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《完結》辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第23話 地下の『厨房』と、源泉の『決戦』

 食堂の床に開いた、暗く、不気味な「穴」。それは、この聖域(わがや)の「内側」へと通じてしまった、魔瘴の「本流」だった。

 私は、リュウさんと二人、この闇の奥にある「心臓」を叩くため、ハーブを手に、躊躇(ちゅうちょ)なく身を躍らせた。


 ふわり、とした無重力感の直後、全身を、ぬるりとした、おぞましい空気が包み込む。地上でヴォルグさんたちが戦っている轟音は、この穴に飛び込んだ瞬間に、まるで厚い壁に遮られたかのように遠のいた。

 冷たく、湿った土と、カビ、そして……あの帝都で嗅いだ「魔瘴」の、濃厚な匂い。


(……怖い)


 暗闇の中、落下していく。私は、追放されたあの日、たった一人で辺境へ向かった時の、あの心細さを、一瞬だけ思い出した。あの時も、こうして、先が見えない「闇」の中へ、ただ逃げていた。けれど。


「……!」


 私の手を、力強い、熱いものが掴んだ。リュウさんの手だ。彼は、私より先に飛び込んだはずなのに、暗闇の中で、正確に私の位置を把握していた。


「……セレスティア。息を合わせろ。着地する」


 その声は、トラウマに怯えていた頃の彼とは、まったく違っていた。それは、故郷を襲われた「被害者」の竜ではなく、守るべき「城」の主として、敵を迎え撃つ「料理番」の、冷徹な怒りに満ちた声だった。


 次の瞬間、リュウさんのもう片方の手に、小さな炎が灯った。ドワーフのコンロの火ではない。彼の手のひらの上で直接燃える、紅蓮の《神の火加減(ゴッド・グリル)》。

 それは、魔瘴を焼き尽くすための破壊の炎ではなく、暗闇を照らす「松明(たいまつ)」であり、私を安心させる、温かな「厨房の火」だった。

 その光に照らされて、着地点が見える。そこは、黒く、ぬかるんだ「泥」が溜まった、広大な地下空洞だった。


 ドン、と鈍い音を立てて、私たちは「床」に着地した。床、と呼んでいいのか。足元は、固い岩盤ではなく、魔瘴に喰われて変質した、弾力のある「何か」だった。


「……ひどい」


 リュウさんの炎が照らし出した光景に、私は息を呑んだ。私たちは、巨大な「生物」の体内にいるようだった。壁も、天井も、すべてが、黒く脈動する「泥」……魔瘴の「触手」そのもので覆い尽くされている。

 ここが、食堂の床下、数メートル。私たちが、毎日、平和に食事をしていた、すぐ下。こんなおぞましいものが、私たちの「日常」を、内側から食い破ろうと、脈打っていたのだ。


「……チッ。換気が最悪だ」


 リュウさんは、この状況で、本気でそう呟いた。彼は、この地下空洞を、敵ではなく、ただの「ひどい厨房」だと断じている。


「こ、こういう時まで……!」

「ああ。こんな不衛生な『厨房』じゃ、客にまともな料理は出せん」


 彼は、自分の炎で、ぬかるんだ足元を指差した。


「見ろ、セレスティア。奴の『本流』だ」


 リュウさんの炎が照らす先、空洞の奥へと、魔瘴の「泥」が、川のように、ごうごうと流れていくのが見えた。

 外でヴォルグさんたちが戦っている「泥の津波」は、ここから「汲み出された」ものに過ぎない。ここが、魔瘴の「大動脈」だ。


「外の奴らは、こいつの『毛細血管』だ。俺たちは今、本流を(さかのぼ)ってる……この流れの、先は……ああ。この宿の『心臓』だ」


 リュウさんが言った通り、流れは、一方向へと向かっていた。大浴場。あの《黄金の源泉》だ。魔瘴は、私の《浄化》の力の「源」である、あの聖なる湯を、内側から乗っ取り、汚染しようとしている。

 源泉が喰われれば、この聖域(やど)は、もう二度と、聖域(ここ)でいられなくなる。


「……許さない」


 私の口から、自分でも驚くほど、冷たい声が出た。


「あの場所は、私がリュウさんや、ヴォルグさんや、皆と出会った、大切な『厨房』なんだから」

「……ふっ。上等だ。行くぞ」


 私とリュウさんは、魔瘴の本流を遡るように、暗い地下空洞を走り出した。リュウさんの炎が、私たちの進む道を照らす。だが、敵も、黙って私たちを行かせるはずがなかった。


 ビュッ! ビュッ! 脈動していた壁から、食堂で私を襲った「触手」が、今度は数十、数百という単位で、私たちめがけて襲いかかってきた。


「リュウさん!」

「焦るな! ここは狭い。俺が『炎の包丁』を使えば、お前ごと燃やす」

「わかってます!」


 私は、リュウさんの前に出た。もう、彼の背中に守られるだけの私じゃない。私は、帝都へ行くためにリュウさんが荷造りしてくれた、あのカバンから、「聖女ハーブ」の束を、掴めるだけ掴み出した。


「リュウさん、あの『料理』、ここでも作れます!」

「……!」

「私に、あなたの『火』を!」


 リュウさんは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに、その紅蓮の瞳で、不敵に笑った。


「……無茶を言う」


 彼は、私に襲いかかる触手を、手元の炎で牽制(けんせい)しながら、私の持つハーブの束に、その《神の火加減》の炎を、そっと「移した」。それは、帝都でやった「合体技」の、即席バージョンだった。私の《浄化》の力は、まだ込めていない。だが、私の菜園で育った「聖女ハーブ」は、それ自体が、私の力の「塊」だ。


「……行きます!」


 リュウさんの炎が宿ったハーブの束に、私は、自分自身の《浄化》の力を、全力で注ぎ込む。


 ボッ! ハーブが、白と紅の、聖なる炎となって燃え盛る。私は、その「聖なる火炎瓶(ホーリー・グレネード)」とでも呼ぶべきものを、迫りくる触手の群れの中央へと、力任せに投げつけた。


 パアアアアアン!! 帝都の時と同じ、浄化の「爆発」が起こった。狭い地下空洞に、聖なる光が満ち溢れ、私たちを襲おうとした触手の群れが、一瞬にして蒸発していく。


 ジジジジジ……! 壁や床の、魔瘴の本流までもが、私たちの「料理」の余波に焼かれ、怯んだように、その脈動を止めた。


「……はぁ、はぁ……!」

「……やるじゃないか、セレスティア。即席にしては、上出来だ」

「今です、リュウさん! 道が開けました!」


 私たちは、浄化の光がこじ開けた道を、一気に駆け抜ける。だが、すぐに、次の触手の群れが壁から再生し、道を塞ごうとする。


「リュウさん、もう一度!」

「……いや、ハーブが持たん。それに、こいつらも来た」


 リュウさんの炎が、暗闇の奥を照らす。そこには、ヴォルグさんが外で戦っていた、あの「魔瘴獣」……泥が、獣の形を成したものが、何体も、(うごめ)いていた。


「……チッ。前菜(オードブル)の次が、メインかよ」


 リュウさんは、私をかばい、その手に、再び「炎の包丁」を形成しようとする。だが、私は、それを手で制した。


「リュウさん! あなたの力は、温存してください!」

「だが!」

「……あいつらは、『本流』から生まれてくる。……なら!」


 私は、カバンの中に残っていた、一束のハーブと、もう一つの「切り札」を手に取った。エルフさんにもらった、『静寂の笛(サイレント・フルート)』だ。


「リュウさん! 私を、あの川(ほんりゅう)の真上まで、投げてください!」

「はあ!?」

「いいから! あの魔瘴獣どもが、こっちに来る前に!」


 リュウさんは、一瞬だけ、私を「何を言ってるんだ」という顔で見た。だが、彼は、私の目が「本気」であること、そして「勝算」があることを、即座に理解した。


「……掴まれ!」


 彼は、私を軽々と抱き上げると、床を蹴った。そして、天井の僅かな隙間を抜け、魔瘴の本流がごうごうと流れる、その「真上」の足場まで、私を放り投げた。


「セレスティア!」

「大丈夫!」


 眼下では、魔瘴獣どもが、聖女(わたし)という獲物を見つけ、壁をよじ登ってくる。私は、その魔瘴獣たちと、その「親」である、眼下の「本流」に向かって、笛を構えた。

 帝都で、ライラさんを救った、あの「力」を。音を「喰らう」力を、今度は、魔瘴(おと)を「祓う」ために。


 私は、笛に、《浄化》の力を込めて、息を吹き込んだ。


 ――音が、消えた。




 魔瘴獣のうなり声も、泥の流れる音も、リュウさんが私を呼ぶ声も。この世のすべての音が、一瞬にして「喰われ」た。そして、その「静寂」は、音だけではなく、魔瘴の「繋がり」そのものをも、断ち切った。

 魔瘴獣たちは、動きを止め、その形を維持できなくなり、ただの「泥」となって崩れ落ちていく。眼下の「本流」も、その流れを、一瞬、止めた。


「……今だ!」


 私は、その「静止した魔瘴」に向かって、リュウさんの炎が宿った、最後の「聖女ハーブ」を、力任に叩きつけた。魔瘴の「本流」の、ど真ん中に。


 ジュウウウウウウウウウウ!! この世のものとは思えない、断末魔の「浄化音」が、静寂を破って響き渡った。


「やった……!」


 魔瘴の本流が、蒸発していく。私は、役目を終え、足場から落ちそうになる。だが、その体を、炎をまとったリュウさんが、完璧なタイミングで抱きとめていた。


「……無茶苦茶だ、お前は」

「リュウさんこそ」


 私たちは、ボロボロになりながら、笑い合った。その時、私たちの目が、空洞の「奥」……魔瘴の本流が、途絶えた先を、捉えた。


 そこは、洞窟の最深部。そして、そこにあったのは。


「……源泉」


 私たちの宿の「心臓」である、あの《黄金の源泉》だった。だが、その姿は、変わり果てていた。源泉は、その光を失いかけ、その中心部には、帝都で氷帝を覆っていた「あれ」よりも、さらに巨大な、黒い「魔瘴の心臓」そのものが、源泉に根を張り、脈打っていた。私たちが倒したのは、まだ「動脈」に過ぎなかった。


「……リュウさん。あれが……」

「……ああ。ラスボス(メインディッシュ)のお出ましだ」


 聖域(わがや)の、本当の「厨房」で。私たち二人きりの、最後の「調理」が、始まろうとしていた。




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