第55章 パソコン、触っていい?
時は流れ、翌日を迎えた。
リオンは午前中いっぱい授業があったため、夜明け前に起き、レナの朝食準備を真剣に手伝っていた。
レナが目を覚ますと、部屋にはすでに独りきり。リオンは書き置きを残していた──午後は暇だから、気分転換にクラブに誘いたいと。行くかどうか尋ねる内容だった。
レナは一瞬考え、「いいよ」と返事した。
朝食は舌に優しい味わい。本気で作ったんだろうな、とレナは推測した。いずれにせよ、満足いく出来だった。どうやらリオンは昨日の出来事を深く気に病んではいないらしい。
食事を終え、リビングで少し休んだ後、レナはリオンの部屋へ向かった。部屋はリオンが引っ越す前とほとんど変わっていない。ノートパソコンが机の上に置かれ、ベッドもきちんと整えられている。かつての……あの混沌とした状態とは雲泥の差だ。
『そうか』
と彼女は心で呟いた。
『恋は人を規則正しく変えるんだな』
『ふむ』
レナは部屋を見渡すと、リオンのパソコンの電源を入れた。
──これは彼の、いや私の過去のコンピュータとも言える。前世、卒業後は丁重に退役させたマシンだ。その後は「神域」での時間が大半を占め、二度とこの端末に触れることはなかった。
今、見慣れたモニターを見ると、かすかな郷愁が胸をよぎる。
「4510471」
覚えているパスワードを入力し、エンターを押そうとした瞬間、彼女は手を止めた。一呼吸置いて、レナは携帯を取り出し、リオンにメッセージを送信した──
【パソコン、触っていい?】
リオンのパソコンは起動すると自動的にチャットアプリが開く。このメッセージは彼のスマホに即座に表示されるはずだ。もし直接ログインしてしまったら、パスワードの入手経路を説明できない。
とはいえ、直接聞けばリオンは間違いなく許可するだろう。
だってリオンはかつて考えていた──彼女ができたら、スマホもパソコンも隠さず見せるつもりだと。隠すほどの大事な秘密なんてないからな。残念ながら彼女ができなかったため、その機会は訪れなかったのだ。
案の定、リオンは即座に承諾し、パスワードを送ってきた。レナは数秒待ってからエンターを押した。
起動後、チャットアプリが自動で開いた。レナはこっそりと、かつて親しかった友人全員のチャットウィンドウを開き、興味のある内容をざっと確認していった。
探しているものはすぐに見つかった。
「ナオ・G」という表示のウィンドウ。本名は直人。大学でリオンの親友であり、ゲーム部の分科会長──選ばれた理由は単に名前が面白かったからに過ぎない。
しかしナオは性格が良く、男女問わず人気者のムードメーカーだ。リオンが悩む度、彼は相談役になっていた。
例えば:リオンのレナに関する全ての悩みがそうだ。
チャットの記録によれば、リオンはレナが近づいてきた動機を疑ったことがあった。しかしその話題はナオの一言、「別に下心なんてないよ」でかわされ、その後はリオンによるレナへの賛辞で埋め尽くされていた。
昨日の午後四時頃、ついに彼はナオにブロックされていたのだ。
レナは顎杖をつき、その会話記録を眺めた。リオンがこれを打っていた時の口調まで鮮明に想像できた。
『ああ、ちょっと笑いたくなってきたわ』
『少なくとも一つ確かなのは、リオンがもう疑っていないこと。いくつかのことは随分と楽になる』
『朗報だ』
それ以外、このパソコンに目ぼしいものはなかった。何しろこれも自分自身の過去のマシンだ。リオンがどのフォルダを隠しているか――レナが知らないわけがない。しかしプライバシーを尊重し、開くことはしなかった。
パソコンの電源を切り、レナはもっと重要な用件に移った――
執事長の連絡先を探し、メッセージを送る:
【何着か服の改造をお願いしたいのですが…】
一方、大学の教室にいるリオンは今、大パニックに陥っていた。
「どうした?」隣のナオが異変に気づいた。「飯食ったか? 顔色が青ざめてるぞ」
「それじゃなくて…」リオンの表情が強張り、声が震えた。「すごく大事なことに今、気づいた…」
「なに?」
「レナがパソコン触りたいって言うから、パスワード教えたんだ…」
「で? お前の動画コレクション見られちゃったか?」
「…それより悪い」
「なんで? お前の推しジャンル、変なフェチ入ってたのか?」
「…」
「おいおい、冗談だろ?」
リオンは思わず目を細めた。「俺がそんなタイプに見えるか?」
「まだお前のフォルダ見たことないしな。まさか中身がヤバいとか?」ナオは肩をすくめた。
リオンは虚ろな目で言った。「俺のアカウント、起動するとチャットアプリに自動ログインする。メッセージリストのトップがお前だ。クリック一つでここ数日の俺たちの会話記録、丸見えだ」
「ブロックしたじゃんか?」
「…待て、お前俺の番号ブロックしてたのか!?」リオンの表情がさらに青ざめた。「今さら気づくなよ! あの記録読まれたら俺の人生終わりだ。彼女がどう思うか、想像もつかねえ」
「別に何でもないだろ?」ナオはブロックを解除しながら会話履歴をスクロールした。「普通じゃん。何が問題なの?」
リオンは全く同意しなかった。「普通?俺はお前に『レナが近づいてくる動機あるんじゃないか』ってストレートに聞いてるんだぞ?それを知られたら彼女の気持ちどうなると思う?これは本当に──」
「問題はな、お前の疑い自体は妥当だってことだ」ナオが理解できないというように遮った。「金持ち令嬢が突然近づいてきたら、まともな神経してる奴なら誰だって動機を考えるだろ?」
「そうじゃなきゃ、身ぐるみ剥がされて騙されるんじゃないかって心配するぞ。彼女だってわかってるはずだよ?別に見られてもいい──それにお前自身、俺に『問題ない』って証明してくれたじゃんか」
「もし彼女が本当にお前に好意持ってたら、気持ちどうなると思う?」
リオンは……っ、と詰まった。
確かにそうかもしれない。
「お前、心配しすぎだって」ナオはそう宥めると、突然何かを思い出した。「そういや、アイリスフィールドの令嬢、俺たちのクラブにゲームキャビン寄贈するんだってな?マジか?」
「ああ、本当だ」リオンは頷いた。「二日以内、早ければ今日にも届くらしい……夕方クラブに連れて行くつもりなんだ。気に入るかもしれない──ゲーム好きだって言ってたし」
「はあ、お前を喜ばせるための社交辞令を鵜呑みにしてんのか?」ナオは賢しげに首を振った。「俺が思うにさ、あのレベルのお嬢様なら指をパチンと鳴らすだけで一年分の小遣いがポンと出てくるんだぜ。くそ!なぜ俺じゃない──」
「つまり、あの金持ちがオタクになると思うか?俺たちみたいに毎日ゲーム漬けに?現実を見ろよリオン。お前はついさっき黄金のチャンスを逃したんだ……ちくしょう、なぜ俺がお前じゃないんだ」
リオンはしばらく黙り、やがて苦笑いを浮かべた。「ナオ、本気で痩せたいなら、玉の輿狙いの女狩りでもしたら?金持ちを狙え──お前、そこそこ器用だろ?」
「畜生!今の俺だってイケメンだぞ!?」ナオは呆れたように額を撫でた。
隣のナオのルームメイトが我慢できずに割って入った:「コミュ障が!女の子と話すだけで玉ねぎみたいに泣いてるくせに、知ったかぶるなよ!鏡買い直せ!」
「うぜえ、黙ってろよ!」




