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第53章 ああ、私が操る!早く!

 

 爆発の余燼と建物の瓦礫が舞う塵は、数分かけてようやく沈静化した。


 地面から起き上がったレナの眼前に広がったのは、絶望的な光景だった。


 屋上への入り口は爆発で破壊され、下階から押し寄せる無数の感染者たちの進行を阻んでいる。この破壊は爆弾だけでなく、感染者たちの集団自爆行動も一因だ。


 今、屋上に残っているのは彼女とリオン、そして団長の三人だけ。他は消えていた――おそらく重傷を負っている。


 彼ら自身の状態も絶望的だった。コウの叫びを合図に必死に逃げたものの、予想以上に早い爆発。安全圏に達しない者たちは爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされたのだ。


 爆発時に最も離れていたレナでさえ、ステータスバーにはネガティブステータスが延々と並んでいる。


 最も深刻なのは内出血――ここに矛盾があった。サキュバスの血には確かに治癒効果がある(彼女自身にとっては微々たるものだが…)。レナの負傷は他者に比べれば副作用が軽いと言えた。


 しかし彼女の血は自分自身を癒せない。せいぜい肉体の損傷を遅らせる程度だ。即座の処置がなければ、彼女の命も長くは持たない。


 一方、リオンと団長はまだ動けずに横たわっており、その状態は明らかにさらに悪い。


 レナはかすかに息を弾ませながら屋上の縁へ歩み、周囲を見渡した。


 避雷針の塔は地面に倒れ伏している。下の暗がりに蠢く感染者集団の隙間から、あるいは見える範囲の三つのビルからさえ、狂ったようにガラス壁を押し破って感染者たちが洪水のように押し寄せ、彼らめがけて狂乱状態で降り注いでいる。


 唯一の脱出路は爆破されたままだ。


 下の回廊は健在だが、彼らの位置は20~30メートルの高さ。飛び降りれば自殺行為に等しい。


 今回のクエストは、まるでプレイヤーを殺すために設計されたようだった。


 通常、ゲームのクエストでプレイヤーが解決不能な行き詰まりに陥る状況などありえない。


 仮に瀕死で追い詰められても、ゲームは能動的にクエストを調整し、解決の余地を提供するものだ。


 ならばなぜ今回は……


【緊急:都市浄化作戦まで残り10分。速やかな避難を】


「…………」


 緊急通知まで届いている。


 しかし…ありえないはずだ――


『このクエストを突破する抜け道は、まだあるのか?』


 隣接ビル上空に浮かぶヘリコプターを睨みつけながら、レナは突然閃いた。


「レナ…」背後からリオンの声が響く。振り返るレナ。


 彼は地面から起き上がろうともがいたが、二度試みて失敗。ついに無力な笑みを浮かべた。「俺の出番はここまでか。チャンスは尽きたようだ」


 傷はレナより遥かに深刻。右足は爆発で完全に粉砕され、今や基礎的な移動能力すら失っていた。


『悔しい…クエストを終えるまでレナを守りたかったのに…』


 リオンの苦痛に歪んだ顔を見て、レナは一瞬沈黙し決断した。


 瓦礫の中へ歩み、コウが落とした爆弾コントローラーとリュックを回収。中にはまだ三つの爆弾が――ほぼ十分だ。


 素早くリオンの元へ戻り、しゃがみ込むと青年が反応するより早くそのシャツの襟を掴んだ。レナは再び彼に唇を重ねた。


 ――こうして、転生し第二の人生を歩んできた後で。


 正直言って、ここにいる全プレイヤーの中でレナほどこのクエストを重視している者はいない。本質はリオンにクエストを完遂させることだ。


 途中で終わるなら潔く諦められたかもしれない。だが世界救済の瀬戸際で?不可能だろうと絶対に屈しない。


 クエスト完遂のためなら、彼女は何だってする。


 レナはリュックをリオンの腕に投げ込んだ。「準備しな」


 リオンが目を見開く。「なにを――」


 次の瞬間、彼の混乱は頂点に達した――


 レナが固有スキルを発動。猫耳と尻尾がパッと開花すると同時に、世界全体が突然静寂に包まれた。


 その刹那、彼は三つのビルからガラス壁を破って飛び出す感染者たちを視認した。絶望的な人滝(ひとたき)となって降り注ぐのだ。


 大半は地面へ落下したが、一部は回廊に着地。恐ろしい速度で蠢きながら生きた塊を形成し――数秒で十メートルの塔へ。その人間の壁は屋上端に届くまで伸び上がった。


 リオンは反射的に地面のライフルを掴み、屋上縁に手をかけた感染者へ狙いを定めた。


「撃つな!」レナが叫び制止した。「これを利用しろ!奴らを踏み台にして脱出だ!」


 感染者の築いた人間の橋が突然、回廊から屋上へと架かった。


 脆いものの、隣接ビルへの命綱となる。


 リオンは呆然とした。「これ…お前が操ったのか?」


「ああ、私が操る!早く!」レナが歯を食いしばり、必死の声で促した。


『今さら何を質問してるんだ?!状況の深刻さが理解できないのか?!』


 リオンはようやくレナの状態に気づき、即座にライフルを捨て近づいた。「お前が先に行け。俺が後ろを守る」


 レナが振り返ると、その視線は鋭く刺さった。一歩踏み出そうとした瞬間、彼女の体が大きく揺れた――今にも崩れ落ちそうだ。リオンが腕を掴む。「どうした?!」


「…力尽きた。抱えて。今すぐ」レナは迷いなく彼の首に腕を回し、全身を預けた。


 本当に歩く力すら残っていない。


 この時点で、彼女は降伏することを選んだ。リオンさえ無事なら目的は達成される。だが彼が自分を置いていかないことも知っている。抵抗は無意味だ。


「急いで!」リオンが硬直している中、彼女は焦りを込めて促した。


 連続する緊急事態がリオンの思考を停止させかけた。特にレナに抱きつかれた瞬間は。


 思考が真っ白になる中、彼の足は独りでに動いた。無意識にレナを抱き上げ、人間の橋へ向かって狂ったように駆け出す――落下のリスクも、その他の恐ろしい結末も顧みず。


 橋を急ぎ足で渡りながら、レナはリュックから最後の爆弾を掴み取り、無造作に投げ捨てた――手元には起爆装置だけが残った。


 リオンがスピードを上げる。前方のヘリコプターは待機し、キャビンは大きく開いている。


 レナを抱えたまま飛び込んだ彼は、キャビン床に無様に転がった。


 転倒すらも計算のうちだった。再び彼女の盾となるために。


 レナが起爆装置を差し出す。「押せ…今だ…」


 リオンが反射的に触れ、機能も知らずにボタンを押した。遠くで凄まじい爆音が轟いた。


 だがその音は、別の轟音に掻き消される――


「ドドドドドド――ッ!!」団長が狂暴な力で乱入してきた。皮膚はほぼ全面が赤く染まり、表情は完全に狂気に満ちている。完全感染だ。リオンは愕然とした。


 リオンが腰の拳銃を掴み構える刹那、ゲームアナウンスが響き渡る――


【クエスト完了。ロビーへ帰還します】


【緊急:都市浄化作戦開始】


 瞬時、耳を劈く大爆発が遠くの都市を飲み込んだ。白い閃光が荒れ狂い、世界を蒼白のキャンバスへ変えた――それを感知した全ての者に、天国の温もりの真の意味を理解させるかのように。


 リオンが正気を取り戻した時、彼は個人ルームに戻っていた。


 傷跡は全て消えている。能力低下のデバフも解除された。この極端な変化に、彼は一瞬自分がどこにいるのか理解できなかった。


 そこへ突然メッセージが届く――


【団長:オレクエスト突破したぞクソがァァ!!! やったぜェェ!! 畜生が!!! マジで!!! てめぇ、俺を撃たなくて正解だったわ!!! 今ので心臓止まるかと思ったっつーの! マジ狂ってる!!!】


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