8:邂逅
南房総の山林に築かれた「未来の里山」は、急速にその姿を変えていった。
ボランティアたちの献身的な働きと、全国から集まる技術者たちの協力により、簡易的な宿泊施設は共同生活を営めるまでに拡張され、太陽光発電による電力供給も安定し始めていた。井戸が掘られ、安全な水が確保されたことで、自給自足の基盤が確立されつつあった。彼らの「国家」は、胎動から確かな成長へと移行していた。
しかし、その発展の裏側では、国家の影が忍び寄っていた。
「最近、周辺を不審な車がうろついている。地元住民を装って、俺たちの活動を探っているようだ」
ある日の夜、聡がオンライン会議で報告した。彼の声には、いつもの冷静さの裏に、かすかな緊張感がにじんでいた。
慎二は、聡の報告に深く頷いた。彼らが購入した山林の周囲は、すでに彼らの管理下にある。不審な動きは、すぐに察知できる体制を敷いていた。
「やはり、国が動き出したか。予想通りだな」
慎二は、冷静に言った。彼の表情には、一切の動揺が見られない。彼らは、この展開を予期していた。
「きっと情報収集部隊だわ。まだ、直接的な介入には至っていないけど、時間の問題ね。私たちのクラウドファンディングや、オンラインでの活動履歴も、徹底的に洗い出されているはずよ」
彩が、腕を組みながら言った。彼女は、特別棟の教室の窓から、遠くに見える夜の闇を見つめていた。まるで、その闇の中に、国の目が潜んでいるかのように。
慎二は、事前に練り上げた次の段階の計画を頭の中で反芻した。国家の介入は避けられない。ならば、彼らが取るべきは、先手を打つことだった。彼らは、諸外国との関係構築を急ぐ必要があった。
「聡、諸外国へのコンタクトは進んでいるか? 特に、日本と歴史的に複雑な関係にある国や、現政権に不満を抱いている国を優先してくれ」
慎二は、聡に指示を出した。聡は、キーボードを叩きながら答えた。
「ああ。いくつか有望なルートが見つかった。特に、某国の反政府勢力や、国際的なNGO組織との接触に成功した。彼らは、俺たちの理念に強い関心を示している」
聡の言葉に、彩が驚いたような表情を見せた。
「反政府勢力まで? 慎二、それはあまりにも危険じゃないの? テロ組織と見なされる可能性もあるわ」
「危険なのは承知の上だ。だが、既存の国家に真正面からぶつかって、俺たちが勝てるはずがない。俺たちは、彼らの目を欺き、味方を増やす必要がある。彼らは、俺たちの『国家』を承認してくれる可能性を秘めている。それに、国際社会に訴えかけるための、強力な後ろ盾にもなりうる」
慎二は、強い意志を込めて言った。彼の瞳には、ただならぬ覚悟が宿っていた。
数日後、慎二たちは、南房総の山林を訪れていた。そこには、数名の外国人らしき人物の姿があった。彼らは、聡がコンタクトを取った、某国の反政府勢力の幹部と、国際的な人権保護団体に所属する弁護士だった。
「ようこそ、私たちの『未来の里山』へ」
慎二は、流暢な英語で彼らを歓迎した。彼の隣には彩が、そして少し離れた場所には、周囲を警戒するように聡が立っていた。
「まさか、日本の高校生が、これほどの規模のプロジェクトを立ち上げているとは、想像もつきませんでした」
反政府勢力の幹部の一人、アミル・ハサンは、驚きを隠せない様子で言った。彼は、砂漠の国の民族衣装を身につけ、その眼光は鋭かった。
「私たちは、今の日本社会に深い失望を抱いています。私たちは、既存の国家の枠組みに囚われず、人々の自由と平等が保障される、新しい社会を創り出したいと考えています」
慎二は、彼らの理念を熱弁した。彩は、慎二の言葉を補足するように、具体的な開発状況や、今後の展望について説明した。国際弁護士のケイト・ブラウンは、彼らの説明を熱心に聞き、時折、メモを取っていた。
「あなたたちの思想は、非常に興味深い。しかし、それはあまりにも夢物語ではないか? 国家という巨大な存在に、高校生が挑むなど、無謀としか言いようがない」
ハサンは、厳しい口調で言った。彼の言葉には、彼自身が経験してきた、国家権力との壮絶な闘いの歴史が滲み出ていた。
「私たちは、夢物語を現実にしようとしているのです。私たちは、武力ではなく、人々の共感と、思想の力で、この国を創り出そうとしている。そして、もし必要とあらば、国際社会に私たちの存在を訴えかけ、支援を求めるつもりです」
慎二は、ハサンの視線を真っ直ぐに見つめ、強い声で答えた。
ケイト・ブラウンが、静かに口を開いた。
「皆さんの行動は、国際法においても、非常にデリケートな問題を含んでいます。しかし、もし本当に、皆さんが平和的な手段で、真に自由で平等な社会を創り出そうとしているのであれば、私たち人権保護団体としても、その活動を注視し、可能な限りの支援を検討する価値はあると考えます」
彼女の言葉は、慎二たちにとって、大きな希望の光だった。国際社会の支持は、彼らの「国家」が国際的に承認されるための、不可欠な要素だった。
ハサンは、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「あなたたちの熱意は、理解できた。そして、私たちもまた、既存の国家に失望し、新しい世界を模索している。もし、あなたたちの『国家』が、本当に私たちの理念と合致するのであれば、私たちは、あなたたちに協力を惜しまないだろう」
ハサンの言葉は、彼らの「国家」にとって、最初の国際的な承認の兆しだった。彼らは、国家を相手に、まだ見ぬ外交の道を歩み始めていた。