第30章 触れてもいいよ
しかしそういえば、前世でレナが初めてこの特殊能力に触れた時、その感覚は今のリオンのそれと似ていた。
特に、この能力の本質という点では。
特殊能力がプレイヤー内に潜む潜在能力であるなら、このゲームの目的はそれを目覚めさせると同時に、プレイヤーがそれを自在に操れるよう導くことだ。
だがこれは生まれつきの能力ではない。適応と応用には追加のエネルギーを要する。
まるで母国語で話すのと、新しく習った外国語でコミュニケーションを取るような違いだ。
現在のゲームガイドは外国語の辞書のようなもの――基本的な語彙と例文しか教えていない。
たとえその辞書を完璧にマスターしても、流暢さは程遠い。
プレイヤーは独自の応用法を編み出す前に、依然として集中的な実践訓練が必要となる。
レナの獣化能力は比較的単純で、最大の効果は身体能力の向上だ。新しい戦闘スタイルに慣れれば、基本の応用は容易い。
リオンの能力は違う。『創造者』はプレイヤー自身にさらなる創造性を求める。
これが最も理解しにくい点だ。彼の能力発動プロセスをこう例えよう――
ゲームはリオンに基本ソフトをインストールしたコンピューターを与え、その操作を学ぶよう導く。
リオンはそのソフトを自身のコンピューターで使用したり、さらなる開発のために学んだりできる。
だが活用したいなら、プログラムを動作させるために必要なソフトウェアのコードを自ら書かねばならない。理解が深まれば、その可能性は無限だ。
唯一の制限は、プログラミングに対する彼の理解の深さだけ。
コンピューター内のソフトウェアとは、具現化可能なアイテムリスト――現在のリオンの能力レベルに応じ、ゲームが与えたものだ。
そして彼の現在の能力…レベル1のプレイヤーがアカウントを作成したばかりの状態。故に具現化できるものは極めて限られている。
レナは呆然と彼を見つめ、手にしたろうそくが揺れた。
心の中では千の言葉が渦巻いていたが、結局ひと言も口に出せない。
リオンに何が言えるというのか?彼の能力の可能性を説明する?
ではなぜ自分がリオンの能力を理解しているのか、その理由をどう説明する?
これは単に「ゲームガイドで知った」という方便では説明がつかないのだ。
余計なことを言えば、リオンに疑われるだろう。
だが構わない。すぐに彼は自らの能力がどれほど恐ろしいものか気づく。
その時が来るまで、レナは最前線で盾となればいい。
「誰の能力も、高度に成長すれば強力になるわ。自分の潜在能力を過小評価しないで」
一呼吸置いて、レナは気楽な口調で付け加えた。「今はまだ力不足かもしれないけど」
「能力が成長するって知らないのか? とはいえ何でも具現化できるわけじゃないが」
「もっと強くなったら、君がタンク役になれるかもね。そうなれば無敵のコンビよ」
それを聞いたリオンは思索に沈んだ。これは単なる慰めではないと悟った。
「能力は本当にプレイヤーの強さに比例するのか?」彼は抑えきれず尋ねた。「基準は? 身体能力か?」
「全てよ」レナは首を振る。「ゲームは詳細な説明をしない。でも自己研鑽を続ければ、特殊能力も徐々に強化されるわ」
リオンの好奇心がさらに膨らんだ。「戦闘スキル……このゲーム、軍事訓練じゃないんだろうな?」
レナは答えに詰まった。
幸いリオンは詮索せず、代わりに疑問を含んだ眼差しでレナを見つめた。「ところで、お前の能力は何だ?」
レナは一瞬沈黙し、躊躇った。すると突然、猫耳が彼女の頭頂部に出現した。
「猫娘?」
リオンは凍りついた。
『猫……猫?!』
『獣耳?!』
『何これ?! 本物?!』
『どんな設定のゲームだ?!』
俺の彼女が猫娘に変身した。小説やアニメのファンタジーが現実に起こった!
明らかにファンサービス仕様の設定。普通の男として、リオンはむしろ大歓迎だった。
『クソ……本当にこのゲームにハマりそうだ』
「じゃあ……」胸の内の衝動を抑え深く息を吸い、リオンはレナの猫耳を見つめながら声を微かに震わせた。「触れても……いいか?」
「……はあ?」レナは目を見開いた。
それを女性に言うセリフなのか?
自らの表情が度を越していると悟り、リオンは慌てて口調を変えた。「はは……冗談だよ。その猫耳、すごく可愛いな」
本物だった。獣耳の毛並みから人間の髪への移行部は、完璧な自然なグラデーションで、一切の不自然さもなかった。
コスプレ用アクセとは次元が違う。抗いがたい魅力を放つ本物の存在感だった。
「可愛い」という言葉では描写が貧弱すぎる。
かつて三次元の女の子に興味がないと思っていたリオンの未熟さを、今の彼は痛感していた。
心底惹かれている。
衝動が渦巻くほどに。
胸中の高まりに自分でも戸惑った。自制の難しさを初めて悟る瞬間だ。
『……やっぱり、童貞が長すぎたのか?』
――その実、これはレナの魅了効果に過ぎなかった。
【性能予測:本体のホストへの好感度が急上昇中。機会を利用することを推奨】
シズの声が突然レナの脳裏に響き、彼女は息を詰めた。
好感度?
まさか今の見た目のせいじゃ……
――常時発動型の魅了スキルを彼女は忘れていた。
少なくとも状況は把握できた。
シズの助言は無視するにしても、彼女自身の結論も大差なかった。
小さな労力でリオンの信頼を築ける機会を無駄にするわけにはいかない。
「触りたいの?」
彼女が一歩踏み出し、リオンの胸板に触れるほど近づき、わずかに見上げた。猫耳が微かにピクッと震える。
「……いいわよ」
ふわふわの尻尾も嬉しそうに揺れた。
甘い香りが鼻腔を襲い、胸の感触にリオンは自制心を崩壊寸前だった。
『神に誓って……これほど必死に耐えたのは初めてだ』
この瞬間、己の意思が鋼のように強固だと初めて悟った。
しかし彼女の前では、全てが無意味だった。
身長178cmのリオンに対し、レナは頭一つ分背が低い。この距離では、レナは見上げる姿勢になる。
このアングルからの可愛さはまさに殺傷能力レベルだ。
ついに、リオンの「罪深き」右手が伸びた――そっと猫耳をつまんだ。
指先が柔らかな毛並みに触れた瞬間、レナの耳が驚いたようにビクンと跳ねた。無意識に後退しようとしたが、リオンに掴まれて阻まれる。彼女の動揺を悟り、リオンはハッとした。
つまむ手を離すと、二つの猫耳は恥ずかしそうに垂れた。レナは細目になり、頬を朱に染めた。
――クソ、感覚までリンクしてるなんて。
『俺は......やはりこのゲームは神ゲー』




