第2話 『○○→日常!』
ここは、中央広場と呼ばれる街の中心地帯。その大きな広場の更に中心に、周りを壁で囲まれた大きな屋敷があった。
そう、ここ『サックル』が領主の館である。その館からは、常は聞こえない硬いモノと堅いモノがぶつかり合うような甲高い音が響いていた。
「小僧! そうではない! なぜ脚を止めておるっ!」
「そんな事いったって! 盾なんて使った事が無いんだよ、止まらずにどうやって受け止めろっていうんだっ!?」
加藤は、斡旋所での食事の時にあった訓練というものを、翌日から今日まで、まだ2日だが連日受けていた。
最初、上達できる事に喜色を顔に浮かべていたが、事が進むにつれてその顔は青くなる。
「馬鹿ものがっ、持ち方は教えたろうがっ! 誰が受け止めろと言った!? ワシは身を守れと言ったんじゃぞっ」
(だから受け止めてるんだろうがっ! そもそも、教えたって言っても本当に持ち方だけじゃねぇかよっ)
「あははー、ヒロ頑張ってるね!」
「そうですね、ルクーツァ様が言っていた事は確かのようです。よく耐えています」
「ふっ、だがまだまだだ。まったく、あれほど鍛錬をしたというのに……」
館の広い庭を盾を持って逃げ回る加藤、ランスを持って突いて追い回すデイリー。そんな彼らを優雅に紅茶を飲みながら、2人の女性と1人の偉丈夫が眺めていた。
「鍛錬って? ただ防壁の工事してただけでしょー」
「確かに、あの仕事では身体を鍛える事に重点を置いていた。だが、常にオレは傍で話しかけ、そしてその最中であっても仕事をこなせるようにしていたんだ」
「思考しながらでも、行動できるようにと? さすがにソレでは、今回のような動作はなかなかに厳しいような気がしますが」
「オレはこれで出来たんだがな……。そもそもだ、カトーは……」
そう、眺めつつも彼らは彼らで考察という名の談笑を始めた。
「分からぬか小僧! 流すのじゃっ、盾を真正面に構えるソレでは中型の攻撃を食ろうてみぃ! 一発で吹き飛ぶぞぃ!」
「流すって簡単に言うなっ! 逃げながらそんなん出来たら苦労しないんだよっ」
そう言いつつも、加藤は返事をしながら、会話を行いながらも盾で身を守る。
デイリーは苦言を言いつつも、その事に笑みを浮かべて喜ぶかのように更に攻撃の手を早める。
「ふんっ!」
「っでぇ!?」
それが暫くばかり続いた後、デイリーがそれなりに気迫ある、しかし今までの小突くようなモノとは段違いの一撃を繰り出した事によって加藤が面白いように吹き飛ぶ。
だがすぐさま起ち上がり、今までと色の違う攻撃を恐れるように見つめ、縮こまるように腰を引きながらも、しっかりと盾を構える。
「ほっほ、良くぞ起った。その気持ちを忘れるでないぞ、死ななかったからと言って安心してはならぬ。もっと言えば、脚をすぐに動かして欲しかったが、まぁいいじゃろう」
「いや、いきなりあんなのするなよ……。死ぬかと思ったじゃないか、目が違ったぞ?」
「それをモンスターどもに言えるのなら、そう思っておるがいいわ。中型あたりになると、獲物を弄ぶフシがあるものじゃ、時おり動きが変るなど日常茶飯事」
「いやさ、確かに何時かは中型の前に立てるようにはなりたいよ? だけどいきなりソレを想定するのは違わない?」
「はっはっは、その程度の気概が無ければ小型の前にすら立てはしまいよ」
そう2人の間に入って来たのはルクーツァだ。
どうやら談笑を止めてこちらへ来たようだった。そして木製とは言え両手に剣を携えている。
「ふむ、もうそんな時間かの?」
「あぁ、次はオレが楽しむ番だ」
「待てや、なんか言ったか?」
加藤は、この2日ずっとデイリーに教えを請うていたわけではない。
時に遊びのようにレイラの弓を見たり、時に机に座り講義のようなものをエリアスールから学んだ。
だが、訓練と呼べるものはもっぱらこの2人からだと加藤は感じていた。
デイリーはいつも盾を持たせ構えさせるだけ、ルクーツァはいつも好きに攻撃させるというものを繰り返し行わせていた。
そして今日になってようやく、簡単すぎる実践における説明を受けたのだ。
「なに、今まで十分楽しんだだろう? 剣を持てた気分は、攻撃を防いだ気分は、どうだった?」
「まぁ……強くなった気分はしたけども」
「そうだろう、あぁそうだろうとも。それでいい、そうでなくてはならない……だからこそ叩いて直す甲斐があるというもの」
その返答を受け、ルクーツァは意地の悪い笑みを浮かべる。
後ろではデイリーも同じく笑みを、いや声を上げて笑っていた。
「くっそ、どうせ持てただけだよっ! んだよ、そんなの分かってるっての……」
「いや、分かっていない。今回のこれですら生ぬるすぎるものなんだぞ? 真面目な話だ……あの時、お前は己の無力を、その弱い力の使い方を認めた、そして今はそれを越えるために剣を持っている」
ルクーツァが言っているのは、初めての討伐の仕事で予想しないアクシデント。
中型モンスターであるロイオンが現れた時に、加藤が選んだ選択の事だ。
それは決して勇者のソレではないが、ヒトとしては誇るべき選択だったと言えるだろう。
「うん、そうだけど……。だから努力してるんだろう?」
「そうだ、だが分からないか? オレはお前に剣を、デイリー殿は盾を与えた……。そして好きにしてみろと言ったな? 何故お前はすぐにオレ達に教えを請いに来なかった? 玩具を手にした子供のようにはしゃいでいなかったか? 今日、オレ達が教えると言うまでがむしゃらに振り回していたのはどうしてだ?」
「うっ……それは、……うん」
そう、防がせる、好きに攻撃させていた。
言葉で言えばそうなる事でも実際は異なる、ただ盾を持ち、好きに構えていただけ。防御ではない、遊びだ。
攻撃ではない、ただがむしゃらに振り回していただけだったのだ。
すべて子供の遊びと同じと言って過言ではない、むしろ加藤がソレを行う時点ではソレ以下とも言えるだろう。
「それを見ていた。悪いとは言わない、お前にもソレは必要な事だったろう。それに……、こちらとしても、それを見たおかげで色々と見えてくるものもあったからな。お前の最大の長所は体力の豊富さだ。がむしゃらに、無駄にとは言ったがそれでもかなり体力を消耗するものだ。だが、お前はまさしく馬鹿の如く夜遅くまで続けていた、うむ。悪くない。その上での俊敏さ、つまり脚力は、長所のおかげもあって持久力がある、新人としては桁違い、そう言っていいレベルだ。だが、お前の好きな、得意な動作は安全なもの、良く言えば堅牢さを好んでいると分かった」
ルクーツァは加藤の成長を知っている。この場の誰よりも、いや。この世界の誰よりも、もしかすると加藤本人以上に知っているだろう。それらを息継ぐ間も無いほどに言っていく。
その言葉の本流に軽く驚きながらも、加藤はなんとか反論らしいものを口にした。
「……ただ、慣れていないだけなんじゃないか? 慣れればもっと、こう……なぁ」
「そう言った動きも取れるようにはなるかもしれんな。だが、咄嗟のとき、お前自身の本能はソレを選ぶだろう……。耐え忍ぶ、何事も貫きたいという思いがあるのかもしれん」
先ほどの言い方では、それが悪いような風に聞こえていたのだろうか。次にルクーツァが言った言葉に加藤は目を輝かせて嬉しそうに首を縦に振りながら叫ぶように言った。
「いいね! そうそう、そういうのが憧れなんだよっ」
「はっはっは、己の信念を語るにはお前は未熟すぎる、それは今は閉まっておけ。話が逸れたな、つまりだ……カトーは調子に乗りやすいんだ。剣を持てば強くなった気になり、盾を構えれば誰かを守れる気になっている、大間違いだ、そもそも……」
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ルクーツァは加藤の過信を指摘し続け、加藤はその言葉に気力を徐々に奪われていった。
そんな話をまだ続けようとしていたルクーツァを止めたのはデイリーだ。
「それくらいで良いじゃろう……小僧。お主は弱い、武器を……敵を倒す盾、己を守る剣を持ってもソレは変らん。もう、分かったじゃろう?」
「あぁ……これだけ長く言われ続けたらな……。でもさ、盾と剣って普通逆じゃないか?」
「いいや、これで良い。己を傷つけようとするモノを殺すのは盾じゃからの」
「剣とは敵に傷を負わせるためのモノだ、それは間違いではない。だが自分に敵対する相手の場合、それを持つという事は対抗するという意思を相手に示す。分かるか? 別に斬るまでも無く、振るわずとも剣は剣なんだ」
「よく分からないな、まぁいいけどもさ。その内分かるだろうし……」
「ほっほっほ、良いか。盾は敵の殺意を殺す、だが持っているだけではただの板に過ぎぬ。同じく剣もじゃ、振るわずとも……そうは言ったが、それは剣に小僧の意思が流れていてこそ。わかるかの?」
「それじゃ、カトーは分からないかもしれんな。カトー、お前はこの上着をどう思う? オレの上着だ」
そうルクーツァが言うのは、何かの皮で出来ているだろう黒色のジャケットのようなものだった。
別になんの変哲も無い、強いて言うならばこの暑い夏にそれを来ていて平気なのかという疑問だけだ。
「いや、どう思うって上着だろ? それがどうかしたのかよ……」
いきなり上着の話になったのが不思議なのだろう、そして真剣に話しているものと思っていた時にそういった会話、加藤はふざけていると思っているようだ。
表情は真面目なままで変らないが、声に不満の色がありありと見えた。
「はっはっは、そうだろう? だが、…………ほらな?」
そう言うと、一瞬、本当に一瞬の事だった。
上着の端を手に握ると軽い動作で何かしたと思った時には、加藤の盾はその手に無かった。
「……あれ?」
「今回は、盾に力を入れていなかったから吹き飛んでしまったが、普通であっても牽制程度にはなりうる。こんなものでも、オレが使えばこうなるんだ。つまり、お前の剣はただの上着であり、オレ達の剣はこれという事だ」
「あー、分かったような、余計分からなくなったような。というか、もっと簡単に言ってくれよ……てか驚かせるなっての!」
そう言っている男達の輪の中に、二輪の花が入ってきた。
その内のまだ蕾を開かない花が言葉を1人の男へと語りかけてきた。
「あははっ、ルク達はだめだめだねー。いい? ヒロ、こういう事だよっ、珈琲に砂糖が入っていないのがヒロの剣って事だよっ!」
「……いや、俺は珈琲に砂糖なんて入れないんだが?」
「うそだっ!? そんなの珈琲じゃないよっ!」
「レイラ……例えが可笑しいんですよ?」
「おぉ、エリアスールさん! エリアスールさんならきっと簡単に教えてくれますよね! 正直もう必要ないと思う事だけど、せっかくだしお願いします!」
レイラの例えは良く分からないものだった。なんとなく分かりかけたものが、逆に分かりにくくなるほどだ。
加藤はどうせならと、もう既に花開いている、しかしまだ満開ではない、そんな花に頼み込んだ。
そして加藤のその言葉を受けて、自信満々に彼女は言い放つ。
「いいですか、カトーさん。つまり、珈琲にミルクが入っていないものが貴方の剣なんです!」
「…………うん、もういいよ。エリアスールさんもこういうヒトだったんだな。なんとなくなら、もう分かったし、うん」
「え? 珈琲にミルクは入れるものですよね? 砂糖よりも優しい口当たりになりますし、何より栄養がっ」
「エリってば知らないの? お砂糖は栄養満点なんだよ? 摂らないと生きていけないんだよっ」
「何を言っているんですかっ! ミルクこそが大事なんです。そもそも貴女はミルクを飲まないからいつまで経っても背は低い、胸も小さいままなんですっ!」
「っ!? それとこれとは関係ないでしょ! 第一、ミルクを飲まなくてもお母様は大きいよっ!」
「あんたらは何の話をしてるんだ? てか、ここでやるなよ。普通なら食いつきたい所だけども、今は訓練中なの、分かる? 俺は結構マジでやろうって今、まさに教えられて思ってるところなのよ、分かる?」
「え……普通なら食いつくというのは、その……つまり、あの」
「わぁっ! ヒロってばエッチだっ! 胸の話に食いつくんだ!!」
「お前らはそこに食いつくのかよっ、てかいいだろうが! 俺だって男の子なんです、女の子とか、そういうのに興味津々なんです! 何が悪いって言うんだよっ!!」
「ほっほっほ、若いのぅ……。ワシも昔はあぁやって、うむうむ」
「ふっ、だからカトーはまだまだなんだ。女性の前でそれを言う時点で奴の負けは決まったようなもの……。オレも昔、あれをやって散々言われ続けたからな、こういったものは長引く……、憐れだな」
「そうじゃのぅ、婆さんもそうじゃったわぃ。何かにつけて、愚痴愚痴と……、苦労したのぅ。……いやぁ、しかしあれで小僧がソッチで無いと確かに分かって一安心じゃの?」
「うむ、夜の街でそういった所に連れていってやると言った事もあったんだ。なにせ、あいつもそれなりの年だからな……だと言うのに行かないと言って聞かなくてな? 時には怒ってもいたんだぞ? それもあったからな……いや、本当に安心したよ」
大人達は若い者達を眺めつつも、笑みを絶やさずに語り合う。
若者達の戦いは既に流れは出来ていた、2対1なのだ。
今はもう、泣きそうな顔をした1人の男と、面白そうに笑いながら揚げ足を取り続ける少女、困ったように頬を赤くしつつも叱責する女性がそこにいた。
時に楽しく笑い、時に汗を流し鍛え、時に面を上げて言葉で学ぶ。
加藤は出発までの3日、ここ、領主の館にて鍛えに鍛え、学びに学び、笑いに笑い、最後には何故か今回のように涙目の日々を過ごしたのだった。