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第25章 ネットの反応を見て

 レナは家でちゃんとした服を着るのが嫌だった。

 全裸というわけではないが、パンツを穿くのが気に入らず、そのほうが快適だからだ。


 おそらくこれは習慣になっている。リオンが引っ越してきても、すぐには変わらなかった。

 それにリオンに見られることなら、レナは気にしないだろう。


 かつてリオンを他人とは思わないと言ったものの――彼らの状況は確かに特殊だ――かといって赤の他人とも見なしていない。レナはリオンの全てを知っているため、無意識に警戒心が緩んでしまうのだ。


 例えば今:レナはリオンの前で、太ももまで隠す長めのTシャツ一枚でパンツを穿いていない。彼女はこれが全くおかしいとは思わなかった。


『いやいやいや…これはちょっとマズいかも…』


 あの夜の悪夢の記憶が頭をよぎり、レナはたまらずに思う。

 彼女はくるりと背を向け寝室へ向かった。「ちょっと着替えてくる」


 ドアが閉まるまで、リオンは呆然と固まっていた。


『あれ…レナは一人暮らしの時、いつもあんな感じだったのか?』

『俺が住んでるのを忘れてたのかも…』


 リオンは首を振って邪念を払い、洗面所で顔を洗って気持ちを落ち着かせた。


 朝食時には空気はすっかり元に戻っていた。二人とも先ほどの件には触れず、何事もなかったかのようだ。


 レナにとってリオンの料理は驚きだった。彼女の記憶では、この時期のリオンは料理を真剣に学び始めたばかり。設備が限られた寮生活では、腕前も並みのはずだ。だが今回のリオンの料理…なかなか美味しい。


 予想を超えていた。

 あらゆる意味で。


 どうやらこの男にも最低限の礼儀はあった。自ら料理することで彼女の中での好感度を上げようという思惑も見える。

 なかなかやるわね。


「味は…?」レナがもりもり食べる様子に、リオンはつい訊いてしまった。


「美味しいわ」食べ終えたレナは口元を拭い、ほのかに微笑んだ。「料理ができるなんて意外だった」


 リオンは突然ニヤリとした。「寮時代に覚えたんだ。ただ…まだ作れるものは少ないけど…」


「いいえ、なかなかのものだわ」レナは重ねて褒めた。


 リオンは照れ臭そうに「ありがとう」と呟いた。


「ところで、今日の予定は?」突然レナが尋ねた。


 リオンは少し間を置き、「午後にクラブのミーティングが…」


「ふむ」レナが軽く頷く。「じゃあ行ってきなよ。私は大丈夫、必要なら電話するから」


「あっ…はい」リオンはそわそわと立ち上がり、食器を片付け始めた。


 実は昨日からずっと、この件をどう切り出そうか悩んでいた──ゲームに引き込まれ、外出を阻まれるのではと危惧していたのだ。まさかレナがすんなり許可するとは。


 嬉しい反面…どこか引っかかる感覚があった。


 レナが…私に優しすぎる。

 むしろ少し気を遣っているようにすら感じる。


 正直、まだ完全には慣れていない。


 無言で食器を片付け終えると、リオンはレナに告げて出かけた。


「行ってらっしゃい」レナが手を振る。


 レナがわざと止めなかったのは計算だった。むしろリオンに外との接点を増やさせたかった。


 リオンの性格は内向的だ。つまり、急激な環境変化には適応できない。突然現れたレナの存在自体がすでに大きな変化だった。


 無理強いすれば混乱を招く──二人の関係にとって逆効果だ。レナはそれを望まない。だからこそ意図的に距離を置き、リオンが本来の社交圏から孤立しないようにしたのだ。


 一方で…これは彼女自身の時間確保でもあった。ゲームの件は急ぎではない。戦域ダンジョン突破が好スタートを切れた。全ては段階を踏んで進めばいい。


 焦る必要はない…

 人間の変化──特にリオンのような性格は、忍耐強い導きが必要なのだ。


 今は…次の手を準備しよう。


『神域』の正式サービス開始時、最初にゲームキャビンを獲得したプレイヤーたちは基礎情報を掴んでいる。ネット上のゲーム評価アルゴリズムは二極化すると予測できた:


 〈賛辞派〉

「奇跡だ!第二の現実!」「ゲーマーの未来がここに!」


 〈批判派〉

 戦域プレイヤーの70%から:「脳天直撃の痛覚フィードバックが狂ってる!」


 レナは予想していた。前世でもネットの反応は同じだった。『神域』はSFの幻想を具現化した──プレイヤーは直接的に叙事詩的体験を得て、超人的存在になれる。誰もが抗えない誘惑だ。


 だが戦域の70%痛覚フィードバックは初心者に非情だった。肉体痛経験が乏しい時代では、仮想空間での致命傷感覚に耐えられない者が大半だ。悪評は必然だった。


 すると安全地帯のプレイヤーが嘲笑う:

「大げさだろ?ちょっと痛いだけじゃん」

「それで音を上げる?俺の足の小指ぶつけた時の方がよっぽど痛いぞ!」


 このコメントの波が戦域プレイヤーの怒りを誘い、コミュニティは真っ二つに割れた──


 1. 安楽派(カジュアル勢)

 2. 挑戦派(ガチ勢)


 中立層も論争に巻き込まれ、結果として『神域』は検索トレンド1位に。人々は「第二の現実」という触れ文句に誘われ、新規プレイヤーとして参入していく。


 完璧なバイラル戦略だった。


 ただし、ごく少数が別の問題を指摘していた──ゲーム内通貨システムだ。


 > ゲームポイント → 現金換算レート : 10:1

 > 現金課金 → ゲームポイント : 1:1

 > (10GP = 1ドル | 1ドル = 1GP)


 この不合理な設計は業界では前代未聞。しかし痛覚論争の嵐に埋もれ、新規プレイヤーは重要性を理解していない。


 大多数がシステムの不条理に気づいた時、彼らはすでに依存症となっていた。


『神域』の誘惑は抗いがたい。もはやゲームではなく、第二の人生なのだ。


「まぁ課金しなきゃいいだけじゃん? GPを現金化すれば問題ないでしょ!」

 おそらく多くのプレーヤーはそう考えた。


 運営会社の利益構造? ごく一部の株主や富豪以外──誰が気に掛けるだろう?


 前世のレナはこの日、ゲームを起動せずネットドラマを見ていた。

 しかし今、新たな人生経験を持つ彼女はネット世論を違った視点で分析する。


 そして気づいた:

 通貨システムを真剣に議論しているのは、ごく少数の玩家グループ──前世で知己となった面々も含む。彼らこそ未来のトップランカー候補だ。


 ここに差が生まれる。

 実力は未熟でも、最も鋭い観察眼を持つ者たち:「奇跡」の幻想を剥ぎ取り、ゲームの本質を見抜く者。この気づきが彼らの武器となる。


 もちろん──単なる成金趣味の幸運児の可能性もある。

『神域』で一攫千金を狙う者たちが。


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