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After Story  作者: NS-1
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第二章:色々な話

まさみ「うぅ・・・、こうなったら、秘技スーパーノヴァ!」

ゆい「あ!まーちゃん、それずるいって」

盤上の駒を両手でぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる。


ゆい「もぅ」

まさみ「すみません、あまりにも勝てないもので、つい」

ゆい「いや、別に何回やってもいいんだけどさ、とりあえず決着はつけようよ」

まさみ「でも、それじゃ、三本先取終わっちゃうじゃないですか。もう後がないんですよ」

ゆい「・・・。まあ、まーちゃんがいいならそれでいいよ、もう。でも、もうスーパーノヴァはなしね。泣きの一回を何回やってもいいことにしてあげるから」

まさみ「でも、それじゃ三本先取は私の負けじゃないですか」

ゆい「わかったよ。じゃあ、もう泣きの一回を勝った方の勝ちでいいから」


パチッ、パチッ。

下がりきっていた頭を持ちあげ、駒をもとの位置に整列させる。

攻め込んでいた駒を自陣に戻すと、随分と歯抜けな布陣が出来上がった。

残りの兵は、寝返って彼女の手元にいる。

オセロのように、駒数の差がそのまま実力を表しているようで何とも惨めだ。


ゆい「まーちゃん、負けかけるとどんどん頭下がっていっちゃうけど、それだと見える範囲が狭まっちゃうよ。軍師は大局を観ないと」

まさみ「私は現場主義ですから」

・・・でも確かに、彼女の言うことも一理ある。

目の前の新しい盤面は、先ほどの息の詰まるような感覚から解放され、随分と広く見渡せた。


ゆい「次は、ドイツ国防軍仕込みの電撃戦で行こうかな」

まさみ「では、私は、ソビエト連邦赤軍仕込みの縦深戦略で、戦略レベルでの違いをご覧にいれますよ」

最初はグーでじゃんけんをし、私はチョキ、彼女はパーを出す。


まさみ「では、私から」

ぱちっ、と景気良く、飛車の前の歩を突く。

対する彼女も飛車の前の歩を突き出し、相掛かりの形で、戦端は開かれた。


ゆい「でも、嬉しいよ」パチッ

まさみ「何がですか?」パチッ

ゆい「将棋さしてるとさ、こうしてゆっくり話できるじゃん?」パチッ

まさみ「そうですね」パチッ

ゆい「まあ、最後の方はいつも、私が一人で喋りかけてるだけになるんだけどね。まーちゃんが入り込みすぎて」パチッ

まさみ「今回は、逆になりそうですね」パチッ

飛車先の歩を二つ突いた後、お互いに角の道を開き、彼女は棒銀で、私はそれを防ぎながら美濃囲いの形に戦線を整えてゆく。


ゆい「勉強、上手く行ってる?」

まさみ「不器用な私の人生はいつも前途多難ですね。ケプラーの第三法則とその周辺が全然わかりません」

ゆい「そっか、大変だねえ」

まさみ「ええ、天体の公転周期の二乗が軌道長半径の三乗に比例するという法則なんですが、そこに中心星の質量だったり万有引力だったり、連星だったり、色々な要素が重なってきて。頭がこんがらがります」

ゆい「やっぱり、計算あるんだね」

まさみ「ええ、しかも、太陽を一としたり、逆に換算したり、対数だったり冪乗だったり。久しぶりに高校数学の教科書を引っ張り出してきましたよ」

ゆい「うわ、対数とか私も苦手だったな。なんか大きさ比較したりするときに使ったっけ。対数スケールのグラフとか全然わかんなかった記憶ある」

まさみ「ゆいさんの高校って、かなり頭よかったですよね。それでもわからないことって、あるんですね」

ゆい「当たり前だよ。私なんて、そこじゃ落ちこぼれだったし」

まさみ「大学も有名じゃないですか」

ゆい「まあ、受験勉強は人並みに頑張ったからね。高校の授業、ほとんどぼーっと過ごしてたから、勉強するの意外と楽しくてさ。なんか落とし物を拾いに戻る感覚で。あ、でも、数学のせいで第一志望落ちたんだよ。一番勉強したのに、一番点数低くてさ、あいつめ」

そう言いながら、彼女は角側の銀を前線に押し上げてくる。先の大戦では、棒銀にこの銀、さらに角までもが西方戦線に突撃してきて、随分と苦しめられた。

そのため、今回、自陣は片美濃の形を取り、金を一枚、西方に派兵する。


ゆい「私も、いつか勉強しなおさないとなぁ」

まさみ「ええ、二人で苦しみを分かち合いましょう」

ゆい「いや、苦しみ二倍じゃん」

まさみ「ふふっ。教科書は私の本立てから勝手に持っていってもらっても大丈夫ですよ。他にも気になるのがあればご自由にどうぞ」

ゆい「うん、ありがとう。まーちゃんも、気になるのあったら、私のところから勝手に持って行ってもいいからね」

まさみ「はい、ありがとうございます。あ、そういえば「老人と海」、面白かったです」

ゆい「そう?そう言ってもらえると嬉しいよ」

以前、お互いに好きな本を貸し合うということで、私は「ソクラテスの弁明」と「クリトン」を、彼女は「老人と海」を差し出した。


ゆい「私も、あの二冊、随分と久しぶりに読んだけど、感動したよ。確かに、やっぱり人生って、生き方なんだね」

まさみ「ええ。ソクラテスの最期には、さすがの私も涙を禁じ得ませんでした」

ゆい「そんな話だっけ?いや、確かにそういう流れではあったけど・・・。いや、でも、そっか・・・、そうだね」

まさみ「ええ。ソクラテスって、結構、馬鹿にされたり揶揄されたりしているところを、今でも目にすることがありますが、本当は、ちゃんと論理的で、修辞的だったんですよ」

ゆい「そうだね。ソクラテスさんも、まーちゃんみたいな人が現代にいるって知ったら、喜ぶと思うよ」

まさみ「そうだと嬉しいですね。まぁ、変わり者だと皮肉られる気もしますが」

止まっていた飛車先の歩を突き、歩の交換を行う。

歩の交換は賛否両論で、場合によっても意見が分かれるらしいが、私は積極的に交換していくタイプだ。

飛車の通りも良くなって、盤面がわかりやすい。


まさみ「ソクラテスの弁明」は、クセノフォンが記したものもありますが、私はプラトンの記したもののほうが好きですね、表現が詩的で。まあ、訳本ではありますが」

ゆい「確かにね。元々、詩も書いてたみたいだし」

まさみ「ええ、時にそれを否定したこともありましたが、彼自身も芸術家だったのではないかと、そう思います」

確かに、と言いながら彼女は、盤の中央あたりで、角の側から出てきた銀を前に動かした。


ゆい「私もさ、芸術って、イデアに手を伸ばす姿勢のことを言うと思うんだよ。多分、人々はその姿勢に感動するんだって、そんな気がする」

まさみ「ふむ・・・、なるほど。その答えなら、気難しそうなプラトン先生も、及第点をくれるかもしれませんね」

プラトンは「国家」という著作において、芸術作品は、イデアの影である自然から着想を得た、さらなる模倣に過ぎないとしてそれを否定した。

中後期のプラトンの著作は、表現が難解で、記述されていることのどれほどを理解できたかはわからないが、事象の先にあるイデアを想起しながら行われた創作には、それなりの正当性や価値があるのではないかと、思う。

もしかしたら、ただそう思いたいだけかもしれないが・・・、彼女の作品や、その他、世に生み出された素晴らしい作品の全てに、価値がない、とはなかなか思えない。

ただそれも、私が価値をつけたに過ぎないのかもしれないが・・・。

足りない頭では、その辺もまた曖昧だ。


ゆい「うん、だといいね」

まさみ「ええ、プラトンは模倣ミメーシスを否定したと言いますが、それはアリストテレスさんに任せることとしましょう」

戦線は一進一退、というよりは停滞と形容した方が正確で、どちらとも攻めあぐねていた。

電撃戦の様相は微塵もなく、一世代前のパラダイム、塹壕戦が繰り広げられているかのようである。


まさみ「ゆいさん、好きな星はありますか?」

ゆい「私?私は、フォーマルハウト・・・とかかな。秋の空にポツンとある感じが、なんかいいじゃん?」

まさみ「ええ、素敵ですね。確かに、ゆいさんが好きそうな星ですね」

ゆい「ふふっ、そうだね。まーちゃんは?」

まさみ「私は、中性子星、ですかね」

ゆい「んー、しらないかも。中性子っていうと、原子核とかの?」

まさみ「ええ、そうです。恒星の最後の形の一つで、すごく重いんですよ」

ゆい「恒星の最期って、超新星爆発したり、ブラックホールになったりするんじゃなかったっけ」

まさみ「そうですね。それらも終わりの形の一つです。正確に言えば、超新星爆発を経てブラックホールになるのですが」

ゆい「最後に一番明るく輝くのって、なんか切なくていいよね。まぁ、私はどちらかというと、ひっそり終わりたいタイプではあるんだけど」

まさみ「私は、どうでしょう・・・。恒星は最後、白色矮星か、中性子星か、ブラックホールのどれかになるそうです。語弊を恐れずに言うと、太陽の0.08から8倍のものは白色矮星に、8から40倍のものは中性子星に、それ以上のものはブラックホールになるみたいですね。中心核における核融合の関係で、本当はもう少し複雑なのですが・・・」

ゆい「そうなんだ。太陽は超新星爆発しないんだね」

まさみ「そうですね。太陽は赤色巨星や惑星状星雲放出の段階を経て、白色矮星に至るそうです。中性子星については、その限りではないのですが、一般的には、核融合反応が進み、鉄の中心格が形成され、光分解やそれによる重力崩壊を経て、超新星爆発、中性子星に至るそうです」

ゆい「へー、そうなんだ、面白いね。光分解とか重力崩壊とか、知らないところ、後で調べてみるよ。でも、なんでそれが好きなの?」

まさみ「・・・確かに、なんででしょう?中性子星っていう名前が、ミクロとマクロを繋いでいる感じがして、実感があるからですかね、あんまり考えたことなかったです。これに関しては、勉強を始める前から好きだったのですが・・・」

ゆい「そっか。・・・でも、いいね、こういうの」

まさみ「こういうの、とは?」

ゆい「まーちゃんから何かを教えてもらうの。欠けたパズルの隙間が、まーちゃんで埋まっていくような気がして、すごく、気分がいい。きっと私は、まーちゃんと出会うために生まれてきたんだね」

まさみ「は、恥ずかしいことをさらっと言いますね」

ゆい「うん、言えるうちに言っておかないとね。ずっと、話してたい。まーちゃんのこと、もっと知りたいし、全部教えて欲しい。言葉じゃ足りないなら、触れて、全部、知りたいよ」

そう言って、彼女は私の手を取った。


まさみ「ば、番外戦術は反則ですよ」

ゆい「そうだね」

そう言った後も、彼女は私の手を握り続けていた。触れたところが、まるでそこから新しい宇宙が始まろうとしているかのように熱い。


まさみ「何か、言えなかった経験でも、あるんですか」

ゆい「あるよ」

言い終わる前に、踏み込みすぎたかもと少し後悔したが、短く切られた彼女の返答は、まるで私にだけ干渉するように波長を合わせた波のように、小さくつけていたラジオの音や、外の虫の音、後悔する自我の声をすり抜け、私の耳に飛び込んできた。


そんな私の雰囲気を察してか、彼女は小さく呟いた。

ゆい「まーちゃん、愛してるよ。宇宙で、一番」

その音は、今度は耳ではなく、心臓にだけ干渉するかのように指向性を持って届き、心臓はそれに共鳴した。


せめぎ合っていた戦線では、彼女の角の装甲部隊が捨て身で私の前線を突破し、自陣左に龍の橋頭堡を設置した。

遅滞戦闘の甲斐も虚しく、成った飛車はブラックホールのように私の陣地を左から飲み込んでいき、私の玉は呆気ない最後を迎えてしまった。


ゆい「どうする?もう一回する?」

まさみ「・・・いえ、参りました。今日はもうやめておきます」

ゆい「そっか、またやろうね」

まさみ「ええ、ぜひ」

ゆい「もう寝る?」

まさみ「いえ、もう少し勉強してから寝ようと思います」

ゆい「そっか、じゃあ、明日の配達は私が行くよ。あんまり無理しないでね」

まさみ「いいんですか?ありがとうございます」

ゆい「うん、じゃあ、先に寝るね。おやすみ」

まさみ「はい、おやすみなさい」

彼女は共同の自室へと歩いてゆく。将棋の駒と盤を片づけ、私もその後に続く。


勉強の途中、彼女が言った、「出会うために生まれてきた」という言葉が、私の頭を回り続けていた。

出会うために存在するのか、存在したから出会ったのか、本質と実存の連星が、形而上と現実の地平線で線対象となる軌道を回り続ける。


その夜、私は宇宙の夢を見た。

私と彼女が連星を組んでいて、お互いの重力に引かれ合いながら共通の重心を周回している。

次第に二人の距離は近づいていき、ゼロになったところで限界を迎え、超新星爆発を起こした。

超新星爆発を起こした後、私たちは、霧散したのか、それとも一つの星へと姿を変えたのか、その先を知ることはなかったが、もし二人が一つになったのだとしたら、それもいいのかもしれない、と私は思った。

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