第46章 ゾンビゲームの定番
団長の顔は、見渡す限り青ざめていた。
攻撃が空を切ると、男は昨日の女研究者同様に後退し、新たな攻撃態勢を整えようとする。
幸い、今回はリオンがそれを目撃していた。男が安全距離まで下がった瞬間、リオンはすぐに引き金を引いた。銃弾が敵の頭部を貫く。
男の身体が白い光に包まれ消え去って初めて、団長は安堵の息をついた。
ほどなく、向かいのドアが開いた。身だしなみを整えたレナが現れ、眉をひそめて言う。「解決したの?」
彼女はリオンがドアを蹴った時には目を覚ましていたが、団長ほど狼狽していなかった。どうせ感染者相手にリオンが数分で死ぬはずもなく──レナは「お嬢様らしい身だしなみ」を整える時間を優先したのだ。
これは単なるボーナスでしかない。
「ああ」リオンは奇妙な表情で頷いた。「昨日助けた男が…感染してた。今、始末した」
「はぁ…」団長は腹を押さえながらゆっくりとしゃがみ込み、痛みを込めた声で呟く。「オレを殺そうとしてるって分かってたなら急いで始末しろよ!? てか、なんでみんなオレを殴りたがるんだよ…」
「早朝にもかかわらず、胃酸が逆流しそうだった。これがゲーム内でよかった。現実なら即病院で腹部検査だ。」
「…そういえば、ゲーム内にはステータス画面があるはずだ。」
すぐに開くと、長いネガティブステータスの羅列が──
【睡魔】【飢餓】【軽度内臓損傷】
「…マジかよ」
「的がデカいからじゃない?」ユエがようやく部屋から現れ、少し気取った態度で言い放つ。「でも大した問題なさそうね。防御力は破られてないし、デブ…いや、重量級クラスの特権かしら」
団長が彼女を睨みつけた瞬間、全員の視界に突然ゲーム告知が表示された──
【緊急クエスト】緊急対応部隊がA広ビル屋上を避難区域に指定。救出作戦開始。残り時間:3時間
【緊急クエスト】都市暴動が急拡大。軍による掃討作戦まで5時間
【現クエスト:Aプラザビル屋上へ向かい救出を待て】
同時に、レナの脳裏にシズからのボーナスクエスト通知が響く──
【ボーナスクエスト:感染者を倒し10ポイント獲得(自爆型含む)】
レナは少し不満を感じずにはいられなかった。
『たったの10ポイント? 安すぎるわ…』
[(눈‸눈) ホストが本来の身体を利用し、この街の全感染者を殲滅すれば、最大7000万ポイントを獲得可能です]
レナは即座にその考えを退けた。7000万ポイント...街に700万人の感染者がいるのか?報酬額は魅力的だが、明らかに実力が追いついていない。一体どれだけ倒せというのか?
新たなミッションに慌てふためく団長が口を開いた。「最後のクエスト終わった?早すぎるだろ」
「早く終わるに越したことないわ」ユエは拳銃を点検しながら問う。「Aプラザビルってどこ?」
レナがスマホを取り出し、ナビを起動。すぐに目的地を特定した。「距離は13キロ。そう遠くない」
「でも今は歩きだろ?3時間で足りるか?」リオンの声に不安がにじむ。
「なら時間を無駄にするな。以降以降」ユエが拳銃を握りしめ、階段へ歩み出した。
団長はリオンをチラリと見てうなずき、ユエの後を追う。
リオンはすぐには追わなかった。一瞬止まり、レナを振り返る。「あの...さっき気づいたんだけど、俺の能力が進化してる」
「どんな進化?」レナが薄笑いを浮かべて尋ねる。
「これさ」リオンが即座に先程具現化した短剣を取り出す。刃をクルリと回しながら。「今は...鋭利な武器を創造できるんだ」
『彼が最初に作った短剣は、あの儀式用短剣とほぼ同一。多分俺の武器もこうすればカッコ良く見えるんだろう...装飾の模様?本人は理解してない——適当に描いただけだ。これが彼の"プログラミング初体験"か。システムが用意した"Hello World"の基礎プログラムに、実行前に"著作権表記"をでっち上げたようなものだ...まったく、独創的だな』
レナは知らぬふりをし、わざとらしい驚きを見せた。「あら...凄いわね。そんなに早く突破口を見つけるなんて。私まだ自分の能力の効果すらわからなくて...本当に羨ましい」
リオンはすぐに褒め言葉に浮かれた。「はっ...大したことじゃないよ、運が良かっただけかも。君も自信持てよ。君の能力だって相当強いんだから」
「ええ」レナは微笑みながらうなずく。
『ちっ...この表情は彼の照れを誤魔化すためのものだ。何せ彼の慰め方なんて全然慰めになってない。』
『バカ...本当に単純だ。』
『まあいい、少し調子に乗らせてやろう。自信をつけるのに悪くない』
「行きましょう、二人が先に行っちゃうわ」レナはさっとリオンの手を掴み、先を行く二人を追わせた。
突然の手指の絡みに、リオンはその親密な動作に固まった。しかしレナの掌から伝わる温もりに一瞬躊躇してから、優しい力加減でその手を握り返した。
『照れてるけど...彼女の手を握るのを拒むわけにはいかないだろ?だって俺の彼女なんだから』
『...すごく、心地いい』
団長とユエが正面玄関で待っていた。昨日施錠したガラス扉は無傷で、破損の痕跡もない。外では夜明けが始まり、道路状況がかなりはっきりと見て取れた。
全体的に──悲惨だった。
感染者がそこら中に徘徊している。道路は荒れ果て、彼らが昨日ホテルに避難してからも混乱が収まっていないことは明らかだ。危険度は遥かに増している。
最も恐ろしいのは、感染者たちの皮膚が変質し、不気味な紫色の膿のような層に覆われていることだった。体は水死体のように膨れ上がり、あちこちが不規則に隆起している。長く見ているのは明らかに精神の強さが試される行為だった。
「…ゾンビのがマシだ」団長は嫌悪の表情を歪ませた。「こいつら、ゾンビよりずっとキモいぜ」
「見た目が問題じゃないわ」ユエが冷淡に言い放つ。「こんな姿になってるってことは、昨日より明らかに危険度が増してるってことよ」
「末期症状か?」遅れて合流したリオンが推測する。「昨日のシステムメッセージで、感染者は末期段階で爆発するって言ってなかったか?」
団長の表情がさらに暗くなった。「まさか…爆発したら、街中が胆汁と脂肪で溢れるんじゃ…?」
「…汚い言い方ね」ユエもその光景を想像して吐き気を催した。
おそらく最も冷静だったレナが、静かに外の状況を観察してから言った。「現状で十数キロを地上移動するのは…リスクが大きすぎる。突破は不可能だろう」
地上は完全に感染者に制圧されている可能性が高い。このゲームが無限のゾンビの波と戦う選択肢を与えるはずがない。今の戦力では、1000%全滅する。
「じゃあ、どうやって進むの?」ユエが振り向き、彼女を見据えた。
レナがそう言うなら、必ず突破口があるはずだ。
「下水道」レナは即答した。「スマホのナビに都市下水道のレイアウトマップがある」
この非現実的な設定は、明らかにゲーム側の救済措置だ。
「そんな設定ありかよ!?」団長が奇妙な顔をしかめた。「下水道か…ちっ、ゾンビゲームの定番だな」




