第9章 初めての射撃
これはあくまで漠然とした予想に過ぎない。
ゲーム序盤において、プレイヤーの個人戦力は確かに限られている。プレイヤーの勝利は、むしろ外部の補助装備と武器に依存してミッションを達成するものだ。
――ただし、それはあくまでレナが初期段階のセーフゾーンで経験したミッションに基づく話である。
「……ふん」
レナはリオンの方を見た。彼が必ずやあの拳銃に手を出すだろうことは分かっている。
軍事オタクが、ほぼ全ての実在兵器にアクセス可能な環境に出くわせば、その次の行動を予測するのは難しくない。
経験値は訓練で積める。問題は……この身体だ。
レナは以前、システムに問い合わせたことがある。この身体の基礎能力は、ゲーム開始当時のリオンと全く同一だというのだ。
つまり、レナの身体は華奢に見えても、本質的な基礎筋力はリオンと同等であるということ。
とはいえ、前世で彼女が到達した力と比べれば、今の身体能力ははるかに劣っている。
現時点でレナが本気でリオンと戦えば、容易に彼を打ち負かせるだろう。
『……今のうちだけどね。あいつが成長したら、もう勝てなくなるかもしれないわ』
ならば、今がチャンスだ。この期間に、リオンをかつての自分を超えるまで鍛え上げなければ。
『リオンの未来の力は知っている。でも……今の私の力は?』
武器の扱いに再び慣れようとしながら、レナの思考はふと宙を漂った。
「神域」がプレイヤーに与える最大級の恩恵の一つ――それは【固有能力】だ。生涯にわたって彼らと共にある力。
その固有能力こそが、やがて災厄の侵攻が現実を襲った後、人類を守る支柱となる。
プレイヤーが初陣のウォーゾーンクエストを完了すると、彼らの固有能力は覚醒する。一人のプレイヤーが持てる能力はただ一つ。
能力の効果は千差万別――強力な者もいれば、脆弱な者もいる。当然、多くのプレイヤーがこのシステムを不公平だと不満を漏らした。スタートラインが違うのだ。結局、生き残るのは一握りの強者だけだった。
しかし、災厄が現実を侵食し始めた後、一部の人々は気づき始める。もしかすると、ゲーム内の力は“授けられたもの”ではなく、本来人間が潜在的に持っていた力――ただ未覚醒だっただけなのかもしれない。「神域」はそれを目覚めさせたに過ぎないのではないか、と。
留意すべきは、あらゆる能力には成長性があるということだ。これはRPG的な(レベルなどによる)変化ではなく、プレイヤー自身が自ら開発していくもの――つまり【熟練度】である。
その可能性を探求するのは、他ならぬ彼ら自身なのだ。
要するに、この世界に無駄な能力など存在しないのだ。あるのはただ――自らの可能性を最大化しようとしない怠惰な者たちだけである。
努力が伴わなければ、生まれ持った固有能力の差がもたらす格差は確かに歴然としている。
無論、この差は外部手段――様々な神器や特殊装備で補うことは可能だ。しかしそれを得るには、金か、あるいは力そのものが必要となる。
だからこそ、ゲーム序盤(全ての者が未だ弱い時期)こそ、凡人がこの格差を埋める絶好の機会なのだ。
これを逃せば、後々の成長など望むべくもない。弱小能力の所有者は永遠のループに陥る:
・「俺たちの能力は役立たずだ!」
・「力がなきゃ何もできない。強い奴らが資源を独占しやがる」
・「クエスト報酬が少なすぎる。ゲームポイントが足りない。どうすれば?」
・「お前の力を補える装備や神器を手に入れろ」
・「どうやって?」
・「買う? ゲエムポイントが足りない」
・「奪う? 強い相手に勝てるわけない」
・「なら、力を高めてくれる装備や神器を探せ!」
・……そしてループ。
悲しいかな、初期段階でこの事実に気づくプレイヤーは少なく、後々の格差拡大を招いた。
しかしレナは気にしない。世界に迫り来る災厄を警告する暇などない。何せ、彼女の言葉を信じ、脅威と認める者などごく少数だろう。
仮に世界が気づいたとしても、パニックを引き起こすだけで、彼女が望むような建設的な結果はまず期待できない。
災厄が襲来した時、自らを守り――いや反撃すら行うためには、まず相応の「力」を有している必要がある。
つまり、戦域で何度か、いや数百回は「死」を経験する覚悟を持たねばならないということだ。
痛覚率が現実の70%とはいえ、魂を穿つような苦痛は現実の死の恐怖に等しい。
これは正に精神的な拷問だ。それを耐え抜く鋼鉄の意志を持つ者など、多くはない。
さらに、たとえ最強の者であっても、天災級の災厄を前に生き延びられる保証などどこにもない。
いっそ即死した方がマシだわ。
戦域に赴くプレイヤーの動機は様々だ。率直に言えば、その大半は単なる金稼ぎ――基本報酬自体が高額かつ平等だからだ。
参加さえすればゲームポイントは得られる。故に、強者に依存してダンジョンミッションを突破する者が大半を占めるのも無理はない……まるで前世のように。
だがゲーム内での初期戦力を高めるには、自らリスクを取らねばならない。この二つの姿勢が生む差は決定的だ。
とはいえ、前世の経験から言えば、世界への警告がなくとも人類の反撃は決して弱くなかった。
よほどの変則事態が起きない限り、彼女が世界に告げる必要はない。
だから今世で最優先するべきは、あくまで己の身を守ることである。
システムはまだ彼女の今世の固有能力を教えてくれない。もしその力が十分でなければ、前世以上の努力を重ね、リオンの成功の歩みに追いつかねばならない。
『この男は……』
拳銃を弄ぶリオンの姿を見て、レナはむずむずとした苛立ちを覚える。
未来の自分が“過去の自分”に敗北するかもしれないという思考が、心の奥をひどく掻き乱すのだ。
『頑固者!』
『馬鹿!アホ!』
心の内で怒りを爆発させるのを抑えきれなかった。
そして、そんな不満を一掃するように、レナは自身の拳銃を置く。彼女はリオンの背後に静かに歩み寄り、後ろから彼を抱きしめた。
「銃の構え、間違ってるわ。直してあげる」
リオンの身体が瞬時に硬直した。
ゲーム内とはいえ、背中に触れる柔らかな感触は、ほぼ現実と変わらない。
何せ、彼がそれを経験したのはつい最近のことだ。初めてではないにせよ、この密着した距離に戸惑いを隠せない。
レナは当然、彼の身体の緊張を感じ取っている。思わずクスリと笑みが漏れた。
「食べたりしないわよ? そんなに緊張しなくても」
最初の抱擁であれほど反応するならまだしも――純情な童貞だと知っているから理解はできる。
『でももう何度も抱きしめてるのに……まだ慣れないの?』
リオンはまるで警官に逮捕された巨漢の男のように縮み上がっていた。
レナは確信していた。もし今、二人の立場が逆転していたら、この顔に一片の罪悪感も浮かばないだろうと。
「わ、俺……拳銃を見たら、つい興奮しすぎちゃって……」リオンは言葉を噛みながら言い訳した。
「気にしないで。そのうち慣れるわよ」
レナは銃の構えを直すと、そっと抱擁を解いた。
「このゲームを続ける限り、あらゆる武器を使う機限は何度も訪れる。全ての種類を試せる――君の好奇心を満たすには十分でしょう」
「さあ、狙って撃ってごらん。その感覚を味わって」
レナの言う通りだった。現代兵器だけでなく、このゲームには現在技術を超越した未来兵器や、架空の武器さえもアクセス可能なのだ。
しかしリオンは、むしろ顔を赤らめていた。
『あらゆる種類の武器……』
彼の頬が火照る。
『……?? まさか変な意味に取られたじゃないよね……?』
レナは少なからず困惑した。
少々動揺しながらも、リオンは強がって背筋を伸ばす。立ち上がり、拳銃を構え、木の実を狙い――引き金を引いた。
*バン!*
木の実は粉々に砕け散った。
結果を見て、レナは思わず感嘆の声を漏らす。
「わあ、驚異の命中精度ね~!」
軍事マニアとはいえ、理論と実践には大きな隔たりがある。初心者が実銃の反動を制御するのは通常困難だ。にもかかわらず、リオンは初めての実射で小さな標的を正確に撃ち抜いた――彼女自身がゲーム序盤で示した技量をはるかに凌駕していた。
さすがはかつての自分が宿すべき実力だ。
リオンは拳銃を下ろし、照れくさそうにうつむいた。「褒めすぎだよ…」
次の標的を探す彼の背中には、弾を撃つ快感が初めて味わえた純粋な喜びが滲んでいた。