第3話 『○○→準備!』
「えっと、剣だろ? 爺さんから貰った盾に、あとは着替えに……」
「まだ終わらないのか? 昨日はもう大丈夫だと言っていただろう? なんで今になってまた確認なんてしているんだ」
加藤達はデイリー達、領主が迎えるヒトを隣街、というほど近くも無いが、ここ最前線の街『サックル』の前の街に迎えに行くという仕事を彼らから受けていたのだ。
そのための準備を昨晩に終わらせたはずなのだが、加藤は行くという時になって確認していた。
「いや、悪い……。ちゃんと大丈夫かなぁって急に不安になっちゃってさ」
「まったく、見せてみろ。ふむ、……薬などもちゃんとあるな、予備の水筒もちゃんとある。うむ、袋の中身はそれで大丈夫だろう」
「っ、そっか! んじゃ、行こうか! 先輩、留守番頼むなっ!」
「キュッキュ~」
「うむ、おいカトー……。外套を忘れているぞ? それは寝袋代わりでもあるんだ。忘れるな……」
「……ふっ、何を言うのかと思えば」
「……よし、行くぞ」
「ちょっと待って! ごめんって、ちょっと言ってみたくなっただけ! すいません、忘れてました! 忘れてませんよ? みたいな感じを格好良く言ってみたくなっただけなんですっ、てか今思うとダセェ!!」
下らないやり取りをしながら彼らは部屋を出る。
そして宿を出ようと受付のある、一階へ降りた時に老齢の女性が彼らに気がつき、声を掛けて来た。
「おや、もう行くのかい? 最近は壁の仕事ばかりだったけど、今回のは長い上に街の外に行くんだろう?
……大丈夫なんだろうね?」
この宿の女将が我が子を心配するかのように、ルクーツァに問いかけた。
それに苦笑いを浮かべながら保護者は返事をする。
「あぁ、安心してくれ。オレに加えてデイリー殿がいるんだ、滅多な事が無ければ傷一つ負わせはせんよ。 ……それに、カトーも曲がりなりにも冒険者だ、その言葉は不要だろ?」
ルクーツァは説明を行ったが、それでも女将は心配なのだろう。
目には納得の、了承の色が見えなかった、だから保護者は加藤へと言葉を投げ、女将の強い視線から逃れた。
その事に喜色を浮かべそうになった被保護者は、気がついたようにソレを消した後で言う。
「あ、うん。心配しないでくれって、一応逃げるのだけは合格貰えたんだからな! …………うん、心配いらないよ」
1週間という短すぎる鍛錬では当然の如く、習熟には至らなかった。
それ故に何かあれば、己の身を守り、下がるための動きを集中的にやったのだ、おかげで彼らの邪魔にならないという地位にまで登り詰めた、大成果だ。
だが、それとこれとは別なのだろう。
言ってから、萎むように口を開いて再度そう語りかけた。
「あっはっは、そうかい……。まぁ、何かあったら、すぐに逃げな。それは恥ずかしい事なんかじゃないんだからね? 焦る事は無い、坊やは今ちゃんと頑張ってるんだからね? まぁ、ルクーツァさんも居る事だし……うん、ほんとに頼んだよ?」
話を逸らしたと思っていた所にまた来たのだ、少々慌てながらも保護者は腕を上げて了承の意を表した。
「んじゃま、行って来るわ。あ、そだ女将さん、先輩の事はラルにお願いしてんだけど、一応女将さんも……」
「はいはい、分かってるよ。ほらっ、あたしが言うのもなんだが、遅れちまうよっ! 気をつけて行くんだよっ!?」
「はっは、それでは行って来る。確かに遅れそうだしな、カトー、急ぐとしようか?」
「そだな、んじゃ~」
そう言って彼らは宿を出て、集合場所である、南門へと急ぐ。
宿から彼らが出ていった後、女将は嬉しそうに、しかし心配そうに吐息を吐いた。
だがすぐさま、いつものように仕事を始める、女将はどんな時でも女将なのだ。
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「あっ、来た来た!」
「ほっほ、丁度じゃの? 小僧、準備は良いかのぅ?」
南門、これから行く街へと続く街道がある門だ。
いや、正確には全ての門が続いているのだが、一番近いのはここなのだ。
そこでデイリー達と加藤らは合流を果たした。
「いや、すまんな? カトーが行く寸前になってから、確認をまたし始めたものでな」
「あははっ、分かる分かるっ! 不安になるんだよねぇ、わたしも今日はどんな服着て行こうかって、出発ギリギリまで考えてたよー」
「服かよ……。俺はもうちょっと真剣な考えだったんだけどもねぇ」
「いえ、レイラは一応領主の娘、つまり迎えに足る人物というわけです。まぁ、本来はデイリー殿で十分なのですがね?」
「ほっほ、相手方がレイラお嬢様と同じ年齢の娘という事なのでな。それは別としても……相手故によ、それなりの服装、それでいて実用も兼ねるとなれば選ぶのも一苦労と言う訳じゃの? 分かるかの、小僧」
「なんだよ? 俺の慌てたってのと、レイラのそれは別物って言いたいわけ?」
「諦めろ、事実としてお前のアレは情けないものだからな?」
今朝の加藤を話の肴に、彼らは笑い合う。
そして、そんな事を繰り広げながらも、出発の最終準備に取り掛かっていた。
「うむ、それで良い。小僧、馬に付け忘れたものは無いかの?」
「うっせ! そもそも取り付けてくれたの爺さんだろうが……。忘れたら、爺さんのせいだかんな?」
「知らんのぅ、ワシはあるものを付けただけじゃしの? それ以外では責任持てぬのぉ」
「ぬぅ、爺さん……。何か忘れてるものってあった? あったら言って欲しいんだけど」
加藤は、デイリーに荷物を載せてもらいつつ、馬に跨る。
そしてその馬上からデイリーへと質問を投げかけた。
それを受け取ったデイリーは意地の悪い笑みを浮かべて言い放つ。
「うむ、剣と盾を忘れておるの? 小僧、色々と大丈夫か? 流石にワシも心配になってくるの?」
「え、あ……、うん。乗るのに必死だったもんで、つい……いや、ごめん」
そう言うとデイリーからソレらを受け取り剣を腰の帯に挿し、荷物に盾を括りつけた。
加藤とデイリーがそれらをしている時には他の面々は既に準備が出来上がっており、加藤を待っていた。
「ん、カトーさんも大丈夫のようですね。デイリー様、そろそろ……」
「ほっほ、そうじゃの。それでは先頭はワシ、最後尾はルクーツァに頼むとする」
「了解した、カトー達は気にせず適当でいいだろう。馬に乗れるとは言え、まだまだ素人に代わりはないからな?」
「そうだねぇ、走らせる事は出来るけど、一緒に走れるって感じじゃないよねぇ」
レイラがそう言うのも頷けるものだった。
確かに加藤は馬に乗れる。
だがそれは馬に乗せてもらっているというものであり、馬と駆けているとは言えないものだった。
「ふふっ、ですが馬もちゃんと言う事を聞いてくれていますし、後はカトーさん自身が慣れるだけです。この子はちゃんとカトーさんを信頼してくれていますよ?」
「信頼というよりは、心配というべきだろうな。馬にすら、助けてやらねばと思われるとは、さすがだなカトー」
「はいはい、良いんですよ。こいつはそういうのだってスグに分かったからな、なにせ先輩に何処と無く似てるモノを感じたからさ。今更、恥もなにもない、頼らせてもらうさ」
「ほっほっほ。良い良い、実に良いぞ。正しくエリ嬢の言う通り、あとは小僧の慣れのみよの? 馬に信頼される事は腕の立つ者ならばそう難しいものではない。だが馬を乗り手が信頼する、これは中々難しい……。小僧の未熟さがそれを助けたとは言え、うむ……悪くないの! 馬だけは一人前と言えようっ」
「まじかっ、逃げに続いて馬も一人前だって!? これは嬉しいなっ、よしっ馬! いや、軍曹! これから頼むぞ!」
加藤は、自分が低い場所にいるという点を言われる事に、その場では大げさに騒いだりするものの心底落ち込む事は少なくなった。
その代わりに、些細な事であっても認められると大げさに、心底喜ぶ。
「なんだそれは……軍曹などと」
「なんか可愛いね! それじゃあこの子は大佐とかに改名してみようかなぁ」
「やめて下さいね? その子は既にちゃんと名前があるでしょう? しかも貴女が決めた、ローズという名前がちゃんと……」
レイラの乗っている馬、ローズは愛する乗り手の言葉を嫌がるかのように嘶いた。
「あははっ、ごめんね? ローズはローズだよ? 冗談冗談」
「まったく、貴女はもう……」
「ふぅ、まぁカトーもちゃんと乗れているな。街中など安全な場所では大丈夫だったが、外で馬を制御できるかどうかは心配だったが……。馬に、いや軍曹とやらに助けられたか。まったく、カトーめ。まだまだというべきか、大した奴というべきか」
「ほっほっほ、これから先は長いんじゃ。これくらいでいいじゃろうよ、向う街へも、小僧のこれからものぅ」
彼らは馬に乗りながら、ゆっくりと『サックル』を離れていく。
加藤にとっては二度目の街外であり、自分から目的を持って、誰かのためにという事では初めて街の外へと歩きだしたのだった。