第6話 ドワーフの『リノベ』と、二尾の客
あの日、ドワーフの棟梁であるガノスさんが「この宿をリノベする」と宣言してから、宿屋はかつてないほどの活気に満ち溢れていた。
「そこの聖女様! ちぃと《浄化》が強すぎらぁ! 木材が『清まり』すぎて、新築みてえになっちまう!」
「ええっ! す、すみません、加減します!」
「いや、むしろ最高だ! 続けろ!」
「どっちですか!?」
ガノスさんは山から屈強なドワーフの弟子たちを何人も呼び寄せ、本格的な宿の改修工事を始めていた。
▶◇◇◇
導入:ガノスさんたちドワーフによるリノベーションが本格的にスタートする。セレスティアは《浄化》で木材の穢れを抜き、リュウは職人たちのために絶品の「まかない」を振る舞う。宿は活気に満ちている。
展開1 宿の発展: ガノスさんの提案で、人外専用の設備が作られることになる。まずは「獣人用」の頑丈なベッドや、大浴場とは別の「ドワーフ用・高濃度源泉(飲む温泉)」の整備が始まる。
展開2 二人の関係: 忙しいながらも、セレスティアとリュウの息はぴったり合ってくる。セレスティアはリュウが時折、遠い目をして自分の手を見つめていることに気づくが、まだその理由は聞けない。リュウは、セレスティアが《浄化》の力で職人たちや菜園を「育てている」姿に、かつての虚無感が癒されているのを感じる。
「棟梁! 『まかない』、できてますぜ!」
「おお! 待ってた!」
ドワーフの弟子たちが、工具を置いて一斉に厨房へと駆け込んでいく。リュウさんは、大柄なドワーフたちを満足させるため、巨大な寸胴鍋で「聖女野菜」と、ヴォルグさんがお礼に置いていった干し肉をふんだんに使った、特濃シチューを作っていた。
「……うめえ! 五臓六腑に染み渡る!」
「こんな美味いシチューは初めてだ!」
「ここの『まかない』のためなら、あと三日は徹夜できるぜ!」
リュウさんは、その熱狂ぶりを「……騒がしい」とだけ言って厨房の奥に引っ込んでしまったが、その紅蓮の瞳が、彼らの「美味い」という言葉に、わずかに和らいでいるのを私は知っている。
▶◇セレスティア
「さて、聖女様。ただ直すだけじゃ、昔の湯治場と同じだ」
休憩中、ガノスさんは宿の設計図(羊皮紙に書かれたものだ)を広げ、私とリュウさんを呼んだ。
「ここは『人外専用』を謳うんだろ? だったら、客に合わせた『特別』が必要だ」
ガノスさんは、ニヤリと笑う。
「ヴォルグみてえな獣人連中は、寝相が悪くてベッドをぶっ壊しやがる。だから、客室の一つは、床も壁も『黒曜石』を張り巡らせた、頑丈な部屋にしてやる」
「わあ、ヴォルグさん喜びそうです!」
「それから、俺たちドワーフ族はな、湯は『浸かる』もんじゃねえ。『飲む』もんだ」
「の、飲む!?」
ガノスさんは、大浴場とは別の流路を見つけたらしく、そこから「飲むため」の超高濃度源泉を引くのだと息巻いている。
「エルフ連中は、土に近い場所を嫌う。あいつら用に、屋根裏をぶち抜いて、星空が見える『天上の間』でも作ってやるか」
私の「浄化」の力と、リュウさんの「料理」の力。それに、ガノスさんの「建築」の力が加わって、この宿は、私たちが想像していたよりもずっと早く、「唯一無二」の場所へと生まれ変わろうとしていた。
◇
忙しい日々が続く中、私はふと、リュウさんの姿が厨房から消えていることに気づいた。探してみると、彼は一人、裏の菜園で、自分の手のひらをじっと見つめていた。それは、重い鋤を握り、熱い鍋を振るう、人間の男性の手だ。
「……リュウさん?」
「……ああ」
声をかけると、彼はハッとしたように手を握りしめ、いつもの無愛想な顔に戻った。彼が負ったという「心の傷」。彼が「竜」の姿に戻れないことと、何か関係があるのかもしれない。 でも、私にはまだ、それを聞く勇気がなかった。
「……セレスティア」
先に口を開いたのは、リュウさんの方だった。
「この菜園。ずいぶん、賑やかになったな」
「え?」
見れば、私が《浄化》した黒土からは、ハーブや野菜が元気に育っているだけではない。 どこからか飛んできた小鳥たちがさえずり、美しい蝶が舞っている。 私の力が、この土地の「生命」そのものを呼び覚ましていた。
「……あんたの力は、『育てる』力でもあるんだな」
そう言うリュウさんの横顔は、とても穏やかだった。彼がこの場所で「死」ではなく、「生」を感じてくれていることが、私は嬉しかった。
◇
リノベーションが一段落し、ガノスさんと弟子たちが「新しい寝床の寝心地を試してくる!」と黒曜石の部屋でいびきをかき始めた、そんな雨の日の夕方。
コンコン、と。
今度は、扉を叩く、か細い音が聞こえた。ドワーフたちのいびきにかき消されそうな、小さな音だ。
「……空耳でしょうか?」
「いや」
リュウさんが真剣な顔で立ち上がり、扉を開ける。しかし、そこには誰もいない。ただ、冷たい雨が降り続いているだけだ。
「……気のせいか」
リュウさんが扉を閉めようとした、その時。
「……あの」
足元から、震えるような、小さな小さな声がした。私とリュウさんが同時に下を向くと、そこには、雨でずぶ濡れになった、一匹の小さな「猫」がいた。
いや、違う。その猫は、恐怖に震えながら、二本に分かれた尾を必死に隠そうとしていた。
「……猫又の、子供か」
リュウさんが呟く。その小さな人外は、私たちを見上げると、今にも泣き出しそうな顔で言った。
「……お、お湯、ありますか。寒くて、もう、動けにゃい……」
これまでで最も小さく、最も弱々しい、私たち「辺境の聖域」の、新しいお客様だった。




