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第31章 まさかの偶然

 レナは、これが獣人化の性質の影響か、それとも魅了能力の副作用か確信が持てなかった。

 今この瞬間、二つの力が彼女の中で融合していたのだ。


 公の場では獣人化だけを披露する予定だったが、纏わりつくサキュバスの気配は隠しようがない。

 事故防止のため、リオンには伝える必要がある。警告なしであの尻尾先から突然鋭い武器が現れたら、彼がどう反応するか予測がつかない。


 最初にこの姿を見せて「能力使用時はこうなる」と説明するのが賢明だろう。


 リオンがレナの背後でゆらりと揺れる細い尾に気づいた。目を見開いて言う。

「おい……尾の先端にあるのは……?」


「武器よ」

 レナは涼しい顔で、鋭利な先端を彼との間にひゅっと振りながら答えた。

「切れ味、試してみる?」


「やめろ! 物騒すぎるだろ!」


 リオンは即座に一歩後退した。クエスト外でも痛覚が適用されるか疑わしかったのだ。


 レナは強要しなかった。話題を変える。

「今からプレイする? それとも能力に慣れてから?」


「いや、プレイしよう。能力はクエスト内で試す」


「了解」


 レナは即座にパーティを組み、マッチングを開始した。


 その瞬間、レナの眼前に突然PMが表示された――


 ユエ:【じゃあ……もうっ、ストレートに言うわよ。ディスカウントできないの?】


 どうやらクエストから出たばかりらしく、ようやくレナの前回のメッセージに返信してきたのだった。

 一日中ゲームに囚われているとレナの確信は強まった。


 少し間を置き、レナは返信を打つ――

【無理】


【本当に少しも? 四分の一ポイントでも?】


【無理】


【……ダメ? 正直言って、私たち契約してないでしょ? 今あなたをブロックしたら、何もできなくなるんじゃない?】


【どうぞ試してみて】

 向こうのユエは一瞬沈黙した。


【試したら……私、どうなるの?】


【一回死ぬのを見届けるだけよ】


【……】


 ユエ:【ゲームポイント2000ポイント、送金しました】


 ゲームポイントの到着を確認し、レナの口元に淡い笑みが浮かんだ。

【クエスト、一緒にやる?】


【い、いや!もう一日中プレイしてたから、そろそろ落ちるわ!】


 メッセージ送信と同時に、ユエのオンラインステータスが消えた。


 〈どうやら私から逃げているらしい…〉


 レナは気にせず、優雅な手つきで2000ポイントを物理属性に全振り――塵ひとつ残さずに。


 一方、リオンは仮想の海を眺めながらクエストマッチングを待っていた。


「数分経つのに、まだ? プレイヤーが少ないのか?」


「そうじゃない」レナが首を振る。「最初のクエストをクリアした者が少ないだけよ。


 私たちのような特殊能力を持つプレイヤー同士の調整には、システムが時間を要している


 このゲームは正式サービス前。プレイヤー数自体が限られ、さらに痛覚を伴うウォーゾーンを経験して続ける者はごく一部。最初のクエストを攻略できる者など、指で数えられるほどだ。


 マッチングに時間がかかるのも無理はない。


 ウォーゾーンクエストは初期段階では実力が拮抗した者同士を組ませようとする。この時期は皆が未熟で――強者と弱者に決定的な差はないからだ。


 特に異能を解放したプレイヤーは……明らかに別次元にいる。


 次の段階に入ると、クエストマッチの制限は消える。ゲームは積極的にプレイヤーを鍛え、集団での戦力向上を促す。


 遅れた者にはクエストの難易度が牙を剥く――レナがリオンを頂点に押し上げねばならない理由の一つだ。


 しかし今回のマッチは思ったより早かった。十分後、二人は準備空間へ転送される。


 広い白い部屋には、レナとリオンを含む八人のプレイヤー。そして――なんとユエの姿も。


 隣に立つレナを見たユエの顔が一瞬で強張る。


「へぇ……甘い偶然だね」


 レナが微笑みかける。

「オフラインしたかと思ったわ」


 リオンはユエを一瞥すると、レナの隣に黙って座った。


 ユエはごそっと椅子を遠ざけた。


「ポイントは振り込んだ。用件は済んだでしょ?」


「ご挨拶程度よ」レナは社交的に手を振る。「偶然二度も会うなんて、私達もうお友達じでしょう」


 ユエ「……」


 〈『さよならを言って、君が一度死ぬのを見届ける』なんて言う人を友達と呼べるはずがない〉

 ユエの直感は告げていた――レナの脅しは本物だと。


 会話中の彼らのもとに、恰幅の良い男がリオンの方へ近づいてきた。

「おお、リオンか?」


 振り向いたリオンは一瞬でその人物を認識した。筋肉質ではないが、ナオを少し大きくしたような体格。一見すると好印象な風貌だ。

『太ってるというより……詰まってる感じか』


「団長? まさかお前か?」


「ははっ! 旦那、俺ですよ!」

 男は陽気に笑い、リオンの隣にドサッと座ると肩をポンと叩いた。


「生き返った気分だよ! あの時、旦那のプロフェッショナルな助言を聞いておけばよかった……」


「今さら何? 後悔か?」リオンが眉を上げる。


 丸山大輝――高校時代の友人だ。親しかったが、大学進学を機に疎遠になっていた。


『工学部に進んだって聞いたが、冗談で“軍隊入りする”って言ってたな』


 まさか再会がゲーム内だとは。何より団長は完全な実顔アバターだった。


「まあまあ、昔の話は置いとこうぜ!」団長は手を振り、卒業後は金を稼いで故郷で豪遊した話を始めた。

 ふと話を切り、団長はリオンの背越しにレナをチラリと盗み見る。


「こっちの美女は……旦那の彼女か?」


「ああ……」リオンは口ごもった。否定すべきか、認めるべきか。

 しかしレナが先に明るく手を振った。


「ええ! 私、リオンとお付き合い中なの。レナって言います」


「レナ……?」団長は眉をひそめ、苦笑いを浮かべた。


「おいおい、アイリスフィールドグループの令嬢もレナって言うんだぜ? まさかあの御曹司と同名なんて……いや~凄い偶然だな」


 空間が一瞬、凍りつく。


 団長の表情が冗談めかしたものから狼狽へと変わる。


「まさか君、本物の――」


「偶然の同名よ」

 レナは涼しい笑顔で首を振りながら言い放った。


「アイリスフィールドの令嬢がゲームなんてするわけないでしょう?」


「はぁ……危ないとこだった。大物に出くわすところだったぜ」

 団長は安堵のため息。


 リオン「……」


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