第45章 全員起きろ! 異変発生!
長らくスキルの訓練を続けてきたリオンに、突如として吉報が舞い込んだ――
彼の能力が突破口を迎えたのだ。
これまで具現化できたのは、取るに足らない小物ばかり。唯一まともな武器と言えばレンガだけ。「レンガ男」になる夢さえ未だ叶わぬまま。だが突然、具現化可能な物体のリストが拡大したのである。
何より、新たに現れたアイテムは全て実用的だった。包丁、短剣、果ては戦闘用ダガー――これらの刃物が、彼の根本的な潜在能力を「無限レンガ」から「無限剣制」へと変貌させた。
「……一晩中訓練した成果か?」
『もし新スキル解放に徹夜特訓だけで済むなら、能力成長の条件が安易すぎるだろ』
しかし新アイテムを数回召喚するうちに、問題が発覚する。
新物体は具現化可能だが、その難易度はレンガとは比較にならなかった。レンガは三秒で召喚可能。エネルギー消費もほぼゼロで、歩くのと同じ感覚だ。
だが短剣とな? 完全具現化に最低三十秒。エネルギー消費は明らかで、準備運動なしの百米疾走並みだ。
「……はじめて知ったぜ、この能力に筋トレ効果があるとはな」
『ゲーム内限定なのが惜しい。現実世界に持ち込めたら絶対革命起こせるのに』
「クッ……本当に実現可能なら、こんな『ちょっとしたサポート』くらい気にしないんだがな」
総合的には吉報だ。戦闘効率がまた一段階上がったことを意味する。
しかし彼が新たに出現した短剣を弄んでいる最中、二階から突然現れた人影が集中を妨げた。
時は未だ明け方前。廊下には薄暗い常夜灯だけがぼんやり灯る。現れたのは、かつて彼らが救ったNPCだ。その表情は今や友好的とは程遠い。
「あの……こんばんは」
リオンの手に握られた短剣を見て、男の顔が躊躇いに歪む。
「えっと……今後の計画を聞きたくて」
「はあ?」
リオンが上から下まで男を一瞥する。肌の色は正常で、警戒心をわずかに解いた。
「まだ考え中だ。現時点では計画なし」
「でもここに留まるのは解決策じゃない。食料は遅かれ早かれ尽きます」
男の声には焦りが滲んでいた。
昨日彼らが口にした食料は、ホテル一階の厨房で発見したもの。在庫は限られており、量も乏しい。何より男は元々このグループの一員ではない。リオンが善意で分け与えたからこそ、男は昨夜餓死を免れたのだ。
だがこのままでは? 不可能だ。食料は数日で底を尽き、飢餓が待ち受ける。
「その時が来れば、何かの変化があるはずだ?」
リオンは気楽にそう返した。
――現実世界なら確かにそうだろう。いや、むしろこの規模の災害など現実では起こりえない。国家機能が正常なら、早期に兆候を察知しているはずだ。
残念ながらこれはゲームだ。未来を予測できる者などいるか? そうでなければ、昨日警察署に無数の防弾車両があったのに、その後、警官も車両も蒸発したように消えた説明がつかない。
路上でパトカー一台見かけなかった。警官の姿も皆無。おそらく災害発生時からこの街は隔離されたのだ――そもそもこの街はプレイヤーの挑戦のために作られたクエスト用の箱庭に過ぎない。
この事実に気づいていないのは、目の前のNPCだけだった。
だからこそリオンは違和感を覚えた。
最初のクエストのような基本ロジックだけのクエスト内NPCならまだ理解できる。だが目の前の男は、まるで本物の人間のように感じられる。
絶望した漂流者、災害の中で希望を待ち続ける生身の人間。
しかし同じ状況下で、リオン自身は死の恐怖を一切感じていない。この思考の隔たりはほぼ哲学領域に達していた。
彼には答えられなかった。度が過ぎている。これはあくまでゲーム内のクエストだ……NPCにここまで生身の人間と同レベルの思考・行動ロジックを実装する必要があるのか?
「僕は……本当に怖くて」
男はリオンの思考を知らない。その率直な態度に心を開いたのか、本音が滲んだ。
「さっき緊急番号にかけたんです、全部繋がらない。皆さんもその後試しましたか……路上にパトカーは一台もない。皆、どこへ逃げたんですか?」
「知らない」
リオンは首を振りながら、
「でも巨大災害が都市を襲えば、救助活動ぐらいあるだろ。その時が来たら動けばいい」
『それに救助がなければ、このクエストのクリア条件はどうなるんだ?』
「本当に……救助は来ますか?」
男の声には疑念がにじむ。
リオンは肩をすくめた。
「来るに決まってるだろ。そう思った方が気が楽だろ?」
一瞬の沈黙の後、振り向いて尋ねた。
「そういや一つ気になってたんだ。お前の職業は?」
「は?」
男は面食らった。
「何を……僕、何を言ってるのか……」
そして言葉が止まった。
「僕は……これは……言いたくない……どう答える……」
リオンの質問で自我に目覚めたかのように、男は奇妙な状態に陥った。表情が徐々に歪む――必死で理性を保とうとするが、言葉が制御不能に溢れ出る。最後に残ったのは「ドロロロ……」という唸り声。路上の狂人の咆哮そのものだった。
同時に、彼の肌が驚異的な速度で赤く変色する。数秒で完全に感染者へと変貌した。
いや、まさに感染していたのだ。
リオンは一瞬、沈黙した。
『どうやら事態が面白くなってきたな』
危険を察知すると、彼は椅子から弾けるように立ち上がり、団長の部屋の扉を蹴り飛ばした。
「全員起きろ! トラブル発生だ!」
叫び終えると即座に数歩下がり、腰の拳銃を引き抜いて男を正確に狙い撃つ。声には威圧が込められていた。
「おい、正気か? 感染してないなら二歩歩いてみろ」
「ドォッ──!」
男は突然、甲高い断末魔のような声を発すると、リオンへ猛然と振り向いた。その表情は、かつて見た赤面の女そのもの。襲いかかろうとする欲望に満ちた眼差しが、感染を確証していた。
だが、一分前まで普通に会話していた相手を、リオンは即座に殺せなかった。
「目を覚ませおっさん! ここを生き延びたらお前が世界一のイケメン男子だぞ──」
「ど、どこのイケメン男子か?」
ドアががらりと開き、団長がよろめきながら現れた。明らかに飛び起きたばかりで、呆然とした寝ぼけ顔だ。
──そして彼は格好の的となった。男との距離が圧倒的に近かったからだ。
リオンは男が「ドドッ!」と唸りながら、ロケットのように団長の胴体へ突進するのを目撃した。
哀れ団長は回避の余地すらなく──
次の瞬間、鈍い肉弾衝突音が廊下に響き渡った




