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第37章 もしかしてクルマ、消えるかも?

 かつての記憶を振り返っても、リオン……つまりかつての自分は、やはり心底ムカつく男だった。


 概ね、リオンは冷静さを保ち、自身に関わる全てを客観的に分析できる。

 そのおかげで、彼は多くのトラブルを回避してきた──前にも言った通りだ。


 だが、特別な瞬間だけ、リオンは全く別の側面を見せる。

 その状態は……燃え上がる激情、あるいはスポーツ界で言う「ゾーン」に近い。


 例えば高校の喧嘩の時。とはいえ、最も頻発するのはゲーム中だ。

 連勝が続くと、高揚感が襲い、やがてそれは天をも衝く自信へと変わる。


 最も顕著な兆候:リオンは理性を失う。身体能力が急上昇し、「脳が体を動かす」状態から「体が脳を導く」状態へ逆転する。


 しかし、だからといって衝動的になるわけではない。

 むしろ逆だ。驚くほど冷静になり、現在の事象に関連する損得情報を最大限に分析し、行動する。


 無関係な情報は無意識に遮断される。

 体が脳へ「今取るべき行動」を指令し、脳が「最適な実行手段」を状況判断する。


 通常時との最大の差異:リオンは行動の全帰結を考慮しない。目標達成の最善策のみに集中するのだ。


 実際、ゲーム中にこの状態を経験する者は多い。だがリオンの場合は極めて顕著で、現実の戦闘にも応用可能だ。

 稀有な才能と言える。


 この「ゾーン」へ入れる能力は、レナにとって二周目の彼が適応速度で一周目の自分を上回っている証だった。

 もしかすると……自分の指導がなくても、今回のリオンはより高い地位に辿り着くかもしれない。


「…………」

 レナは口の中に広がるほろ苦さを感じた。


『もし前世に、今の私のような存在がいたなら……前世の自分を超えられたかもしれないのに』


『それなのに──なぜ私がレナを演じなければならないの?』


 再び嫉妬心に苛まれていると自覚した。


 一方のリオンは、レナの内に潜む憎悪など微塵も気づかない。

 彼は警察署の執務室へ、足音高く侵入した。


 *ガラッ!*


 銃を携えた二人組の乱入に、室内の警官たちは呆然とする。

「何者だ!?」


 リオンは無言で天井へ警告射撃を放った。


 *ドン!*


「武器庫はどこだ!?」冷たい声が執務室を切り裂く。「死にたくなければ案内しろ」


「ここがどこか分かってるのか!?」女性警部補が息を呑む。「重大な犯罪だぞ!」


 リオンの銃口が瞬時に彼女の隣の若い巡査へ向く。

「武器庫。十秒で答えろ。さもなくばこいつの頭部を吹き飛ばす」


『まったく……本物の凶悪犯みたいな演技だこと』


「やめて! 案内する!」女性警官は即座に屈服した。「彼を傷つけないで!」


 警察署には今、武装したリオンに抗える戦力は存在しない。


 リオンは簡潔に条件を提示した:「武器が目的だ。要求を満たせば立ち去る。愚行は控えろ」


「わ、私が案内します……」女性警官は一瞬躊躇い、背を向けて歩き出した。


 その時だった。玄関ホールを出ようとした瞬間、レナがさっと前に出る。優雅な微笑みを浮かべて囁いた:「ご心配なく。自衛のための武器だけですの。誰にも危害は加えませんわ」


 ────同時に、煌めく瞳から 魅了の技能チャームが発動された。


「は、はい……協力します」女性警官の表情の緊張がふっと緩む。


 リオンはこの細工に気づかないが、レナの振る舞いに胸が温まった。

『彼女は本当に天使のような存在だ……』


『自分でも凶行は本意じゃない。だが時間制限が迫る以上、この手段を選んだ』


『レナに誤解されなければいいが……』


 武器庫は思ったより貧弱だった。残されていたのは拳銃数丁と、警棒などの非殺傷装備だけだ。

 

 レナは鞄を見つけると、使えそうな装備を次々詰め込み、拳銃を懐に滑り込ませた。「行きましょう。ここに用は済んでる」


 リオンがうなずいた瞬間、彼はハッと何かを思い出す。呆然と立つ女性警官へ振り返り、言った:「外は危険だ。自分用に防具を持っていけ」


 そう告げるや、レナの手を引いて駆け出した。


 これはゲームのクエストの世界だ。中の人間はシステムが生成したNPCに過ぎない


 それなのに……このリアルな現実感の中で、彼らを単なるデータのように扱えるはずがない


 たとえ凶行を演じる立場でも、罪悪感が心を蝕む。特にレナの前ではなおさらだ。

 去り際の気遣いが、わずかながら彼の贖罪となった──同時に、レナの中の自らのイメージ修復も兼ねて。


「……良かったわ」

 レナが軽く息をつく。リオンの罪悪感を見透かしたように付け加えた:

「武器確保だけが目的だったもの。ええ……こういう局面ではあなたの方が断然頼りになるわ」


 リオンは足を止め、苦笑を浮かべた:「効率を選んだだけだ。本物の犯罪者になるつもりは……」


「分かってるわ」

 レナの頷きに一筋の光が走る。「あなたを信じてる。結局、誰も傷つけなかったでしょう?」


「……ああ」

 二度頷いたリオンの喉仏がかすかに震えた。

『レナは……本当に理解者だ』

『こんな終末世界で、彼女のような女性はまさに奇跡だ──』


 警察署の外は修羅場と化していた。生存を賭けた人々が路上で争い、血の匂いが風に混じる。


 その混乱の中、丸い影が必死に駆けてきた。

 リオンの拳銃が反射的に上がるが──


「待ってくれ!撃たないで!降伏する!」


「団長!」

 転がり込むように現れた肥満体の男が息を切らして叫ぶ:「リオンかよ!?ちっ、先行されてたか!」


 団長の目が、リオンのリュックへ鋭く走る。「だったら単刀直入に聞くぜ。戦利品……分けてもらえねえか?」


 リオンは無言。そして無意識にレナへ視線を投げる。

『高校時代の友人とはいえ……今は彼女の意向を最優先すべきだ』

『もし拒否されたら──』

 ——友達より恋人を優先するってこういうこと?


「構わない」

 レナの微笑みが罪悪感を中和する。「余剰武器はお分けしましょう」


 その瞬間、車窓から冷たい声が割って入った:

「……それならポイントも共有可能ですか?」


 振り返ると、ユエはすでにリオンの車に座って、運転席の窓の後ろから彼らを見つめていた。


 ──青ざめた顔に冷や汗。下唇を噛みしめた表情が「無力」を演じ尽くす。


 レナ:「…………」


 レナ感じたもし警察署を一秒遅れて出ていたら……この車は確実に消えていた


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