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第76章 こんなことなら……

 

「ま、まさか……本当にできた!?」ルイは呆然と固まった。


「壊せなかった!」ナオも同様に衝撃を受けた様子で叫ぶ。「俺の強化能力は相当なものだと思ってたのに!この壁すら壊せないなんて!?」


 リオンも混乱する。「壊せないなら、押し倒せ!でなければ、全員ここで終わりだ!」


 背後で女性の幽霊が迫ってくる。残り十メートル。持ちうる時間は、あと三十秒ほどだろう。


 古典的なホラーゲームの流れそのものだ。この幽霊はプレイヤーを即死させはしない。代わりに、ゆっくりと、じわじわと、最深の恐怖と絶望を味わわせる――魂を蝕む、苦い「諦念」を抱かせるために。


 ナオはまだ混乱していたが、リオンの怒声で我に返った。彼は打撃から押す動作へと切り替え、全身の筋肉が何倍にも膨れ上がる。そして、雄叫びと共に、岩塊はゆっくりと傾き、かろうじて命をつなぐ細い逃げ道が開いた。



「早く!」真っ先に岩の間をくぐり抜けたのはルイで、他者もそれに続いた。


 しかし、扉まであと五、六メートルというところで、女性の幽霊は突然加速した。瞬く間に背後まで詰め寄り、咆哮と共に襲いかかろうとしている。


 その瞬間、皆の口をついて出かかった言葉は、ただ一言。「ちくしょう」。しかし、覚悟した虐殺は訪れなかった。


 速度を落として振り返ると、女性の幽霊の動きは極端に遅く、周囲の時間が何倍にも遅延させられているようだった。そして、その中心に立つのがルイであることに気づいた。


「な、何が起こったんだ!?」団長はあっけに取られる。


「僕の固有スキル、時間遅延だ」ルイ自身の動きもややぎこちないが、幽霊よりはずっと速い。一歩下がると、彼の身体は正常に戻った。


「ナオがさっき能力の話をしなければ、忘れるところだった……細かい説明は後にしろ、急げ!この状態は長く維持できない!」


 他に指示を待つ者はいない。皆、時間を稼いでいる隙に最後の数メートルを駆け抜け、ようやく幽霊屋敷からの脱出に成功した。


 雨はまだ降り続け、夜は深く、空気はなおも肌を刺す。しかし今、屋外の空気は、長く迷った末に帰宅した時のように、誰にとっても心地よく感じられた。


 のだが……


「ちっ、奴、外に出てこれるのかよ!?」ナオが、門からふわりと浮かび出る女性の幽霊を見て驚愕の声を上げた。「まさか、まだ続くってのか!?」


 ほとんど同時に、通信機から突然、男の声が聞こえた。

「応答せよ、トレイニー諸君。生存者はいるか?別荘に悪霊が存在することを確認した。悪霊に対抗するには、“爆発”を利用する必要がある」


「お前たちにそのような装備はない。故に、ただちに別荘から脱出しろ。我々は三分以内に支援に駆けつける」


 三分は短く聞こえる。だが、今のこの女性幽霊の移動速度を考えれば、その時間を持ちこたえることは、単に逃げるよりもよほど難しいことだろう。


 加えて、レナの髪は焼け焦げ、そして外は雨、彼女は火の制御を失っていた。下手をすれば、彼らは再び別荘内へと引きずり戻されかねない——真の行き詰まりであった。


 しかし……


「『爆発』の力? 俺にあるよ!」団長は突然、意気揚々と言った。「このゲーム、締めくくりにはやっぱり俺様の出番が必要らしいぜ!よーし、今日こそは“雷帝”たる俺の姿を思い知らせてやる——」


 その言葉が発せられた瞬間、雷嵐が静寂を破った。稲妻が空を駆け巡り、ほとんど地平線全体を照らし、その全てが彼らの立つ場所に集中する。


「雷帝団長、正式参上!喰らえ!『雷撃墜落サンダーフォール』!」


 彼が右手を振り下ろす。天に蓄積した雷鳴と稲妻が、どんと落下する。激しい爆発が大地を揺るがし、全員が反射的に目を閉じた。視界が戻った時、そこにあったのは直径十メートルのクレーターだった。


 これはリオンが、超人の固有スキルの真の姿を目にした初めての機会であった。


 団長自身でさえ、仰天していた。


 彼は今になって、自分の能力がそれほどまでに恐ろしいものだと気がついた。ナオやルイの能力も同様だ——一目見ただけで、その潜在能力の大きさが誰の目にも明らかだろう。


 そして、それは逆にリオンに大きなプレッシャーを与えた。


 彼らと比べて、自分の能力は……確かに目立たない。これまで幾度となく、早く強くなりたいと切望してきたが、これもその一つだった。


 いつか、レナの前で同じように派手な視覚効果を創り出し、自分が実は強いのだと証明したいとも思った。


 おそらく、彼の心の奥底にある男としての競争本能が、今、確かに目覚めたのだろう。しかし、胸の高鳴りを押さえ、ゆっくりと目を開けた時、彼の目に映ったのは、相変わらず元の場所にぴたりと立つ女性の幽霊の姿だった。


「やったのか?」団長が叫んだ。


「おい、フラグ!!」ナオがツッコミした。


『……倒せていない?』


「……やべぇ、みんな、俺さん……完全に失敗しちまったみてぇだ」団長の、照れと恐怖が入り混じった声が、皆の耳に響いた。


 場は一瞬、静寂に包まれた。


 そして、一斉に、彼らは走り出した。


 団長は自身の力にまだ茫然としていた。半拍遅れて我に返り、振り返り、逃げ出すことにした。


 まさにその時、女性の幽霊が動いた。その速度は彼らの倍以上だ。当然のように、最も遅れた団長が狙われた。


 前方の四人は、決して振り向かなかった。誰一人として、後ろを確認しようとはしなかった。


 聞こえるのは、団長の叫び声と、雨の降る暗闇の中で不意にまた光る稲妻だけだった。


【クエスト完了:ロビーに戻ります】


 システムの告知が現れると、残っていた生存者たちは一斉にクエスト空間を離れ、ロビーへと戻った。


 パーティはまだ組まれたままだった。ロビーに着くが早いか、団長の声が炸裂した。「なんだよ?!クエスト終わったのかよ?!?お前ら、クリアできたのか!?」


「ああ。お前、死んだのか?」リオンが問い返す。


「死んだよ、マジで!完全に死んだ!」団長はイメージ内で飛び跳ねながらまくし立てた。「いつもだ、物事が終わりかけの直前に俺は死ぬんだ!ちくしょう!このゲームのやり方ってこれが正解なのかよ!?」


「……てめぇの大失態が全てを台無しにしたんじゃないのか?」ルイは呆れずにはいられなかった。


「いや、絶対にこれってやり方が間違ってる。今回のクエストは何かがおかしいと思うぜ——リオンのとこ行って、獲得したポイントを比べないか?」


「了解」リオンはうなずいた。


 団長がそう提案した後、皆でリオンの元へ集まり、先ほどの状況を検討した。


 クエストクリアで得られるポイントは、主に三つの大きな報酬——基本報酬、任務報酬、そして貢献度報酬から構成されていた。


 基本報酬はそのクエストに設定された固定ポイントであり、任務報酬は文字通りの任務達成によるものだ。


 一方、貢献度報酬とは、クエスト内の各段階におけるプレイヤーの貢献度、特にクエストのストーリー進行への寄与を評価して与えられる最終ボーナスポイントである。


 ——この部分が、ゲーム終盤において最大のポイント獲得源となる。なぜなら、前の二つの報酬は固定で比較的得やすい部分だからだ。


 最後に、このクエストには二つの主目的があったことを付記する。第一は女性の幽霊から情報を得ること、第二は別荘からの脱出である。


 彼らは二つの任務をクリアしていたが、具体的にいつ第二の任務が達成されたのか、誰も気づいていなかった。おそらくは団長が女性の幽霊を怒らせる前後だろう。


 いずれにせよ、あの時は皆、必死で逃走に集中しており、それ以外のことは眼中になかった……


 一方、最初の情報収集任務は……偶然にも達成されていた。あの時、リオンは幽霊の言葉を二言ほど記録しただけで、追加情報は団長の感情的なやり口で引き出された——それが結果的に多くのゲームポイントをもたらしたのである。


 しかし、団長はクエスト終了間際に女性の幽霊に倒されたため、基本報酬を受け取る権利を失ってしまった。興味深いことに、彼の評価ポイントはレナに次いで二位であり、全体を指揮していたナオをも上回っていた。


 分析の結果、これら数百ポイントのほとんどはクエスト終了間際の数分間に集中していることが判明した。


 ---


 このゲームでは、クエストクリア後、プレイヤーは全てのクエスト背景情報を確認することができる。


 目的は、プレイヤーが経験から学び、自身の弱点を改善するのを助けるためだ。団長は終盤で自身の貢献度が高く評価された理由を確認し、答えとして得られたのは——彼が落雷で別荘を破壊したことだった。


 そう、あの時通信機から流れたNPCの告知は、雷で幽霊を直接攻撃せよという指示ではなく、別荘そのものを爆破せよ——というものだった。なぜなら別荘は幽霊の力の領域であり、その潜伏の根拠地だったからだ。


 悪霊は特定の場所に宿る存在であり、その家を破壊することで初めて滅ぼすことができる。


 つまり、もし団長がゲーム開始当初から別荘を爆破しようと試みていれば、彼らは初期段階で簡単にクエストをクリアできたのだ。


 ——これはこのゲーム特有の悪趣味の一つであった。独特の方法で、プレイヤーに「型破りな発想」の重要性を教え込むのである。


 この真相を知ったマルは、大きな損をしたと感じずにはいられなかった。


「ちくしょう!もし最初からこれが分かってたら、あの忌々しい家なんて最初に見た瞬間にブッ壊してやってたのに!」


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