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《完結》辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第21話 要塞の『心臓』と、炎の『防衛線』

 私が、この聖域の「心臓」となるべく、源泉に足を踏み入れた、まさにその瞬間。外の世界から、地響きが伝わってきた。ヴォルグさんが言っていた、黒い「泥」の津波が、ついに宿の防衛ラインに到達したのだ。


(……リュウさん! ガノスさん! ヴォルグさん!)


 私は、外で戦う三人の仲間を思い、祈るように目を閉じた。もう、私は「役立たず」の聖女じゃない。私は、この要塞の「心臓」。私の力が尽きれば、彼らを守る「壁」も失われる。


辺境の聖域フロンティア・サンクチュアリ!!」


 私は、自分の持つ《浄化》の力のすべてを、足元の黄金色の湯へと注ぎ込んだ。


 ゴボボボボ……! と、源泉が歓喜の声を上げるように沸き立ち、私の魔力に呼応して、眩い白金の光を放ち始める。その光は、湯船から溢れ出すと、ガノスさんがリノベーションで宿全体に張り巡らせた「飲む温泉」の配管を伝い、光の「血管」となって、宿屋の壁、床、屋根、その隅々へと駆け巡っていった。

 宿屋全体が、一つの巨大な「生命体」のように、淡く、しかし力強く、脈動を始める。これが、ガノスさんが言っていた、私を中心とした「浄化結界」。


 外から、何かがこの聖なる「壁」にぶつかる、おぞましい衝撃音が伝わってくる。


 ジジジジジ……!まるで、穢れたナメクジに塩をかけたかのような、魔瘴が焼ける音が、宿全体から響き渡った。


(……効いてる!)


 私の光が、仲間たちを守る「壁」になっている。私は、体力が尽きるまで、この力を送り続けることを誓った。


 ▶◇◇◇


 その頃、宿屋の外――防衛線の最前線は、まさに地獄と化していた。


「……チッ。キリがねえな!」


 狼獣人のヴォルグは、愛用の長剣を振るい、眼前に迫る「それ」を切り裂いていた。

 それは、もはや「魔物」と呼べる代物ではなかった。魔瘴に喰われ、理性を失い、黒い泥の中から生まれては、聖域に向かって突進してくる「魔瘴獣」。

 ヴォルグの剣は、通常の魔物なら一刀両断にできるはずが、泥と化した敵の体には、確かな手応えがない。斬っても、斬っても、泥はすぐに再生し、再び襲いかかってくる。


「ヴォルグ! 下がるな! そこが『壁』の境界だ!」


 宿屋の玄関前で、ドワーフの棟梁ガノスが、ハンマーを地面に突き立てながら怒鳴った。彼の足元には、彼が作った「飲む温泉」の配管が走り、今、セレスティアが送り込む《浄化》の力で、白金の光を放っている。この光のラインが、彼らにとっての「最後の砦」だった。


「わーってるよ!」


 ヴォルグは、魔瘴獣の攻撃を紙一重でかわしながら、光のラインの手前まで後退した。

 魔瘴獣は、獲物を追って、勢いよくその光のラインを踏み越えようとする。瞬間。ジュウウウウウウ!!凄まじい音を立てて、魔瘴獣の足が、聖女の《浄化》の力に触れて蒸発した。聖域の「壁」は、完璧に機能していた。


 だが、敵の「本隊」は、魔瘴獣ではなかった。森の木々や土、生命そのものを喰らい尽くして押し寄せる、黒い「泥」の津波。それが、聖域の結界(ひかり)にぶつかり、まるでダムを決壊させようとする濁流のように、宿屋を包み込もうとしていた。


「……リュウの旦那! 火力が足んねえぞ!」


 ガノスが、宿屋のもう一方の角で炎を操る男に叫んだ。ガノスは、自分が持ってきたドワーフの「火炎石」に点火し、泥の津波に向かって投げつけ、防衛線を維持している。だが、広範囲を「燃やす」ことはできても、押し寄せる「泥」の勢いを殺しきるまでには至らない。


「……わかっている」


 リュウは、ドワーフ製の調理用コンロの火力を最大にしながら、冷静に「敵」を分析していた。彼の前には、ガノスが築いた火炎石の防衛線が、まるでコンロの五徳のように並んでいる。

 リュウは、その炎に、自らの《神の火加減(ゴッド・グリル)》の力を上乗せし、ただの「火」を、「魔瘴を調理する竜の炎」へと昇華させていた。


(……ダメだ。これじゃない)


 リュウは、炎の壁にぶつかって蒸発していく魔瘴の「泥」を、紅蓮の瞳で見据えていた。確かに、泥は燃えている。だが、帝都で氷帝を覆っていた「本体」と比べ、この「泥」は、あまりにも「大味」だった。力が分散しすぎている。ガノスのように、広範囲をただ燃やすだけでは、効率が悪すぎる。このままでは、セレスティアの力が尽きるのが先か、森全体が「泥」に飲み込まれるのが先か、わからなかった。


(……こいつは、料理と同じだ)


 リュウは、思考を切り替えた。これは、戦争じゃない。「調理」だ。大味な食材(どろ)を、そのまま丸焼きにするな。この魔瘴(しょくざい)の「芯」……旨味の核は、どこだ?


 リュウは、目を凝らした。押し寄せる「泥」の津波の中に、ところどころ、他よりも「黒く」、そして「速く」動く、「流れの芯」があることを見抜いた。あれが、この泥を操る「神経」だ。帝都の氷帝を覆っていた魔瘴の、「本体」から伸びる、無数の「触手」の先端。


「……ガノス!」

「んだよ、忙しい!」

「炎を一点に絞る! あの『流れ』だけを狙え!」

「あぁ? あんなもん狙えるか!」

「俺が、やる」


 リュウは、調理用コンロから《神の火加減》の炎を、広範囲に放射するのをやめた。彼は、すべての炎を、自分の右手に集中させる。それは、もはや「調理の火」ではなかった。竜の故郷で、仲間を守るために振るった、純粋な「破壊の炎」。

 いや、違う。あの頃の、ただ荒れ狂うだけの炎じゃない。セレスティアと出会い、「料理」を知り、トラウマを克服した今の彼だからこそ操れる、極限まで「圧縮」され、研ぎ澄まされた、一撃必殺の「炎の包丁」だった。


「ヴォルグ!」

「おう!」

「三秒だけ、時間を稼げ! デカいのが来るぞ!」


 リュウの言葉と同時に、泥の津波が、ひときわ高く盛り上がった。「流れの芯」が、宿の結界を破ろうと、一つの巨大な「黒い腕」となって、ヴォルグ目掛けて振り下ろされた。


「させっかよ!」


 ヴォルグは、その「腕」に飛びかかり、愛用の長剣を深々と突き立てる。剣は、魔瘴に喰われ、ボロボロに溶け始める。だが、ヴォルグは怯まなかった。


「今だ、リュウ!」

「……喰らい尽くせ」


 リュウは、右手に収束させた「炎の包丁」を、黒い腕の「芯」……魔瘴の神経が通う一点に向かって、放った。それは、音も無く、空間を切り裂いた。


 ゴアアアアアアアアア!! 炎は、魔瘴の「芯」に突き刺さった瞬間、内側から爆発した。泥の津波が、一瞬、動きを止める。「神経」を焼かれた泥は、統率を失い、ただの「穢れた土塊」となって、聖域の結界ひかりに触れ、次々と蒸発していく。


「……やった、か!?」ヴォルグが、溶け落ちた剣のつかを握りしめたまま、叫ぶ。「……いや、まだだ!」


 リュウが、息を整えながら、森の奥深くを睨みつけた。先ほどの「芯」は、何本もあったうちの、たった「一本」に過ぎなかった。森の闇の奥で。無数の「黒い腕」が、今、一斉に、鎌首をもたげたのが見えた。



 ▶◇セレスティア


 源泉に浸かる私の体力が、急速に奪われていくのがわかった。宿全体を「結界」として維持するのは、帝都で氷帝の魔瘴と対峙した時よりも、はるかに消耗が激しい。


(……でも、まだ、やれる!)


 外の三人が、命懸けで戦ってくれている。私は、この宿の「心臓」として、光を送り続けなければ。


 その時——


 ドン!! 


 今までの、泥がぶつかる音とは比較にならない、おぞましい「質量」を持った何かが、宿屋の「壁」に、叩きつけられた。ガノスさんがリノベーションした、頑丈な壁が、ミシミシと悲鳴を上げる。《浄化》の光が、その一点だけ、激しく明滅した。


(……今の、なに?)


 森の奥から、リュウさんたちの緊迫した声が、微かに聞こえてくる。


「……チッ。本体の『腕』か!」

「数が多すぎる!」

「リュウ! さっきの炎、もう一発撃てるか!?」

「……無理だ! あれは、消耗がデカすぎる……!」


 リュウさんの、焦った声。彼らが、押し込まれ始めている。私は、源泉から飛び出すと、濡れた体のまま、宿の玄関へと走った。私が、外に出れば。私が、直接、あの黒い腕に《浄化》を当てれば……!


「……!」


 私が、扉に手をかけようとした、その時。宿屋の「中」……静かだったはずの、食堂の方から、ガラスが割れるような、甲高い音が響いた。


「え……?」


 振り返った、私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。食堂の、床。ガノスさんが完璧に修復したはずの、その「床下」から。黒い、泥の「触手」が、まるでミミズのように、何本も、何本も、突き破って、生えてきていた。


「……嘘」


 敵は、外からだけではなかった。私たちが気づかないうちに、この聖域の「地下」……ガノスさんの配管が通っていない、聖なる結界の「死角」から、すでに、侵入されていたのだ。黒い触手は、聖女(わたし)という「ご馳走」の匂いを嗅ぎつけ、私に向かって、一斉に襲いかかってきた。


「――っ、いやぁっ!」


 私の悲鳴が、聖域に響き渡った。




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