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第13章 リオン、恋に落ちる

 神域内で半刻(30分)。リオンはチームダメージ判定ルールを読み込み、完全に理解するのにそれだけの時間を要した。


「……マジで、やりすぎだろ」


 味気ない焼き肉を齧りながら、彼は思わず呟く。チームダメージの説明文は、通常ゲームの全規約を合わせた分量に匹敵していたのだ。


 さっきのレナの射撃は、もはや気にしていない。所詮はゲームだ。実際の殺人ではない。自分だって通常ゲームでは数万のプレイヤーを葬ってきた。きっと似たような奴は掃いて捨てるほどいる。


 仮想現実(VR空間)での体験がパソコンとは異なるとはいえ、本質的な感覚は変わらない。


 ……それに、レナの銃捌きは圧倒的だった。


 最初は自分がレナを勝利へ導くつもりでいた。だが今や、彼女こそが前方を照らす道標のようだ。


(早くこのゲームに慣れ、対等なパートナーにならねば)

 無言で決意を固めるリオン。


 リオンが肉を頬張る間、レナは倒した二人のプレイヤーの所持品を確認していた。


「……豊富ね」

 武器弾薬に加え、テントと寝袋二つまで揃っている。


『補給物資、届けてもらってありがとう』

(今夜はゆっくり眠れそう)

 内心そう呟きながら、レナは物資を洞窟へ運んだ。


「ぱちぱちっ」

 手を叩くと、彼女は優雅に微笑んだ。

「まだ少し早いけど、食事が終わったら休みましょうか」


「ああ」

 頷いたリオンは、ふと重大な疑問を思い出した。

「そういえば……倒したプレイヤー、後で報復に来たりする?」


 あまりに現実的なこのゲームでは、対人戦(PVP)での殺害による憎悪が通常より強く根を張るかもしれない。


 短気な者なら、執拗に復讐を追いかける可能性も──。


「大丈夫よ」

 レナはそっとリオンの隣に腰を下ろした。

「このゲームにコンタクト機能は実装されていないもの。フレンド登録でもしない限り、インスタンスワールドから出た後、他プレイヤーを特定することは不可能」


「復讐の連鎖がプレイヤー間の力学を支配しないよう……そう設計されているの」


神域(しんいき)』の本質的目的は、人類が迫り来る災害へ迅速に対応できるよう、能力向上の環境を提供することにあるのだから。


 復讐の連鎖が続けば、この環境は崩壊する──ゲームの本質に反するのだ。


 報復したいなら方法はある。相手をフレンド登録し、基本ルール内でPKプレイヤーキルを実行すればよい。


 あるいは現実世界で仕返す手もあるが──それはゲームの管理外だ。ゲーム内では絶対的ルールが支配する。


 さらに、死亡後のログイン制限がある。ウォーゾーン クエスト地域で殺されると、三日間のアクセス禁止となる。セーフゾーンはこの限りではない。


 無論、レナには関係のない話だ。


 彼女に無意味なセーフゾーンで時間を潰す余裕などない。


 初心者はそこで練習する必要があるかもしれないが、レナには不要。そして彼女がいる以上、リオンにも不要だった。


 夕食後、焚き火を洞窟の入口へ移動させた──獣よけには十分だ。


 酸素?洞窟の空間は広く、奥に自然の通気口もある。酸欠の可能性はゼロに等しい。


 リオンは洞窟の最深部にテントを設営した。スペースは寝袋二つ分ぎりぎり──二人で寝るには……窮屈だ。


 状況を悟ったリオンが姿勢を示す。「俺が見張ってる。お前は先に寝ろ」


 レナがステータスバーを確認すると、二つのデバフ「睡魔」と「疲労」が点灯していた。


 リオンの肉体性能はレナと同等──今の彼も同じ状態に違いない。


 レナは甘やかすつもりはなかった。「いいえ、一緒に休みましょう。所詮ゲームよ。寝てデバフを消す方が、見張りより合理的」


「あっ……でも夜中に誰かがこの洞窟を発見したら──」


「私が警戒するわ」レナは彼の腕を引いてテントへ導いた。「心配しないで。プレイヤーも敵も、いきなり襲いはしない」


 リオンはまだ落ち着かない。「じゃあ……夜中に蛇が這い込んだら……?」

 

「あそこに火がある。動物は近づかないわ」

 レナはリオンの腕を抱き、声を甘く湾曲させた。「もしかして……私と一緒なんて、嫌?」


「……ッ!」


 リオンは跳ねるように驚いた。


(あ……え……あ?!)

(マジでそう思ってるのか?!)

(いや……早すぎる……)

(ゲームの中とはいえ……でも……?!)


 洞窟の闇の中ですら、レナにはリオンの乱れきった精神状態が手に取るようにわかった。


 その反応はまさに、彼氏に「今夜泊まっていい?」と聞かれた少女のようだ。


 レナは改めて、かつての自分への理解を更新した。


 純情なのは知っていたが、ここまで純真で実直だとは思わなかった。


(女がここまでアプローチしてるんだから、素直に従えよ!)

(照れる立場じゃないだろ!何せこれはただのゲームなんだぞ?!)


(現実世界で同棲を誘われたら、間違いなくメンタル崩壊するわね)

 レナは呆れながらそう確信した。


(本当にバカ男)


 ガチャリとテントのファスナーを閉めると、レナはリオンを寝袋へ押し倒す。「決まりよ~今夜はこうして~!」


「待て――ッ!俺は……」


 抗議しようとしたリオンの口に、突然レナの手が覆いかぶさった。彼女は身をかがめ、全身を預けるように体重を乗せてくる。


 互いの息が触れ合うほどの距離。


「しーっ。お休みタイムよ」


 くすくす笑いながらリオンを寝袋に固定すると、レナはくるりと背を向けた。

「おやすみ」

 瞬時に眠りにつく彼女。


 生死がかかる状況では、コンディション維持が最優先――前世の経験がそう教えていた。どんな脅威にも即座に反応できる自信があった。


(何せこのクエスト難易度は低い)

 プレイヤー同士の殺し合いが発生する場合、ゲームは事前に明確な警告を出す。その可能性を排除した今、警戒すべきは――


(徘徊してるのはせいぜい初心者)

 そう結論づけ、レナは深い眠りへ落ちた。


 一方、リオンの安眠は訪れない。

 レナに押し倒されたまま、テント天幕を見つめる彼のまぶたが微かに震えている。


 脳裏を支配するのは、数十秒前の記憶だ。

 彼女の全身重量。肌の感触。吐息の熱。


 ――生まれて初めての、衝撃的な接触だった。


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