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After Story  作者: NS-1
11/13

最終章:from your seabed

パチパチと音がして、時折焚べられる記憶の燃え残った煤が舞い上がり、光のない真っ黒な背景に同化して見えなくなる。


「待ってたよ」

そう声がするが、声の主の姿は見当たらなかった。

どこからか記憶が火に投げ込まれ、ぼっ、と刹那的な像を結んで、燃えて無くなっていく。

その記憶の持ち主は私ではなかったが、その記憶を私は知っていた。


「・・・いいんですか?」

「いいよ、どうせ、出会う前の、いらない記憶だし」

「そうですか」

私も一つ、いらない記憶を投げ込んだ。

・・・声が聞こえたような気がした。


「これがいわゆる”中心火”ってやつなのかな」

どこからか発せられた私でない声がそう呟く。

炎の揺れが辺りを照らすことはなかった。


「ここはどこなんですか?」

「さあ、わからないけど、新しい宇宙が始まる前じゃないかなあ」

「わたしはどうしてこんなところに・・・、宇宙が始まる前なんかにいるんですか?」

「それは多分、私にとって強い意味があったからだと思う」

「じゃあ、あなたがいるのは」

「うん。それも同じで、あなたにとって強い意味があったからだと思う。多分だけど」

「そうですか」

私はまた見えない手でいらない記憶を投げ込もうとしたが、なぜか意図しない抵抗があって、少し遅れるようにして、それは火の糧となった。


「姿が見えないのですが」

「うん、身体に意味はなかったのかもね」

「それもそうなんですが、あなたの・・・」

「ああ、それは多分、今は重ね合わせの状態にあるからじゃないかな。まあ、ここに空間があるのかはわからないし、そもそも身体がないわけだから、重ね合わせでなくとも見えるかはわからないけど」

「そうですか・・・」

私は無い目で火を眺める。

周りに比べるものが何もなく、大きいのか小さいのか、それすらもわからなかった。


「いらない記憶がどうしてあるんですか?」

「多分、意味のあるものが生まれた時に、一緒に生まれてしまったんだと思う。だから燃やしてる」

「私のも、火に焚べていいですか?」

「・・・うん、好きにしたらいいよ」

私はまた一つ、いらない記憶を火に投げ込んだ。

俯いた私の像が瞬くように浮かび上がり、燃えて、消えた。


「私たち、やっぱり似ていたんですね」

「そうだね」

「・・・酷いこと言われたり、怒鳴られたり、外じゃそんなのばかりでした」

「いつも一人だったね」

「そうですね」

いらない記憶が燃えて消えるのを見て、私は、ここに来る前の最後の記憶のことを思い出した。


「・・・だから、ひかれあって一つになった時、消えてしまったんでしょうか」

「うん、そうだと思う」

「すみませんでした」

「ううん、私もそれを望んでたから」

火は、煌々と燃えている。

それは対消滅した時に生まれたエネルギーかも知れなかった。


「今もまだ、私たちは一つのままなんでしょうか」

「どうだろう、二つが重ね合わさってる状態を一つと呼んでいいなら、そうかもしれないね」

「考えてること、わかりますか」

「うん、わかるよ」

「じゃあ、一つかもしれませんね」

「うん。あるいは、輪郭がなくなっただけなのかもしれないけど、それもまた一つの形なのかな」

それなら、私たちの望みは叶えられたということになるのだろうか。


「どうだろう、他のもの全部、無くなっちゃったよ?」

「今、ここに生まれていないのなら、それらに意味はなかったということなのでは?」

確かにね。


私は、中心にある火が、あの人の影かもしれないと思った。

「確かに、灯台みたいな人だったから」

「・・・あるいは、意味にも、生成に限界があったのかも」

それもあるね。一人が持てる意味は、一人分だけだろうから。

・・・。


私は、このままでもいいかもしれないと思った。

同じだよ。それが望んだことでもあったし。


「時間も消滅しちゃったから、し・・・、飽きたりも、しない」

「時間がないとどうなるんですか?」

「過去も、現在も、未来も、同時に、永遠に存在する」

それはこうなる前も一緒だったかもしれないけどね。


「じゃあ、もし、触れた時に・・・」

「・・・うん、考えてる通りになると思うよ」

・・・。

・・・。


「名前・・・」

「うん、一つになったら、もう意味がないから」

覚えてませんか?

ごめん。

・・・すみません。


私は、ここで意味を見出すことはできないだろうか、と考えた時にはもう悟っていた。

「他に何かが生まれることは、もうないみたい」

「そう・・・、みたいですね」


もう、名前を呼ばれることもないのだということが、自分の名前すら覚えていないのに、すごく悲しかった。

うん、同じ気持ちだよ。

かといって、また二つに戻るのも、怖かった。

うん、それも同じ。ここならずっと一緒にいられるし、どっちかがいなくなっちゃうこともないし・・・。


「自分がこんなに弱いなんて思わなかったよ」

「・・・同じです」


酷いこと言われたり、受け入れてもらえることもなかったから、どこにいるのも怖かった。

ずっと、怒られてばかりでしたので、何をするにも怯えていましたし。


・・・初めてだったから、ずっといたいと思える場所も、ずっと一緒にいたいって思うことも。

私も、初めてでした。私のものにしたい、一つになりたいと思ったのは。


私は、もし二人に戻ったら・・・、と考えた。


「・・・もし私をなくしても、ちゃんと生きていってくれる?」

私は、無理だろうなと思った、考えたくもなかった。

体が動く限り、その面影を探し続けるだろうと思った。

生きている限りは、思い出し続けるだろうと思った。


「・・・もし私をなくしても、ちゃんと生きていってくれますか?」

・・・。

彼女は何も言わなかった。


私は、最後のいらない記憶を火に焚べた。

それは、まだ幼い頃の私が目に手を当てて泣きじゃくっている姿を映して、消えていった。

・・・。


「記憶、燃やすの嫌でしたか?」

・・・うん。

「すみません」

「ううん、・・・先に燃やしたの私だから」

・・・昔の、嫌な記憶は全部消して、大事な記憶だけ残して、ずっと一緒に、それにだけ浸っていたかった。


「もしかしたら、私が燃やした記憶は、あなたにとって意味があったから、ここにあったのかもしれませんね」

いらない最後の記憶を燃やした後になって、私はそう考えた。

「私のも同じだったかもしれません。あなたのいらないと思った記憶は、私にとって意味があったからこそ、ここにあったのかも」

・・・ごめん。

いえ、私も燃やしてしまいましたし。・・・もしかしたら、私たちは、その記憶が、その過去があったからこそ、一つになりたかったし、一つになることができたのかもしれませんね。

・・・。


最後の記憶を燃やした火は、燃え残った煤を吐き出して揺れた。


「・・・私に向けて作ってくれた唄、嬉しかったです。とても、幸せでした」


私は、揺れるその火は、彼女の作った唄なのではないかと思った。


私は、世界が彼女でできていたことを思い出した。


宇宙を調和する星々の動きが、彼女の唄の中の、音の一つ一つだったことを思い出した。

潮の満ち引きや、あの丘の大きな木の揺れが、彼女の心の動きだったことを思い出した。

世界を構成する最も小さな粒子の一つ一つが、彼女から流れ出したものでできていたことを思い出した。


私は、遥か遠い昔から続く、あの大きな流れは、彼女の唄だったのではないかと思った。


そう思った時、火が少しだけ大きくなったような気がした。


「辛くても、怖くても、取りに戻らないと、いけませんね」

・・・。


「もし、また会えたら、その時は、また名前呼んでくれますか?」

・・・。


「また、名前、呼ばせてくれますか?」



・・・・・・

・・・

・・・



私は、自宅のリビングのソファで目を覚ました。

テレビは消えていて、開かれたDVDのパッケージと、斜めになったリモコンが、机の上に無造作に置かれていた。

コースターに置かれたマグカップにはもう、湯気は立っていなかった。


窓の外、曇で覆われた空の下に、一本の、古い、大きな椚の木が見えた。

無数に伸ばした枝を風に揺らしている。


彼女は、隣で私に肩を預けるようにして眠っていた。

私たちは、寄り添うようにして眠っていたようだった。

二人の肩を包むようにして、毛布がかけられている。


私の頬をつたった涙の跡は、もう乾いていたようだった。

彼女の頬をつたう涙の跡には、まだ世界が反射していた。


私は、彼女の甘く焦げたような茶色の髪を、少しだけ撫でた。

瞼が少しだけ動いた。


地を這う風は枝を揺らし、まだ少しだけ残っていた枯葉を攫って行った。

椚も、ないているようだった。


肩が動き、彼女は目を覚ました。

「・・・ごめん、寝てた。映画、終わっちゃった?」

「途中で止めてありますよ」

「そっか」

「ええ、続き、また一緒に見ましょう」

彼女は身じろぎして肩を寄せ、ずれた毛布をかけなおした。

触れた肩の温もりが、確かに感じられた。


私は、少し考えて、また、声をかけた。

「唯さん。おはようございます」

「・・・うん。まーちゃん、おはよう」


窓の外では、また一つ、季節が終わろうとしていた。

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