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理想と現実を考えてから、転生先を選ばせて下さい。

作者: 若山 竹子
掲載日:2026/02/18

死んでしまった。タクシーに乗って、駅に向かっていたのに、横から車が突っ込んできたのだ。痛さとか、一瞬だった。そして、今居るのは「川…?」空は乳白色をして明るくどこまでも続いている。足元は河原特有の砂利だ。周りを見渡すと、タクシーの運転手さんや、他にも色々な人が所在なさげに立っている。「まさか…三途の川か…?」誰かが言った。あ~、ばあちゃんが言ってた気がする~。「はーい、皆さーん。一列に並んでくださーい。」市役所職員みたいな女性がきて、「今から皆さんは、審査されます。逃げたり騒いだりは刑の科料が増えまーす。」おお、漫画のようだ。ぞろぞろと並び出し自分もついていこうとした時。「あ、あなた、あっちね。」と、逆方向を指差される。「あっち…?」と、差された方を見ると入場入り口みたいな窓口がある。「え、あれ?」と聞こうとしたけど、もう一行は進んでいた。仕方なく、窓口に向かう。「すみません。」透明なアクリル板の向こうに声をかける。「はい。」しわがれた声のおばあさんが座っている。「こちらに向かうよう、言われたのですが。」「はいはい、ちょっと待ってね…。」なにやら大きなファイルを開き、指をなめなめ、捲っていく。どうやら履歴書のようだ。「…ああ、あったあった。なるほど。」何がなるほどか解らないが、「じゃあ、これね。」と、渡されたのは入場券。「…輪廻転生、異界コース…?」表記されている文字を読んだが、こりゃいったい。「中の矢印に沿って進んでね。」おばあさんに指示され、とりあえず歩みを進める。なんか、植物園と言うか、庭なのか、ジャングルなのか解らないが草木は生い茂っている。「アリスの世界みたいだ。」足元に一定間隔で表記されている矢印に沿って進むと、ぽっかり開けた場所についた。そこには池があり、その縁に人が立っている。「やあ。」気さくな感じに片手を挙げる男性…女性か?「一応、男性ですよ。」顔に戸惑いが出ていたのだろうか。「私は案内人。君は、何コース?」と聞かれ、入場券を渡す。「へぇ、異世界コース?!なかなか稀有ですねぇ。」と、言われたがよくわからない。「なんの話ですか?」と質問する。「あれ?君、知らない?異世界とか、転生とか、地球の人好きでしょ。」と、言われても。「ああ、そうか。」男の人は自分をみて、ふんふん納得している。「君、人ではなかったんだね。」


「長い間、人と住んでいましたから字も読めるし。言っていることも生前より解ります。」池の畔に、ガーデンテーブルとチェアのセットが現れ、案内人の男性が先に座り、「どうぞ。」と、自分にも勧めてきたので、恐る恐る座った。そして、死ぬ前の記憶をポツリポツリ話しながら、整理していく。「ご主人の息子、“なつ”が高校に入り、アルバイトの為に“履歴書”を書いていましたね。」「家族で金曜の夜、テレビを見ていましたら、ここの場所の様に草木が生い茂って、さ迷う少女の話をしていました。」「ばあちゃんの体が動かなくなった時に、市役所職員と言う女性が書類を持ってきた事がありました。」色々思い出しながら話していく。「いやぁ、君、凄いね。たいした記憶力です。」「はぁ。確かに、ママには“時間きっちりにご飯の催促をする”と、笑われましたが。」ふーん。と、興味なさげに相づちを打つ案内人は、「で、死んだ時の事は覚えている?」と、聞いてきた。


家族で旅行に行く事になり、駅までタクシーに乗った。自分は動物用カバンに入って寝ていた。タクシーが駅で停まって皆降りた時に、ドアが閉まって自分を降ろし忘れてしまった。すぐに気付いてUターンする運転手。やれやれと思っていたが、そこにトラックが突っ込んできた。

「そう考えたら、運転手の方も自分を降ろし忘れたが為に亡くなったのか。」なんだか申し訳ない気がした。が、「いえ、逆です。」「え?」聞き間違えたかと思ったが「運転手が亡くなる運命に、巻き込まれたんですよ。」なんてこった。

「さて、あなたの次の転生先なんですけどね。」案内人が、池を指差す。「“人”に産まれるのは確定しています。しかし、その先があなたが生きてきた世界と違うのです。」池を覗きこむ。まさしく、映画の世界。「ああ、これもテレビで観ましたよ。親を亡くした男の子が魔法の学校に行くのでしょ?」「んー、魔法は存在しますが、話は別ですかね。」池の水面が揺らぐ。今度は「怪獣だ!」「モンスターです。」外国の人間が鎧を着て剣を振っている。先ほどの世界にもいた魔法使いもいたが、「えらく乳房の大きい、寒そうな格好の人ですね。」「次、観てみましょ。」キラキラした色々な飾りと服を着た女性がたくさんいる。目の吊り上がった女に男がなにやら言っている。「なんです?これは。」「悪役令嬢と言われていますね。身分が高い女性で、こちらは王子様。」ふーん。「この、こまった顔で近くにいる人は?」「まぁ、俗に言うヒロインと言われる人ですね。」なるほど、約束を破ったのか。しかし、なんだかこの男は頭が悪い。「自分で言うのもなんだけど、頭の悪い人の側には居てられないなぁ。」「ははっ、まぁ“お約束”と言うやつです。」次に写し出されたのは、「あれ、これは、自分がいた世界に似ていますね?」「まぁ、同じアジアが舞台です。王さまの下で働きます。人間の腹の探り合いが面白いのですよ。」案内人はクククと笑う。「…。」「どうしました?」池を覗くのを止めた自分に案内人は聞いてくる。「そうですね、“人”の世界が色々あるのは解りました。」自分は腕を組んで、小首を傾げる。「けれど、ゆっくり昼寝も出来ない世界ばかりですね。」「そりゃ、生きていくのは大変ですな。どの世界でも。」確かにそうなんだけど「働きたくない理由(わけ)じゃないんです。けれど、心も体も休まらない。“学校”も“会社”も大変なのは知っています。男女の仲もね。」「おや、そうでしたか。」ご主人とママは毎朝仕事に、“なつ”は学校に行っていた。ばあちゃんも、元気な時はパートに出て、自分はゆっくり昼寝をしていた。皆が帰って来ると、途端に賑やかになるから寝てられないしね。男女の仲だって、ご主人とママが喧嘩しているのをみた事あるし、“なつ”が振られて落ち込んでいた時は側にずっと付いていた。あいつ、自分の背中で涙を拭いたんだ。あと、鼻水も。「それに、安全ですか?」「…。それを言われるとね。けれど、君がいた世界だって、戦争や紛争、自然災害に、貧困や感染症など様々な危険はあったでしょう?」たしかに。自分がいた時だって、急にぐらぐら揺れて、怖くてご主人にしがみついていたっけ。へんな風邪が流行った時は、ばあちゃんが危なかったなぁ。治りはしたけど、ばあちゃんは日に日に弱って、自分で立てなくなってしまった。そうだ。「老人ホームに入る前に、思い出を作りたくて。ペットも高齢者も入れる家族風呂がある旅館に行く予定だったんだ。」なのに。「自分が死んでしまったから、みんなの思い出が台無しだ。」涙が溢れて、溢れて止まらない。「誰のせいでもないんです。運が悪かったとしか。」案内人は背中を(さす)って、慰めの言葉をはくが、気休めにもならなかった。ひとしきり泣いて、涙が枯れた頃。「あなたがご自身の命運が尽きる前に、不運にも亡くなってしまった。その為の救済措置が、今回の『輪廻転生 異世界コース』なんです。」案内人は、いつのまにか、ティーセットをテーブルに出して、カップになにやら注いで「どうぞ。」と、自分の前に置いた。泣いた為か喉が渇いていた。そっとカップを持って口をつける。「…渋い。」「おや、紅茶は苦手でしたか。」これは、お客さん用だ。匂いでわかる。「元の世界では駄目なんですか?」案内人は、腕組みをしてうーんと唸る。「多分、人として産まれたとして、記憶が消去しきれないのです。理由は難しいので省きますがね。そうなると、元のご家族を探してしまう可能性があります。無意識にね。そうなると、あなた、相手からしたらどうです?」「…受け入れて貰えないでしょう。」「聡明でいらっしゃる。」紅茶をすする案内人。「では、人として産まれるとして、出来るなら元の家族の様に生活の基盤があって、相手を思い、助け合える人の元に産まれたい。貴族や英雄とは違う、有名な存在でもない人に、産まれたい。」「ふむ。つまりは、モブですね?」「?モブと言う人種がいるのですか?」「人種というか、役割、立場、いかようにも捉えられますが。いきなり主人公とはならないでしょうね。」「なら、それでお願いします。場所は、出来たら、あまり貧しい土地は避けて頂きたいのですが。」「なら、町人の家に産まれ、親の家業を継ぎ、結婚し、子を育て、年老いて亡くなるまで。いってらっしゃい。」視界がぼやけて意識が無くなる…。あぁ、産まれかわるのか。


石畳の道、街灯は光る石。幌馬車が通り、木の樽が道の端に置かれて、モルタルとレンガで建てられた家々が並ぶ。

「あんたは、一度寝たら全く起きないクセに時間になったらピッタリ起きてくるわね。」嫁さんが笑いながら、からかってくる。胸に赤ちゃんを抱きながら。初めての我が子。「さあ、お父さんのところにおいで、()()。」嫁さんから子を受けとる。「今日は、お義父さん、お義母さんがいらっしゃるんだろ?」「ええ、そろそろ来るわね。」嫁さんが大きな鍋をかきまぜながら、「今日も良く売れたわ。危うく、我が家の分まで売り切るところだった。」と、ご機嫌なようだ。「来たようだよ。」「え、本当に?」言い終わらないうちにノックがされ、「いらっしゃい。」と玄関扉を開けると、「やあ、こんばんわ。」「まぁまぁ、こんなに大きくなって。」と、孫を抱き上げる。挨拶より孫にメロメロだ。「全く。すまないね、妻はナツに会えるのを指折り数えてたくらいでね。」「孫が可愛いのは、どこも一緒ですね。」ばあちゃんは、大きくなった“なつ”をいつまでも「なっちゃん」と呼んで、「もう、その呼び方は止めてよっ!」って言われてたっけ。「ほら、あなた。お皿を配って。」「おっと、了解っ!」言われたらすぐに動く。これ、夫婦円満のコツ。お義父さんが「いい匂いだなぁ。」と、鼻をひくひくさせる。「お母さんのレシピに彼のアレンジがされてるのよ。」「あら、後で教えてちょうだい。」ふふふ、だって人より鼻が効くからね。「さあ、いただきましょ!」「これが楽しみだったのよ!」「なかなか、手に入らないからなぁ。」お義父さんお義母さんが手に取ったのは、ふわふわな柔らかいパン。これをちぎってスープに浸す。「ん~♪」「歯が悪い私達にはありがたい。」二人とも幸せそうだ。「あんた、本当にいい人を旦那にしたわ。」「でも、昼間はずっと寝ているわ。」「そりゃ、これから明日の朝まで起きていなきゃならないからだろ?」

私は、街のパン職人の家の三男として産まれた。父は兄達と分け隔てなく可愛がってくれ、パンの技術も惜しみ無く三兄弟に教えた。長男は固いハードパンが得意で、次男は甘いケーキやタルトが得意だった。そして私は、「あら、干しブドウが入ってるわ。」「うふふ、新作なのよ。」二人が手に取っている、この柔らかいパン。この世界のこの時代に、他に作っている者がないこのパンを最初に作ったとき、父は「お前は、本当に優しいやつだ。」と言った。父方の祖父母が、固いパンをミルクに浸して食べては「まずい。」と、文句を言っていたから。けど、私は自分が食べたかったんだ。ママが、たまの休日に気まぐれにパンを粉から焼いていた。あの香りときたら!ママは「ちょっとだけね。」と一欠片しかくれなかったけど、皆からの「ちょっとだけね。」は、しっかり味を覚えるに足りたし、鼻がしっかりと覚えている。「あら、なあに?ニヤニヤして。」「別に。家族っていいなぁって思ってたんだよ。」「やだ、なんて良い事言うんだろ。うちの娘婿はっ!」「娘にいじめられたら、すぐに言いなさい。私達が叱ってあげるからね。」「ちょっと、逆じゃないっ?」あははと笑い声が重なる。「ナツ、良い家族だね。」私は我が子を膝に乗せ、幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。

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