表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2:波紋

クラウドファンディングが開始されてから一週間。渡辺慎二は、まるで獲物を待つ猟師のように、パソコンの画面に釘付けになっていた。彼の隣には篠塚彩が、そしてその背後には佐倉聡が、それぞれ別のモニターを凝視している。教室には、キーボードを叩く音と、時折マウスを操作するカチカチという音だけが響いていた。


「……動いた」


彩が小さな声で呟いた。その声に、慎二は心臓が跳ね上がるのを感じた。グラフが、僅かながら上昇している。それは、彼らの計画に賛同し、出資してくれた人々がいることを意味していた。


「思ったよりも反応がいいな。特に、40代から50代の層が厚い。やはり、今の日本に閉塞感を感じているのは、俺たちだけじゃないってことか」


聡がデータを分析しながら言った。彼らのクラウドファンディングは、表向きは「次世代型コミュニティ創設プロジェクト~ITと共生で描く、持続可能な未来の里山~」と銘打たれていた。高齢化に悩む地域に若者が移住し、最新のIT技術と古来の知恵を融合させた自給自足のモデルケースを創るという、いかにも聞こえの良い建前だ。しかし、その裏には、南房総の広大な山林を買い取り、彼らの「国家」の基盤を築くという、とてつもない野望が隠されていた。

慎二は、ゆっくりと息を吐き出した。最初の数日は、ほとんど反応がなかった。不安と焦りが彼を襲い、この途方もない計画が、ただの絵空事で終わるのではないかとさえ思った。しかし、今、確かに波紋が広がり始めている。


「慎二、私たちのメッセージが届いているんだ。希望を失いかけている人々に、新しい生き方の可能性を示せたんだわ」


彩の声には、安堵と、かすかな興奮が混じっていた。彼女は、クラウドファンディングのPR文のほとんどを執筆した。言葉の持つ力を信じ、人々の心に響くような、具体的なビジョンを提示することに腐心したのだ。


「ああ。だけど、これはまだ序章に過ぎない。目標額は、南房総の山林を買い取るのに必要な、想像を絶する額だ。ここからが正念場だ」


慎二は冷静さを保とうとした。しかし、内なる興奮は隠しきれない。彼らは、最初から長期的な視点を持っていた。短期的な資金集めではなく、人々の共感を呼び、ムーブメントを創り出すことこそが、彼らの真の目的だった。

数週間が過ぎ、クラウドファンディングは順調に推移していた。彼らは、SNSを駆使し、プロジェクトの進捗をこまめに発信した。山林の現状、彼らが目指す未来のコミュニティの具体的なイメージ、そして、彼ら自身の思い。それらが、少しずつ、しかし確実に、人々の心を動かしていった。

特に彼らのプロジェクトに共感したのは、都市部に住む若者たちと、地方での生活に閉塞感を感じている高齢者たちだった。彼らは、オンライン上で活発な議論を繰り広げ、中には、彼らの計画に直接参加したいと申し出る者まで現れた。


「全国から問い合わせが来てるぞ。特に、IT系のエンジニアや、農業経験者、それに、建築関係の人間まで。俺たちの『国家』に、具体的な人材が集まり始めている」


ある日の放課後、聡が興奮気味に報告した。彼の普段のクールな表情からは想像できないほど、瞳を輝かせている。


「予想以上だな。彼らは、単なる支援者ではない。俺たちのビジョンに共鳴し、共に新しい社会を築こうとする仲間だ」


慎二は、集まってくる情報に、確かな手応えを感じていた。彼らは、単に資金を集めるだけでなく、彼らの思想に共鳴する人材を確保することにも成功していた。それは、彼らの「国家」が、単なる机上の空論ではないことを示唆していた。

しかし、良いことばかりではなかった。彼らの活動が注目を集めるにつれて、批判的な声も上がり始めた。


「一部のネット掲示板では、私たちのことを『意識高い系』だとか、『現実逃避の子供のお遊び』だとか、好き放題言われているわね」


彩が、タブレットの画面を慎重な表情で見つめながら言った。


「想定内だ。既存の価値観に縛られた人間が、俺たちのやっていることを理解できるはずがない。だから、無視していい。俺たちがやるべきことは、彼らの罵詈雑言に耳を傾けることじゃない」


慎二は毅然と言い放った。彼の言葉には、揺るぎない自信と、批判を跳ね返すだけの強い意志が込められていた。


「それよりも、警戒すべきは、国の動きだ。これだけ大規模なクラウドファンディングになれば、当然、政府の耳にも入るだろう。特に、大規模な土地の取得となれば、目をつけられるのは時間の問題だ」


聡の言葉に、教室の空気が張り詰めた。彼らが最も恐れていたのは、国家の介入だった。


「法制度の穴を突く、と言っても、相手は国家だ。あらゆる手段を使って、俺たちの計画を潰しにかかるだろう」


彩が眉をひそめた。彼女は、国の持つ権力の大きさを誰よりも理解していた。


「だからこそ、俺たちは慎重に、そして大胆に動く必要がある。土地の購入は、複数のダミー法人を介して行う。もちろん、資金の流れも複雑にする。そして、何よりも、俺たちの真の目的を悟られないように、徹底して隠蔽する」


慎二は、事前に練り上げた計画を説明した。彼らは、法の抜け穴だけでなく、既存のシステムを逆手に取る方法も熟知していた。


「しかし、それがいつまで持つか。最終的に、私たちが『国家』として独立を宣言すれば、当然、国は武力行使も辞さない可能性だってあるわ」


彩の言葉に、慎二は口を閉ざした。それが、彼らの計画の最終局面であり、最も危険な賭けであることは、彼も重々承知していた。しかし、それでも彼らは、この道を選ばずにはいられなかった。


「その時が来たら、俺たちはどうするんだ? 相手は軍隊だぞ。俺たちには、武器もない」


聡の不安が、慎二の心にも重くのしかかった。


「まだ先の話だ。だが、もしもの時のために、俺たちは今から準備をしておく必要がある。諸外国との関係構築、そして、俺たちの理念に共鳴する国際社会の支持を得ること。それが、俺たちが生き残る唯一の道だ」


慎二は、世界の地図に目を向けた。彼らの視線は、もはや日本国内だけに留まっていなかった。彼らは、国際社会を巻き込み、自分たちの「国家」を承認させるという、さらに壮大な計画を胸に抱いていた。

クラウドファンディングは、最終的に目標額を大きく上回る資金を集めることに成功した。それは、日本社会が抱える根深い問題に対する、多くの人々の不満と、新しい未来への渇望の現れだった。そして、彼らはその資金を元に、南房総の山林を買い取る準備を進めた。


「これで、第一段階はクリアだな。南房総の土地は、俺たちの手に入った。ここからが、本当の戦いだ」


慎二は、オンライン会議を終え、二人の顔を見つめた。彼らの表情には、達成感と、そして新たな挑戦への覚悟が混じり合っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ