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《完結》辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第25話 竜の『帰還』と、魂の『融合』

 光が、闇を、内側から食い破った。


 私、セレスティアの「魂」そのものを「食材」とし、リュウさんの《神の火加減(ゴッド・グリル)》で「調理」された、究極の『神饌(しんせん)』。それが、魔瘴の心臓の「核」へと叩き込まれた、その瞬間。時間は、止まったかのように見えた。


 魔瘴の心臓は、私たちを消し去るために放った「黒いブレス」の体勢のまま、硬直した。その黒い巨体は、歓喜に打ち震えていた。彼岸の「ご馳走」を、ついに喰らったのだ、と。だが、その歓喜は、一秒と持たなかった。


 グ、ギュルルルルルル……!!


 帝都で聞いた「消化不良」の音とは、比較にならない。魔瘴の心臓が、その存在そのものの「内側」から、拒絶反応を起こしている。

 私とリュウさんの「魂の融合体」は、魔瘴が処理できる、単なる「聖なる力」ではなかった。それは、「浄化」でありながら「炎」。「炎」でありながら「生命」。魔瘴が、その長い歴史の中で、一度も「学習」したことのない、相容れない「(ことわり)」そのものだった。

 猛毒の「ご馳走」は、魔瘴の核を、内側から、一瞬にして「食中毒」に陥れた。


「……!」


 私を抱きしめるリュウさんの腕に、力がこもる。私たちの目の前で、黒い心臓が、脈動を止めた。そして、その中心部……リュウさんが「神饌(しんせん)」を叩き込んだ一点から、白く、清らかな「亀裂」が走り始めた。


 ピキ、ピキピキ……!


 黒かった巨体が、内側から、白金の光に染まっていく。それは、破壊の光ではない。私たちが、この聖域(やど)で、毎日お客様に提供してきた、「癒し」と「再生」の光。魔瘴の「存在」そのものが、その「穢れ」を強制的に『浄化』させられていく。


 パアアアアアアアアアアアン!! 


 もはや、爆発音ではなかった。それは、清らかな「音色」だった。


 この地下空洞全体が、まばゆい光の奔流に包まれる。私を押し潰そうとしていた、おぞましい「死」の瘴気も、濃密な「穢れ」の匂いも、すべてが、その光の中に、溶けて、消えていく。まるで、長い、長い悪夢から、ようやく目が覚めたかのように。


 光が収まった時。そこには、もう、何もなかった。あれほど私たちを苦しめた、黒い魔瘴の心臓は、跡形もなく、完全に「蒸発」していた。残されたのは、静寂と、私たちの聖域(やど)の、本当の「心臓」……。


「……源泉……」


 光を失いかけていた《黄金の源泉》が、そこにあった。寄生していた魔瘴が消え去り、その本来の力が、ゆっくりと、しかし確実に、蘇えろうとしていた。


「……はぁ、……はぁ……」


 リュウさんの、荒い呼吸が聞こえる。私も、立っているのがやっとだった。自分の「魂」を、文字通り「食材」として差し出したのだ。全身の力が抜け、意識が、急速に遠のいていく。


(……あ、だめ……)


 私、もしかして、力を使い果たして……。薄れゆく意識の中、私は、私を支えるリュウさんの「異変」に、気づいた。


 ▶◇リュウ


 終わった。目の前で、魔瘴が、完全に消滅した。腕の中で、セレスティアの体の力が、ふっ、と抜ける。


「! セレスティア!」


 慌てて彼女を抱きとめる。その顔は、血の気が引き、まるで眠るように、目を閉じていた。だが、その胸は、確かに、穏やかな寝息を立てて上下していた。


(……馬鹿野郎が。本当に、自分の(いのち)を、差し出しやがった)


 俺は、料理人として、彼女という最高の「食材」を、ギリギリのところで「調理」しきった。彼女の(いのち)を「燃やし尽くす」のではなく、彼女の「力」だけを、魔瘴を倒すためだけに、完璧に「使い切った」のだ。

 彼女は、死なない。ただ、極度の消耗で、眠っているだけだ。……俺が、守った。


 安堵した、その瞬間。俺の体を、今までに感じたことのない「感覚」が襲った。俺も、限界だったはずだ。トラウマは克服しても、故郷で負った、この竜核の「古傷」は、まだ癒えていない。あの無理な一撃と、セレスティアの魂との「融合」で、俺の竜核は、今度こそ、砕け散ってもおかしくなかった。なのに。


(……なんだ、これは)


 痛みが、ない。それどころか、胸の奥……竜核が、熱い。いや、熱いんじゃない。……《《温かい》》。


 俺は、気づいた。あの時。セレスティアの「魂」と、俺の「炎」が、融合した、あの瞬間。彼女の《浄化》の力は、魔瘴に向かっただけじゃない。俺の「炎」の源泉……俺の、傷ついた「竜核」そのものにも、流れ込んできていたのだ。


 何年も、何年も、俺を竜の姿から遠ざけ、俺を過去に縛り付けていた、あの忌まわしい「古傷」。その「傷」そのものが、セレスティアの、温かく、清浄な「魂」の力によって、内側から、完全に《《癒されて》》いく。まるで、固く凍りついた氷が、春の日差しに溶かされていくように。力が、戻ってくる。俺が失ったはずの、故郷の空を飛んでいた、あの頃の、全盛期の力が。


「……ああ」


 俺は、腕の中で眠るセレスティアの顔を、見つめた。こいつは、魔瘴を倒しただけじゃない。俺の「過去」も、俺の「傷」も、すべて、「調理」しやがった。本当の「化け物」は、こいつの方だ。


 ゴゴゴゴゴゴ……!!


 その時、魔瘴の心臓が消え去った《黄金の源泉》が、歓喜の雄叫びを上げた。寄生していた(がん)が消え、その本来の力が、爆発的に溢れ出し始めたのだ。だが、それは、ただの黄金色の湯ではなかった。 源泉は、私たちが放った「魂の融合」の、その「残滓(ざんし)」……聖女の《浄化》と竜の《炎》の力を、完全に吸い込んでいた。

 黄金色に、白金の光が混じり、さらに、リュウの炎の「紅」が、オーラのように揺らめく。源泉は、進化したのだ。この聖域は、ただの「癒しの湯」ではなく、「生命そのもの」を育む、大陸最強の「聖地」へと、今、生まれ変わった。


 ▶◇◇◇


 その頃、地上。宿屋の防衛ラインでは、ヴォルグとガノスが、文字通り、満身創痍(まんしんそうい)で戦っていた。セレスティアの《浄化》の光が、地下に潜ったまま、途絶えてしまった。宿屋を守っていた「結界」は、もうない。


「ガノス! やべえぞ! 泥の津波が、結界なしで押し寄せてくる!」

「うるせえ! わかってるわい! だが、聖女様とリュウの旦那を信じろ! あいつらは、必ず、こいつの『根っこ』を叩く!」


 ガノスが、最後の火炎石を投げつけ、ヴォルグが、折れた剣で魔瘴獣を殴りつける。だが、多勢に無勢。黒い泥の津波が、ついに、二人の頭上を越え、宿屋そのものを、飲み込もうと、襲いかかった。


「……これまで、か!」


 ヴォルグが、覚悟を決めた、その時。


 ピタリ。


 すべての「音」が、消えた。


 ヴォルグの頭上、まさに宿屋に叩きつけられようとしていた「泥の津波」が、空中で、動きを、止めた。


「……?」


 次の瞬間。魔瘴の「泥」は、その力を、急速に失っていく。統率を失い、魔瘴獣たちも、その形を維持できなくなり、まるで、乾いた砂のように、サラサラと、崩れ落ちていった。あれほど森を覆い尽くしていた、おぞましい魔瘴の気配が、嘘のように、引いていく。……いや、引いたのではない。「本体」が、地下で、倒されたのだ。


「……終わっ、た……?」


 ヴォルグが、折れた剣の柄を握りしめたまま、呆然と呟く。


「……ああ。あいつら、やりやがった」


 ガノスが、ハンマーを地面に突き立て、安堵のため息をついた。


 二人が、激戦の舞台となった、宿屋の「食堂」……今や、地下へと通じる、巨大な「穴」と化した、その場所を、見つめていた、その時。


 ゴウッ! 穴の底から、凄まじい「熱風」と、生まれ変わった「源泉」の、清らかな光が、吹き上がってきた。そして、その光の中心から、一つの影が、まっすぐに、空へと飛び出してきた。


 リュウだった。その紅蓮の瞳は、全盛期の力を取り戻した「竜」の輝きを宿し、その腕には、眠るセレスティアを、まるで宝物のように、大切に抱えていた。


 リュウは、破壊された食堂の、焼け焦げていない、一番安全な場所に、音もなく着地した。ガノスとヴォルグが、駆け寄る。


「リュウ! お前……! その気配……!?」

「聖女様は!?」

「……」


 リュウは、二人の問いには答えず、ただ、腕の中で眠るセレスティアの、汗に濡れた前髪を、無骨な指で、そっと、払った。


「……ただの、寝不足だ」


 その声は、安堵と、彼自身が気づいていない、深い「(いつく)しみ」に満ちていた。


「……こいつは、俺の聖域(キッチン)で、少し、働きすぎた」


 リュウは、眠るセレスティアを抱えたまま、彼女の部屋へと向かう。ガノスとヴォルグは、顔を見合わせた。そして、この聖域(やど)が、今、確かに「守られた」ことを、理解した。


「……さて」


 リュウは、途中で足を止め、破壊され尽くした食堂を、振り返った。


「ガノス」

「……おう」

「……『厨房』が、メチャクチャだ」


 その言葉に、ドワーフの棟梁は、ハンマーを肩に担ぎ直し、この世で最高に楽しそうな、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「へっ! 上等だ! 聖女様が目覚めるまでに、今度は、大陸一の『城』に、建て替えてやらあ!」


 私たちの「日常」は、一度、完全に破壊された。だが、それは、絶望ではなかった。すべてを守り切った、私たちの、新しい「日常」が、今、この場所から、また、始まろうとしていた。




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