第10話 『○○→白雲!』
「さぁて、仕事の内容はぁ、もうお分かりだと思うぅ。
それぞれの組、5つでもってまずはぁ、モンスター『カルガン』の探索をお願いするぅ。
発見したならばぁ、笛で他の組にぃ、知らせを発して下さいぃ。
その後はぁ、組がその笛を鳴らした組の近辺に3つ以上集まったならばぁ、討伐へと移行して結構ですぅ」
~南門から少し出た所、街の防壁の前で鎧を纏う小柄な、しかし恰幅のいい男が説明を行っている。どうやら彼は監督役のようだった~
「なぁ、なんで組全部でいかないんだ?その方が安全じゃないか?」
「その通りだが、今回は小型の探索からだからな、こうするのが通例なんだ。
だが、こういった組を小さく分けてやる場合、他の組との連携というか、極論、見捨てないという意思は暗黙の了解なんだ。
だから、そうやって危険を承知で分けられる、何かあっても大抵の事なら他が助けてくれる。そう信じられるからだ」
「暗黙の了解ねぇ……」
~加藤とルクーツァは小声で話をしていた、彼らの前方では鎧の小男が説明を終えようとしていた~
「……カルガン単体はそう強いモンスターではないのはご存知かと思うがぁ、奴ら小型のはぁ、集団で行動するぅ。
例え単独でいたとしてもぉ、必ず笛を使うようにぃ。
それではぁ……御武運をっ!」
~小柄な男が最後は間延びしないどころか、とても力ある声を発した。
その声によって他の組は移動を始めた~
「へぇ……話し方がアレだと思ってたけど、なんだよ。
最後のあの声……すごかったな」
「ははっ、仮にも斡旋所の監督役だぞ?しかもこの街のな。
それなり以上の実力者さ、見た目などに騙されるんじゃない」
「ヒロ?あのヒトはねぇ、この街を築く時には先頭になってモンスターと戦ったっていう人間なんだ。
今はもう年齢もあって、前線からは離れているけど、それでもすっごく強いんだよ?」
「ほぅ、レイラ嬢はあのヒトの事に詳しいのだな?
なるほどな、最後の一言のみとはいえ、あれほどの覇気だ。
その話も納得出来るというものだが」
「でしょー?あのヒトはね!デイリーって言う名前なんだよ?」
「名前まで知ってるんだ?レイラって物知りなんだなぁ」
「それは今措いておきましょう?私達も行かなければ、他の組は既に山の麓に向っていますよ」
~今回モンスターを探索するのは山の麓にある森の近辺だ。
加藤が湖で遠目に見た山がそれに当たる、その山の向こう側を進んだ先にこの街『サックル』があったようだ~
「へぇ、山に向うんだ?街道の端にある草むらとかだと思ったよ。
結構、草の背が高いから隠れられそうだしさ?」
「カルガンというモンスターは基本的に草原に住む、その考えは間違いではないな。
通常ならば、だがね?だが街の近辺に、森にいると言う。
この事から分かる事は仔を抱えた集団という事だな?」
「そして、幼い仔がいる小型のモンスター達は森を好むんです。
まぁ、小型だけなんですが。そういった習性が分かっているものは……」
「へぇ、ルクータはいいとして、エリさんも結構詳しいんですね?」
「でしょ!エリはね!すっご……」
「レイラ……それにカトーさん?いい加減に行きましょうか」
「はい《うん》……」
「まぁまて、装備の確認をしていこう。オレ達はしていないだろう?
オレは見たら分かると思うが剣だ、場合によっては2本使う。」
「私も見れば分かりますよね?この槍です」
「わたしはこの袋の中身!ふふっ秘密だよっ!」
「秘密って……いやまぁ、腰に剣もあるし別にいいのか?」
~彼らはそんな事をしながら徐々に街門を離れ、森へと歩いていく、近寄るにつれて全員の顔に緊張が僅かに見え始める~
(俺は別に不思議じゃないとしても、ルクータ達も緊張してるのか?
いや……、レイラはどうか知らないけど、ルクータは俺に危険が及ばないように気を配っているって所か?
そういえば、この街に向う途中も時々こんな顔してたっけか……)
「ふむ、どうやら確かにモンスター、小型のソレがここらにいるようだな?」
「そのようですね、他の組はもう森の中に入っていると見ていいと思います」
「んー?ヒロ、緊張してる?だいじょーぶ!会ってから時間は経ってないけどわたしとヒトはお友達だよ?
なにか在ってもわたしが守ってあげるよ!」
~彼が緊張してる面持ちな事に気がついたレイラが細い腕に力こぶを作る真似をして話しかけてくる、反面に彼はなんとも言えない顔をしていた~
「はっは、カトー。守って貰えるそうだぞ?よかったじゃないか」
「うっせ!ったく……けどまぁ。ありがとう、レイラ」
「…………驚きましたね。
レイラは大抵そういう事を言うのですが、断ったり、癇癪を起こすのが大半でしたが」
「……ヒロはちゃんと分かっているんだね、まだ自分は弱いって事」
「………………ほぅ」
~彼が感謝の返事を返した事に、エリは驚きを示し、レイラは子供染みていた今までの話方では無い、静かな言葉を紡ぎ、ルクーツァはその3人を見て目を細めた~
「いや?正直な所を言えば、自分が弱いなんて思いたくないさ。
こう見えていろいろ鍛えてきたつもりだし、レイラみたいな女の子に守られるなんてのは正直恥ずかしいし嫌だ。
だけど、モンスターってのが分からない、見た事がないからね。
だけど怖いモノってのは聞いた、ヒトを殺せるって事を……」
~3人は周囲に気を配りながらも、静かに彼の言葉に耳を傾ける~
「だったら、そういうのは捨てるべきだ、そう思う。
あっちでもそうだった、そういった時に何も出来ない俺がすべき事は従う事だけ、格好悪いけどな。
そしてそうして今ここにいる……、今は。これでいい。これしか出来ないから。
だけどレイラ……いつか、いや少ししたら俺が守る、必ずな?
だから今はお願いするよ、なにせ俺は素人だからな!」
「あはははっ!そっか、うん。いいよ、守ってあげる!安心してわたしはこう見えて結構強いんだからね?」
「ふふっ、素晴らしいです。自分は弱い……そう言えるヒトは、特に貴方の年齢の男性でそう言えるヒトは多くありません。
非力の身ではありますが、今の貴方になら力になれると思いますよ」
「ふむ、悪くないな。
それでこそ、オレや……跳びリス君が守りたいと思ったカトーだ。
その心を忘れるんじゃないぞ、自分は弱いっていうことをな?」
「ちぇっ、ルクータくらいは、そこは弱くないとか言ってくれよな?」
「ははっ、事実としてカトーは弱いからな?
それと今回は良いとしても、話している最中でも周囲に気を配る事を忘れるなよ?」
(いやそうだけど、こう男の子的な点でフォローしてくれても良くねーか?
そりゃ弱いよ?先輩に守ってもらってたくらいだしさ?でもよぉ……)
「さて、カトーさんの話も聞きましたし、入りますか?」
「あぁ、いつまでも此処でうろうろすべきでは無いな。
モンスターがどうのではなく、仕事をする身としてだがね?」
「そうだねー、流石に何もしないでお金をもらうっていうのは良くないよね」
「んじゃまぁ、行きます?あ、俺はどうすりゃいいの?剣は抜いた方がいい?
てか纏まって?一列になって?」
「剣はいつでも抜けるようにしていればいい、今はまだ抜くなよ?危ないからな。
それで行き方だが……纏まってだな、ひし形のように前方に一人、ここは……」
「それでは、私が前方を担当しますね、後方はルクーツァさんにお願いします」
「それじゃ、わたしは左で、ヒロは右ね?」
「あ、うん。分かったよ」
~隊列と言うにはお粗末だが、彼らは纏まりを持って森へと入っていた~
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「カルガンは体長が1mほどの小柄なモンスターです。
小型の中でも最小の部類と言ってもいいかもしれませんね」
「だが、素早い……一般人にとっては中型よりも恐ろしい部類と言える。
そして腕というか、手が発達している上に腕部の皮膚が非常に硬く、それを武器に殴打してくる奴だ」
「殴打……それと素早いのか、それってどの程度なんだ?」
「んー、素早いというか、ジャンプするんだよね。
切りかかったら、上に跳ばれて後ろを取られちゃうってのは良くあることかなぁ」
(殴打……パンチ、それにジャンプって……カンガルー?
猫の大きなモンスターってのもいるっていってたし、ライオンっぽいよな?
昔の地球では考えられない分布だな、さすが異世界)
「カトー、話はいいが、気を逸らすな。いつ襲ってくるか分からないんだぞ?」
「あ、ごめん。言われたばっかなのにな」
「仕方の無い事ですよ?慣れですし、初めてなら何かしら思うところもあるでしょう。
……でもモンスターに怯えた風ではありませんね?珍しい事ですが、必要以上にソレを抱えない点は良いと思います」
「うんうん、さっきみたいな事をわたしに言われて癇癪起こしたのに、いざこうなったらビクビクしてたりするよりよっぽど良いよ?」
(ぐぅ……褒めてくれてるんだろうが、精神に絶大なダメージだ!
仕方の無い事と割り切っても、ここまでの威力を秘めていたとはっ)
「って別に怖くないわけじゃないよ。ただルクータとかがいるから安心できてるだけだって。
ここに一人でってなったら、普通にビクビクなってるって……モンスターってのがいるって知った今はね?」
(だよな、今思えばあの時の俺はなんというか、うん、アレだった)
「お前たち、静かに……、それなりに奥へ来た。
そろそろ何かしらあっても可笑しくは無い、それにこの森はモンスター達の縄張り、カルガン以外の奴がいても不思議じゃないんだ」
「分かっています、ただここは開けていますから、万が一があっても十分にカバー出来ると思いまして……つい」
~エリが言うように、ここは森の中でも開けた場所で木が少ない。
というよりは木はなく、背の高い草が生い茂っていた~
「だからこそ、だ。
こちらが対処しやすいという事は、奴らも襲いやすい事に繋がっている」
「そんな危ない場所なのに、なんで普通に来ちゃってるわけ?
ってか、戻った方が良くない?危ないなら違う所にいった方が」
「わたし達はモンスターを探してるわけだから、襲われるにしても出てきてくれた方がありがたいからねー」
(なに簡単に襲い掛かってくれた方が、とか言っちゃってるの!?
それを否定しない他の2人も!ちょっと可笑しくない!?)
「……ふむ、どうやら居ないようだ。
期待はずれだったか、折角カトーに体験させる良い機会かと思ったのだが」
「そうですね、態々大きな声で居場所を教えながら歩いていたというのに、何も反応が無いところを見ると近辺には居ないようです」
「残念だなぁ、ヒロを守ってあげたかったのにね」
「やめて、お願いだから、ほんと、うん、まじでだよ?」
~彼らがこの辺りに居ない事を認識して少しばかり気を抜いていた時、耳に甲高い音が届いた。
恐らくはコレが笛の音なのだろう、少なくともモンスターの鳴き声には聞こえない~
「っ!どうやら他の組が発見したようだな!」
「そのようです、しかもそう遠くはありません!」
「急いだ方がいいかもね、さっきのから何度も連続で笛の音が止まない!」
~加藤以外の3人は、その笛の音が伝えたい事を必死に読み取ろうとし、そして目で何か確認を取るような仕草をしていた~
「えっと?笛が鳴ったって事はモンスターを見つけたって事だよな?
それで何度も鳴らすってのは早く着てくれって言う意味で、つまり?」
「なにかしら予想外の事が起こったという事だろうなっ、カトー!飛ばすぞ!
……先程とは逆にオレが先頭を行く!」
~そう言うと、ルクーツァが先頭となり、駆け出す~
「ちょっ、はえぇ!ルクータ、容赦ないなっ!?」
「あははっ、そう言いつつもついてきてるよ?凄いね、まるで森で生活してたみたい!」
~彼は速いと言うが、平地であればそう大した速度ではない。
問題はここが森であり、足場が不安定かつ行く手をさえぎる枝などの障害物があるということだった。
そこを上手く避け、時には切り裂き突き進む、ルクーツァの先導のおかげで随分と楽だとは言え、素人の冒険者では到底付いてはいけないものだった~
「確かに予想外ですね、最悪、私かレイラが付いて後からと思っていたのですが……ルクーツァさんが態々カトーさんに言った意味が分かりましたっ」
「走るのだけは昔から得意でねっ!?とは言えきっつい!」
~彼らは走りながらという事もあり、少々声を荒げて話す~
「カトー!もう一段階速くするぞ!そろそろ街で鈍った調子も戻っただろう?
お前の本気の走りの速さで行く!」
「げぇ!?あれは野犬が追ってくるっていう嘘に騙されたから出せたんだよ!
普通出る訳ねーっての!」
「残念ながら、ここに一人でいればそれより恐ろしい奴が来るかもな!?
これだけ音を出しているんだっ、そうなっても不思議はないぞ!」
~ルクーツァはそう脅しを掛けると、言った通りに更にスピードを上げる。
普通に走っていてもそれなりの速度となり、流れる風景の見え方が変わる~
「っ!」
「んー、本当に凄い!まさかここまで速いなんて!」
「さすがに話す余裕は無いようですね。ですが呼吸には余裕がある、本当に初心者ですか!?」
「嘘偽りなくカトーは新人冒険者だぞ!
だが、言っていただろう?こいつは脚力だけは相当なものということだっ!」
(だけ、ってのを強調するなっての!)
~そう言いながらも彼らは駆ける、そして段々と笛の音が大きく、つまりその場所へと近づいていった~
「笛の音からして、そろそろだっ!
カトー、準備はいいか!?一気に行く、状況次第ではレイラ嬢達と3人で街へ戻って貰うが、まずは行くぞ!」
「状況次第って、どういう状況さっ」
「奇襲を受けたのかもねっ!」
「先程、初めて笛の音が聞こえてから、今まで笛の音は絶えていません!
これは最悪があるかもしれませんね!」
(おいおい、さっきから状況次第だの奇襲だの、最悪って!?
カルガンってのはそう強い部類じゃなかったんだろ!?)
「っ!止まれ!!!」
~一番先頭を走るルクーツァが足を止め、他の3人に命令を下した~
「っ、と。っとと。はぁはぁ、急に止まれとか言うなって!」
「っ!これは……」
「…………カルガンの死骸だね」
(これがカルガン?っていうか死骸、ナニかの死体を見てるってのに案外動揺しないもんなんだな。
不思議な気分だ、ランナーズハイってのか?……違うか)
「……カルガンがコレってのは分かったし、死体ってのも分かった。
でもコレは他の組が倒したって事だろう?」
「違う……これはヒトが殺したものじゃない。
他のモンスターに殺されたものだ…………」
「へ?モンスターに?」
「そのようです、鋭いものに貫かれた、いえ噛まれたのが致命傷のようです。
これは恐らく……」
「ロイオン……だね」
(ロイオンってライオンだっけ?……あれ?)
「中型じゃね!?」
「そう、中型のモンスターにやられたと考えるのが普通だ。
なるほど、仔がいるから森に来たと考えたが、中型に追われてここに来たという事だったか……」
(そうか、森で全力を出しても結構余裕に感じてたのは森の木々が倒れてたから、つまり何かが木を倒した、中型がそれってこと)
「って、それはいいんだけど……どうするんだ?ぶっちゃけ俺は逃げた方がいいと思うんだけど!」
「そうね、逃げるべきかもしれないわ……」
「たしかに、ここは一先ず街に報告するほうが賢明だね」
(エリさんもレイラも何だか口調が変わってないか?余裕が無いって事か?)
~エリアスールは丁寧な口調が無くなり、レイラは明るい声が消えた。二人とも声色が冷たい響きに変わる~
「だが、まだ笛は鳴っている……。見捨てるというのは……」
「そうかもしれないけど…………」
「でも相手は恐らく中型のロイオンでしょ?……その上もしかしたらカルガンもいるかもしれないってなると」
(俺は逃げたいって更に言いたいけど、言えない雰囲気だ……)
~加藤以外の3人は逃げるという選択を選ぶのが最善だと分かっているのだろう、しかしソレを選びたくないという感情が騒ぎ立てているのは表情から明らかだった~
「ここは、まず街に行くべきかもしれん。
中型がカルガンだけを狙っているならいいが、そんな楽観視は捨てるべきだろう」
「今街に向われれば、撃退は出来ても甚大な被害があるかもしれませんし……事前にそれを報せるのは悪くないですね」
「だけど、まだ鳴ってる……」
「…………」
~3人はまた何かに悩むように、苦しむように、嘆くように黙考を続ける~
(やっぱり、他の組を助けに行くっていう考えが捨てきれないのか……。
暗黙の了解、ただそれだけでなのか?それにどうして暗黙なんだ?いや、今はどうでもいい事だ。
とにかく凄いな、俺は怖くて仕方が無い。モンスターを見たのはこの死骸だけ、だから直接怖さが分かるわけじゃないけど、ルクータですらこうも悩む存在……。
やっぱり怖い、逃げたい……逃げたい!死にたくない!)
~その時だった、笛の音が鳴り止まぬ中に微かに、本当に微かにだが、4人の耳にヒトの悲鳴が響く~
「…………」
~3人は一瞬、軋む音が聞こえるほどに歯をかみ締め、拳を強く握る、握る……。
そして加藤は、その光景に何かを重ねた、重ねてしまった~
(悲鳴……俺は、やっぱり怖い。逃げたい。死にたくない。……でもこれはあの時も思った。
そして今の皆の顔……、やっぱりだ。あの時の顔だ……)
題名の『白雲』とは四文字熟語からもじったもので、『白雲弧飛』というものです。
親の事を思い出す、そして悲しむという意味らしいですが、今の彼は独りではありません。
なので親の思いをという部分と感じた白雲のみを題名にした次第です。多分、使い方が間違っているかと思いますが、そこはご勘弁を。