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《完結》辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第27話 再建の『槌音』と、約束の『まかない』

 私が、三日間の眠りから目を覚ましてから、さらに数日が過ぎた。


 あの日、リュウさんに「世界一の『まかない』を食わせてやる」と約束されたものの、私はまだ、その「まかない」にはありつけていない。なぜなら、私たちの「厨房」そのものが、今、文字通り「基礎工事」の真っ最中だからだ。


「おう! そこのチビども! 基礎が甘えぞ! 聖女様の聖域(いえ)を支える土台だ、金剛石(アダマント)の杭を打ち込め!」

「棟梁こそ、その柱、曲がってやすぜ!」

「うるせえ! これは『()り』だ! 竜の炎の『熱膨張』を計算した、ドワーフ最高の建築技術だわい!」


 聖域(やど)だった場所は、今、大陸中から集結した、ガノスさんの弟子たちによる、凄まじい「槌音」に包まれていた。

 魔瘴によって陥没した食堂跡地……あの地下空洞は、生まれ変わった《黄金の源泉》の力で、今は完全に清浄な「聖水」で満たされた、巨大な「地下貯水池」となっていた。

 ガノスさんたちは、その強固な岩盤の上に、全く新しい「城」を築き上げようとしている。それは、もはや「再建」や「リノベーション」などという生易しいものではなかった。私たちが守り抜いた、この「聖地」にふさわしい、大陸一の「要塞(キッチン)」を、ゼロから作り上げているのだ。


 私は、まだ全快とはいかない体を引きずりながらも、その活気に満ちた光景を、壊れなかった客室棟の窓から、毎日眺めていた。《浄化》の力を失った私に、できることは何もない。それが、少しだけ、もどかしかった。


「……あの、ガノスさん! お茶、淹れました! 休憩にしませんか?」


 私が、ドワーフの職人さんたちのために、仮設の厨房で沸かしたお茶を持っていくと、ガノスさんは、ハンマーを振り回す手を止め、汗だくの顔で、私を睨んだ。


「……聖女様」

「は、はい!」

「あんたは、座ってろ」

「で、でも、私も何か……!」

「馬鹿野郎!」


 ガノスさんの怒声が飛ぶ。


「あんたは、この聖域の『(いしずえ)』そのものだ! あんたが、この土地に、立って、笑って、息をしてるだけで、この聖域(いえ)の『力』はどんどん強まってんだ!」「え……?」

「わからねえのか? あんたがこの土地と『融合』したおかげで、俺たち職人の傷は、勝手に治っていく! 疲れも、溜まらねえ! あんたは、俺たちにとって、最高の『棟梁(とうりょう)のお嬢様』なんだよ! だから、どっしり構えて、俺たちの仕事ぶりを、見張っててくれ!」


 ガノスさんは、そういうと、私からお茶の盆をひったくり、弟子たちに「休憩だ!」と声をかけた。私は、そのぶっきらぼうな励ましに、胸が熱くなる。力を失ったんじゃない。私の「役目」が、変わっただけなんだ。


「……本当に、すごいことになってるにゃ」


 ふと、背後から、小さな声がした。振り向くと、猫又のタマちゃんが、大きな背負い籠を抱えて、呆然と、槌音の響く建設現場を見上げていた。


「タマちゃん! いらっしゃい!」

「こんにちは、聖女様! 森のお見舞い、持ってきたにゃ!」


 魔瘴が消え、平和を取り戻した森から、猫又の一族が、私の「お見舞い」だと、大量の「山の幸」……薬草や、珍しいキノコ、甘い木の実などを、毎日運んできてくれるのだ。


「それに、これ! エルフのお兄さんから!」


 タマちゃんが差し出したのは、美しい「翡翠色」に輝く、巨大な「木材」だった。


「これは……?」

「エルフの里の『霊木・ユグドラシル』の枝だにゃ! 『聖域の再建に、最高の素材を』って、氷帝陛下が、エルフの行商人さんに、特別に手配してくれた、お見舞いなんだって!」


 氷帝陛下……アークティックさん。彼もまた、遠い帝都から、私たちの「聖域」の再生を、見守ってくれている。


「こいつは……! こいつぁ、リュウの旦那の『厨房』の、大黒柱に使えるぞ!」


 ガノスさんは、その『霊木』を見るなり、ドワーフの血が騒ぐのか、「おおお!」と雄叫びを上げた。





 私は、タマちゃんが持ってきてくれた木の実を、職人さんたちに配って回っていた。

 私が歩くと、不思議なことが起こった。瓦礫(がれき)土塊(つちくれ)だけだったはずの地面から、私の足跡を追うように、きらきらと、小さな「光の芽」が、生えてくるのだ。


「……あ」


 それは、私の「奇跡の菜園」で育っていた、あの「聖女ハーブ」の芽だった。

 私が、この土地そのものになったから。私が歩く場所、すべてが、新しい「菜園」に変わっていく。職人さんの一人が、作業中に、うっかり工具で指を切ってしまった。


「いてっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」


 私が慌てて駆け寄る。私の《浄化》の光は、もう、あの頃のように、傷を瞬時に癒すことはできない。私は、おろおろしながら、彼の傷口に、そっと、手を触れた。


(……痛いの、痛いの、飛んでいけ……!)


 そう、念じた、だけ。すると、ドワーフの職人さんが、目を丸くした。


「……あれ? 棟梁? ……痛みが、消えやした」


 見ると、血を流していたはずの傷口が、まるで早送りでもしているかのように、みるみるうちに塞がっていく。私が、直接「癒した」のではない。私と「触れた」ことで、彼が、この「聖域(わたし)」の力を、直接、吸収したのだ。


「……ほらな、聖女様」


 ガノスさんが、満足げに笑う。


「あんたは、歩く『源泉』だ。……だから、無理はするな。そこに、いてくれ」

「……はいっ!」


 私は、もう、迷わなかった。これが、私の、新しい「力」。この聖域(いえ)を、歩き回り、みんなと「話す」こと。それが、私の、最高の「仕事」なのだ。


 その後、私は、仮設の厨房で、一人、黙々と作業を続けるリュウさんの元へ、お茶を運んだ。彼は、ガノスさんたち職人全員の「昼食」を、あの小さな仮設コンロ一つで、たった一人で作り続けていた。

 彼が作る、温かいスープと、シンプルなパン。それが、職人たちの「魂」を燃やし、この驚異的な「再建」を支えていた。


「リュウさん、お疲れ様です」

「……ああ」


 リュウさんは、火を止めることなく、私からお茶を受け取った。

 その横には、ガノスさんと打ち合わせをしていたらしい、新しい「厨房」の設計図が広げられている。私は、その設計図を、そっと覗き込んだ。そこには、私の想像を絶する「厨房(しろ)」の姿が描かれていた。

 ガノスさんが組み込む、ドワーフ式の「高炉(こうろ)」。リュウさんの「竜の炎」を、一切の無駄なく「調理」の熱源に変える、魔術的な「配管」。そして、私が驚いたのは、その「設計」だった。


「……リュウさん。これ……」

「……なんだ」

「……この燻製窯(スモークピット)……。この、火の回し方……。これって、あの時、食べさせてくれた『故郷の燻製』を、作るための……?」


 私がそう尋ねると、リュウさんは、一瞬だけ、手を止めた。


「……ガノスが、勝手に盛り込んだだけだ」

「……」

「どうせ、竜の谷に帰るんだろうが! その時に、故郷の仲間(ダチ)に、最高のモンを食わせるには、これくらい必要だろ!」


 リュウさんは、ぶっきらぼうにそう言った。でも、その横顔は、嬉しそうだった。彼は、この聖域(いえ)に「帰ってくる」ことを、ガノスさんも、みんなも、当たり前に信じてくれている。そして、彼の「故郷(かこ)」も、この聖域(いえ)の「未来」と、ちゃんと繋がっている。私は、その設計図を見て、心の底から、安心した。


「……そうだ、リュウさん。これ、タマちゃんが……」


 私は、タマちゃんが持ってきた、キノコの籠を、彼に見せた。


「……! これは……『竜涙茸(りゅうるいだけ)』か。……故郷の谷の、近くにしか生えないはずの……」


 リュウさんの目が、見開かれる。


「魔瘴が消えたから、森の奥で、また生え始めたみたいです」

「……そうか」


 リュウさんは、そのキノコを、一本、そっと手に取った。それは、彼が「故郷」を思い出す、懐かしい「食材」だった。彼は、今、この「聖域」で、故郷の「味」を、取り戻したのだ。


 その時。外で、ガノスさんの、ひときわ大きな雄叫びが響き渡った。


「できたぞおおお!!」

「リュウの旦那ァ! 聖女様ァ! てめえらの『城』の、『心臓』が、完成したぞ!」


 私とリュウさんが顔を見合わせ、外に飛び出す。そこには、どの建物よりも先に、たった今、組み上がったばかりの、真新しい「厨房」が、朝日を浴びて、堂々とそびえ立っていた。

 エルフの『霊木』を柱とし、ドワーフの『金剛石』で壁を覆った、まさに「城」。そして、その中心には、リュウさんの「炎」を受けるための、巨大な「(かまど)」が、鎮座していた。


「……リュウさん」

「……ああ」


 リュウさんは、その真新しい厨房の前に立ち、ゆっくりと、その手で、竈に触れた。そして、私を振り返った。その紅蓮の瞳は、これ以上ないほど、優しく、力強かった。


「……セレスティア。約束の、『まかない』だ」

「……!」

「お前が、この聖域そのものになった、お前の『魂』の回復食だ。……ガノス! ヴォルグ! タマ! 全員集まれ!」


 リュウさんは、料理人として、高らかに宣言した。


「――今日は、俺が、全員に、『世界一の朝食』を、ご馳走する」


 リュウさんは、懐かしい「竜涙茸」と、私が歩いた場所に生えてきた「新しい聖女ハーブ」を手に、彼の新しい「厨房」で、初めての「火入れ」を、始めようとしていた。




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