめているが、なかなか辿りつけない。見るに見かねたデイリーはついている場所を己の顔を指差して教えようとしていた。
「はっ、いいさ、やってやろうじゃないかっ! そこまで言うなら、俺の華麗すぎる走りを見せてやるっ! 軍曹に頼りっぱなしってのもアレだしな、ここは1つ、今までの成果ってのをだなっ!」
「ほぅ、やるか。いいだろう、もしもやり遂げた時には討伐系を一度受けさせてやってもいい。だが、出来るかな? 出来なかった場合はまた暫くの間はずっとこれまでのような仕事で身体を鍛えるものを受けてもらうっ」
そう少女達が笑い合っていた時、加藤とルクーツァの可愛い喧嘩は終盤に差し掛かっていたようだ。そんな事を完全に暗く、眠る時までやりながら、彼らは騒いでいた。
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「はぁっはぁ……休憩はまだ? そろそろ、きついんだけども……っていうかゆっくりとは言え、馬に置いてかれないようにって……。やっばいな、舐めてた……、流石は軍曹だっ」
「はっはっは、まだまだ1時間経った程度だぞ? 馬を休めるのはまだまだ大丈夫だ。どうした、それでも冒険者かっ、昨日の自信はどこへいった!」
「ぐぅ、言ってくれるじゃないかっ! いいや、ようやく体が温まってきた所さっ、昨日の筋肉痛とかにも慣れてきたんだっ。これからってもんよっ!」
「だそうだ、デイリー殿。少々、速度を上げても問題はないようだ、行こうとしようか」
「ちょっ……マジで速度上げてるしっ!? くっそ、負けんっ! 頑張れっ俺! でもやっぱ筋肉痛はきついっ! …………あっ、やっぱもう少しゆっくり、って待って!置いて行かないでっ!!」
彼らは、そうして何事もなく、しかし何事かを為しながら、翌日も、翌々日も次なる街を目指して駆けていった。
待ち人がいる街までは、もう少しだった。