第43章 倫理問題
一瞬、彼はレナに心を読まれたのかと疑った。
その考えが、即座にパニックを引き起こす。
「いや……いや……必要なくない?」
羞恥心を言葉に変えて発すると、リオンは自身の発言の不自然さに気づいた。少し考え込み、付け加える。「ゲーム的に必要なの?」
レナの微笑みが深まる。「君もゲーム内で生きてるんだから、たまには日常習慣の意味も考えたほうがいいわよ?」
「……そうか?」リオンは動作を止め、しばし呆然とする。
生活習慣? 彼には実感がなかった。
だがレナが望むなら……不可能ではない。
『待てよ――違う、違う。とにかくゲーム内で風呂は不自然すぎるだろ?』
『シムズじゃあるまいし……』
『そもそもシムズの風呂や睡眠は自動で……』
「あ……」脳内暴走が1分近く続いてから、ようやく我に返り疑問を口にする。「でもこのゲーム、本当に風呂機能あるの? 倫理規制ないのか?」
事前に規約を確認していたにも関わらず、違和感が消えない。
「ないわよ」
レナが細目になり、含みのある視線を投げかける。「ここでは何でもできるの……本当に何でも」
――残念ながら、リオンは暗示を理解しなかった。「そんなスケールの機能が運営に警告されないのか?」
レナ「……」
「それともゲームの背景設定が?」真剣に考察するリオン。「問題あるんじゃないか? ゲーム内入浴ってことはプライバシー曝露だろ?」
「GMとか……開発会社は記録アクセス権持ってるの? だとすれば俺たち丸見えじゃ……」
一瞬沈黙したレナが首を振る。「心配しすぎよ。プレイ記録は保存されないけど、プレイヤー自身が録画や配信はできるわ」
「視点も自己視点に限定される――チート対策や、君の言うプライバシー漏洩防止のためね」
「それ公式声明なのか?」リオンはなおも疑念を抱く。「非難してるわけじゃないが……実際の設定は誰も知らないだろ? 開発会社の言うことなんて……」
レナ「……」
『何でこの人は些細なこと掘り下げるのに執着するの?
さっきまで無垢なところ懐かしんでたのに、今度はこんなに面倒くさいの……』
「バカ」と呟くしかなかった。
心では呆れながらも、レナは辛抱強く説明を続ける。「心配無用よ。このクラスのゲームを開発する企業が、そんな小賢しい真似をするわけがない——不可能だし、する意味もない」
「何せゲーム内の体は仮想モデルに過ぎない。キャラ作成時にモデルデータは保存済み。もし見たければ、わざわざ入浴を待つ必要ある?」
それに団長のように実容姿を選択するプレイヤーだっている。彼らこそ最も開き直っているに違いない。
ましてや……このゲームの開発者、あるいは背後企業は人類ですらないかもしれない。プレイヤーの身体に興味を持つか?
いや、おそらく——
「でもそれと自発的行動は別問題だ」リオンはなおも疑いを拭えず。
「……そんなこと気にしてる場合?」レナの声に苛立ちがにじむ。「議論を続ければ哲学領域に突入するわよ」
例えば:ゲーム内での肉体関係は「現実」か?
前々のキスのように——本物ではないと割り切ってるからこそ行動できた。ゲームと現実の境界線を議論し始めたらキリがない。
彼女は哲学的な思考が大の苦手だった。
リオンも同様である。
無論、主な理由はレナの不機嫌をようやく察したからだ。「冗談だよ……」慌てて言葉を継ぐ。「そもそも入浴は必要ない。着替えもないし、今夜は何が起きるか——」
「ふんっ」
レナは大きなあくびをし、くるりと背を向けるとベッドに倒れ込み、微動だにしなくなった。
『本当に呆れた奴だ』
『哲学に逃げる男が、ベッドに女がいる状況で何を言ってるの?』
ため息が漏れる。
『あの頃のリオンなら……きっと同じことをしただろう』
『ちっ……考えるほど胸くそ悪い』
リオンは彼女の思考を読めないが、淀んだ空気は感じ取っている。困惑した。
『何が悪かった? 質問が気に障った? 普通の疑問なのに』
『はあ……女は本当に難しい』
そんな重い空気の中、夜は更けていった。見回りの順番がリオンに回ってきた——正直、前半ほぼ眠れなかった。
レナと同じ部屋(別ベッドとはいえ)という状況だけで鼓動が早まり、空気さえも彼女の微香を帯びている。
至福というより拷問に近かった。
『——腰抜けめ。勇気があれば……』
心の奥ではわかっている。それでも踏み出せない。どうしようもない。
ため息と共にベッドから起き上がり、音を立てずに部屋を出た。
廊下に出ると、ようやく息がしやすくなった。
団長は廊下で硬直したように座っていた。スマホもネットもない世界で、睡魔と戦いながら能力の習得に時間を費やしたのだろう。
リオンが部屋を出た時、団長は手のひらで魔法陣をくるくると回していた――左手から右手へ、右手から左手へ……
まるで素人マジシャンの練習風景のようだ。
「休みはどうだった?」団長はさっと魔法陣を消し、ヒソヒソ声で近づいてきた。「すごい経験だろ?」
「何事もなかった」リオンは首を振る。「先に寝ろ。俺が見張ってる」
「ああ、眠くないよ。退屈防止に雑談しようぜ」
団長は高校時代と同じノリで肩を組む。「なあ、大学の数年はどうだった?」
「普通だ」リオンは一瞥した。
「このゲーム、初期アクセス権ほぼ落ちたんだぜ――マジ鬼門!まさかゲームで再会するとはな、それも彼女連れで。極楽上手だぜ、旦那!」
深いため息。「うらやましいよ。俺もゲーム仲間の彼女欲しいわ」
リオンが返答するより早く、団長は突然跳び上がった。
「そうだ!」
「なに?」リオンはぎょっとする。
「忘れるとこだった!」団長は彼の肩に腕を回し、意味深にため息。「お前の彼女って猫耳に変身できるんだろ?あの獣耳やつ」
「……」
団長のテンションがさらに上がる。「くそ!なんで俺はああいう女に出会えないんだ?もし出会えたら、何でもするぜ!」
「……」




