第五章:ナイトフライト(その一)
昔から、何かを欲しがるということをあまりしなかった。
何かを欲しがるということは、それに手を伸ばしたり、あるいはそれを欲しいと主張したりすることに他ならず、他の子供だと何事もなかったかのように見過ごされるような些細なことでも、いちいち目くじらを立てられ叱責されるような、そんな子供だった私は、そうされるたび次第に、条件付けされた哀れな動物のように、物言わぬ存在へと変化していった。
目をつけられやすいのは年を重ねても同じだった。
あれは高校の二年生の頃ぐらいだっただろうか。
二つある英語の授業のうちの一つ、読み書きの技能に重点を置いて行なわれる授業の一コマ。
教科書を忘れてしまった私は、借りられるような知り合いもおらず、ノートに板書を写しながら授業を聞き流すことしかできなかった。
授業も中頃、長文読解に差し掛かり、教壇に立つ女性教師は、名前順で一人一文、訳していくように指示を出した。
ついに私の番が訪れ、"教科書を忘れてしまったので、飛ばしてください"と私は発言した。
普通はどうだろうか、一言二言諌められるか、無視されるか、まあそんな感じで次の人へと順番が回されるだろうと思う。
実際、以前似たようなことが、ダンス部でいつもクラスの中心にいるような女子生徒に起こった時はそんな感じだった。
色んな先生と仲良さそうに話していたのを見たこともあっただろうか、うろ覚えではあるが。
しかし、今回はまるで違うようだった。その女性教師は私の席の前まで来て、いきなり、耳をつんざくような怒声で、日頃のストレスを発散するかのように怒鳴り始めた。
何と言われたのだったか。たしか、授業ももう何分経ってるのにどうだ、とか。あまり覚えてはいない。
黙ったままでみんなの時間を奪っている、とかそんな感じのことを言われた時に、じゃあ順番飛ばしてくださいよ、と心の中で反論したのは覚えていた。
教師みたいな目上の人に怒られている時、本当に堪えるのは怒声ではなく、まあ耳に刺さるような怒声も耐えがたい苦痛ではあるのだが、実際はみんなの視線の方だった。
好奇の視線に晒される中、私は"またこれか..."と思っていた。
私みたいに覇気も力も、気力も立場もおまけに友達もないような生徒は、教師の立場を脅かすようなことが万に一つもない、できないため、気晴らしや見せしめの標的にされやすい。
少しでもこちらに落ち度があると、いや酷い時は冤罪であっても、くどいほどに罵声を浴びせられるということが往々にしてある。
私も、もう慣れっこだった。
慣れっこでも嫌気はさすもので、その時の私は静かに席を立ち、まるでトイレにでも立つかのように自然に教室を後にした。
呼び止める声すら遅れるほどに自然だった。
行く宛のないつま先は、いつも旧校舎へと向かった。
その時も例にもれず同じだった。
旧校舎の中庭に面した階段。
そこで、その四限の授業に加え、昼休みいっぱいまで時間を潰した。
そのせいで昼食を食べ損ねたのは、少し痛手だった。
残ったお弁当は帰り道の空き地で手をつけた。
いつもより冷めていた気がしたのは、それこそ気のせいだろう。
いつものお昼休みにも、熱なんて、とっくに放射しきっている。
老朽化のせいで立ち入り禁止になっていた旧校舎に来る者はいない。
誰もいないそこで、漫然と中庭に立つ像を眺めながら、草木の香る空気の中、時間が経つのを見送るのは意外と心地が良かった。
泣いたりすることもなかったし、その頃にはもう泣きたい気分になることもなかった。
自分の涙に価値がないことぐらい重々承知していた。
中には涙を武器として、あるいは盾として、身を守ったり、人々を意のままに動かしたりする人もいるそうだが、私にそんな力はない。
それに、泣くという行為自体、誰かに何かを求める行動のようで嫌だった。
五限の授業に合わせて、昼休みの終わりに教室に戻ると、まったくいつもと変わった様子はなく、時折、目をくれられたぐらいのもので、それも授業が始まる前にはなくなった。
私が居なくても世界は回る、どころか、そもそも居ても居なくても同じようなものらしかった。
別にそれがどうということもない。
そんなこんなで、なんとかというほどでもないが、何となく高校を卒業した私は次第に、あの片田舎で師匠と共に生地を焼いて、まあ時が来たら静かに終わろうと、そんなふうに思うようになっていた。




