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第20章 信じて、一度だけ

「……これ以上、ウォーゾーンには関わるな。セイフゾーンで待機していろ」


 リオンはすぐに続けた。「俺は思うんだ、このゲームの開発者は明らかにおかしいって。ゲームは娯楽であって、苦痛を味わう場所じゃないはずだ」


 レナは俯きながら、サッと静寂を切り裂くように囁いた。「だって……これは最初から娯楽のためじゃないんだもの」


「どういう意味だ?」リオンが詰め寄る。


 レナは一瞬沈黙し、唇に苦い笑影を浮かべた。「今はまだ説明できない。でも信じて――ウォーゾーンこそが、このゲームの心臓部なの」


「近い将来、ここに挑む者が激増する。これは……未来の重大な転換点に関わっている」


「淘汰されたくなければ、ウォーゾーンで己を鍛えるしか道はない」


 リオンは眉をひそめ、疑念の影が顔を覆った。「お前、何を言ってるんだ? こんなもの、ただのゲームだろうが!」


 レナは深く見据えた。重い間を置き、断言するように言った。「このゲームは、やがて世界を揺るがす」


「だから……覚悟を決めて、これからもウォーゾーンを共に征こう、ね?」


 リオンの表情が硬化する。「ただのゲームじゃないだと?」


 荒唐無稽な説明は、彼の論理を大きく逸脱していた。


 それでも鋭い頭脳は瞬時に数十のシナリオを構築する――どれもSF小説の一幕のようだった:


(このゲームは……軍の極秘訓練プログラムか?)

(ならなぜレナが?)

(俺が選ばれたのはゲームとの関係性ゆえか?)

(今までの彼女の感情は……偽物だったのか?)


 突然、手が引かれた。気づけばレナが密かに寄り添っていた。


 切ない眼差しを彼に刺しながら、「信じて。私があなたのそばにいるのは、本当に好きだから。そして確信しているの――あなたなら、この仮想世界で必ず強くなれるって」


「これは純粋な私の望み。よければ……これからも傍にいて、共に戦ってくれますか?」


 リオンは眉を寄せ、長く沈黙してから重い声を紡いだ。「……それ、高機密情報か?」


「…………」


「教えられないのか? ならなぜ俺を選んだ?」


 いくつかの真実に触れた今、かつてのような単純な理由では通用しない。

 何しろ彼は完全に状況を把握しておらず――それは容易に疑念を生む。


 レナが突然、彼の懐に飛び込んだ。


「もうすぐ……全てがわかる。でも今はまだ」


「信じて。私はいつだってあなたの味方。絶対に……裏切ったりしない」


「そういう意味じゃない、俺はただ——」

 リオンの言葉が完結する前に、レナが爪先立ちで顔を上げた。彼女の腕がリオンの首に絡み、唇が少年のそれを捉える。

 部屋の空気が静寂に凝縮した。


 時が浮遊するほどの長い数秒後、レナがゆっくりと離れる。化石のように固まったリオンを見つめながら、かすかな微笑を浮かべて囁く。

「信じて、一度だけ。今回だけは……ね?」


 リオンは石になった。「あ……ああっ……!?」

(唇が……俺の……触れた……?)

(夢……じゃないのか?)

(マジで……?)

(まさか今どきの女子ってこんなに積極的なの?)

(アイリスフィールド令嬢に男友達すらいないって噂だった……だとすると……俺が初めて?)

(初めての……)

(キスを……)


「……わ、わかった。一度だけ……信じる」

 鼓動を必死に押さえながら、渋い声で続ける。「お前が何を求めてるかは知らねえが……もし筋が通らなきゃ、俺は離れる」


「ええ」レナが再び抱きしめ、くすりと笑った。「がっかりさせたりしないわ」

(リオンをがっかりさせるなんてありえない——だってこれは彼への大切な投資なんだから)


 前世でも現世でも、まさか初キスをこんな形で捧げるとは想像すらしていなかった。

 (……上出来だ)


 だが、これなしにリオンをウォーゾーンに留め続けるのは不可能だった。

 なぜならリオンはもう気づいている——70%の痛覚を味わった後、ウォーゾーンに留まる理由などないということを。


 前世、アイリスフィールド令嬢がいなかった頃。システムはまだバグに囚われ、未来を知る者などいなかった。

 彼は最初、ただの気まぐれでゲームを始め、人々がゲームで荒稼ぎする姿に惹かれてのめり込んだ。

 ウォーゾーンに足を踏み入れたのもその流れだ。


 やがて彼のユニークスキルが覚醒すると、負傷リスクは激減した——任務を無傷でクリアすることすら珍しくなくなった。

 だが今?それを知っているのは彼女だけだ。


 そして現在のリオンは、ウォーゾーンに挑む最初の動機「金銭的動機」を失っている。

 アイリスフィールド令嬢と共にある限り、彼の未来に金銭的不足などありえない。

 つまりウォーゾーンに留まることは、単なる自己虐待でしかないのだ。


 もちろん彼女はリオンを解放することもできた——前世と同じ道を歩ませるために。

(……でもそれじゃあ、私が転生した意味がなくなるじゃない)


 計画外とはいえ、二度目の人生を得た以上、この黄金のチャンスを無駄にするわけにはいかない。


 故にリオンをウォーゾーンに縛りつけるには、新たな「理由」を創造する必要があった。


 実はリオンに来る前、様々な手段をシミュレーションしていた。最終的にこの方法を選んだ——そしてある意味、これはリオンへの偽りではない。

(ただし……ひとつの嘘は別の嘘を呼ぶ)

(今は偽りの言葉で乗り切れると保証はできるけどな)


(……いずれ真実が露見した時、リオンはもう二度と私を信じてくれないだろう)

 前世では裏切りや欺瞞を幾度も味わった。彼女の対応は常に冷酷非情。

(己の醜い性分は痛いほどわかっている。だからこそ……今のリオンには、いつか私のようになってほしくない)


 正直に全てを打ち明けるのが最善だった。

 だが現状ではカードを明かせない。だから曖昧な返答が最適解だったのだ。

(もしリオンが信じてくれなかったら……私は初キスを捧げたりしない)


 少なくとも今は問題を先送りできた。もっとも──

(割に合わない気もするわ)

 前世では女性のキスを経験できなかったのに、今のリオン(自分)は味わってしまった。

(……やきもちって言うのか?)


 リオンが自分自身だとしても、なぜか胸の奥がざらつく。

(何せ全ては一時的な信用を得るための手段なのに)


 今後は時間をかけて、ゆっくりとリオンを「レナ」そのものへと信頼させる必要がある。

(……本当に成功するのか?)

(大丈夫)


 今日という日に、彼女はとてつもない投資をした──初めてのキスという重い代償を。

(これでリオンをウォーゾーンに繋ぎ止めるには十分だ)


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