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第73章 だから怖がらないで

 その声に、二人は動作を止め、一瞬、固まった。


 しかし、すぐに警戒心を最大限に高める。間違いなく、バーバラの声だ。


 意思疎通が図れたことは、最も重要な第一歩が達成されたことを意味する。後は彼女にもう少し言葉を発させられれば、最も困難な任務は完了する。


 リオンは一瞬沈黙し、声をわざと平静に保とうと努めて言った。「俺たちは君を敵とするつもりはない」


「ここを去れ」心理感応装置から再びバーバラの声が聞こえた。相変わらず感情がなく、人工音のように冷たい。


 リオンは即座にその隙をついた。「わかった、俺たちは去る。だが、この空間の異常な状態を元に戻してくれないか?出口が見つからない」


 今度は、心理感応装置から何の反応もなかった。


 地目が一分間続いた後、リオンが再び声をあげた。「バーバラ・ジョンソン?まだそこにいるか?」


 その言葉とほぼ同時に、二人の懐中電灯が突然消えた。室温が急激に低下する。レナがすぐに叫んだ。「危ない!」


 リオンもすかさず、準備していた銅貨を手に取り、いかなる可能性にも備えた。


 瞬間、灯りが再び点いた。目の前の空間に、真っ白な影が突然立っていた。


 その影は、リオンのすぐ傍らにあった。その身体から放たれる、魂じたいに触れ、思考を数秒間凍りつかせるような刺すような冷気。


 最初に出会った時と全く同じだ。


 しかし、今回はリオンは素早く正気を取り戻した。恐怖ではなく、胸の内に燃え上がったのは怒りだった。


 ―――『そしてこの幽霊が、なんてことを!レナの前で俺を間抜けに見せようとは!許せん!』


「てめぇ……幽霊が――ッ!!」


 怒りに任せ、銅貨を握りしめた右拳を、眼前の影めがけて殴りつけた。


 拳が相手に触れた感触は、冷たい綿の塊を殴ったようだった。


 拳の隙間から銅貨が黄金の光を炸裂させ、部屋のほとんどを照らし出す。女性の幽霊は悲鳴をあげると、白い霧の雲へと変わり、消え去った。


 リオンは他を顧みなかった。すぐさまレナの手を掴み、二人で出口へ向かって駆け出した。「行くぞ!」


 理由は理解できていなかったが、リオンは確信していた。あの幽霊は《狩猟モード》に移行したのだ。ここに留まる理由は、死を待つことだけだ。


「リオン!活動レベル10だ!きっと……あ、また下がった」ナオからの連絡は少し遅れていた。「状況は?何が起きた?」


「さあな」リオンは首を振った。「ようやく話ができたと思ったら、どうやら俺たちの存在が気に食わないらしい。二言ほど言葉を交わしただけで、いきなり襲ってきた」


「お前、何か怒らせること言ったか?」団長が割り込む。


「ありえない、十分気をつけていた」リオンは即座に否定した。「俺のせいじゃないはずだ」


 するとナオが言った。「俺もこちらでモニターしてた。精神通信での発言は二語記録されている。あと一語で結論が出るはずなのに…どうする?」


「あと一語?もう考えるのはやめだ。まずは脱出方法を探すことに集中しよう」団長が呟く。「てっきりもう…なんだあれは!?」


「どうした?」通信機からルイの声が聞こえる。


 団長の声には疑念が滲んでいた。「角のところに魔物が立ってないか?」


「いや?見間違いじゃないのか?」


「本当だ?数秒前からあそこに立っていて、懐中電灯も照らしている」


「だって、俺には何も見えないぞ」


「おい…まさか、ここには他にも何かいるんじゃないか?」団長の口調はますます怪しげだ。


 これを聞いて、リオンは何かを思い出したように問いかけた。「そういえば、残りのSAN値はどれくらいだ?」


 そう言いながら、自身の数値を確認する。残り59。


 他の者も各自のSAN値を報告した。ナオはまだ65、ルイは48、団長が最低の27、そしてレナが最高の78だった。


 その答えを聞いて、リオンは思わず推測を口にした。「SAN値が一定レベルまで下がると、幻覚か何かが見えるようになるんじゃないか?」


「や、やめろよ…そんなこと言うなよ」団長の口調はさらに不気味になっていた。「このクエスト、俺専用にカスタマイズされてる気がする…いや、違うな。とにかく早く出口を見つける方法を考えろ」


『しかし、出口が見つからないのにどうすればいい?奴は壁面を覆い、お前たちの退路を塞いだ。完全にキレているんだ。』


 ナオはため息をついた。「俺のモニターによると、全てのコンテナは倉庫内に搬入済みだ。外側の扉は全て堅牢にロックされている。斧で叩き切ることも不可能だ。無駄だよ」


「もう、やめろよ。とにかく、このクエストはもう続行不能だ」ルイがその話を遮った。「最後までやり切るだけさ。このクエストに解決の糸口がないなんてことはありえない」


「わかったよ、何かあったら連絡くれ。一旦切るよ」団長はそう言って通信を切断した。


 リオンも通信を切り、しばし沉思した。その表情は重たかった。


 団長たちの言う通りだ。ここまできて、残り一語のことはもう関係ない。


 今や彼らは出口すら見つけられず、死を待つだけの罠にかかった鼠のようだ。


『これが、このクエスト最大の難所なのか……』


『一体、どこで間違えたのだろう?』


 考えながら、彼の目はぼんやりとした様子のレナに向けられた。


 リオンは、レナの態度が以前とは少し違うことに気づいた。


『まさか……彼女、怖がっている?』


「レナ、大丈夫か?」彼は心配そうな表情で振り返りながら尋ねた。


 レナはぼんやりから覚め、顔を上げてリオンをしばらく見つめた後、唇を少し引き締めて、「……ちょっと怖い」と答えた。


 実際に彼女が言いたかったのは、「ちょっと怖くても仕方ないでしょ」だった。


 しかし、最初の半分しか言葉にできなかった。


 リオンの先程の反応は、本当にレナを驚かせたのだ。


『あの小心者のリオンが……まさか幽霊を殴った?!』

『殴った?!』

『彼の恐怖や不安は、もう暴力に変わったのか?!』

『彼が本当にあの記憶の中の自分なおか?!』

『ホラー映画を見ただけで何日も眠れなかったあの臆病者が?!』

『本物のリオンはもう入れ替わったんじゃないか?!』


 彼女の恐怖心はますます強まっていった。


 理由は、リオンの態度が激変したことへの恐怖ではなく、彼女がもう自分自身を制御できなくなっているのではないかという懸念だった。


 物語の流れは彼女の予想から外れただけでなく、まったく逆の方向へ暴走する傾向さえ見せ始めている。


 それは彼女に、最初に下した決断が果たして正しかったのかどうか、再三にわたって疑問を抱かせずにはいなかった。


 しかし、リオンの視点から見れば、彼女の恐れはもっと単純なものだった。リラックスした態度で、彼はごく自然に手を伸ばしてレナを抱き寄せた。「俺が守るって言っただろう、だから怖がらないで」


 レナが想像していたシチュエーションが、ついに現実のものとなった。


 リオンの胸の温もりを感じながら、レナは一瞬黙り込み、結局は彼の行動を受け入れた。


『もういいわ、どうあれ目的は達成されたんだから』


 残念ながら、二人の間に漂う曖昧な空気は長くは続かなかった。ナオの興奮した声によって打ち破られたのだ。


「皆!進展があった!任務の条件は、三つの発言を記録することじゃないかもしれない!」


「幽霊の種類を特定できれば、任務も達成されたことになるはずだ――多くな!だから、今までに得た情報を全部分析して、条件に合わないものを除外したら、残りは二つの可能性しかない!」


「二つって何だ!?」真っ先に反応したのはマルだった。リオンの予想では、その熱意はナオをも上回っているようだった。何と言っても、最低のSAN値を抱える彼が今最も危険に晒されていたのだ。


 ナオは素早く答えた。「一つは『グリーンゴースト』、もう一つは『悪霊』だ。二つの弱点は全く異なる。消去法で試してみよう」


「だったら早く試せ!余計なことは言うな!グリーンゴーストは何が怖いんだ!?」


「ええと……人間の小便」


「…………は?」


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