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第85章 私は色仕掛けなんて使ってない!

 

 午前七時。


 リオンはまだ混乱の中にいた。今朝の自分の起床方法について、どこか違和感がつきまとう。


『ああ、恥ずかしい……』


 どうやら、無意識のうちにまだ眠るレナの方へ転がり込み……彼女を抱きしめてしまったらしい。


 いったいどれくらいの間、彼女を抱いていたのだろう。気がついたときには、レナがそっと抱擁を解こうとしていた。彼の眠りを邪魔したくないかのように。しかし、その動作が結局は彼を目覚めさせてしまった。


 もちろんリオンはまったく怒っていない――ただ恥ずかしい……そして、少し後悔している。


 明らかに彼女の腕の中で眠っていたのに、肝心のその感覚がまったく思い出せないのだ。


『きっと、とても心地よかったんだろうな。』


「……」


『なぜか、顔が少し痛い。』


『寝ている間に何かにぶつけたのか?』


『もしかして、そもそも自分の寝相が悪いだけ?』


 今まで、自分はおとなしく眠っている方だと思っていた。


 違和感の残る右頬に触れ、リオンはますます首を傾げた。


「リオン」祖父の声が彼を現実に引き戻した。「ちょっと手伝ってくれ。」


「あ、はい」リオンはうなずき、キッチン方向を一瞥してから祖父について玄関へ向かった。


 レナは祖母の朝食準備を手伝っている。


 彼女の方から進んで言い出した――祖母が何も言う前に、もう野菜を洗い、整え始めていたのだ。


 遠方からの客人、それも孫の恋人だ。祖母は最初、レナに家事をさせるのを気の毒がっていた。だがレナが譲らない。仕方なく、半ば諦めて許可を出した様子。


 祖父の顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。


 まるで……花嫁修業中の娘を見るような目で。


 リオンはなんだか複雑な気分だ。


 自分だって料理はできるのだが、実家ではほとんどしたことがない。当たり前のように受け入れられてきたため、手伝おうという意識がそもそもなかった。だから、今こうしてレナが進んで動く姿を見ると、胸が少し疼いた。


 祖父が声をかけてくれて、むしろ良かったのかもしれない。


 国年記念日とはいえ、農家にとってこの時期は秋の収穫期のピークで最も忙しい。そんな中、リオンの帰省は貴重な人手の補充となった。


 作業に没頭していると、祖父の視線が庭先に駐車された車に向けられる。彼は一瞬沈黙し、尋ねた。「付き合ってから、どのくらいになるんだ?」


 リオンは少し間を置いてから答えた。「結構、前から」


 本当のことを話せるわけがない――最初にアプローチしてきたのがレナの方だなんて、どうして口にできようか。


 だから、曖昧に返すしかなかった。


 祖父は一考し、続けた。「あの子の家の事情は、把握しているのか?」


 リオンはうなずいた。「まあ、一応」


 もちろん知っている。


 知らない方がおかしい。アイリスフィールド家のビジネスの詳細を若者が完全に理解しているわけではないし、祖父の世代の見立ても正確とは限らないが、せめてこの車を見れば――

 大学生の子供にこんな車を買い与えられる家柄、それは裕福か、あるいは由緒正しい家に違いない。さらに言えば、高級車だ。


 リオンは祖父の真意を理解していた。「じいちゃんが何を言っているか分かる。確かに俺たちの間には距離があるかもしれない。でも、レナの家族は俺たちの交際に反対していない。大丈夫」


「……お前も大人だ」祖父は息をついた。「人生の道理は分かっているはずだ。だから、じいちゃんがあれこれ口出しはしない。だが、騙されないように」


 リオンは笑って首を振った。「ああ、分かってる」


 レナが……彼を騙すなんて、絶対にありえない


 彼はそれを確信していた。


 間もなく朝食の準備が整った。いくつかの料理はレナ自身の手によるもので、その味は素晴らしく、祖父と祖母から何度も褒め言葉をもらった。


 レナもまた、甘い微笑みで応え、まるで初めてここに来たのではないかのように振る舞った。リオンは、むしろこれがレナの初来訪ではないような錯覚を覚えるほどだった。


 どちらかと言えば、レナがずっと前からここで共に生活していたような、そんな親密ささえ感じられた。


 リオンはそれを脇で見つめ、思わず笑みが零れた。


『なんだか……ほっこりする』


 朝食後、二人の高齢者は仕事に出かけた。手伝うことも特になくなったのを見て、リオンとレナは一日休暇を取ることにした。


 二人は家に残り、パソコンで遊ぶことにした。


『なぜ外出しないのか?』こんな田舎では、娯楽施設らしい娯楽施設はほとんどない。森ならあるにはあるが、たとえそこがどんなに美しい場所でも、短い期間に二度も訪れては、さすがに違和感があるだろう?


 レナ自身は特に気にしていない。今回の訪問の主目的は、元の「家族」に会うことだけなのだから。


 しかし、リオンは少し気まずさを感じていた。彼女を実家に連れて帰ったというのに、娛楽らしい娛楽を提供できる場所が何もない。どうすることもできなくて。


 結局、レナと過ごす時間をつなぐために、いくつか映画を探そうと考えた。


 しかし、映画を探している最中、彼はふと気づいた――「神域」の編集動画が、大手動画サイトを席巻しているではないか。


 爆発的な人気と熱狂が、他の動画を一瞬で埋もれさせている。


 これには……かなり驚いた。


 だが、よく考えれば当然のことかもしれない。いくつかのクエストの映像は、映画と言っても過言ではない――いや、実際の映画よりもよりリアルですらある。


 どうせあの中のプレーヤー全員が演じているわけではなく、皆あくまで自身の本性に従って行動しているのだから。クエストの流れさえ面白ければ、演技不足のゴミみたいな普通の映画よりも優れた作品になりうる。


 それに、これはまだゲームなのだ。つまり、誰もがその世界の住人となり、自身の主役になれるということ。十分に器量さえあれば、たくさんのファンを獲得することだってできる。


 例えば団長……彼が以前アップしていた動画は全て編集され、再投稿されていた。今ではどの動画も50万再生を軽く超え、フォロワー数は30万に達している。もう立派な人気チャンネルの風格だ。


 リオンは彼らの最後のクエストの動画を観た。


 すると、団長が自分が悲鳴をあげていた部分や、最後の方で失禁しそうになったシーンなど、恥ずかしい場面を全てカットしていることに気づいた。


 動画は、大地を引き裂く雷撃が炸裂した直後でぴたりと終わっている。


『言わざるを得ない……編集の腕はなかなかのものだ。もし団長の本性を知らずにこの動画だけ観たら、俺もきっと彼を立派な英雄だと思い込むだろう。』


「あいつ、もう有名人だぜ……」観終わった後、リオンは複雑な感慨にふけった。


 レナはベッドの上であぐらをかき、彼を一瞥すると、突然聞いた。「有名になりたい?」


 リオンはぽかんとしたが、やはり首を振った。「いや…………目立たない方がいいって、君が言ってなかったか?」


「もしあなたが望むなら、私は構わないよ」レナはほのかに笑った。


 リオンの心を完全には読めないのかもしれない。だが今回、ほとんど全てが顔に書いてあるのに。


 男で、有名になりたいと思わない者などいるだろうか?


 どこへ行っても人だかりができ、名前を叫ばれるような存在に憧れない者などいるだろうか?


 だが、今はまだその時ではない。


「信じて、リオン」レナの微笑みには、やがて言葉にできない意味が滲み始めた。「近い将来、あなたは有名になる…あなただけじゃない、ランキングに名を連ねる全てのプレイヤーが、世界中で最も魅力的な存在になる」


「彼らが一つの時代を導くのだ」


 リオンは一瞬、ぽかんとした。


 彼は…レナの言わんとすることが、完全には理解できなかった。


 しかし、今のレナが放つ絶対的な確信は感じ取れた。そしてその確信の裏には、抗いがたい魅力が潜んでいる。


 まさにその魅力こそが、彼を陶酔させ、溺れさせ、ゆっくりと…襲い掛かりたい衝動に駆らせるのだ。


 *バタン!*


 何が起こったのか理解する間もなく、リオンはベッドの上に放り投げられていた。


 衝撃で少し混乱している。


 レナもまた、困惑した表情を浮かべている。


 今回の彼女の行動は、ほぼ純粋な反射によるものだった。つい、リオンを放り投げてしまったのである。


 その理由は単純だ。


『――この男、またいきなりキスしようと飛び掛かってきた?!』


『依存症になったのか?!』


【いえ…システムは推測します、本体が現在、ホストに魅了されていることを…】


『は? 私、色仕掛けなんて使ってないわよ!』


【しかしホストは、「魅了」のクールダウンタイマーを獲得しました】


「?」


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