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辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第5話 ドワーフの怒りと、湯治場の『調整』

 エルフの行商人さんが帰った後、私とリュウさんは、宿の本格的な再開に向けて準備を始めていた。と言っても、やることは山積みだ。

 ヴォルグさんやエルフさんが使った客室の清掃(これは私の《浄化》ですぐ終わる)や、壊れた家具の修繕(これはリュウさんが器用に直してくれた)。  そして、何より重要なのが「食料」だった。


「セレスティア、ちょっと来い」

「はーい!」


 リュウさんに呼ばれて裏の菜園に出た私は、目を丸くした。昨日、私が《浄化》して種を蒔いたばかりのハーブ園が、すでに青々とした葉を茂らせ、収穫できるほどに育っていたのだ。


「すごい……! 一日でこんなに……!」

「お前の力は、土にも効きすぎだ。……これなら、野菜もすぐに育つな」


 リュウさんが満足そうに頷く。私の「役立たず」の力が、ここでは食料問題まで解決してしまった。王都にいた頃の私からは、想像もつかない毎日だ。


 二人でハーブを収穫し、リュウさんが「これで新しいスープが作れる」と厨房に戻ろうとした、まさにその時だった。


 ドン! ドン! ドン! ヴォルグさんの時よりも、さらに乱暴な音を立てて、宿の扉が叩かれた。  私とリュウさんが慌てて入り口に向かうと、扉が蹴破られんばかりの勢いで開き、仁王立ちの影が姿を現した。


「こらぁ! 数日前に、ここで馬鹿げた《浄化》の光柱をぶち上げたのは、どこのどいつだ!」


 そこにいたのは、背は低いが、鋼のように鍛え上げられた体躯を持つ、立派な髭の「ドワーフ」の男性だった。彼は大きなハンマーを肩に担ぎ、エルフさんとは正反対の、荒々しい気迫で私を睨みつけてくる。


「ひゃっ!?」

「あん? なんだ、こんな小娘か! こんな聖女が、あの天を突くほどの光を……?」


 私は思わずリュウさんの後ろに隠れた。もしかして、あの「大掃除」が、何かとんでもない迷惑をかけてしまったんだろうか。


「……何の用だ。ここは宿屋だぞ。客でないなら帰れ」


 リュウさんが、私をかばうように一歩前に出て、ドワーフの男性を睨み返す。ドワーフの男性は、リュウさんの紅蓮の瞳を一瞬見て「……ほう」と目を細めたが、すぐに気を取り直して怒鳴り返した。


「客に決まっとるわい! だが、その前に文句がある! あんな無茶苦茶な《浄化》をしやがったら、この土地の地脈……『湯』の流れが暴走しかねん! 危なっかしくて、見に来てやったわい!」

「え? 危なっかしい……?」


 怒鳴られたものの、その言葉にはどこか「心配」の色が混じっていることに、私は気づいた。ドワーフの男性は「ガノス」と名乗った。彼は、この「辺境の聖域」と呼ばれた湯治場を、遥か昔に作り上げた伝説のドワーフの、その末裔なのだという。


「あんたの《浄化》は、詰まっていた『穢れ』を吹き飛ばす『起爆剤』にはなった。おかげで湯は戻った。だがな、聖女様。地脈ってのは、ただ起こせばいいもんじゃねえ。繊細な『調整』が必要なんだ。今のままじゃ、いつまたお湯が止まるか、逆に熱湯が噴き出すか……」


 ガノスさんの言葉を裏付けるように、宿の奥……大浴場の方から、ゴボゴボ! と、お湯が不規則に沸き立つような、不穏な音が響いてきた。


 ◇


 私たち三人が大浴場に駆けつけると、案の定、あれほど穏やかだった黄金色の湯が、激しく波立ち、湯気がもうもうと立ち込めていた。


「いかん! もう『圧』が乱れとる!」


 ガノスさんはそう叫ぶと、私たちが昨日入ったのとは別の、湯治場の管理用通路へと駆け込んでいく。 「聖女様も来い! あんたの力も借りるぞ!」


「は、はいっ!」


 管理用通路は、湯治場の「裏側」だった。岩盤の中を、無数のパイプや、魔術的な回路が走っているのが見える。その中心部、源泉から湯を引き込むための「調整弁」らしき場所が、ガノスさんの言う通り、異常な魔力で赤く発光していた。


「聖女様! 俺が『圧を抜け』と言ったら、その弁に《浄化》を当てろ! いいか、一瞬だぞ! パーティーでやったみてえな、馬鹿でかい光を出すんじゃねえぞ!」

「(うっ……なんでパーティーのことまで知ってるの……)わかりました!」


 ガノスさんはハンマーを構えると、調整弁の「横」にある、別の岩盤を思い切り殴りつけた。  ズドン! という衝撃で、湯の流れが強制的に変わる。


「今だ! やれ!」

聖女の浄化(サンクチュアリ)!」


 私は言われた通り、ヴォルグさんの傷を癒した時のように、ごくごく細く絞った光を、調整弁に一瞬だけ当てる。溜まっていた圧が、私の光に導かれるように、すうっと別の流路へと抜けていった。


「よし! もう一回だ!」

「はいっ!」


 ガノスさんが岩盤を叩き、私が光で「圧」を抜く。まるで鍛冶師の相槌のように、私たちの呼吸が合っていく。あれほど荒れ狂っていた地脈の魔力が、次第に落ち着きを取り戻し、黄金色の湯が、再び穏やかな流れに戻っていくのがわかった。


「……ふう。こんなもんだろ」


 ガノスさんはハンマーを肩に担ぎ直し、満足そうに汗を拭った。


「あんた、力は強いが、制御はド下手だな。だが、筋はいい。俺が調整の仕方を叩き込んでやる」

「ありがとうございます! ガノスさん!」


 私が頭を下げると、ガノスさんは「ふん」と鼻を鳴らした。その時、ロビーの方から、とんでもなく香ばしい匂いが漂ってきた。


「……腹が、減ったな」


 ガノスさんのお腹が、ぐう、と鳴る。ロビーに戻ると、そこにはリュウさんが、山のような肉料理と、ドワーフ族が好むという「火のように強いお酒」を準備して待っていた。


「……ご苦労だった。食え」

「おお! こいつは……美味そうだ! ……ん? あんた、この酒がわかるのか?」

「……まあな」


 ガノスさんは肉にかぶりつき、酒をあおると、その紅蓮の瞳でリュウさんをじっと見た。


「聖女様の『起動』と、俺の『調整』。そして、あんたの『火』と『飯』か。……面白い。いいだろう! この宿が、昔みてえな『聖域』に戻るまで、俺がこのボロ宿を『リノベ』してやる!」


 ドワーフの棟梁は、そう言って高らかに笑った。私にできないことを補ってくれる。私の「役立たず」から始まったこの場所が、どんどん「誰かの居場所」になっていく。私は、リュウさんの隣で、熱々のスープを飲みながら、この新しい出会いに感謝していた。


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