第7話 奪われた手紙と忍び寄る影
「ミレーユ、君は本当に逃げるつもりか?」
馬上のセバスティアンが、穏やかな微笑を浮かべながら問いかける。
朝焼けに照らされた彼の赤い外套が、まるで絹のようになびいていた。
私は逃げるつもりだった。
エドワウ・トールギス(王太子)、ライナス・グレイ(騎士団長)、セバスティアン・ハワード(商会長)、そしてルーカス・グレイ(財務監査官)。
四人の貴公子が、私の行く先を塞ぐように現れるたび、私は自由を求めて逃げた。
……でも、逃げるだけでは何も解決しない。
「もう逃げないわ」
そう宣言すると、セバスティアンが軽く片眉を上げた。
「ほう?」
「……私は、自分の生き方を決めるために、一度アシュフォード家と向き合うべきだと思うの」
「お前、本気か?」
低く響く声に振り向けば、そこには追いかけてきていたライナス・グレイ。
彼の黒曜石の瞳が、まるで私の覚悟を試すように揺らめいていた。
「お前を追放した奴らのもとへ戻るなんて……俺は賛成できない」
「分かってる。でも、私は“もう関係ない”って言うだけじゃ、前に進めない気がするの」
ライナスは短く息を吐き、腕を組んだ。
「……だったら、俺も行く」
「え?」
「お前を一人で行かせるわけにはいかない」
「私もだ」
今度はどこからともなく現れたエドワウ・トールギスが言った。
「私はお前を妃にするつもりだ。その未来の王妃を、好き勝手に連れ戻されるのは困る」
相変わらず、断言するのが早すぎる……!
「なら、私も同行しましょうか?」
と、楽しそうに微笑んだのはルーカス・グレイ。
なぜみんな私の居場所がわかるのか……まあ、今はそんなことを考えても仕方ない。
「アシュフォード家の財務状況を直に確認するのは、なかなか興味深い案件ですからね」
そして、4人が当然のように私の同行者になろうとしている。
……なんなの、この強制的な護衛体制!?
◆◇◆
宿へ戻ると、思わぬ出来事が待っていた。
「……え?」
家を出るときに渡された私宛の手紙が消えていたのだ。
「何かあったのか?」
ライナスが警戒した声を出す。
「机の上に置いていた手紙がない……」
手紙の封には、アシュフォード家の紋章が刻まれていた。
もういらないと思って置いていったはいいものの、家に帰るなら読んでおこうと思っていたのに……。
「誰かが盗った可能性があるな」
セバスティアンが冷静に状況を分析する。
「この宿に泊まっている者の中に、君の動向を探っている者がいるのかもしれない」
「……!」
背筋が冷たくなる。
つまり、私はただ求婚者に追われているだけじゃなく、何者かに監視されているということ?
「誰の仕業かは分からないが……」
エドワウがゆっくりと歩み寄り、私の顎を持ち上げた。
「ミレーユ、お前は思っている以上に価値のある存在だ」
「……エドワウ?」
彼の金色の瞳が、鋭く光る。
「敵がいるなら、そいつを炙り出すのも悪くない。どうする? このままアシュフォード家へ向かうのか?」
私はぎゅっと拳を握った。
自由を求めるだけじゃ、だめだ。
このまま逃げるだけの人生は終わりにしよう。
「……ええ、行くわ」
私ははっきりと頷いた。
そして、この旅の先に待つ真実と決断に向かって、一歩踏み出したのだった——。
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