始まり
「ねえ、見える? アト君」
小柄な女の子は僕の顔を覗き込んで、そう言った。
「あのね、誰にいってるのかな。君に見えるものが僕に見えないはずないでしょ」
僕がそう冷たく返すと、むうと唸って再び視線を遠くにやる。可哀想なことをしたかなとも思ったが、今はそんなことを気にしている場合では無い。戦っているのだ、高校の先輩が。
「アト君、もうちょっと近くで見ない? ここからだと、見にくいよ。それに不法侵入っぽいし。逮捕されちゃうかも」
「うるさいな。このビルの屋上で見ようって言ったのはそっちでしょ。それに、逮捕されそうになったら響の得意技のパンチ・キックでどうにかなるでしょ。それにこれ以上近づいたら気付かれる。警察に見つかるより、隣のエリアの魔法使いに見つかった方がよっぽどやっかいだよ」
響と話しているうちに戦いは終わっていた。いや、正確には戦いなどでは無かった。あれは処刑だ。空間から産み落とされたというだけで、人間の敵と判断され抹殺される。だけど同情しているわけでもない。どこからともなくやってきたそいつらは、十中八九人間の害になる。ちなみに僕の父と、横に居る小柄な女の子・響の両親はあいつらに喰い殺された。思い出しただけも涙が出そうになる。
でも、響は泣いていない。だから僕も泣かなかった。彼女の方が辛いはずだから。
「もう帰ろう。あ、一応事務所に寄って報告しないといけないね。来須エリアと霞エリアの境界付近で戦闘があったわけだし。先に帰ってる? それとも僕の家に来る?」
「アト君が私に急に優しくなるときは、昔のことを思い出した時。変わらないねえ」
「来たくないのなら別にいい」
僕がぷいっと顔をそむけて歩き出すと、後ろから大慌てで付いてくる気配。横に並んで必死で笑顔を繕う。
「い、行くよ。アト君のお母さんにも最近会ってないし。今日の晩ご飯はなにかなー」
携帯を取り出し母さんに電話をかけようとしたその時、ブルブルと携帯が震えだした。
「あれ? 母さんからだ。何だろう。……もしもーし」
『あ、アト? 母さん、今日は遅くなるから晩ご飯は適当に食べてね。明日の宿題を忘れずにやっておくように。ついでに歯磨きも忘れちゃだめよ』
「えー、今日遅いの? せっかく響がうちに来るのに。まあいいけど。じゃあお仕事頑張ってね」
『はいはーい。そっちもお楽しみ頑張ってねー』
最後に訳の分からない事を言われて電話を切られた。正直、響に聞かれなくて良かった。なぜなら、今でこそ落ち着いてはいるが、中学時代は相当荒れていた。それこそ毎日ケンカの日々だ。噂だが隣の県の高校に一人で乗り込んだこともあるとかないとか。
「待て。お前らこのビルで何してた? 白状しないと拉致るぞ、コラ」
そのドスのきいた声に驚き後ろを見ると、いかにも裏社会で生きていそうな男性がポケットに手を突っ込んで立っている。どうやら裏社会で使われているビルの屋上を拝借していたようだ。
「い、いや……ちょっと屋上で星見を……」
まずい。殺されるかも。おまけに手は震えて、尋常じゃない汗が出てきた。響の前でみっともない。
「なになに? アト君、怖いの? かーわいいー! でも大丈夫だよ。私がいるんだからね」
きゃぴきゃぴと一通り僕をからかった後、おもむろに、でも至って自然に腹に一撃加えた。
「ぐふう! がはっ、ごほぅ……おまえ……みぞおちを……」
男は膝をつき、土下座でもしているような体勢になった。それを見て響は、少し距離を取り、
「アト君! 無回転シュートいきまーす!」
そして勢いよく走りだし、男の頭を思いきり蹴った。男はごろごろと転がり、唸っている。これは少々やりすぎではないだろうか。
「アト君! 次はハニカミ王子やりまーす!」
今度はどこから持ってきたのか、鉄パイプを持っている。頭はさすがにまずいと響なりに判断したのか、脇腹に鉄パイプを思いきりぶち当てた。当然、男は悶え苦しんでいる。
「響! 逃げるぞ!」
響の腕を無理やり掴んで、走り出す。証拠になる鉄パイプは響がまだ手に持っている。今日は制服を着てないし、日は落ちて顔を見られる心配もないはずだ。身元がばれる心配は無い。
だけど、それ以上に心配なことがあった。あれほど躊躇いなく人を鉄パイプで叩けるものなのだろうか。あきらかに暴力を振るうハードルが低い。
彼女はいつか、人を殺してしまうかもしれない。
まだ書き始めなので、あまり設定が決まっていません。
よろしくお願いしますね。