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《完結》辺境聖域(わがや)の再生ごはん ~追放聖女と訳アリ料理人の、あやかし専門スローライフ~  作者: ひより那


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第11話 奇跡の菜園と、竜の『焦燥』

 ハルピュイアのライラさんが、美しい歌声を残して飛び立ってから、数日が過ぎた。

 宿屋には、彼女が約束してくれた通り、いつも穏やかで心地よい「風」が吹き抜けるようになり、宿全体が清浄な空気に満たされている。


「棟梁! こっちの『飲む温泉』の配管、磨き終わりました!」

「おう! 湯加減は完璧だ! これで俺たちも心置きなく『湯治』ができるってもんだ!」


 ガノスさんたちドワーフによる『リノベーション』も、ついに最終段階を迎えていた。地下にはドワーフ族垂涎の「飲む源泉」が完成し、一階にはヴォルグさんのための「黒曜石の部屋」が、そして屋根裏にはエルフ族が好む「天上の間」が、完璧に整った。


 聖女の《浄化》による癒しの湯。ドワーフの技術による、人外専用の快適な空間。そして……。


「セレスティア、採り立ての『陽光トマト』を五つ。それと、『月雫ハーブ』を一掴み」

「はーい!」


 私は、宿の裏手にある「奇跡の菜園」で、リュウさんのリクエストに応えていた。私の《浄化》の力をたっぷりと吸い込んだ菜園は、今やこの宿の「心臓部」と言ってもよかった。ここで育つ野菜やハーブは、それ自体がポーションのように生命力に満ちており、私は密かに「聖女野菜」と呼んでいる。


「……うまい」


 厨房で、リュウさんは私が採ってきたばかりの「陽光トマト」を丸かじりし、満足そうに頷いていた。猫又の一族が流してくれた「竜の炎を操る料理人」という噂のおかげで、リュウさんの下には、彼を頼ってくる客も増え始めていた。


「このトマトの酸味なら、ヴォルグが持ってきた『黒イノシシの干し肉』の脂を、極上の旨味に変えられる……このハーブの香りは、エルフが好む『白魚の燻製』と相性がいいな……」


 リュウさんは、まるで複雑な魔法の呪文を組み立てるかのように、次々と新しいメニューを開発していく。その姿は、私が王都で見てきたどんな魔法使いよりも、創造的に見えた。


「リュウさん、なんだかすごく楽しそうですね」

「……別に」


 私がそう言うと、リュウさんはぷいと顔をそむけてしまった。でも、その紅蓮の瞳が、最高の食材を前にして輝いているのを、私は知っている。


 この宿に来てから、私たちは、ほとんどの時間をこうして一緒に過ごしていた。私が菜園で食材を育て、リュウさんがそれを至高の料理に変える。私が《浄化》でお客様を癒し、リュウさんが食事で内側から癒す。二人で一人前。いつの間にか、それが当たり前になっていた。


 私は、そんなリュウさんの横顔を見ていると、胸が温かくなるのを感じていた。私を縛っていた、あの忌まわしい「運命の赤い糸」のことなど、もう思い出しもしない。糸があろうがなかろうが、私は、今、この人の隣にいる時間が、一番幸せだった。



 その日の午後。私は菜園で、一羽の小鳥を見つけた。どうやら、ライラさんが呼んだ風に乗り遅れたのか、翼を怪我して地面に落ちてしまったようだった。


「よしよし、痛かったですね。もう大丈夫ですよ」


 私はその小さな体を両手で包み込むと、そっと《浄化》の光を注いだ。温かな光に包まれ、小鳥の折れていた翼は、見る間に元の姿を取り戻していく。小鳥は、ちゅん、と私にお礼を言うように鳴くと、元気に空へと羽ばたいていった。


「よかった。元気でねー!」


 私が空に向かって手を振っていると、不意に、強い視線を感じた。振り返ると、厨房の裏口で、リュウさんが私を……ううん、空に消えていった小鳥を、じっと見つめていた。


「あ、リュウさん。今、小鳥さんが……」

「……ああ」


 彼の返事は、いつもより少しだけ、低かった。その紅蓮の瞳には、私が今までに見たことのない、「焦燥(あせり)」のような色が浮かんでいた。彼は、自分の手を見つめている。それは、鍋を振り、包丁を握る、人間の男の手だ。


 私は、ハッとした。私は、自分の力で、空を飛ぶものを癒した。けれど、彼は……。かつて、誰よりも自由に空を飛んでいたはずの「竜」は、今、この地上に縛り付けられたままだ。


 この宿の湯と、私の《浄化》の力で、彼の「心の傷(トラウマ)」は、少しずつ癒えているはずだ。けれど、あの強大な魔瘴(ましょう)が残した傷跡は、まだ彼の竜核(りゅうかく)の奥深くに燻っている。


(リュウさんは、本当は、空を飛びたいんじゃ……)


「リュウさん、あの……!」


 私も、いつかあなたのその傷を、完全に癒してみせます。そう言いかけた、まさにその時だった。


 チリン、チリン。


 宿の入り口で、ガノスさんが設置してくれた呼び鈴が、慌ただしく鳴った。エルフさんやライラさんの時とは違う、切羽詰まったような音だ。


 私とリュウさんが顔を見合わせ、急いで入り口に向かう。そこには、一人の使者らしき男が、息を切らせて立っていた。その男が着ている高貴な紋章を見て、私は息を呑んだ。


 それは、私が一番見たくなかったもの。北の帝国。私と「運命の赤い糸」で繋がっているはずの、「北の氷帝」の紋章だった。


「……!?」

「はぁ、はぁ……! ここが、猫又の噂に聞く『辺境の聖域』か!」


 使者は、宿の中にいる私を見つけると、血相を変えて叫んだ。



「お、おお……! 間違いない、噂通りの白金(プラチナ)の髪! 聖女セレスティア様! どうか、どうか我らがお越しください! 我が主、氷帝陛下が……! 陛下が、原因不明の『呪い』で、お倒れになりました!」


 そして、彼は、私の目の前に崩れるようにひざまずいた。



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